15.決定
「それでは皆様がそろったようなので、これより帝国による宣戦布告に関する臨時会を開始いたします」
天界上位議会――下位議会の議員及び議長全員、そして最高神それぞれの議席によって構成される天界のその最高意思決定機関は今、過去類を見ないほどの忙しさを見せていた。議会をずらりと見渡しても空席は二つのみ。元々その席に座るものがいない六番目の席、そして天界において創造神に次いで最も高い地位を与えられた者が座る一番目の席。第七位と第二位の席である。
その空席を目にして、イースは眉をしかめる。
「……まだ重要なお方が揃っていないようですが」
「第二位、龍神様は現在下界から動けない状況にあり、臨時会は欠席との連絡を頂いております」
「奴がここにいないのは、奴自身の意志だ。貴様がどうこう言う問題ではない」
「そうですか」
ウォルトの言葉に、イースは一度もそちらを見ることなくそう答えた。その様子に第四位――クリスティアは非難するようにイースを睨みつける。ウォルトが嫌いなイースと、信奉するクリスティア。ここ上位議会ではよく見られた光景である。
最高神たちの会話に一呼吸おいて、立ち上がっていた天界議会の議員が話を始める。
「それでは説明を始めさせていただきます。皆さまご存じだと思われますが、本日13月4日、ウェルスト帝国がその皇帝の名において我が天界への宣戦布告を公布しました。宣戦布告の公布と同時に帝国全土、そしてこの宣戦布告に名を連ねた属国に通ずる全ての転移陣の応答が停止しました。と、同時に王国の六つの要塞都市の転移陣の応答も停止。いずれも帝国に接する大都市であるために、帝国に占領されたものと思われます」
議員がそう言うとプロジェクターに帝国周辺の地図が映り、占領された王国の都市がバツ印で示される。バツが着いたのはいずれも王国と帝国の国境付近に存在する都市。印が国境に沿うようにしてつけられているのを目にし、ウォルトがため息をついた。
「やられたな。ノヴァレンシア、ヴァルキリア、シルバーレイク、ヴァレン、グリムシャ、リオン。いずれも帝国に備えて作られた堅牢な要塞都市だ。我々が帝国に攻め入るためには、まずはこれを攻略しなければならないわけか」
「はい。帝国は西を海、北を魔窟、南を山脈に囲まれたまさに天然の要塞とも呼べる立地。陸続きで接している王国が帝国唯一の侵入口でしたが、都市の占領によってそこにも蓋をされた形になります。転移陣を介してのみ軍を展開可能な我々にとって、これは痛手です。しかし――ここ。ここラビルの転移陣は未だに利用可能です」
「なるほど、ここが奴のいた――」
「はい。ラビルも帝国と接する大都市の一つ、他六つの都市と同じように敵の手勢による襲撃が行われたと考えられますが、これはたまたま下界に居合わせた第二位、龍神様によって防がれました。ラビルは現在も龍神様によって守られており、帝国もここへは手出しできないかと――」
「――ちょっと待ってください」
議員の言葉をイースが遮る。
「エル様が今も?何故エル様がそのような危険な場所に居ることを良しとしているのですか」
「そ、それは……、龍神様自身の指示でありましたので。しかし現在天使たちによる軍を派遣中であり、それが完了すれば龍神様の手を煩わせるようなこともないかと……」
「ダメですね。天使たちだけでは戦力的に不安が残ります」
イースの言葉に議員が狼狽える。その様子を横から見ていたウォルトが再びため息をつき、
「……ならばこれが終わった後に、貴様が自ら行けばよかろう。戦力が不安ならばな」
「言われずともそうします」
「そうか。ならばこれでこの話は終わりだな」
そう言うとウォルトは話を続けるよう議員に促す。議員は小さく頭を下げると、資料に再び目を落とした。
「えー、龍神様による報告によれば、襲撃者は少数で、空から未知の手段を用いて教会や都市の防衛拠点を破壊したとのことです。襲撃者は突然現れ、龍神様が迎撃に向かうと反撃の後に未知の手段によって逃亡したとの事です」
「……空間転移か」
「その可能性が高いとのことです。敵の攻撃によって視界が奪われた一瞬のうちに居なくなっていたと。えー、また都市の正門が破壊されていたことから襲撃の後に後続の部隊が都市内に攻め込み、占領するという計画だったのではないかと龍神様は予想しています。しかしラビルにおいて、襲撃者の撃退の後に大規模な部隊による襲撃が起ると言う事はありませんでした」
「奴による予想、と言うことは他の都市の様子は分かっていないのか?どのような襲撃が起きたかの報告は?」
「いずれの都市からも報告は上がっておりません。おそらくラビルで確認された未知の手段によるピンポイントな破壊で教会が破壊されたため、占領までに報告ができなかったのではないかと考えられます」
