19.投下
レーゲンタール本陣。「亜神現る」の知らせを受けて、そこはまるで戦場さながらと言った騒ぎを見せていた。まあ実際、戦場ではあるか。
せわしなく動く天使たちをかき分けるように僕らは本陣の最奥、簡易司令部に向かって歩く。
「なー、これってもう僕らの出番なんじゃないの?」
「まだ西方大陸守護軍からの要請が出てないわ。今行けばあなたの独断になってしまう」
「早くいかないと、今戦ってるらしいアモス君やられちゃうかもよ」
「まさか一人で戦うなんてね。撤退してくると思っていたけど……、でもアモスは下位議会の所属で私たちは最高神。あんまり手を貸してほしくないと思っているのがいるんでしょ」
「なるほどなあ。権力闘争って感じ?」
「そうね」
「くだらないなぁ」
しかし報告に来た天使の様子を見ると、どうも助けを求めているようだった。ここはプライドなんて捨てて僕らを頼るべきなんじゃないかな――などと考えていると、司令部に到着する。
そこでは何人かの天使たちと険しい顔で議論する神の姿があった。この戦場に派遣されてきたもう一人の下位神、魔剣神フスカである。
「フスカ君、僕らの出番はまだかな」
「これは龍神様方。このようなところにまで何用ですかな」
「戦況は同なのかと思って――亜神が出たそうじゃない。私達の出番なんじゃないかしら?」
エレーナの言葉にフスカは「いえ」と答える。
「鑑定神様方に出ていただく必要はございません。現在アモスが対処中ですので、皆様方の手は煩わせないかと」
「あら、随分と険しい顔をしていたみたいだけど?報告に来た天使だって助けが必要だと思っていたみたいだし――」
「そのようなことは!あくまで我々のみで対処できる事です」
フスカが慌てて否定すると、イースが僕の背後でため息をついた。フスカの肩がビクリと震える。
「魔剣神。エル様が助力をしてくださると言っているのです。まさかその申し出をあなた方のプライドのために断ったわけではないでしょうね」
「せ、生成神様。そのようなことは――」
「では鎧殻神が、亜神に逃走されることもなく討伐を完遂できると。あなた方にはその確信があるのですね?」
「……もちろんにございます。只今、鎧殻神の援護のために予備部隊が向かったところで――」
「――報告いたします!!」
イースの強気な言葉にフスカがそう答えたその時だった。司令部に血相を変えた一人の天使が飛び込んできた。よほど飛ばしてきたのか息は上がり、服もところどころがボロボロになった天使が。
「鎧殻神様、亜神との戦いに敗北!!!現在生死不明の状態です!!」
「――なんだと!?!?」
神の敗北。そう告げた天使の言葉にフスカは驚きの声を上げる。亜神とはあくまで神に劣る力しかないはずの存在である。フスカもまさかアモスが負けるとは思っていなかったのだろう――その目は見開かれ、とても信じられないと言った表情を天使に向けていた。
「――……ふむ」
「――ッ!!」
イースの呟きに、呆けていたフスカが反応する。それもそのはず、つい先ほど「アモスが負けるわけない」とその口で言ったばかりなのである。イースがじいっとフスカを見つめると、フスカは慌てたように目を泳がせた。
「鎧殻神が負けたようですが。大人しくエル様の言葉を受け入れておけばよかったものを――……で、どうするんです?次はあなたが行くんですか?」
「――っ、生成神様……」
フスカはがっくりとうなだれると
「予想外の反撃につき我が軍は極めて劣勢にあり……、この事態を打開すべく、監視官の皆様の力を、お借りできないでしょうか……っ」
「それが西方守護軍の総意と言うことで構わないのですね?」
「……はい」
フスカの言葉を聞いて、イースは「最初からそう言っていればよいのです」と冷たく言い放つ。
「ではエル様。私が行ってまいりましょう。すぐに済ませて帰ってまいります」
「ん?いや僕が行くよ。敵とは一度会ったこともあるし――」
と、言って僕は気づく。そう言えば鎧殻神を倒した亜神って、ラビルを襲った勇者なのか?
