16.敵陣
「我が帝国、精鋭の諸君。知っての通り――一昨日、神歴3661年13月5日、我が帝国は天界に対し宣戦布告を行った。そして今日、13月7日、天界が我々に対して宣戦布告を宣言したそうだ。現在我々が占領し損ねた王国の都市ラビルの拡張転移陣より天使の軍勢が下界に展開され始めているそうだ。家畜の反抗を決して許さぬための軍勢である。天使たちは我ら帝国の領土を侵し、地図から我々の国を消し去るためにやってくる。……――このようなことが許されていいだろうか。奴らの言い分では、この国の所有権は彼らにあるそうだ。故に勝手な犯行を許さぬそうだ。……――断じて違うッ!!!」
「この国は我々のものだ!!我々が生まれるよりもはるか以前、祖父曾祖父よりもはるかに昔の我らの祖先がここを開拓し、そして我々が今それを受け継ぐまで育てて来た我らの国だ!!決して天界のものではない!!」
「我が帝国の領土は、決して天界の軍に踏み入られてはならない!!故に我が帝国はラビルより侵攻する天使の軍勢と国境以東で戦うことを決めた!諸君らはその第一陣である!」
「諸君。これは人類の尊厳を取り返すための戦いであり、新たな歴史を紡ぐための戦いである。正義を胸に死力を尽くし確固たる信念と共に奮闘すれば、諸君ならば必ず勝利を勝ち取ることができるだろう。神歴ではない新たな歴史の先頭に、諸君らの名が刻まれることになるだろう」
「今こそ!!傲慢な神々の伸びきった鼻っ柱を叩き追ってやる時が来たのだ!!歴史が変わったことを、旧支配者たちに知らせてやる時が来たのだ!!諸君!この一戦をもって――人類の強さと恐ろしさを見せつけてやれッ!!!」
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「……だってさ。ねぇ――どう思う?」
「どうも思わない。私は私の指示されたことをやるだけ」
「うーん、ヒカリちゃんはつまんないにゃー。何を聞いてもいっつもそれなんだもん」
「だったら別の人に絡めばいい。イチカは私にばっか構ってる」
「でも他の皆はなんか忙しそうだし?私は面倒くさいからパスだけどー」
「む。でも同意。面倒くさいのは嫌」
天使軍に対するために帝国の用意した防衛軍――慌ただしく動き始める兵士たちのその端っこで、彼女らはどこか他人事のように話をしていた。
「全く、神様と戦争だってさ。私は神様信じてなかったけど、まさか初めましてで殺しあうとは思ってもいなかったねぇ」
「私も。でもそれが命令だから従う」
「そうだにゃー。命令には逆らってはいけない。あれ?でもなんでだっけ」
イチカがこてんと首を傾げ、すぐに「ま、いっかー」と気楽に答えた。ヒカリもそれに頷く。
命令に従わなければならない――その考えは彼女らの首につけられた隷属の首輪による支配の魔法による作用だが、彼女らはそれを知ることができない。隷属の首輪による精神干渉は、他にもいくつかの命令を彼女たちに強制している。それらをもって、帝国は神さえ超えると言われる特殊魔法を持つ彼女らを自らの手駒にすることができているのだ。
「天界からの支配の脱却、とか言ってたけど日本育ちの私からしたらいまいちピンと来ないなあ。ヒカリちゃんは?」
「私も。でも命令だから」
「だよねぇ」
帝国はその知力を総動員し、彼女らに与える命令をなるべく最小限に抑えていた。命令で縛りすぎると行動が制限されて戦えなくなるからだ。故に目下のところ神に抗える唯一の存在である彼女らを、自らの手駒として操れるほどに縛りつつ、しかし戦力的に最大限の効果が得られるように、命令内容は慎重に考案されたのだ。
しかし隷属の首輪は、「何かをしてはならない」と言う命令にしか従わせることができない。そして「何かをしてはならない」と言う命令だけで、彼女たちに戦争への意欲を湧かせることは難しかった。
最終的に、皇帝はこう判断した。命令に従ってくれるならば問題はない。忌み子とはいえ彼らも人類。ならば人類を守る戦いのために奮起してくれるだろう、と。
「戦争とか嫌だけどなー。戦わずに解決できたりしないのかにゃあ」
「でも命令だから」
「命令だからにゃー」
しかし皇帝は今ここに至るまで、彼女らの力と生み出すものにだけ注目し、神の器足り得たその体に何が宿ったかを理解しようとはしなかった。勇者に関する情報が天界に厳重に管理されていたことと、あるいは皇帝の中に皮肉にも残り続けた、神への絶対性がそうさせたのかもしれない。神と同じ特殊魔法が扱えるのだから、神の器足り得るのだから、不思議な知識を持っていても、感性が少し違くとも、それはおかしくとも何ともないと。
「というか働きたくないけどにゃあ」
「私も。でも命令だから」
「命令だからにゃー」
だから――気づけなかったのである。
