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12.告白

 


 検問は貴族様の紋章のパワーのおかげか、馬車の中の僕らの顔すら検められることなく一瞬で終わった。御者と衛士が一言二言言葉を交わし、馬車が再び動き始める……のは良かったのだが。



「……あの、クラリスさん。この馬車ってどこに向かってるんですか?」

「私の王都別宅です」

「それはどこに?」

「……第二城壁の中、王宮のすぐそばになります」

「第二城壁の中?」



 先ほど通過した城壁は、魔獣などから町全体を守るために作られた第一城壁である。そしてこの王都にはもう一つ、王宮などを含む中央区を守る第二城壁が存在する。中央区は貴族など位ある者のみが入ることのできる選ばれた地区、そこを囲うようにして建てられた第二城壁はまさに身分を隔てる壁とも言えるだろう。



「あー、あの。じゃあ僕はその前に降ろしてもらっても?」

「一緒に来たのですから、せっかくですしエルさんもこのまま私の邸宅まで行きませんか?」

「えぇ?いやいや、でも僕中央区に用事とかないですし。外で降ろしてくださいよ」

「いえ、せっかくですしエルさんもこのまま私の邸宅までご一緒していただけませんか?」

「……なんで同じこと二回言ったの?」



 すまし顔で僕の申し出をガン無視したクラリスさん。それが示すところは――



「――ぎゃー、拉致される!!ここで降ります止めてください御者の方!!」

「人聞きの悪いこと言わないでください!ちょっとエルさんを叔父様に紹介するだけですから!!ちょっとだけだから!」

「ちょっとだけって言ってがっつり行くやつでしょ!!サークルの先輩か!」

「何わけわかんないこと言ってんですか!!」



 ギャーギャーと暴れ馬車のドアに手をかけようとした僕を、クラリスさんが必死に抱き留めてくる。ソロネはそれを見て動揺した様子で目をキョロキョロさせていた。クラリスさんを引きはがせばよいのか、それともそのままでよいのか――心中はそんなところだろうか。



「――エルさんが貴族のしがらみを嫌っているのは分かります!しかし此度のことを報告するのにエルさんの存在は不可欠です!」

「それは……クラリスさんの命令ではなく、僕が勝手にやってることで……」

「それでもです。個人が自らの意志でもって国の益となることをやってのけたです。それを称賛しなくて何が貴族でしょうか」

「……」



 クラリスの言うこともごもっとも。僕はクラリスさんの言葉に勢いを削がれて――あとソロネが変な気を起こしてもまずいので――馬車の座席に腰を戻す。



「叔父様には十分に配慮するようにお願いします。紹介も非公式の元で行い、他の貴族の目には触れさせないようにしましょう」

「そう言う問題じゃ――……まぁ、分かりましたよ。そう言う事なら……」



 僕がこの国の貴族に会えない理由は貴族のネットワークに組み込まれることが嫌だからではなく、僕が神の位にあるからだ。別にその位に誇りがあるわけでもないが、天界に組み込まれてしまった身としてはそう簡単に頭を下げてはまずかろう――と言った理由。

 まあでもそれは秘密裏に何とかしよう。一人の貴族に働きかけるぐらいならソロネでもなんとかなる。


 しぶしぶとそう了承の言葉を口にすると、クラリスの顔がぱぁと明るくなった。



「受けていただけるんですか?」

「ええ、まあそこまで言うなら……。誰か――クラリスさんの叔父さん?と会うだけでいいんですよね」

「はい。エルさんに負担はかけさせません」

「そうしてくれるとありがたい。……ん、でも叔父さん?お父さんとかじゃあないんですね。分家本家みたいなものですか?」

「ええ。まあそうですね」

「……誰なんです?クラリスさんの叔父さん」



 ふと、不安になって僕はそう尋ねる。反応からクラリスさんは分家筋の人間、しかし分家の人間、しかもその娘が大都市の領主?本家の人間は相当なお偉いさんじゃないのか――



「ああ、私の叔父はエリケと言いまして。サピエール王家の当主――まぁ、平たく言えば、この国の王ですね」



 そんな僕の思考をぶっ壊すかのように、クラリスがそう言った。



 ■



 クラリスの別邸、窓の外に城塞と宮殿が入り混じったかのような王城のその堂々とした全貌が眺めてとれる、その一室。

 到着して早々、僕とソロネは明日に控えた王との謁見に際する説明があると言われ、この客間に通された。今はどこかへ行ったクラリス待ちである。



「うぁあ゛―、どうしよう。クラリスさんの叔父さん、王だってさ」

「何を悩む必要がありましょう。王への紹介は非公式なこと、頭を下げずにいればよいではないですか」

「まぁそうなんだけど……。でもなぁ、流石に王にすら頭を下げないって不自然過ぎない?」

「では正体を明かしますか?」

「いやぁ」



 貴族のしがらみに巻き込まれたくない、という建前でこれまでクラリスさん以外の貴族とのかかわりを断ってきたものの、流石にそれだけでは一国の王に対する無礼の理由としては弱い。

