17.衝突
「き、来た……」
最前線の塹壕に配置された帝国軍人、ロントは徐々に鮮明になっていくその旗の紋章を見てそう言った。
太陽を模したとされる真円とそれに覆いかぶさる薄い三日月、そしてそれらを囲う翼。その旗の元にあるものが、天界とそれを支配する神の軍勢であることを示す紋章である。この世界に住むものであれば決して逆らってはならぬと教え込まれてきたその紋章を背に、白銀の兵士たちが姿を見せた。
先頭にはその姿が隠れるほどに大きな盾を持った兵士、やや後方には祝福を受けた魔法兵が、そして上空には羽を持った上位天使。おとぎ話でしか聞いたことのなかったようなその軍勢が視界に入った瞬間、ロントの手は震え、持っていた機関銃が音を立てて軋んだ。
「まだだよー。もうちょっと引き付けてから……にしても、歩兵だけ?騎兵とかいないのかな」
背後からそんな呑気な指揮官の声が駆けられた。
彼女達は帝国が開発した、神に抗するための秘密兵器。帝国が天界との戦争に踏み切った理由の一つでもあるらしい。自分たちに迫る天使の軍勢にも匹敵する力を持つと噂されるが、しかしあくまで上位天使や神と戦うための戦力である。下位天使の軍勢とは、ロント達、通常兵が戦わなければならない。
そのためにロント達に与えられたのが、指揮官たちの知識を基に帝国が開発した秘密兵器。一発で鎧すら破壊してしまうほどの攻撃を、一秒間に何発も繰り出すことができる。
「距離400。……走んないんですねぇ」
「400m全力ダッシュしてたら疲れるからじゃない?あるいは……飛び道具を警戒しているとか」
「どれぐらいにします?作戦の人は十分に引き付けてからって言ってましたけど」
「作戦の人て……。200――250ぐらいでいいんじゃない?天使って強いらしいし、あんまり近づかれるとやられるかも」
「おっけーです!じゃあそろそろ準備してね」
「は、はい……」
狂ってる。
ロントは背後で繰り広げられる場違いな会話を聞いて、そう感じる。天界に逆らうことを決めた皇帝も、殺人を忌諱とする感情を封じ込まれた彼らの指揮官も、ロントが手に持っているこの武器も。しかし従うしかない。何故ならロントは軍人なのだから。
ふうと息を吐き、一度目を閉じる。そして目の前に据えられた機銃のハンドルをぐっと握ると、その切っ先を標的に向ける。この世で最も恐れ多く、強大な軍勢に。
「最初の掃射は合わせるよ。発射用意ー」
「し、射撃用意」
ロントの声に重なるようにあちこちから「射撃用意」と復唱の声が上がる。
この一区画だけでも彼らを狙うのは五門の機関銃と、無数のライフル銃。他の区画も合わせるとどれぐらいになるのかはロントには想像がつかなかった。
「距離280……260――おっと?」
と、その時だった。魔法で遠くの天使軍の様子を観察していた指揮官がそう声を漏らした。目を細めてみると、遠くで天使軍のゆっくりとした進行が止まるのが見える。そしてその姿を覆い隠すようだった大楯が取り除かれ、次の瞬間天を劈くような雄叫びと共に、天使たちが突撃を開始した。
「ひっ――……」
「わあ。ちょっと近づけすぎたかな。天使って足速いんだっけ。まあでは皆さん――撃っちゃってください!!」
「う、うわぁぁあぁあああ!!!!」
世界最強の軍隊に気圧されるように、指揮官の言葉に弾かれるように、ロントは指を引き金にかけ、毎分400発を超える鉛玉が天使に降り注いだ。
■
「なんだこの音は!」
突如としてレーゲンタールに響き渡った銃声を、アモスはその後方、主力部隊に守られたそこで聞いていた。不穏な響きのあるその音に、アモスは傍に控えていた天使にそう怒鳴る。
「分かりません。帝国の新兵器によるものかと思われますが」
「バカな。爆発だとしたら――どんな数と量だ。しかも未だに止まらんぞ?」
