12.前振り
「命拾いしたわね……」
エレーナは木に手をついてもたれかかっていた。
その姿は、世界の支配者である神とは到底思えないほどにボロボロで、顔には疲労が色濃く張り付いている。
満身創痍、その言葉が今のエレーナの状態をあらわすのにちょうどいいだろう。
「まさかの龍神。最悪の事態だったわ。……あいつら、覚えておけよ」
この仕事を投げてよこした議会の老人連中や、危険だとわかっていたのに一人で送り出したウォルトに対し、悪態をつく。
普段の口ぶりすら忘れて憎々しげな声を出すエレーナだったが、ここで起こったことはそれほどのことだったのだ。
事実、龍神が別のほうへ興味を向けてくれていなかったら死んでいただろう。
龍神。
邪龍の眷属であった神獣の一匹。
神獣のほとんどは神によって討伐がされていたが、まだ生き延びているものの中でも最強の魔獣。
それが今回の魔獣暴走の原因だった。
「討伐失敗したって聞いてたけど、あれはやばいわね……」
第三位が出張ってまでの討伐が、失敗。
そうは聞いていたものの、実際に対峙してみるとその事実がより一層際立って感じられる。
戦闘向きではないとはいえそれでも第八位を預かるエレーナの攻撃でさえ、龍神に対して何の効果も出ていなかったのだ。
「まあ、見た感じウォルトみたいな特殊能力系は龍神には効果薄いか……。今度討伐に行くときはクリスティアとかパウロとかの超火力系を主軸にした方が……」
そうじゃないと通りそうもないし、と考えたところでエレーナはふと、龍神に唯一効いていた攻撃を思い出す。
結果的にエレーナを救うことになった第三者の熱線。
その攻撃のおかげで龍神の注意がこちらからそれて、逃げることができた。
あの一撃は神であるエレーナから見ても、驚くほどの魔法だった。
事実、龍神にダメージを与えることができていたのだから威力は相当のものだったのだろう。
神の中にもあんな魔法を使えるものがどれほどいるだろうか。
空を見上げながら、エレーナは龍神の去って言った方角を思い出す。
「逃げきれてればいいけど……」
龍神は、熱線の原因へと意識を向けてそちらの方を追いかけていった。
結果的には擦り付けるような形となってしまったことにエレーナは罪悪感を覚えずにはいられなかった。
それが自身を救ってくれた恩人となれば、なおさらのこと。
龍神は決して早く飛行できるわけではないので、あの攻撃が全魔力を振り絞った攻撃とかでなければ逃げるのは簡単だ。
しかし、狩りの邪魔をされた龍神がその対象を諦めるかどうか。
自分を救ってくれた恩人を守るためにも、早く天界へと戻って討伐隊を結成しなければと思いつつ、エレーナは木から重心を戻すとふらふらと危ない足取りで森の中を歩き始めた。
◇◆◇◆
「どこに行っていたんですか!心配したんですよ」
洞窟へ帰った僕を待っていたのは、珍しく怒っていたイースだった。
帰ってきてドアを開けるや、怒りの声を浴びせられたのだ。
僕はその様子に少し驚く。
感情をこんなに表に出しているイースを見るのは初めてだったからだ。
「ちょっとそこまでね。……ひどい目にあったけど」
その言葉に、イースははっと気づいたような顔をする。
「よく見ると、ボロボロですね。あ、傷も……。一体何があったんですか?」
「いやあ、化け物に出くわしちゃって。必死の体で逃げてきたんだ」
化け物、と聞いてイースは訝し気に眉を顰める。
どんなものかを想像できなかったのだろうか。
「化け物……、ここにいた邪龍のようにですか?」
「いや、そんな雑魚みたいなもんじゃないよ。……あれは、本当の怪物だった」
「邪龍が雑魚……」
まさかそこまでとは思っていなかったのだろう。
不安げな様子で僕に問いかけてきた。
「それは、大丈夫なのですか?こっちに来たりしたら、私たちは……」
「ああ、追いかけてくる様子はなかったからな。たぶん大丈夫だとは思うんだけど……」
本当にそうだろうか。
確かに龍はあの時には見える範囲にはいなかった。
ただ、それは諦めていたのではなく、追いかけてきていたけれど単に龍のスピードが遅くて見えなかっただけだとしたら。
僕の逃げた方へ向かって今も追いかけているのかもしれない。
「やっぱりあそこで龍に攻撃しちゃったのは間違いだったな……」
後悔したように呟くが、もう遅い。
そもそもあれは本能的なことだったので不可抗力ともいえるだろう。
そんな理屈は龍に通用しないだろうが、悔いても仕方のないことだ。
それよりは先のことを考えようと、おびえている様子のイースを元気づける。
「まあ何とかなるよ。龍が来たって本気を出せば倒せないこともないだろうし」
「そうでしょうか……」
「うん、大丈夫。それよりも早く休みたいな。長い距離を飛んできたことだし疲れたよ」
魔窟を一往復した上に龍から逃げ回って。
精神的にも肉体的にもかなり疲れてしまった。
これからのことは明日考えればいいだろう。
そう考えると僕は、イースにお休みを言って部屋へと戻る。
できれば龍が追いかけてきてなければいいなと思いつつ、布団に入って眠りについた。