ラビルを襲った敵は三人、その内僕と交戦したのが亜神であることは分かっている。普通に考えればそれ以外の二人も亜神だろう。その他の都市がラビルと同じように襲撃されている事を考えると、多数の亜神が帝国側に居ることが分かる。
僕は、報告を口にしてから跪いた姿勢で動かない天使に「ねえ」と声をかける。
「亜神の姿と能力は分かる?」
「はい!亜神は黒髪の少女のような姿をしており、空間を歪めた隙間から取り出した武器のようなものを攻撃手段としていました!おそらく空間を歪める能力か何かなのかと思われます」
「なるほど。じゃあ僕がラビルで見た奴だな。なら――やっぱり僕が行こう」
ラビルを襲撃した亜神は、僕の世界の兵器を使っていた。ならばこの中で唯一それを知る僕が対処すべきだろう。
「敵の位置は把握できてる?」
「いえ、上空へ飛び去り現在行方が分かりません」
「参ったな。……帝国陣に攻撃したら出てきてくれるかな?」
「――いえ、そんな必要はないわよ」
どこに行ったのかも分からない亜神を炙りださなければいけないかと僕が考えると、エレーナがふとそう言った。
「亜神がどこにいるのかわかるの?」
「ええ。どうやら敵さん――ここに向かってきてるみたい。私の探知についさっき引っかかったわ」
「――んなっ!」
エレーナの言葉にフスカが変な声を上げる。
「そんなはずは――……おい!探知のための魔法陣が設置してあっただろう!反応は!?」
「いえ、それが……半径一キロ圏内に敵影は認められません!」
「うん、僕の探知魔法でも見つけられないけど……」
「そりゃそうよ。一キロぐらいじゃあね」
エレーナは少し誇らしげに笑うと、上を指さして言った。
「敵さんは上よ。何が目的か分からないけど、ちょうどこの場所の――上空一万メートル。今は静止してる」
「一万メートル?」
「ええ。高すぎるけど――奇襲攻撃でもするつもりかしらね」
エレーナの言葉を聞いて、僕は眉を顰めた。何故そんな上空に――そう思ったからである。
上空に居る。初めそうエレーナが言ったとき、僕はラビルでやったように空爆でもするのかと考えた。しかし一万メートルも上空に居てはピンポイントな爆撃などできない。
やはりエレーナが言った通り、落下からの奇襲を狙っているのか?それとも――
「――まさか」
ここは戦場。ラビルと違い民間人もいないから、周りを気にする必要なんてない。
あるいはもしかしたら。ここら一帯をまとめて吹き飛ばしてしまうぐらいの爆撃をするつもりなんじゃないだろうか。
そして僕は、それができる兵器の名も知っている。
■
上空一万メートル。元の世界じゃ飛行機ぐらいでしか到達できない高さの空で、ヒカリは酸素マスクを外すと白い息を吐いた。
亜神の体は頑丈だ。マイナス50度、四分の一気圧の中でも気を失うことがないらしい。
体を震わせ、下を見る。この高さからならレーゲンタールの全てが見渡せる。目立った森も見当たらないような広い盆地。散発的に見える光の正体は帝国軍の大砲によるものだろう。レーゲンタールの外に目を向ければ、南に山地が、西側に帝国の領地がうっすらと見え、北の魔窟は何やら霞がかっていて見えなかった。
「――寒い。早めに終わらせて帰る」
ヒカリはそう呟くと、視線を真下――天界軍の本陣に向けた。アモスを倒したとはいえ未だ本陣が残っていると言う事は、まだあそこに別の神が残っていると言う事。そしてその神はアモスより階級が高い――つまり、強いはずだ。
アモスは強かった。罠に嵌ってくれたからよかったものの、あのまま消耗戦を続けられていたらヒカリだって危なかっただろう。仮に本陣にそれよりも強い神が居た場合、ヒカリは苦戦を強いられることになる。そして現在レーゲンタールに居る亜神の中ではヒカリが最も強い。だから他に任せることもできない。
「だったら……まとめて吹き飛ばす」
だったら戦わなければよい。最初の一撃で何もかも破壊しつくしてしまえば、いくら強い神が本陣に居ようと関係ない。この高さから爆弾を投下すれば、本陣に到達する頃には音速に迫るほどの速さになる。仮に探知魔法が一キロほどの範囲まで張り巡らされていたとしても、探知から爆発まで二秒とない。対処は不可能だ。
