13.龍との再会
「なにがあったのでしょう……」
イースは寝室へ戻っていったエルを見送り、そう呟いた。
その声にはエルを心配するような様子がにじみ出ている。
今日の出来事を思い返してみれば、それも仕方ないことだろう。
今朝起きると、「ちょっと出てくる。すぐに戻る」という書置きを残してエルがいなくなっていた。
その言葉を信じて特に心配もせずに待っていたのだが、エルが帰ってきたのは夕方遅く。
それもあんなにボロボロになって、疲れ果てた状態で。
そんなエルの姿を見るのは初めてだったこともあったので、不安になってしまったというわけだ。
とても恐ろしく感じたあの魔獣たちを一瞬のうちに倒してしまったエル。
そんな彼をあそこまで追い詰めるのなんてどんな化け物なのだろうか。
「エルは大丈夫だって言ってたけど……」
できればこっちに来ないでそのままおとなしくしてくれていればいいなと思いつつ、イースは睡眠をとるべく部屋へと戻った。
しかしその願いは見事に裏切られることになる。
◇◆◇◆
「―――ッ」
ガバッ!と。
僕は跳ね起きた。
それにたたき起こされた。
あり得ないほど超密度の魔力元が、警戒のために普段より広くしていた探知網に引っかかったのだ。
あり得ないほどの魔力。
それは僕が今まで見てきた魔獣たちのものと比べても、だ。
「このタイミングってことは多分あの龍だろうな……」
僕を追いかけてきたのだろうか。
もしそうなのだとしたら戦わなければいけないのは確実。
倒せるかどうかはわからないが、文字通りに世界の危機を呼び込んでしまったのだとしたらその責任は取るべきだろう。
僕は大急ぎで部屋を出て、イースのところへと向かう。
今は日の出前、午前3時ほど。
イースはまだ寝ている時間だろうから、起こして、逃げる準備をさせておかないといけない。
「イース、起きろ!緊急事態だ!」
僕はそう叫びながら部屋のドアをどんどんと叩く。
ここが村なら近所迷惑も甚だしいほどの騒音だ。
その音に驚いたのか部屋の中でイースがベッドから転げ落ちるような音が聞こえてくる。
いたぁ、という小さなつぶやきの後に、部屋の中から返答があった。
「何ですか……こんな朝早くに……」
どこか恨めし気な声。
眠りを妨げられたからなのだろうが、今の僕にはそれに取り合ってる余裕はなかった。
「イース、入るよ」
僕はそう言うと、返事も待たずに部屋のドアを勢いよく開ける。
部屋の中には床にぺたんと座り込んでいた寝間着姿のイースの姿があった。
「ちょ……」
イースは寝間着姿が恥ずかしいのか顔を赤らめてわたわたしているが、それを無視して僕は矢継ぎ早に言う。
「イース、昨日言ってた魔獣がこっちに来た。場合によってはイースだけ避難してもらうことになるかもしれないから、用意して」
その言葉を聞いたとたんイースはピタッと動きを止め、僕の方へ驚いたような顔を向ける。
「それは、そういう……」
「どういうって言葉通り。とりあえずここからいったん避難だ」
「そうじゃなくて!私だけ逃げるっていうのは……」
イースが不安そうに言う。
その声は若干震えが入っていて、何かを恐れているようでもあった。
一人で逃げることが怖いのだろうか。
「ああ、ブレスで洞窟が崩壊するかもしれないし……。大丈夫。一人で逃げるったって、やばかったらすぐに僕も合流するし、イースを守ってくれる魔法もかけとくからさ。危険はないよ」
「それならいいのですが……、てっきりエルがやられてしまうことになるのかと思いましたよ」
「まあ、どんな強い敵でも逃げることぐらいはできるさ。死にそうになったら逃げてくるから安心して」
僕はそう言ったが、イースの思ったこともあながち間違いなわけではない。
仮に龍が僕を追いかけてきたんだとしたら逃げることはあまり意味を持たない。
今日ここで、龍に殺されることもあり得ないことではないのだ。
「よし、じゃあ早く着替えて用意をして。食糧とか生活必需品とかも用意しておいた方がいいかな。逃げることになったら必要だろうし」
僕はそう言うとイースを覆うようにして障壁を作る。
物理無効、魔法無効、魔力探知無効、熱探知無効……。