「龍神様が遭遇した敵――ガンナーによる攻撃は、事前に爆発音のような音が聞こえたと言う事でした。もしかすると同じことが起きたのではないでしょうか」
「それにしてもこの量は――」
そう言いかけたアモスを光が襲い、少し遅れて大きな爆発音が鳴り響く。立ち上る煙が目で見てわかるほどに近い爆発――それも一つではない。戦場のあちこちから同じような爆発音が鳴り始めていた。
「――アモス様!敵の攻撃です。もしやここまで届くかも――
「何?敵が近くに居るのか?」
「いえ!付近に敵の姿は見当たりません。しかし――例えば報告にあった新型の大砲のようなものであれば――」
「……まさか」
緊急事態と騒然となる天使たちをよそに、アモスは昨日のエルの言葉を思い出し目を見開く。
上位魔法を連発しているのかと思うほどの爆発音に、未だ止まらない銃声。鼻で感じた硝酸の匂いは、アモスが未だかつて嗅いだことのない匂いだった。『勝てないかもしれない――』、そんなエルの言葉がここに来て初めて、アモスの心に不安を植え付ける。
「――お前は第三位階だったな。仮に、お前に軽い火傷と傷を与えるような攻撃があったとしたら、第五位階の天使はそれにどこまで耐えられる?」
「第五位階、ですか?一撃ではやられないでしょうが……しかし当たり所が悪ければ倒される可能もあります」
「ではこれの一つ一つが全てその攻撃であったとしたら?」
「それは――……まさかッ――!?!」
答えを聞くまでもない質問だった。当たり所が悪ければ、程度の攻撃であってもこれほど連発されれば天使の強靭な肉体ですら無意味である。例え何人いたとしても、そんなものは役には立たない。
「――報告いたします!!!」
その悪い考えを肯定するかのように、青い顔をした天使がアモスの前に跪く。
「第一部隊、第二部隊、第三部隊、第五部隊、敵の攻撃により壊滅!!!」
「――ッ!!!!」
「第四部隊は敵第一陣に迫るも、現在状況不明です!!」
圧倒的な力を見せつけて勝利せねばならなかった戦いで、しかし自軍の絶望的な状況を告げられ、アモスはギリッ!!と歯を噛んだ。エルの言葉――それが間違っていなかったのかもしれないと思って。
「――バカな!何か……何が起きた!?」
「分かりません!おそらく帝国の新兵器でしょう――爆音とともに何かが発射され、天使たちはなすすべもなく!加護を受けた天使による魔法攻撃も、塹壕のせいでうまく効かないようです!」
「は――……アモス様、敵の攻撃は未知で危険です。ここは監視官の皆様の力を借りることをお勧めいたします」
報告を受けた側近の天使が、アモスにそう提言する。
しかし――
「……いや、俺が出る」
「――な、アモス様……」
「議会に信任された我々が、まだ半数を残したままおめおめと逃げ帰るのか?」
しかし、アモスはこう言ったのだ『龍神様の心配なさるようなことが起きれば、自分が対処する』と。故にここでアモスが何もせず、最高神に助力を求めることはできなかった。
自らのプライドと、天界議会に対する忠誠がアモスを突き動かした。
「全軍、俺に続け!!一万の兵をもって敵を正面から突破する!!!狙いは第四部隊のこじ開けた南西部、何が何でも突破するぞ!!帝国もなかなか小細工を弄しているようだが――神の圧倒的な力の前には無力であることを思い知らせてやる!!!」
「アモス様――」
「どうした?怖気づいたのか?」
「いえ、まさか。恩命に従いアモス様と共に敵陣へ突撃いたします。しかし一点――」
側近の天使はにやりと笑ってこう告げた。
「我々は御身を守る盾です。突撃は我々を先頭に行わせてください。決してアモス様に敵の攻撃が届くことがないよう、我々がお守りいたします」
「悪いな。俺のために死ねと命令してしまって」
「それが我々の存在理由です。主のために死ねることに、何の躊躇いがございましょう」