「だとしてもよぉ、襲撃があった都市ってえのは王国の大規模な要塞都市なんだろ?教会の人間が最初の攻撃で全員死んだとしても転移陣は生きてる。占領までに誰もそこにたどり着けないほどにあっさりと都市が落ちたって言うのか?」
声を上げたのは天界序列第九位、雷光神カーラ。龍神の即位の時すら参加しなかった、最高神の中でも最も協調性のない神である。
カーラの問いかけに、議員が頷く。
「はい。帝国が新兵器を開発していたという疑惑もありましたし、その可能性は十分にあるかと思われます」
「ふーん。……帝国領内には確か西方大陸守護軍の駐屯地があったろ?そこの転移陣も使えないのか?」
「はい、帝国領内に存在した第三、第四駐屯地のいずれも応答がありません」
「へぇ。帝国もなかなかやるんだなぁ。でも寡兵だったとはいえ天使をあっさりとやっちまうなんて――隠し玉はよほどすげぇのか?」
カーラがニヤリと笑みを浮かべると、ウォルトがそれを見て慌てたように「おい」と声をかけた。カーラは最高神の中でも特に好戦的な神――戦いの事しか頭にない彼女なら暴走して帝国に突っ込みかねない。
「分かってると思うが――帝国のことにあまり首を突っ込むんじゃないぞ、カーラ。帝国が隠し玉を持っているとはいえ神獣の案件ではない以上、よほどのことがない限り我々最高神の出番はない」
「えぇー?おいおいウォルト、なんでだよ。天使や下位神に任せるより私が行ってきた方が早く済むぜ?」
「また俺は貴様に何故かを言って聞かせなければいけないのか?何度も言っただろう、全く。……現在議会を中心として軍の編成が進んでいる。貴様の出る幕はないぞ」
「ちぇ、いつもそうじゃねぇか。少しは私にも働かせろってんだ」
「……まもなく魔神討伐が可能になるだろう。そこで存分に暴れさせてやるから、それまではおとなしくしていろ」
「はいはい、分かったよ。だったらもう私はここにいる必要ねぇよな」
「待て、最後に仕事がある」
「そうですね。報告は以上ですか?終わりならさっさと投票を済ませて終わりにしましょう。私はすぐにでもエル様の元へ行きたいのですが」
イースの言葉にウォルトが今日何度目かのため息をついて目くばせすると、議員は慌てたように頷く。
「はい。では投票に進みます。天界議会は今回の帝国の宣戦布告に対し、帝国政府の解体と皇帝の死罪を提案いたします。最高神の皆様方は投票をお願いいたします。なお、龍神様に与えられた票は事前に賛成へと投じられております」
反対はなかった。議員の言葉からすぐに、最高神七票と議会の総意の一票が賛成に投じられた。
「総員の賛成を持ちまして、帝国政府および皇帝に対する処分を決定いたしました。天界下位議会が総力をもってこれを執行することをここに宣言させていただきます」
その言葉と共に議会が閉廷し、神人の役人たちが慌ただしく議場を後にした。
■
「天界議会よりラビル防衛の任を与えられました西方大陸守護軍第二団所属、第五位階天使、アイルと申します。只今、防衛部隊の到着が完了しました。龍神様からラビル防衛の任を引き継がせていただきたく存じます」
「わかった。報告はちゃんとされたかな」
「はい。龍神様の報告は天界議会に滞りなく伝えられました。現在は龍神様の報告と被害状況を基に帝国侵攻のための第一軍を編成中です。それと……つい先ほどの事でございますが、第五位、生成神様と第八位鑑定神様、それと第四十八位、鎧殻神様が転移陣を通ってこちらに」
「イースが?それに……四十八位?誰だろ、分かったすぐ行く――」
「――いえ、その必要はありません」
僕と天使の会話に割って入ったのは、冷たく凛とした声。天幕の入り口が開かれ、イースの姿が現れた。
「やあ、イース。どうしたの?」
「エル様の居るところが私の居るところ。エル様をお守りするために参りました」
「……この子もぶれないわね。お邪魔するわ、エル」
イースに続くように、エレーナがそう言いながら天幕の中に入ってくる。そしてその後ろにはもう一人、見たことのない男の姿があった。
誰だろう?という疑問と共に彼を見ると、男は「失礼します」と言って頭を下げた。
「この度天界議会より帝国侵攻の任を与えられました、第四十八位ジーク家が筆頭、鎧殻神のアモスでございます。ラビル防衛に協力いただきましたエル様に感謝を申し上げるため参りました」
「これはご丁寧に、どうも。部隊の指揮は君が?」
「はい。今後のことについては我々が司令塔となり進めていくことが決定いたしました。つきましてはエル様には天界にお戻りいただきたく。天使たちによって守りを固めたとは言え、ここは未だに危険です」
「君たちよりは危険ではないと思うけどね。まあでも……どうしようかな」
「何か懸念点でもあるの?」
「うーん。ラビルを襲った敵――気になるんだよね」
エレーナの質問に僕はそう答える。
「敵?ああ、未知の武器を使ったとかいう……」
「それなんだけどさ、敵が使ったのは未知の武器もあるんだけど――未知の魔法。僕が今までに見たことのない魔法を使ったんだ」