僕から離れると効果は若干弱くなってしまうが、それでもここら辺の魔獣には決して破れないような魔法だ。
よっぽどのことがない限りはイースの安全は守られるだろう。
僕が死んで、魔法の効果が途切れない限り。
「じゃあ、僕は先に洞窟から出てるから。イースもここから出たら、魔窟とは逆側へ逃げるんだよ」
そう言い残すと僕は部屋を出る。
魔力反応はゆっくりではあるがこっちへ近づいてきている。
猶予はあまり残されていない。
急がなければ。
まだ日も登らぬ真夜中。
しかし夜空に輝く更待月のおかげで龍の巨体ははっきりと確認できる。
「近くで見ると迫力がすごいな……」
あの時はかなり距離があったが今回はたったの数キロも離れていない。
僕は再び龍の巨大さに驚いていた。
空の半分を占めるかのような巨躯。
昼間には白く輝いていた龍の鱗は、今は月の光を浴びて鈍く光っていた。
僕の身長ほどはあるんじゃないかという六つの瞳は僕をじっと睨んで離さない。
やはり僕を追いかけてきたようだ。
「なんの恨みがあってここまで追いかけてきたのかはわからないけれど……」
向かってくるのなら倒すまで。
あの時のような恐怖は少し和らぎ、目の前の龍をじっと見据えるだけの余裕があった。
「障壁、展開」
身を守るためではない。
これから起こるであろう戦いの余波から周りを守るためだ。
龍を囲うようにしてあたり数キロに、円状に広がる見えない壁を作り上げる。
イースのいる洞窟を避けるようにして。
衝撃波や魔力、熱や音を遮る壁。
これで障壁の中で僕たちがどんなに戦っても、外に被害が漏れることはないだろう。
あのブレスのような、僕にも理解できない力の塊が飛んでこない限りは。
憂いもなくなったところで僕は龍に意識を戻す。
龍は何を思っているのか、じっと動かずにこっちを見つめていた。
「さて、どうしようかね……」
龍は強い。
とにかく巨大というのはそれだけで強さを表しているようなものだ。
あの巨体ならそこら辺の地盤を引っこ抜いてぶつけても、せいぜい人間に石を投げつけるほどの効果しかないだろう。
鋭い氷塊をいくつも刺したところで、針がチクチクと刺さる程度。
痛いだろうが、それだけだ。
それに、
「ああも高く構えられちゃあね……」
龍が前よりは近いとはいえ、それでも一キロ近くの上空に構えられているのだ。
あそこまで行くとほとんどの魔法は威力が落ちるか、射程外で使えないかのどちらか。
僕が普段使っている熱線の魔法も、一キロ遠ければさすがに弱くなってしまう。
というか普通に通じなかったし。
それに基本的に高所は有利とされている。
僕もそこまで飛び上がればいいのかもしれないが、僕の防ぎきれない魔法がどれほどあるのかもわからないような状況で、高山病になりながら戦うのは避けたい。
能力を使ってどうにかするにしても、集中するべき未知への対処に、酸素量を気にしながら戦いたくはなかった。
「それならあいつを引きずり落とすしかないか」
ただ、さっきから龍にかかる力をいろいろと操作しているのだがどうにもうまくいかない。
それも何か僕の知らない力で防いでるのだろう。
「……骨が折れそうだな」
もしかしたら物理的に骨が折れるかもしれないけど。
もっとひどい怪我をすることだってあり得ないことではない。
無謀な、戦いだ。
しかし
「……こんな無茶をするのは久しぶりだなあ。最近はのんびりしてたから」
魔窟にいた頃を思い出しながら、ふと笑う。
そう。
無茶も無謀もこれが最初じゃない。
魔窟に入ってきたばかり、食糧を手に入れるために始めて魔獣に戦いを挑んだあの時。
生き残るために、強くなるために自分から魔獣の巣へ入っていったあの時。
自らにかけられた呪いを解くために、迷宮へと入っていったあの時。
いくらでも思い出が出てくる。
思えば魔窟にいた頃は、いつも無茶ばかりしていたような気さえする。
今回のそれと同じ。
そう考えると気が楽になる。
さっさと済ませてイースを安心させてあげよう。
「さあて、巨大な龍。どこまで耐えられるかな?」
そう呟くと、僕は手のひらを龍に向ける。
「絶雷」
その言葉が発せられた瞬間。
――巨大な雷槌が、龍の体を貫いた。