「……ん」
そこでふと、ヒカリは仲間たちの居るはずの塹壕に目を向ける。
天界軍の本陣から最も近い帝国軍の塹壕は、直線距離で約三キロほどだ。爆破の余波に巻き込まれる可能性のある範囲内だ。もしかしたらヒカリの攻撃で帝国軍が被害を受けるかもしれない。しかし――
「でも、命令だから」
そんなことは考慮してはならない。
いかなる犠牲を払っても天界軍に勝利しろ。それが帝国から与えられた命令なのだから。
だからヒカリは、それがどれほどの被害をもたらすかを考えるのをやめた。ただ最も効率の良い勝利のために、命令に従い、自らの持ちうる最大の破壊を遂行すべく口を開いた。
「取得:B61――自由落下式核爆弾」
ヒカリの能力によって生じる空間の隙間は最大の大きさが決められており、それを超えるサイズのものは『取得』によって取り出すことができない。そのため高い火力を持つ大きめの兵器は、『顕現』でその一部のみを外に出して利用する必要があった。
しかし今、闇より現れ地上に投下されようとしているそれは、それがもたらす破壊力を考えるとあまりにも小さすぎる代物だった。
航空機に搭載可能な核弾頭として開発されたB61――その直径は約30センチ超。細長い形の爆弾が顔を出し、そしてそのままヒカリの手を離れて落ちていく。TNT換算にして50kt相当の爆発。爆弾が落下を初めてしまった今、それを止められるものはもういない。
――はずだった。
「――……?」
数分後に訪れる爆発から身を守るため、自らを空間の隙間に入れてその場を離れようとしたヒカリだったが、その寸前、すぐ近くから魔力の高まりを感じて眉をしかめた。
ここは上空一万メートル。誰かが居るはずもない――
そう思って魔力の出所を探ろうとしたその瞬間。ヒカリの目の前に神の法衣を纏った男と女が、唐突に現れた。
■
「――ヤバいかも!」
「なあに?突然大声出して」
僕の大声にエレーナがそう言うが、僕にはそれに答えていられる余裕はなかった。高度一万メートルの上空で、何者かが特殊魔法を使おうとする気配があったからである。
もしそれが、あの兵器を自在に操る亜神だとしたら、もしかするとアレをやろうとしているのかもしれない。人類が――この世界も含めて――持ちえる最強最悪の攻撃、核攻撃を。
「亜神が何かを落とそうとしてる!聞くけど――ここって防御魔法ある?」
「は、本陣は第二位階の加護を受けた天使たちによる絶対の守りがなされています。何が来ても安全でございます」
「じゃあ聞くけど、ここの防御で龍神のブレスは防げる?」
「は?龍神様の――ですか?」
「いや僕のじゃなくて、神獣の方!」
「そ、それは――」
慌てた天使の様子から、僕はその答えを察する。まあ、初めから期待しては居なかったが本陣の防御魔法では核攻撃を防ぐことはできない。ならどうするか――
「エレーナ!僕を亜神の所まで飛ばせるよね!」
「はぁ?無理よそんなの。私、ウォルトみたいに転移魔法使えないもの」
「言葉が足りなかった!僕が転移魔法使えるから――君の魔法で補助すれば亜神の所まで行けるよね」
「え、ええ。それなら」
僕の転移魔法は一度訪れたことのある場所にしか転移できない。それは魔法自体の制約で、元々の転移魔法の使い手であるウォルトでも同じだろう。しかしウォルトは初対面の時、僕の目の前に転移してきた。ウォルトが一度迷宮に行ったことがある可能性もあるが、それよりも、僕と言う対象をピンポイントに狙って来た可能性の方が高い。
何故そんなことができたのか。それは彼自身も言っていた通り、エレーナの補助があったからである。
「今すぐやって!と言うか君も来て!」
「えぇ?急にどうしたのよ全く――」
「――早く!!」
「あーもう」と言いながらエレーナが上を見上げると、次の瞬間僕の頭に大量の情報が流れ込んでくる。亜神の位置のデータだ――そう分かった次の瞬間、僕はエレーナを巻き込んで転移魔法を発動させる。
「転移ッ!」
そう呟くと周りの景色が変わり、強烈な減圧が僕を襲う。しかしそこは神の体――うっと息を吐くだけで済ませる。
それよりも――
(爆弾はどこだ!?)