それは敵がガトリングガンやらミサイルやらを出して見せた謎の空間の隙間の事。僕が見たことない魔法――それはつまり、既存の魔法とは異なる法則の元に成り立っている魔法と言うことだ。
「特殊魔法。敵はたぶん勇者だよ」
「ゆ、勇者!?しかしそれは――……」
「ええ、それはありえないわ。勇者の召喚は天界によって厳格に管理されている。人間だけの技術では不可能だから、帝国が軍事利用できるはずがない」
「うーん、でも敵は確かに特殊魔法を使って僕に反撃してきたんだ」
「それは……でも特殊魔法が使えるのは何も神と勇者だけではないわ。亜神――それもまた特殊魔法を使える存在。あなたが見たのは亜神だったんじゃないかしら」
「……そうかもね」
エレーナの言葉に僕はそう答えたが、しかし僕には敵が只の亜神であるとは思えなかった。理由は敵の使った武器。あれは明らかに僕らの世界のものだった。
僕らの世界にあったものを扱う敵。それは敵が僕らの世界から呼び寄せられた者だということの根拠に他ならない。
「まあ、そう言う事で僕は少し不安なんだ。仮に敵に勇者――あるいは亜神――が福薄浮いた場合、天使と普通神で構成された軍が果たして勝てるのか」
「なッ――!龍神様は我らの能力をお疑いになるのですか!?勇者や亜神とはいえ所詮は紛い物、我らの敵ではありません!!」
「鎧殻神。エル様に無礼ですよ」
「しかし――」
僕の言葉に憤慨した様子のアスモを、イースは冷たく見据える。僕は堂々とそれをなだめて、
「そう言う訳じゃない。僕は君たちの実力も知らないし。ただ敵を舐めていると大変なことになるかもしれない――そう思っただけだよ」
「……龍神様が遭遇なさった敵がどれほどのものかは分かりませんが、我らは世界の絶対たる支配者。万に一つも負けることはありません」
「まあ、そうは言うけどさぁ……」
「それに龍神様は最高神の立場であられる。此度の戦いには神獣も関わっていない以上、最高神様を戦力として参加させるわけにはいきません」
「え、そうなの?」
「まあ、そうね。基本的にリスクとコストの観点から最高神が神獣の関わる事案以外で大きな戦いに参加することはないわ」
最高神たるもの天界でドンと構えていろ、と言う事でもないだろうが、どうやら僕はこの戦いには参加できないらしい。気になりはするが、天界の決まりならばしょうがない――
「――でもどうしても心配なら、あなたが監視官になればいいんじゃないかしら」
そう考えた僕に、エレーナが続けてそう言った。
「監視官?って人間同士の戦いにたてられる、あの?」
「ええ。天界と人間同士の戦いにも監視官を立てることはできる。意味合いとしては、本軍に何かがあった時の予備選力になるから、普通戦闘に長けた上位神が監視官になるけど……最高神でも問題ないはずよ。これであなたが危惧する事になった時、あなた自身が動ける」
「おー、いいじゃん――」
「――ダメです。エル様にそんな危険な役割をさせてはいけません」
僕が言い終える前に、イースがぴしゃりと言い放つ。過保護な母親か。
ふんすとエレーナを睨むイースに、エレーナはため息をついて、
「……じゃあ貴方がエルと一緒に居ればいいんじゃない?それなら安全でしょう?」
「む、それは……まあ、それなら」
「決まりね。そこの――アモス君?監視官はまだ決まってないはずね?」
「は、はい。確かに決まってませんが――」
「じゃあ、今言ったように取り計らってちょうだい。龍神と生成神を監視官に任命するように」
「――ッ、はい。了解いたしました」
アモスはそう言うと、一礼して天幕の外に出る。
エレーナは天幕の入り口が締められるのを見ると、「よし、邪魔者もいなくなったし――」と魔法を発動させた。
「ん?」
「――さて、誰にも聞かれなくなったところで内緒の話し合いをしましょう。私の要件はそれよ」
エレーナはしーっと指を唇の前で合わせると、僕の近くに椅子を持ってきて腰かけた。イースも慌てて話が聞こえる位置に座る。
「ねえ、貴方の遭遇した亜神――そんなに強そうなの?神ですら危ういほどに」
「さっき言った通りだよ。僕だって真正面から戦った訳じゃないから分からないけど、少なくともそう思えるほどの強さはあった」
「そう」
エレーナは僕の言葉に満足そうに頷いた。その様子にイースは眉を顰める。
「天界の敵ですよ?敵が強いことはあまり喜ばしいことではないかと思いますが」
「ええ。今の『天界』の敵でしょ?なら私達にとって敵とは言い難いんじゃないかしら?」
「……あなたは何を言ってるんですか?」
今の天界の敵。第一位を絶対の頂点として置いた階層社会である今の天界の。つまり――
「ええ、貴方たちを神として推薦したのも同じ理由なのだけれど――その亜神、私たちが取り込めないかしら。対第一位のための戦力として」
にっこりと笑みを浮かべて、エレーナはそう言った。




