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18.鎧殻神 vs ヒカリ

 


「何事だ!!」



 ヒカリの放った艦砲射撃。その爆音と衝撃は、天使たちに守られた後方にいたアモスにも感じられた。

 戦場に今も時折鳴り響く、大砲の射撃よりもひときわ大きな爆発音。アモス達の猛攻にまた新たな兵器でも持ち出してきたかと考えるアモスに、しかし天使たちはそれには答えなかった。



「アモス様!!敵陣より我々の守りを突破し、何者かが飛来してきています!!第四位階天使だけでは止められません!!」


「何?敵は何人だ!」


「単独です!!」



 知らせを聞いてアモスは驚く。単独で敵陣に乗り込みながらも、天使たちでは迎撃が不可能な敵。そんな者が人類の中に居るとは思えなかったからである。



「敵は上空を旋回しています!おそらくアモス様を探しているものかと!お逃げください!!」


「いや、ここで迎え撃つぞ。敵がこちらまで来ていると言う事は、塹壕を襲っている第三位階もやられた可能性がある。奴を放っておいたら我々に勝ち目がないぞ」


「なおさらです!複数の第三位階が倒されると言う事は、アモス様でも危険かと!!ここはいったん――」



 しかし天使は、アモスへの忠言を最後まで言い終えることができなかった。

 ガラスの単眼でこちらを狙う細長いミサイル。火を噴きながら近づいてきたそれが、アモスに突っ込み爆発したからだ。



「――ッ!」


「アモス様!!!」



 アモスを取り囲むように布陣していた天使たちが吹き飛ばされ、遠くからアモスの名を呼ぶ声が聞こえてきた。しかし直後、モーターの回る音がしたかと思うと光の雨が天使たちを襲った。機関銃の掃射。それも塹壕に配置されているものよりも半世紀進んだ代物によるものだった。

 アモスは咄嗟に自身の特(・)殊(・)魔(・)法(・)を使い、その身を守る。しかし布陣していた天使たちはほとんどが銃弾に貫かれて地に伏した。



「くッ――……何者だ。もしや――」



 いつの間にか上空に小さく、人の影があった。飛び回っていたという話だったが、今はアモスを見て止まっている。きっと目標を見つけたからだろう――アモスはそう思う。

 長い黒髪に白くも黒くもない肌。帝国では珍しくもない見た目の女だった。ただ一つ、無機質に自身を見下ろす青い目を除いては。



「――アモス様!助太刀いたします!」


「ん、生きていたのか」



 声をかけて来たのはアモスを守る部隊の隊長を任されていた第四位階の天使。少し遠くにいたために掃射を免れたのだろうか、アモスを守るように少女を睨みつけるその天使に、少女の唇が動いた。



「――まずい」



 『取得』と少女が口にすると、空間が割れ、そこから何かが顔を出して回転を始める。先ほどの弾丸の雨、天使では耐えられない攻撃だ――そう判断したアモスは天使と少女の間に割って入った。次の瞬間、カンカンッ!という音と共にアモスの体が弾丸を弾く。



「――ぐ」


「アモス様!?」



 守るべき主に守られた天使は困惑の声を上げる。一方少女はアモスが弾丸に貫かれなかったことに疑問を持ったのか、遠くからわずかに分かるほどに小さく首を傾げた。



「アモス様、何を――」


「見ただろう。お前の勝てぬ相手だ。逃げろ」


「そういう訳にはなりません!いくら私に敵わぬ相手でも、一矢報いることができれば結構!アモス様の盾となります故!」


「そうではない!逃げて――本陣にこれを伝えよと言う事だ!この少女は亜神だ!!」



 先ほどの攻撃で、少女は空間を歪めて兵器を取り出した。それは通常の魔法では決してできない事である。

 特殊魔法。神や勇者でない身でそれを使える者は亜人と定義され、天界はこれを最優先討伐対象とした。何故ならば亜神は天界の脅威足り得るからである。


 龍神の報告にあった亜神。それが現れたというアモスの言葉に天使は目を見開く。



「な、亜神……――ならば!ここは私が。アモス様が本陣に戻りお伝えください!」


「勘違いするなよ。お前が伝えるべきなのは少女の存在と――この私が、亜神を打ち倒すという事だ。わかったらさっさと行け。これは命令だ」


「――ッ、了解いたしましたッ!!」



 天使は命令には決して逆らえない。アモスに命令であることを明言され、天使は苦渋の表情で了承して飛び上がった。空に浮かぶ少女は飛び去る天使を一瞥し、しかしすぐに視線をアモスに移す。