ぐるっと回りあたりを見ると、少し離れたところに僕らを見て驚いてる黒髪の少女がいた。おそらく亜神――しかし今は彼女に構っている暇はない。少し下を見ると、今まさに加速しようとしている何かの姿があった。幸いなことに爆弾は投下されて間もないらしい。
僕は飛翔の魔法を使い下に飛ぶ。爆弾が地上に落ちるまでには何とかなりそうだ――しかしどうする?
(破壊――いや、ダメだ!爆発するかもしれないし――いや、これってどうすれば爆発するんだ!?)
僕はこの核爆弾の仕組みを詳しく知らない。下手に触れたら爆発する危険性がある以上、破壊または信管の解除などはできない。だとすると――転移しかない。
(でもどこに!?海――ダメだ、この世界に来てから一回も海に行ったことがない。だったら――……魔窟!)
一瞬の判断の後、僕は落下する爆弾に触れ転移の魔法を発動する。場所は魔窟の奥地。あそこなら人間は住んでおらず、自然現象も魔窟内で完結する。
「――……はぁ。一件落着かな」
爆弾を転送させた僕は、再び転移でエレーナの元に戻る。この間数秒、現れた僕の姿を見てエレーナが「あらおかえりなさい」と言った。
「それで、どうなったのかしら?全く話が見えてこないんだけど」
「彼女が本陣に落とそうとしてたものを、僕が転移でどっかに飛ばした。これで事件解決ってとこかな」
「ふーん。あなたがそんなに焦るなんて――そこまでの物だったの?」
「じきに分かるよ」
転移先はここよりも高度が低い場所だ。だったらもうすぐ地上に着弾して爆発するはず――
と、そう考えた次の瞬間、眩い光が地上を襲った。あまりの眩しさに思わず目を閉じる。そして再び開けた僕らの目に飛び込んできたのは、ここ高度一万メートルからでもわかるほどに大きな――そして黒い雲が立ち上がる姿だった。場所は北、魔窟の中。レーゲンタールからは十キロ以上も離れた場所だ。
「――な、に……?何よあれ……」
「あれが撃ち込まれようとしていた兵器。危なかったでしょ?」
「危ないなんてもんじゃない。あれは――もしかしたら龍神のブレスなんかよりもずっと……」
その破壊の痕跡を目の当たりにして、エレーナは驚愕した様に目を見開く。それもそのはずだ。この世界に存在するどんな魔法よりも――世界を破壊するとまで謳われた龍神のブレスよりも――強力な破壊を目の当たりにしたのだから。
「……さて。じゃあ次は――」
しかし驚いてばかりでもいられない。何故ならそれを引き起こした張本人が未だ残っているのだから。
黒髪の少女。彼女もまた魔窟で起きた核爆発を、驚いたように見つめていた。その理由はエレーナとは別であろうが。
「――君だ」
「……あなたは誰。一体何をしたの」
「僕は第二位、龍神エル。あれは危険だったから、僕が転移させたんだ」
「――ッ!?」
第二位。その言葉を聞いた瞬間、少女は自らの背後の空間を歪め隙間を作る。そして体を丸めて隙間に入ろうとして――何かを察して息をのんだ。
「ああ、転移は封じさせてもらったよ。今この空間は外と隔絶されている。君の転移魔法はその隙間に入って移動するみたいだけど――まあどんな方法であれ、壁を超えることはできない」
転移の妨害。僕が使った魔法はウォルトの使っていた防御の魔法の劣化版だ。どうやらあの魔法は空間の断絶らしく、それを張ると転移ができなくなる。なんでも高次元の壁を作り出すからだとか――もちろん、僕も転移はできなくなるが。
