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13.報告

 


「どーも、初めまして。エルです。一応神様やってます」

「これは――……龍神様、ご足労痛みいります。スルア王、エリケ二世と申します」



 翌日、王宮の一室。広々とした部屋の中に入ると、中で待っていただろう王が椅子から立ち上がる。クラリスには席を外してもらっているが、どうやら大体の事は聞いたらしい。僕が神であることも知っているのか王が跪こうとしたのを見て、「いえ、大丈夫です」と僕はそれを制止した。



「非公式の会合です。そこまでされることはありません。さ、座ってください」

「は、申し訳ありません」



 王が居住まいをただし、僕らは椅子に座る。ソロネは僕の護衛である立場をはっきりとさせるかのように、僕の後ろに立ち睨みを聞かせていた。



「まず――この話し合いは非公式です。誰にもその内容を明かさぬよう、お願いします」

「はい。それは承知しております」

「結構。私がこの話し合いの場に来た理由は、私が今回行ったことの理由について説明するためです。即ち、国境付近の帝国の侵略――あー、問題行為に対する獣人の保護について」

「――っ」



「獣人」という言葉を僕が放った瞬間、王の表情がピクリと動いた。そこに見える感情は驚き。

 あれ?クラリスさんから聞いてるんじゃなかったっけ。



「あー、……私が獣人を助けたことを、クラリスさんから聞いていないんですか?」

「はい、そのことに関しては何も。クラリスからは、龍神様が今回の一件について話があるとしか」

「なるほど」



 どうやらクラリスは、どこまでが言っていい情報でどこまでがダメなのかが分からずに、最低限だけ王に伝えていたらしい。



「聞いていないのであれば説明します。えーと、まず、王国と帝国の国境付近の獣人の村が襲われていることについてはご存じですか?」

「はい、聞き及んでおります」

「僕はたまたまその襲撃に立ち合い、獣人たちを保護しました。その際、他の村々も同じように襲われていると聞き、天界の庇護下にある人間種である獣人の保護を目的に、襲撃に対処することを決めました。無辜(むこ)の民が理不尽に死んでいくのはあってはならないことです。『天界の庇護下にあるものの安寧を保証する』、これが僕の行動の根拠です」



 僕の口にしたそれは、ソロネにも言ったよくできた建前である。そもそも天界の支配の根拠は人間種の安全の保障にあり、天界が庇護する代わりに人間種は支配に従うと言った関係はこの世界に根付いている。王もそれには納得できたのか「分かりました」と口にした。



「さて、勘違いされてもあれなのでここで言っておくと、この行動にクラリスさんの意志は関係ありません。クラリスさんとは偶然利害が一致していたにすぎず、僕の保護した獣人たちの拠点を用意するという形でクラリスさんに協力を願ったのは事実ですが、その他の行動は僕の意志で行われました」

「……クラリスに命令を下し村を作られた、と言う事ですか?」

「いえ、その認識は間違っています。僕はただラビル近郊の領地の統治者であるクラリスさんに、住む家を失った自領民に対する補償の義務を果たすように要請しただけであり、獣人たちが住む開拓村を作れとは命令していません。僕の意志は獣人の保護までであり、村を作ったのはあくまでクラリスさんの意志によるものです」



 王の質問に僕はそう返答する。ここの線引きは重要だ。

 僕の命令で村が作られたとなったら、あの村は天界序列第二位である龍神の保護を受けた村と言うことになる。その場合、僕より序列が下である議会の支配下にある王国よりも扱いとしては上であり、特別な措置が必要になってくるだろう。それは、龍神の名のもとに行った『第三位によって維持される秩序を崩壊させない』と言う宣言に矛盾する可能性がある。天界議会の管理下にあった領地を、強引に奪い取ったという形になるからだ。

 しかしクラリスさんの意志で作られた村と言う認識なら――



「――ですから、あの村は僕にとって王国領のいち村であるという以上の意味を持ちません。統治についてもクラリスさんの下にあるという認識ですから、王国の厳正な法に乗っ取って判断されるのがよろしいかと思います。獣人たちに対しても同様に、僕は単に盗賊などによる理不尽な襲撃の被害者として保護を行ったまでに過ぎません」