忌み子たちの正体が――勇者と同じ――平和ボケした日本から来た、だらけきった若者たちであると言う事を。
壁にもたれ掛かって不満を漏らしあう二人の目の前を、車輪のついた巨大な砲塔が通り過ぎて行った。
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「それでは説明を始めさせていただきます。龍神様、生成神様、鑑定神様」
「頼むわ。アモス君」
ラビルより西方五キロ、レーゲンタールと呼ばれる盆地の入り口に設置された天界軍の本陣。ひときわ豪華なその一幕の中で、管理官として参戦した僕たちはアモスの説明を受けていた。
「ここレーゲンタールは北に魔窟、南を丘陵に囲まれた盆地になります。私たちがいるのがその入り口、ここになります」
そう言ってアモスは広げられた地図の上に本陣を示す巨大なコマを置く。
「敵は中央から東にかけて陣を構えて兵を展開させおり、斥候によると本陣は南西の丘陵にあると報告を受けております。ここから約五キロほど、まさにこの辺り――」
敵本陣を示すコマが地図の左下、山の裾当たりに置かれる。それを見てエレーナは「教科書通りね」と呟きを漏らした。本陣は戦い全体が見渡せるところに置かれる。それはこの時代を生きるものであれば兵法を学んだことがなくとも知っている常識だ。
「レーゲンタールにはラビルと帝国領をつなぐ街道が通っており、帝国はここを死守して我らを国境に近づけない腹積もりでしょう。レーゲンタールを東と西に分断するかのように陣を張っており、これを突破しない事には帝国への侵攻はなりません」
帝国領に侵攻してくる天界の軍はラビルの転移陣を通って来ることは帝国にも分かっていたことだろう。故に帝国はここレーゲンタールで万全の守りを固めて来たと言う事か。
「我が軍は二万ほど、対する帝国軍は五万から七万の兵を動員しています。しかし我らの軍は数では劣りますが、天使とただの人間の兵では兵士としての練度が違う事を考えると、戦力的にはわが軍の方が上です。さらに帝国軍はレーゲンタールの北から南に広がっており、戦力を集中させることによって正面突破が可能であると考えています」
「戦力の集中ねえ。具体的には?」
「はい。それぞれ二千ほどの兵で構成された五つの部隊で北と南の敵陣を突破、そのまま敵陣深くまで歩を進め反転、残った一万の兵と挟撃する形で敵を全滅させます」
アスモが小さなコマを使って説明をすると、エレーナが首を傾げた。
「……何故戦力を分散させるようなことをわざわざするのかしら。一万でバーッと突っ込んじゃえばいいじゃない。天使ならばどうせ人間だって相手にならないでしょう?」
「はい。しかし敵陣奥には大砲のようなものがあったとの報告があり、これが問題視されます。龍神様が遭遇した未知の兵器と考えられるものも敵陣に存在しており、これが従来の大砲よりも長い射程を持つ場合、兵をまとめるのは適切ではありません。少数の兵で構成される機動部隊によりこれらを無力化したのち、大群による殲滅作戦を実施いたします」
「大砲のようなもの?」
「その通りです。下界で広く使われている者よりも砲塔が長いため、高い射程を持つのではないかと考えられております」
なるほど天界の軍とやらも馬鹿ではないらしい。未知の兵器――銃の存在を認めたうえで、しかしなるほどもっともらしい作戦を考えている。
しかし……
「敵陣の様子は分かってないの?ここには敵の陣を表す小さなコマもあるみたいだけど」
「それは――……先ほどの説明と矛盾しますが、報告によると敵は陣を構えていないそうです。いえ、陣とみられる兵の集まりはいくつか発見できたそうですが、どれもその、通常の歩兵とは異なる格好をしているとか。さらに、陣の代わりに巨大な塹壕を掘っているらしく、その中を兵が移動している様子が見られたと言う事です」
「……塹壕?それはどこにどれぐらいの長さで掘られてるのかな」
「詳しい形は分かっていませんが、外形図でいえば――」
そう言ってアモスは地図に線を引き始める。レーゲンタールの北から南を分断するように何本もの線を。
「――このような形かと。南北を両断するように大きな塹壕がいくつか走り、それらをつなぐように小さな塹壕が作られているようです。また、局所的に湾曲したようになっており、まさにハチの巣のような形をしているようです」
「これ全部が塹壕?驚いたわ、こんなに長いなんて……。でも、これって意味あるのかしら?」
「分かりません。全体を塞いでしまう、などまるで子供の考えたような作戦ですが……」
「……ねえ、アモス。軍の構成はどうなってるんだっけ」
「は、編成ですか?編成は、指揮官として第三位階天使が二名、第四位階天使が十名ほど。下位兵としては第四位階天使が千名、残りは第五位階天使です。内第二位階天使の祝福を受けて魔法が使えるようになった兵が三千ほどです」