少女は別の場所から隙間を開き、そこから脱出しようと試みる。しかしそれが不可能であることを悟ったのか、隙間を閉じ、僕を睨みつけた。
「さて――そう言えば君の名前を聞いてなかった」
「私はヒカリ」
「……それだけ?苗字もあるだろう?」
ヒカリは一瞬目をパチリとさせ、
「……二宮光」
と、そう答えた。
ニノミヤヒカリ。それはどう考えても帝国や王国の名前ではない。僕らの世界の名前である。エレーナがヒカリの言葉を聞いて、「……勇者の名」とぽつりと言った。
「ヒカリ、あなたは勇者なの?帝国は勇者召喚の魔法を完成させていた?」
「……勇者?知らない」
「ふうん?じゃあ質問を変えよう。何故君は帝国に与しているのかな。君個人の意思か、それとも雇われたとか?」
「それが命令だから」
僕の質問に、ヒカリは無機質にそう告げた。「なるほどね」とエレーナが言う。
「それが――あなたが私を連れて来た理由ね。あの子の首についてるの、隷属の首輪でしょう」
「ああ。君なら解除できるよね」
「あなたでもできるじゃない」
「戦いながらじゃ無理だよ」
ヒカリの首についた黒い首輪――それはこの世界で広く使われていた隷属の首輪とは少し違う形をしていた。形だけではない、おそらく機能も違うだろう。帝国が開発した新型の首輪である。
ラビルで彼女に始めてあった時、ちらりとその首輪が見えた。通常の隷属の魔法と比較して、より複雑で強力な魔法。一瞬見ただけでは解除は困難で、再び相まみえることがあったとしても戦いながらの解析は不可能だと思えるほどのものだ。
だから僕はエレーナを連れて来たのだ。魔法の解析に関して僕よりもはるか上を行く彼女を。
「頼んだ」
「いいわよ。でも少し時間がかかる。それまで守ってね」
エレーナが『鑑定』と口にすると、小さな魔法陣がヒカリの首輪とエレーナの目に発生する。何かをされている、という感覚がヒカリにも伝わったのだろうか――ヒカリは首輪に手を当てると、すぐに臨戦態勢に入った。
「顕現:L7 51口径戦車砲――ッ!!」
「おお、そんなこともできるのか」
隙間から顔をのぞかせたのは長く伸びる戦車の砲身。戦車そのものは出すことができないみたいだが、砲身だけを出した状態でも攻撃自体はできるらしい。
「まあでも――『停止』」
「なッ……」
砲身が火を噴き、タングステンの徹甲弾が発射される。しかし物理力をほとんど完全に操れる僕からしてみれば、現代兵器など恐れるに足らない。エレーナめがけて発射されたその弾丸は、僕がその言葉を口にすると同時に、何かに掴まれたかのようにピタッと停止した。
魔法の障壁に弾かれたわけでもない、勢いを完全に失った砲弾を見てヒカリは声を漏らした。
「そう言うの、僕には効かないかも」
「……取得:M84スタングレネード」
「――!水壁、闇壁!」
ピンを抜いてこちらに投げ込まれたのは、音と光で耳と目を攻撃するスタングレネード。僕は慌てて基礎的な二つの防御魔法でグレネードを囲う。風――つまり音に強い水属性の防御魔法と光に強い闇属性の防御魔法の重ね合わせ。黒い幕が完全にグレネードを覆い終わったその直後、キーンという小さな音が鳴り響いた。