 とは言ってもクラリスさんに自身が神であることを明かしていいものか……



「ねぇソロネ。ラビルの近くに逃げて来た獣人ってどれぐらいいるって言ってた?」

「現在500名ほどであると、クラリス様が言っておりました」

「500、かぁ」



 500人。ラビルの人口1万ほどと比較するとはるかに少ない人数ではあるが、この時代の集落としては合格点ともいえる人数である。技術力が伴えば小都市にも発展し得る人数だ。

 僕が獣人を助けていたのは戦力が欲しいからである。その点を考えるとたった500人と言うのは戦力的に見て乏しいが、しかしこれ以上の人数を、難民の受け入れと言う形で増やすのも難しくなってくるだろう。何故なら――



「もうラビル付近の村、全滅しちゃってるだろうからなぁ……」



 そう。僕たちが獣人の村の襲撃に対処し始めて、もう数週間がたった。その間、襲撃を阻止した村の住人、そして襲撃された村の近くにあった獣人の村に対する避難勧告などを行って助けた獣人の数500。しかしこれはラビル近郊に住む獣人の数としては圧倒的に少ない。

 その差分は何の数なのか。それは、間に合わなかった村の住人の数である。


 戦力的に見れば、僕らは襲撃者全員をまとめて倒しておつりがくるほどに圧倒的な力を持っていた。しかしいかんせん僕らは二人。襲撃に間に合えば確実に阻止できるだけの力は十分に有していたが、間に合わなければ救えるものも救えない。

 僕らが到着した時点ですでに全滅していた村の数は、日を追うごとに多くなっていた。ひどいものでは数日前の襲撃跡しか残っていなかった村すらある。

 今後この活動を続けて言っても救える獣人の数は目減りしていく一方だろう。それを考えれば、難民受け入れはこれが限界だ。



「500、500ねえ。まぁ十分かな」



 戦力にはならないが、一つの文化を生み出すには十分な人数である。もとより難民だけで戦力を補おうとはしていない。作りたいのは――



「お待たせしました。エルさん、ソロネさん」

「ああ、いえ、今来たところですよ」

「……?ずっとここにいたでしょう?」



 思考がまとまったところで、タイミングを見計らった訳でもないだろうが、クラリスさんがやってきた。



「それでは謁見に関する話し合いをしましょうか。謁見は明日すぐ行われますからね」

「……まったく、到着した翌日にもう王との謁見だなんて。さては僕が王都に行きたいと言ってからすぐ準備してましたね」

「察しがいいですね。その通りですよ」



 なるほどこの流れは予定調和という訳か。一緒に行けばいいと言ったのもこのため。

 強かなことで、と僕はため息をつく。



「なんでそんなに僕を王と会わせたいんです」

「それは……此度の働きを称賛するためにですよ」

「だったら褒美でもなんでも用意すればいいじゃないですか。非公式であれ王と直接会う必要もない。王家に名を連ねるほどの貴族なら、自身の裁量でできることはそう少なくないはずです」

「……」



 そう、馬車の中で一度説き伏せられたのは、クラリスさんがそう強い立場にいないだろうと思ってしまったから。叔父が王であるのなら話は別だ。

 僕のそんな質問に、これまでつらつらと話していたクラリスさんの顔が崩れ、小さく、ぐっと唇を噛んだ。その様子を見て、僕は察して口を開いた。



「……利用するため、ですか?」

「――ッ、それはっ――……」



 弾かれたように否定したものの、勢いも尻すぼまりに、



「……そう判断されても、間違いだとは言えません」



 そう言った。


 ……さてさて、どうするか。クラリスさんが僕を利用している事、それはまず問題ない。何故なら別に僕は貴族のしがらみみたいなものが嫌いなわけではないからだ。それはただの建前、方便に過ぎない。

 が、しかし、クラリスさんは少なくともとの方便を信じていたはずである。僕がそれを嫌っていると信じていて、それでも僕を利用しようとした。その理由は聞いておかなきゃいけない――