「空を飛べるのは?」
「第四位階以上の者が可能ですが……」
天使は魔法を使えない。故にその強さは、ほとんど肉体の強さにあると言っても過言ではない。ソロネがそうであったように。
アモスの言葉によれば兵のほとんどは第五位階の天使――つまり、最低位階の天使である。第五位階の天使の強さはB級冒険者と同程度と言われている。無論あらゆる想定に備えて様々な能力を併せ持つ冒険者と、戦争に使われる兵士として規律を重んじ駒に徹する天使とでは簡単な比較はできないが――兵士十人分に届かないほど。それが第五位階天使一人分の強さである。
また、軍としての練度も異なるために、天使の軍隊の強さは十倍の数で構成された人間の軍隊のそれを凌駕する。しかしそれは、あくまで真正面から戦った場合の強さは、と言うことだ。
「――……ねえ、やっぱりこの戦いやめない?」
「はぁ!?何をおっしゃるのですか、龍神様!!」
「だって、ねえ。不気味すぎるでしょ、帝国軍」
及び腰ともとれる僕の言葉に、アモスは一瞬呆けたように口を開け――そして次の瞬間バンッ!!と大きな音を立てて机を叩いた。
「――だからと言って戦う前から我々が引くわけにはいきません!それとも龍神様は我々は決して勝てぬと、その確信があるとでもいうのですか!!」
「そういう訳じゃないけど……。いや、ごめん。なんでもない」
「何を考えておられるのですか!!龍神様の発言は天界の総意を軽んじるもの!二度とそのようなことをおっしゃらぬよう!!」
「あー、うん。そうだよね。――おっと、イース。僕は大丈夫だよ、ステイステイ」
「いえ、許可を。今殺します」
今にも掴みかからんとする勢いで憤慨するアモスに僕は謝りつつ、今にもアモスを断罪しかねないイースをなだめる。
大丈夫だよー、僕が悪かったんだからね。だからその邪悪な魔力を放つ物騒な剣をしまおうね。
「……明日の作戦には私も参加する予定です。仮に龍神様の心配されるような、天使たちだけでは対処が不可能な攻撃があったとしても、私が何とかします。故に――龍神様方はここで安心して待っていてください!」
アモスはそう宣言すると、「失礼します!」と僕らに背を向けて息荒上げに天幕を後にした。残ったのは微妙な雰囲気になった僕とエレーナ、そしてそれを睨みつけるイース。
エレーナは肩をすくめると、口を開く。
「全く、貴方はエルの事となったら喧嘩っ早いんだから。まあそこも可愛いところではあるんだけど――」
「はぁ?何気持ちの悪い事言ってんですか」
「あら、口が悪いわね。そんなんじゃあこの子に逃げられちゃうわよ?」
エレーナはそう言ってカラカラと笑うと、「――で」と真面目な顔になり僕に向き直る。
「それで、なんであんなことを言ったのかしら?エル」
「あんなこと――って言うと、『戦うのやめよう』って言ったことかな」
「そうよ。帝国側に居る亜神を取り込もうって話、したわよね。亜神を取り込むためには私たちがこの戦争に参加できる条件を整えることが不可欠でしょ?そうでないと亜神に接触すらできないものね。だから監視官として私たちは今ここにいる」
「でも、天使たちが派手に負けてくれない限りは私達の出番はない――だからアモスに余計なことを言って慎重にさせるのは良くないと言う事ですね」
イースがエレーナの言葉を引き継いでそう言った。
「そうよ?分かってるじゃない。でもそこまで分かっているのならなぜ『戦いをやめよう』だなんていったの?アモスが聞き入れなかったからよかったものを」
「それは――」
僕はエレーナの質問に言いよどむ。
理由は単純だ。帝国の布陣図を見た瞬間に――これから起こることについて想像ができてしまったから。帝国が構えている陣――塹壕の形が、あまりにも僕らの世界のそれに酷似していたから。
塹壕の概念はこの世界にもあった。しかし北から南にレーゲンタール縦断する塹壕を見た時にエレーナが意味が分からなかったように、この世界では未だにそれの価値は低かった。その理由は重火器の不在。
しかし帝国が機関銃など連射が可能な銃器を開発できているのなら、塹壕の持つ意味も変わってくる。僕らの世界では基本的に、塹壕に対して歩兵の突撃など無意味である。
これは単なる妄想だ。帝国がどれほどの戦力と兵器を有しているのかも分からないし、天使たちが思ったよりも強い可能性があるし、僕らの世界の常識が通用しない高位天使やアモスが全て何とかしてしまう可能性もある。
「――ついうっかりと、だよ」
だけど僕には見えてしまったのだ。この世界の常識通りに敵の陣地に突撃し、鉛玉の餌食になって倒れる天使たちの姿が。
まあでも戦争だからしょうがないよね。そう思うことにした。