 破壊されつくされたこの場に、立っているのはアモスと少女だけ。アモスは飛翔の魔法使い、動かない少女に近づいていく。



「――取得:RPG-7 対戦車ロケットランチャー」


「――ッ、硬化ッ!!!」



 近づいてくるアモスを見て、少女は表情をピクリとも動かさずに禍々しい空間の隙間から取り出したそれを構え、発射する。

 少女の持つ筒が後ろに炎を吐き出したかと思うと、頭が膨らんだ槍のような形をした弾頭がアモスを襲う。しかしその寸前、アモスは自身の特殊魔法を発動させた。体の周りを堅い外皮で覆う魔法。『硬化』とそう唱えた次の瞬間には堅牢なバリアがアモスを包み込んだ。

 そして――ロケット弾がアモスの外皮に着弾。アモスは息をのみ――



「――チッ。礼儀もクソもない女だな」


「……堅い。面倒そう」



 爆炎が晴れた後にあったのは、体中に軽い火傷を負いながら、しかし五体満足で厳しい顔をするアモスの姿。アモスの悪態に少女は独り言で返事をする。


 堅い――堅い?それは当たり前だ。アモスの体の硬度は天使にも引けを取らず、特殊魔法を発動したアモスに至っては、その硬さは天界随一と言っても良い。いかなる魔法であっても外皮――『鎧殻』と、自身の神名にもなっているその守り――を貫けはしないというのがアモスの矜持だったのだ。

 それがなんだ。敵の軽くはなった只の一撃に、火傷を負わされた。傷自体は決して深くはないが、それでもこの事実はアモスのプライドを傷つけるのに十分だった。



「――女。よくも俺の体に傷をつけてくれたな。ただで死ねると思うなよ」


「別に死なない。私はヒカリ、貴方の名は?」



 アモスが睨みつけて言うと、ヒカリはそう返答した。名を聞かれたアモスは一瞬口をつぐみ――



「――第四十八位ジーク家が筆頭、鎧殻神アスモ。それが貴様を打ち倒すものの名だ。天界の敵よ」



 そう言った。



 ■



(……四十八位。下級神か中級神だから、そんなに強くない。鎧殻神という名前を持っているから、特殊魔法は鎧を纏う魔法?)



 神について、下界で知られていることは少ない。しかし帝国は独自に神についての情報を調べ、そのすべてを彼らと戦うことになるであろうヒカリたちに伝えていた。

 例えば、神は名を聞かれれば必ず名乗らなければならない事。神には階級があり、強さはその階級でほとんど決まっている事。神の名はその特殊魔法を表していることが多い事。

 アモスに名を聞いたのも、それらの情報を得るためだった。



「取得:バレットM82(対物ライフル)」


「フン、またその奇妙な武器か。しかし――」



 そう言ってこちらをめがけて突撃してきたアモスめがけ、ヒカリは引き金を引く。ガンッ!!!とおおよそ銃器から発生するとは思えない音がライフルから聞こえ――



「そんなもの――効かぬッ!!」



 ――しかし、当たれば人などばらばらに消し飛ぶほどの威力を持った弾丸をもってしてもアモスを止めることはできなかった。ガンッ!と鎧殻が弾丸を弾く音が聞こえると、ヒカリの目の前にアモスの拳が迫る。



「――ッ!?……取得:AIM-9Xサイドワンダー(空対空ミサイル)ッ!」


「これはさっきの――」



 ヒカリはそれを間一髪のところで避けると、ミサイルを発射してアモスの動きを止めた。しかしミサイルの直撃を受けたはずのアモスの体には目立った傷はない。それを見てヒカリはむっとした表情を見せた。



「……硬すぎ。ライフルもミサイルも効果なしなんて」


「俺に傷を負わせたことは褒めてやるが――それで全力か?」



 ヒカリが初めて表情を変えたことで気をよくしたのか、アモスが笑いながらそう言った。ヒカリは「そんなわけない」と小さく呟く。

 しかし対物ライフルは、ヒカリが『取得』できる武器の中ではトップクラスの火力を持つ。それが効かないとなるとアモスに有効打を与えるのは困難である。『顕現』で全体を取り出せないほどの大きさの兵器を使うと言う事もできるが、声が届くようなこの距離感であればそれも難しい。下手に艦砲など撃てば自爆する可能性すらあるからだ。

 ならどうするか――



「うん。これかな。――じゃあバイバイ」



 ヒカリはそう言うと、アモスに背を向けて飛び去ろうとする。アモスは一瞬「?」とそれを見逃したが、すぐに我に返りヒカリの背中を追った。



「なんだ鬼ごっこか?しかし、逃げると言う事は俺の鎧殻を貫くことはお前には不可能と言う事――追いついた時が、貴様の終わりだと思え!!」


(……やっぱり馬鹿正直に追いかけてきた。神はプライドが高い)