「――しかし、言い訳をさせていただくとしたら、エルさんに迷惑は決してかけないつもりでした」



 絞り出すような、そんなクラリスさんの言葉に僕は「と言うと?」と尋ねる。



「私と叔父の個人的なやり取りにのみ、エルさんの存在を用いるつもりでした。他の貴族にとは決して関わりなく、ただ私の決意を叔父に――王に伝えるために」

「……決意?」

「はい。私が以前から王に伝えていた決意――」



 クラリスさんはそこで言葉を切ると、僕を見た。いつもみたいに、澄んだ眼で真っ向から。



「獣人差別と、真っ向から戦う意思を」



 その瞳と言葉には、一切の濁りも迷いもなかった。貴族の利権争いとか、地位簒奪とか、そんな僕がうっすらと考えていたような汚い欲望なんて微塵も感じられない、眩しいほどの信念がそこにはあった。



「……獣人差別」

「はい。神の言葉に彼らを私達の区別はありません。獣人も私達と同じ人間種の徒、ならば今の獣人差別は到底許容できるものではありません。私は、その差別をなくしたいのです」

「それは分かるけど……、なんでそこまで」

「……子供の頃の他愛無い思い出です。言ってどうと言う記憶ではありませんが――私が昔仲良くしていた獣人がいたんです。今でも遊んだことを鮮明に思い出せるぐらい、仲が良かったんです。だけど――私は貴族の子で、彼女は卑賎とされた獣人の子でした。その結末が良いものではないという事ぐらいは分かるでしょう?」



 それはクラリスが言って見せたように、他愛のない物語だった。この国では、いや、この世界ではどこにでもあるような普通の物語。でもそれが、クラリスを突き動かすには十分だった。彼女はそう言う人間なのだ。



「エルさんが現れて、帝国の侵略と言う理由ができ、獣人たちの村を作ったことで私は一歩前へと進むことができました。本当はもう少し待ってから進むつもりだったんですけどね?……――でもいいきっかけでした。今回、実際に獣人の村を救って見せたエルさんと私の関係を王に見せることで――これからは私が主体的に、獣人たちを救っていくことを示したかったのです」

「……」



 クラリスさんは、真摯に僕に語り掛けた。一切の嘘偽りもなく、真実の言葉を僕に。



「エルさんに黙っていたことは謝ります。しかしここで、どうしてもエルさんの存在が必要だったのです」

「……謝るようなことじゃありませんよ」



 だったら僕も――それに答えなければいけないだろう。



「……いえ、エルさんをだましていたのは事実ですから――」

「――……元々別に、僕は貴族のしがらみとかどうでもよかったんですよね。ただポーズのために言っていただけで。その点でいえば、僕もクラリスさんに嘘をついていた」

「え?」



 きょとんとするクラリスに、僕は最終確認のつもりでこう聞いた。



「獣人の村は今どんな感じなんですか?しっかり発展はしていますか?」

「え?え、ええ。今はまだ人口のわりに規模が小さいですが、村として最低限の建築物はあるようですよ?あぁそれと……小さいながら、エルさんの石像があるとか。村を救った英雄として」

「それは嬉しい限りですね。村に教会はあるのですか?」

「教会、ですか?いえ、そう言えば建設の計画も聞いてないような……」

「そうですか、それでいい。教会なんて一番最後でもいいですからね」

「……あの、これは何を聞いているのですか?」



 僕が突然話題を変えたことにクラリスはきょとんとしながらそう尋ねる。しかし、クラリスには分からなくとも、これは僕には重要な事だった。

 教会よりも先に、村を救った僕の石像を立てる。天界の絶対的な権力の下にあるこの世界において、それは本来あってはならないことだ。しかしそれは、僕の望んだとおりに獣人たちが救われてくれたことを示している。

 計画は上々、この村は亜人たちの拠点になり得る。ならもう隠さなくてもいい――



「ああ、すいません。突然話題を変えてしまって。――……王との謁見なら、ええ、そう言う事ならいいですよ」

「あ、ありがとうございます」

「しかし一つ、隠していたことがありまして」



 そして僕は、こう告げた。



「実はこの前、神になりまして。だから王に頭は下げられないんですよ」

「――っ、はぁ!?」

「まあでも僕、実は亜人でして。ほら、これ牙。だからやっぱ、獣人差別は許せないですね」

「ぁえ!?」

「だからまぁ、獣人差別に関しては、僕が全部何とかしますよ」

「はぇ!?!?」



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