「しかし……襲撃には帝国が関わっているのではないのですか?」

「その件に関しては天界のあずかり知らないところにあります。帝国が公的に襲撃を命令したわけではない以上、この件は国家間の戦争ではありません」



 故に、天界はこの件に関してノータッチであり、だから僕が個人的に動くことも問題がない。が、しかし



「――と言うことに現状なっていますが、この襲撃の扱いが今後どうなるかは分かりません。議会に報告しなければいけない事が出来ましたし」

「それは……」

「帝国に不穏な動きあり、と言うことです。王国の方では何か掴んでいませんか?例えば――帝国が新兵器を開発している、とか」

「いえ、そのような情報は上がっておりません」

「ま、そうですよね」



 王国の方でも何か把握しているかと思ったが、僕らが知っている以上の情報は無し。仮に何か企んでいるのだとしたら、相当うまく隠しているものだ。



「説明はこれで以上です。何か質問は?」

「……私は何をすればよいのでしょうか?」

「別に何も?好きにすればいいんではないでしょうか?獣人が作った村を取りつぶすもよし、逆に保護するのも良し。僕からこの国に命令することはありません。あなたはあなたの思うままにこの国のかじ取りをなさればいい」



 僕はそう答えた。何も命令することはない――それは本心だ。だけど望むことがないわけではない。

 だから、僕は探るようにこちらを見る王の視線から目をそらしてこう口にした。



「……第二城壁を超えてから、亜人の類は一人も見かけませんでした。使用人すら全て純粋な人間でした」

「そう、ですな。貴族の使用人ともなればそれなりの格が求められますから。今の王国の現状では、亜人を使用人に使う者はおりますまい」

「そうですか。それは亜人は卑賎だと思われている、と言う事でしょうか?」

「そう考える者も少なくありませんな」

「そう考える者が少なくない現状について、どうお考えですか?」

「それは……」



 答えにくい質問だったのだろう。王は口ごもる。

 クラリスさんの話を聞いている限りだと、今の王国は国家として獣人差別を推奨するような野蛮な国ではない。しかし獣人と他の人間種の平等を謳っているかと言えばそうでもなく、結局のところどっちつかずの印象が大きい。それはおそらく、僕には分からないような貴族の勢力図がそうさせているのだろう。例えば急進派と保守派の対立とか。

 当代の王――つまり目の前のエリケ二世は、その争いの中でバランスを取って生き延びて来た。だから獣人差別について安易に口は出せない――そんなところか。

 だったら――



「――実は僕は亜人でして」



 そんなバランスで成り立っていた王国に――僕が今、爆弾を落とした。



「それではまた」

「――えっ、ちょっと!?」

「僕から話すことはもうありません。では失礼します」



 顎が外れたかのように口をあんぐり開けて呆けた王を前に、僕はそう言うと椅子から立ち上がった。これ以上の会話は逆効果、爆弾は放り投げて知らんぷりするものなのだから。

 これで王は考えるだろう。何故あのような質問をしたのか。何故僕がわざわざ最後に亜人であることを明かしたのか。そしてそこから導かれる結論は、そう想像に難くない。


 王宮の部屋を出ると、クラリスさんが待っていた。邸宅で待っていていいと言ったのに、わざわざここまで迎えに来てくれたのか――そんなことを考えていたら、クラリスさんが頭を下げた。



「――ありがとうございます」

「頭を上げてくださいよ。僕は王に、僕の働きの報告をしただけです」

「最後のあれは違いました。神であるあなたがあそこまで言えば、あの人も動かざるを得ない」

「……聞いていたんですか?」

「聞こえてしまいました」

「扉厚いはずなんだけどなぁ、あの部屋」



 とはいえ人払いも済んで静かな王宮だ、部屋の話し声が聞こえていてもおかしくない。



「本当にありがとうございました。私がずっとできないでいたことを、エルさんは簡単にやってのけてしまった」

「僕はあなたの手伝いをしただけですよ」

「……どこまでも謙虚な人ですね」



 人ではなく神だけど、と口を挟むのはやめておいた。

 それに、僕が手伝いをしただけ、と言うのは本当だ。僕の言葉はそれ単体では意味を持たない。仮に僕が亜人だったとして、だからなんだというのだろう。それはクラリスさんが獣人差別に対しての活動を続けることで、ようやく意味を持つ言葉なのだ。



「クラリスさん、僕はあなたが動きやすい環境を作っただけにすぎません。クラリスさんの頑張りがなければあなたの夢はかなわない」

「ええ、分かっています。ここまでお膳立てされて何もできない私ではありません。この後のことは私に任せてください。あの村も、私が責任をもって発展させましょう」

「ええ、お願いしますよ」



 計画の第一段階は終了した。だから今後は、僕はラビル近郊だけに構っていられなくなる。だからこの辺の獣人のあれこれは、全部クラリスさんに放り投げてしまって構わないだろう。