帝国が例え異世界から兵器を取り寄せようと、天使たちを止めるのはそう簡単ではない。彼らは神の命令に盲目に従う狂信の兵士。世界最強の軍隊が今、その本領を発揮しようとしていた。
■
「――クソッ!!いくら撃っても次から次へと湧いてきやがる!!!一体何人居やがるんだ!!」
レーゲンタール南西部、第一防衛線。
天使軍の第一陣を辛くも凌いだかと思ったら、間を置かずの第二陣。それも最初の部隊とは比較にならないほどの数の天使の襲撃に、第一防衛線は地獄の有様になっていた。天使たちも反撃の用意はしていたようで、第一陣で有効だった土壁を作り出す魔法などを駆使して徐々に戦線を押し上げていた。
さらに――
「――第三歩兵隊壊滅!!!機関銃も破壊されました!!!」
「あの空飛ぶ奴を何とかして撃ち落とせ!!!あいつ等を残しておけばこのまま全滅だ!!!」
「無理です!速すぎて当たりません!!」
ありえないほどのスピードで空を飛び、戦線を局所的に崩壊させているのは第一陣の時にはいなかった高位天使。第四位以下の天使とは比較にならないほどの強さで鉛玉の雨をかいくぐり、空から効果的な攻撃を加え続けていた。
「クソッ、ダメだ!!仕方ない、このまま後退して――」
「――その必要はない」
空を支配されては全滅は指折り。そう判断して叫んだ男の後ろから、静かな声が駆けられた。
振り返ると不気味なほどに冷静な少女たちの姿。この付近を任せられていたはずの指揮官である。
「んにゃー、ずいぶんやられちゃってるみたいだね。やっぱり出てきたってことかな?」
「その可能性は高い。姿は見えないけど、天界の軍は神がいると強くなるはず」
「ってことは私たちの出番だにゃー。どっちが行く?ヒカリちゃん」
「……じゃんけんで決める」
じゃんけんほい。と謎の掛け声で遊びに興じ始めた二人の姿を、男は一瞬呆けたように見つめる。しかし爆発の音に我に返ると、少女たちに詰め寄った。
「何してんだ、あんたら!!何か策があるなら早くしてくれ!そうじゃないなら戦線を後退させろ!!」
「うるさいにゃー、ちょっと黙っててよおっさん――あ、私の勝ち」
「……負けた」
「おい!!」
怒鳴る男を煩わしそうに睨み、ヒカリと呼ばれた少女が口を開く。
「……このままここで私たちの援護を。私は敵陣に乗り込んで、首魁――神を倒してくる」
「私はあの天使どもだにゃ。あ、私の援護はいらないかにゃ」
「――は?神を倒してくる?何言ってんだ、そんなことできるわけ……」
まさか頭がおかしくなってしまったんじゃないかと、男はそう口にする。無敵と思えた機関銃の掃射ですら抑えきれないほどの天使の大群に守られて、しかも彼ら自身もそれと同等以上に強いはずの神を――倒しに行く?常識的に考えて不可能だ。
しかし――
「顕現:50口径砲Mk.7」
少女がそう言うと、周りの空間がパックリと裂け、そこから巨大な砲身が姿を見せた。帝国が対天界用に開発していた大砲よりもずっと大きいその大砲が。そして――
「発射」
「――ッ!?!?」
世界が壊れたかと思うほどの爆発音が鳴り響き、大砲が火を噴いた。
直径40センチ、重量1.2トン、初速はマッハ2。人間の体ほどもあろうかと言う大きさの弾丸が天使たちごと大地を吹き飛ばす。まさに地形を変えるほどの一撃――体を覆うほどの大楯とか、魔法で作り出された土壁とか、そんなものは関係なく皆吹き飛び、後には大きなクレーターだけが残された。
「――私はできる」
「ひぃ!?」
もうもうと立ち上がる土煙の中、腰を抜かして動けない男の方にヒカリは視線だけを向ける。そしてにこりともせずにこう告げた
「私なら神を倒せる。私たちは、そのために呼ばれたのだから」
砲身が消えて裂け目が元に戻ると、ヒカリは天使の大群へ躊躇もせずに飛び立った。