隙間から新たにガトリングガンを取り出したヒカリ。スタングレネードで視界を奪って防御の暇なく叩き込もうとしていたのだろう――しかし僕は目も耳も万全。防御魔法を発動させ、鉛玉の雨を難なく防ぐ。
「残念」
「この人、なんでっ――」
なんで知ってるの、とそう口にしようとしたのだろう。しかしヒカリが言い終える前に、彼女の首輪からパキンと小さな音が鳴った。ヒカリが慌てて首筋に手をやると、触れられた首輪はボロボロに崩れ去った。
と、同時にガトリングガンの掃射がやむ。
「――終わったわよ」
「早かったね。もっとかかると思っていたんだけど」
「所詮人間が作った魔法よ。大した事なかったわ」
フンと鼻を鳴らしそんなことを言うエレーナ。
「命令の中には『帝国の命令に逆らってはいけない』と言うものもあった。彼女たちが従っていたのはそれが理由ね。でも――首輪を壊したとはいえ、記憶は残る。命令が消えたからと言って帝国に味方しないってわけじゃないわ」
首輪が壊されたヒカリは、首筋に手を置いたまま呆然としたように浮かんでいる。命令から急に解放されたのだ、今は混乱の中にあって攻撃もしてこないが――冷静になるにつれて、僕たちに敵対する道を選ぶ可能性もあると言う事だろう。何年間だかは分からないが、彼女は今まで帝国に居たのだ。情が湧いて、あるいは帝国の主張に自分の意志で賛同する――考えられない話じゃない。
しかし
「ま、大丈夫でしょ」
「あなたねぇ。適当なこと言って――」
「まあ見てなって」
僕は未だ呆けたように浮かぶヒカリに近づいていく。そんな僕に、ヒカリはビクリと警戒するように震えた。
「えーっと、ヒカリさん?僕は君らの味方だ。帝国は君らを不当に拉致し、あまつさえ戦わせていた。僕たちの目的は、君たちの解放だよ」
「……そんなこと、信じられない」
僕の言葉に、ヒカリは僕を睨みつけながらそう言った。しかしその目線は警戒と言うよりも恐怖。首輪の作用で押さえつけられていた恐怖心が戻ってきているのだろう。
「本当だよ。現にさっきも僕は、攻撃してくる君を傷つけることはしなかった」
「でもアモスとかいう神は私の事殺そうとした」
「僕らはあれとは別の目的で動いている」
「……どういう目的?」
「それは言えない」
ヒカリはむっと口をとがらせる。警戒する子供のような表情――どうやら不信感を持たれてしまったらしい。
でも――
「ま、君たちに危害を加えるつもりなんてないよ。それよりも――天界っていいところでね。ご飯は下界とは比べ物にならないぐらいおいしいし、お風呂だっていくらでも入れる」
「……だから何。私は別にそんなもの――」
「テレビもゲームもある」
「むっ……」
食いついた食いついた。僕は心の中でそうほくそ笑む。
口では興味ない風なことを言っているが、ヒカリの表情は天界に興味深々なことを物語っていた。それもそうだろう。彼女は恵まれた日本からこんな帝国に連れてこられ、食事も衛生環境も劣悪な環境で暮らしてきたのだから。
「僕たちについてきてくれたら、豪邸で三食昼寝付きの生活を保障しよう。庭にはプールもあるし、トレーニングルームもゲーセンもテニスコートもある」
「……マッサージ室は」
「お望みであれば」
「じゃあ行く」
はいちょろい。そうだよね、現代人に大義なんてないよね。あるのは欲望だけだよね。
後ろを見ると、僕らの会話を聞いていたエレーナが呆れたようにあんぐりと口を開いていた。