 それに僕にはまだやることが残っている。



「ではこれで。僕はここで失礼させてもらいます」

「え?私の家には戻らないのですか?」

「ええ、もう準備も済んでいるでしょうし」



 昨日の夜、クラリスさんに自身が神だと明かした後に、ソロネを教会に送り込んだ。転移陣の準備をさせるために。



「僕は天界に戻り、未知の敵について報告しなければいけませんから」



 ■



「――ではこれより、序列第二位、龍神エル様によるウェルスト帝国管理に関する報告を行います」



 イースの凛とした声が議会に響き渡り、その場全員の視線が円弧上の机の端に座る僕に集まった。


 叙勲の時に一度訪れたことのある議場。円卓にも似たその机は右半分と左半分でその様子が大きく違った。

 右半分――議会が主に用いる机は議長と議員を含め満席で、その後ろには役人じみた神人やら神やらがせわしなく手を動かしていた。その中には顔を青くした様子の帝国の担当神の姿もある。

 対する左半分に目をやると、最高神のために用意されたその机は空席が目立っていた。僕とイースを除けばこの場にいるのは第三位のウォルト、第四位のクリスティアのみ。僕に仕事を与えたウォルトと、なぜかいつもウォルトと一緒にいるクリスティアはいいとして、それ以外には誰も参加していない。どうやら最高神様方は議会などには興味がないらしい。第九位に至っては僕の叙勲の時にもいなかったし。


 僕は視線を議会の机に戻すと立ち上がり口を開く。



「第二位、龍神エルです。報告を始める前に――まず、議会の皆さまにお聞きしたい。現在王国の国境付近において、帝国の盗賊等による略奪行為が行われていることはご存じですか?」

「……その件に関しては存じております」



 返答したのは議長を務める神だった。第十位、魔法神ルス。創造神に次いで最も古い神でもあった。



「ではその盗賊が、帝国から秘密裏に命を受けているということについては?」

「そ、それに関しましては帝国からの報告は受けておりません」



 次いで返答したのは議員たちの後ろに座った帝国の担当神だった。確か第五十何位ほどだったかの下級神だ。



「正規軍を動かさない、即ち戦争ではないということで、その件に関しては報告義務の対象外と議会は考えております」

「なるほど。しかし襲撃と帝国の関りがあることは認めているということでよろしいですか?」

「その可能性が高いとは考えております」



 ルスの返答に「結構」と僕は言う。



「では報告に移ります。先日私は、下界で活動中、未知の攻撃手段を持った敵と遭遇しました。敵――以降はガンナーと呼称します――ガンナーの有していた未知の攻撃手段により、私の捉えていた盗賊数名が死亡、攻撃を防御した第三位階天使ソロネが軽いけがを負いました」

「第三位階天使が怪我を?」

「はい。と言っても手の表面に軽い火傷と裂傷を負う程度でしたが」

「それにしても相当なことでしょう。最高位ともいえる天使にただの一撃でけがを負わさせるなど」



 議長がそう言い、議員たちも動揺した様にざわめいた。それほどまでにソロネに対する信頼があったと言うのか、ガンナーの用いた攻撃は彼らに衝撃を与えたようだ。



「ガンナーの攻撃は、鉛の塊を発射するものであると推測されます。ソロネが攻撃を防いだ際、また攻撃を受けた盗賊たちの体の中にもこのようなものが発見されました」



 僕が合図を下すと、空中に弾丸の映像が映し出される。ソロネの体に当たって潰れ切った弾丸と、盗賊たちの体に残っていた比較的きれいな弾丸を。



「驚くべきことに、攻撃は一切の魔力を伴わずに行われました。故に弾丸が発射されるまで私たちはそれに気づくことができませんでした。加えて、弾丸の速度は音速を超えている可能性が示唆されており、ガンナーの存在は極めて危険であると考えられます」

「なんと。そのような攻撃手段が下界に……?弾丸と言うことは発射機があると言う事、発射機はどのような者だったのですか?」

「それに関しては分かりません。ガンナーは草むらに隠れていた上に、攻撃後すぐに逃走されたため、発射機はおろかガンナーの姿すら不明です」

「貴様ほどの者が姿も見ることができなかったのか?」

「ああ。攻撃後すぐに探知の魔法を発動させたけど、その時にはすでに探知の範囲外だった。探知の範囲は一キロで、攻撃から発動までは一秒ほど。単純計算で音速の三倍ほどで動かなければいけないけど、そんな音も衝撃もなかった」

「……空間転移、と言う事か?」

「可能性はあるかな」



 ウォルトが驚いたように口を挟み、そして考え込むように机を見つめる。空間転移は一般的な魔法では実現不可能な魔法。僕の知る限りではウォルト以外が使っているところを見たことがない。