 ヒカリは背中に張り付いてくるアモスを一瞥し、そう考える。

 そう。逃げた――アモスの言葉もあながち間違いではないが、しかしこれは戦略のための逃げである。アモスと距離を取る。戦車砲や艦砲などで攻撃をするためにはそれが必須である。

 しかし――



「はははッ、どうした!その程度のスピードしか出んの――かッ!!」


「――ッ!取得:GUA-12イコライザー――」


「遅いわ!」



 ヒカリが身をよじり軌道を変えると、そのわずか横をアモスの拳が通過した。わずか数センチ。ブオッ!っという風圧がヒカリの顔を煽り、飛行の体勢がわずかに揺れた。

 誤算、それはヒカリがあまり飛行魔法を得意としていなかった事だった。アモスの方がわずかに速く、直線で移動するとすぐに追いつかれてしまう。結局ヒカリは、さながらドッグファイトでもしているかのように蛇行して飛びながら、機関銃でアモスを近づけさせない事しかできなかった。

 しかしその機関銃も、アモスに傷を与えるのには足りない。弾丸の雨の中、アモスはそれを歯牙にもかけずにヒカリに向かう。



「――だから効かないと言ってるだろうが!いい加減諦めろ」


「……本当に硬い。――もういいや」



 距離を取ることは叶わない。そう判断したヒカリは、小さく息を吐く。そして――



「取得:MTフレア」


「――む、なんだ?目くらましか?」



 ヒカリがそう告げると、隙間から大量の火の玉が空中に投げ出される。ミサイルに対するデコイとして用いられるそのフレアの眩しさにアモスが思わず減速すると、その隙を見てヒカリはアモスの上に飛び上がる。



「取得:M84スタングレネード」



 アモスを下にしたヒカリは、手にしたそれの栓を取り投下する。アモスの目の先目掛けてグレネードが落ちていき、そして一瞬の後――



「――ッ!!!!!」



 カッ!!!と凄まじい閃光と爆音がアモスの目と耳を襲った。太陽が目の前に現れたのかと言うほどの閃光、人間よりは強い体を持つ神であっても――いや、むしろ人よりも優れた感覚器官をもつ神だからこそ――アモスは目の前が真っ暗になったかのような錯覚に陥り、思わず空中で身を丸くする。もはや飛行どころではない。しかしその間に――



「――……最初からこれで良かった。こんなあっさり引っかかってくれるなんて」


「く……そ、どこだ!!女!!」


「ここ」



 停止し、身をうずくまらせたアモスの背後――触れられるほどに近くからヒカリはそう返事をする。しかしいくら言ったとしても、スタングレネードの直撃を食らったアモスの耳には何も届かない。そして、



「顕現:GAU-8アヴェンジャー(ガトリングガン)――……じゃあね」


「――クソ、何がどうなって――」



 言い終わる前に、アモスの背中めがけて伸びた七本の砲身が回転をはじめた。


 口径30mm、戦車の装甲を打ち破るために用意された劣化ウラン弾をマッハ3以上の勢いで射出する最強の兵器。しかし、これをただアモスに打ち込んだとしても有効的な攻撃にはならなかっただろう。アモスはミサイルの直撃にも耐えて見せたのだから。

 しかし――これほどの至近距離で、しかも毎秒60発の弾丸を同じ個所に浴びせ続けられたら?


 答えは簡単に出た。

 たった数秒、ガガガガッ!!という爆音の後に残ったのはそれが元、神であったとギリギリで理解できるほどにボロボロにされたアモスの姿。形を保っていたのはさすが世界一硬い神と言うべきか――しかし弾丸のエネルギーを完全に打ち消すことはできなかったらしく、力を失ったその体は風に煽られながら地上に落ちて言った。



「仕事は完了、かな」



 落ちていくアモスの体を見ながらヒカリはそう呟く。アモスは強かった。おそらくあれがこの前線を任された神なのだろうと理解できるほどには。そして、それを排除した今、この戦いにおける帝国の勝利は揺るがないものになった。



「……いや」



 ヒカリはラビルの方角を見つめ、その考えを否定する。ラビルの方向――それは、アモスに何かを命じられた天使が飛んで行った方向である。

 ヒカリは『拡大』の魔法を使いその方向を眺める。すると、レーゲンタールの入り口付近に天界の旗を掲げた陣が見えた。



「装備:酸素マスク」



 陣が残っているのにもかかわらずアモスが前線に表れた。それはまだ神がこの戦場に居る可能性を示している。


 この戦いで帝国が負けてはならない。


 そんな出所の分からない使命感を胸に、ヒカリは本陣の上空めがけて飛翔した。





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