「ガンナーとの遭遇は国境付近における村に対する盗賊の襲撃と同時に起こりました。ガンナーが捕縛された盗賊たちの殺害をしてから逃げたことも、ガンナーと帝国との関係を示唆しています。私は、帝国による新兵器開発の隠蔽の疑いについて、帝国に対する調査の必要があると考えます」

「そう、ですな。龍神様のおっしゃった武器が量産されているのだとしたら、それは天界に対する脅威ともなり得る。早急に調査を行わなければなりますまい」



 ルスがそう言い、議員たちも同調するように頷いた。その後ろに座っている帝国の担当神君は、この世の終わりかのような顔をしていた。そうだよ、君の不祥事だよ。



「ああ、それともう一点。別件ですがいいですか?」

「……何でしょうか」

「この一件は、王国が帝国の動きに対して正規兵を用いた対応ができなかった事が原因の一つとしてあると考えます。そのせいで、帝国が秘密裏に新兵器のテストを行えてしまう可能性があった」

「王国の責任を問う、と言う事ですかな?」

「いえ、違います。王国が正規兵を動かせなかった原因は、人間の、獣人に対する差別意識が根底にあります。たかが獣人如き、と考え王国は兵を動かさなかった。天界の規定にのっとれば対等の人間種同士にある感情が、天界の危機を未然に防ぐ可能性を潰した」



 僕の言葉を聞いて、対面に座る議員たちが顔を見合わせる。こいつは一体何を言う気なのだろうかと。



「私はこのようなことが今後あってはならないと考えています。そもそも第一位の言葉に人間種の区別がない以上、獣人――亜人と人間の間に上下関係はありません。であるのならば、我々も彼らを対等に扱う必要があると考えます」

「……天界議会としては、別に獣人差別を行っているわけではありませんが」

「それは存じています。しかし、教会はどうでしょう。我々の声を下界に届けるはずの教会は、今現在、獣人差別を推奨するような行動をとっています。まさか知らないわけではないでしょう」

「それは……」

「魔王討伐に向けて、そのような感情が必要であったのは理解しています。しかしそれももう過去のもの。魔王は勇者によって討伐されようとしており、これ以上差別意識をあおる必要もない」



 議会が教会の獣人差別を黙認していた――もしかしたら、非公式に推奨させたのは天界かもしれない――理由は、人間自らの感情で魔王を討伐させなければならなかったから。しかし勇者の剣が魔王の喉元に届こうとしている今、その理由ももはや必要ない。



「つきましては、私は教会の獣人差別の緩和、撤廃を提言したいと思います。今後不必要な感情により天界の危機を見逃さないためにも、これは一考の余地があるのではないかと考えます」

「……何故、ですかな」



 ルスの質問に、僕は首を傾げた。



「理由は言ったつもりですが」

「ええ、よくできた理由でしたが――これは建前でしょう。私が聞きたいのは真実の理由ですよ」

「……」



 ルスの言葉に、僕は少し面食らった。僕の提言について何かしら探りは入れてくるだろうと思ってはいたものの、まさか正面からそう尋ねられるとは思わなかったからだ。

 しかし何を言うかはもう決まっている。



「それは――僕が亜人だからですよ」



 半分は真実で、半分は嘘のその言葉を口にした。



 ■



 議会が閉廷し、神もいなくなったその議場。魔法神ルスと空間神ウォルトは二人椅子を動かなかった。



「一つ目の報告には驚かされましたが――……ウォルト様、二つ目の提言は事前に?」

「いや、私もここで聞いたのが初めてだ」

「どういうつもりなのでしょうな。エル様は」

「さあな。あいつの考えることはよくわからん」



 ウォルトが吐き捨てるようにそう言った。



「まさか――天界の勢力図を変えようと思っている、とか」

「私にはそうは思えんがな。『宣言』の件もあることだし、あれが野心を持っていれば、他にもっと簡単な手を使っただろう」

「そうですかな。ではエル様の提言にはあの場で語った以上の理由はないと?」

「そうだろう。あれは神になって日も浅い。人間の頃の感情で色々と動くのも分かる気がするがな」



 ウォルトの言葉に、ルスも頷く。



「で、どうなのだ?獣人差別の件について、議会ではどういう判断をする」

「私どもとしては、問題ないかと。エル様の言う通り、魔王討伐は間近、これ以上の扇動も必要ないように思えますからな」

「ではあれの言う通りにするのか?」

「まあ、手を付けても良い案件かとは思っております」

「そうか」



 ウォルトは短くそう告げると、席を立った。そしてルスもしばらくして議場を後にし、暗い静寂だけが残った。



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