11. 馬車の中
「全く、いきなり王都に行く馬車を用意しろだなんて急すぎます。たまたま私が王都に行く予定があったからいいものを」
「いやあ、ありがたい」
「……さてはエルさん、私のこと都合のいい女だと思ってますね」
揺れる馬車の中。広い馬車に向かうように座るクラリスに気のない感謝の言葉を贈ると、彼女はジトッと僕を睨みつけた。
王都に向かう馬車をクラリスに用意してもらおうと、彼女を訪ねた僕ら。急なお願いにクラリスは驚きながらも、次の日には馬車を手配してくれたのだ。どうやら彼女も近々王都に行く予定があったようで、その日程を早めて僕らを送ってくれるようだった。
むっとしたような彼女の視線を右から左に受け流していると、クラリスははぁっとため息をついて深々と座席にもたれた。
「まぁいいんですけどね、これくらいは。こっちは感謝してもしきれない働きをエルさんにしてもらってるわけですし……」
「お互い様ですよ。それに、僕は僕の利益のために動いているだけで、それがたまたまクラリスさんの助けになっているだけです」
「あぁ、なんかそう言う事になってるんでしたっけね」
国境付近に点在する獣人の村への襲撃の対処。クラリスが僕に依頼し、僕が断り、しかし自分の判断で行ったそれ。依頼を断ったのは僕が天界に属していたからであるが、クラリスはそのことを知らない。だから彼女は大方僕のことを、苦しんでいる獣人たちを助けるために危険を顧みず、しかも無報酬で戦ってくれる聖人君子かなんかかと思っている節があって、だから王都に行く馬車も用意してくれたのだろう。
実際には僕は、自らの信者を増やすという目的のためにこれをやっているわけだが、勘違いしている分にはありがたいものだ。わざわざ否定もしない。
「ここ数か月でラビルまで避難してきた獣人の数は数百を超えました。よくぞあれだけの人数を助けてくれましたね」
「いやあ、僕はたまたま通りがかっているだけなんですがねぇ。……それで、その獣人たちは今はどうしているんですか?」
「ラビル近郊に開拓地を作り、そこで暮らしてもらっています。もうちょっとした町ですよ。ラビルの近くなので帝国の商人も襲ってこれないでしょう」
「それは良かった。だけど……大丈夫なんですか?勝手にそんなことして」
「それは……」
クラリスはラビル付近を治めている、いわば領主。その領内では彼女の権限は絶対だと言える。しかし――
「……実は王国貴族の中にはこれを快く思わない者もおります。私が王都に行かなければいけない予定と言うのもその件でして」
「獣人差別、ですか?しかしもともと王国に住んでいた民なのですし、どこに住んでも別に変らないでしょう。領を移動したわけでも……あんまりありませんし」
「獣人がまとまって力をつけることを危惧しているのでしょう。あるいは――獣人云々はただの言いがかりで、私に難癖をつけたいだけかもしれません。正直に言って、女である私がラビルと言う大都市を収めていることをよく思っていない者は少なくありませんから」
獣人が嫌悪される原因の一つは、その見た目が人類の敵である魔族に似ているという事。それが王国内で大きな町を作ることは、王国民の恐怖を、ひいては反感を買いやすい。そしてその感情を政治が利用し、クラリスへの呼び出しに至ったのか。
面倒なことになりそうだ。獣人をせっかく集めたのにその町を潰されたら意味がない。
「とはいえ早々に街を取りつぶせともならないでしょう。別に悪いことをしているわけでもありません。せいぜいやっかみをつける程度で終わるでしょう。それよりも今気がかりなのは――……帝国の動きです」
「帝国の動き、ですか?」
「ええ」
僕の問いにクラリスは頷いた。
「ご存じの通り、わが王国と帝国の中は良くありません。しかしそこまで悪くもない」
「ああ、うん。そうですね」
ご存じも何も平民だった自分にお国同士の仲なんて分かるわけない――なんて言葉をぐっと飲みこんで、僕はそう相槌を打った。
しかしよく考えてみれば、王国も帝国も周辺国家の中では大国である。隣り合う大国同士だ、仲が良いわけがないのは理解できる一方で、しかし簡単に戦争ができるような間柄でないのも納得がいく。大きな理由がない限りは両国が戦争になることはない――と、クラリスは思っているのだろう。
「私が知る限り、帝国に王国との戦争を望む理由はないはずです。無論、王国と帝国で利害の衝突している例はいくらでもありますが、それらに戦争の火種になり得るほどの重要性はありません」
「……帝国で政治の方向転換があったとか?」
「内乱やクーデターはおろか、帝国中枢の人間が大きく入れ替わったという話も聞いていません。国内の政治についても変化はありませんし……」
あれほどの大国。国を動かすにはそれに見合うだけの大きな政府が必要になってくる。行動指針を決定する政府に変わりがない以上、国として何かが変わったということはないと言う事か。
「まあ私には帝国の内部事情を完璧に把握することは困難です。私の伺い知らない何かが帝国内であって、それで王国と戦争することになった――と言う可能性もあります。しかし、それならそれで疑問が残る」
「なんです?」
「何故帝国は正規兵を使わないのか、という疑問です。村を襲っていた兵士は皆非正規兵、ごろつきだったんですよね」
「ええ、まあ。なんか商人にやとわれたとか、あるいはただの盗賊団とか色々でしたが」
僕が国境付近の村々を回って捕まえた襲撃者の中に帝国の正規兵はいなかった。皆、本物かどうかも分からないような人さらいの許可証を持った傭兵などだ。
「帝国が非正規兵を使ったことで、我々は正規兵を動かしづらくなりました。しかしそれが、村の襲撃にわざわざ非正規兵を使った理由かと問われれば、私にはそうは思えません」
「何故です?僕が助けに入らなければ村は占領され、帝国の戦力に対して王国は無防備になるでしょうし――」
「仮に帝国が正規兵を動かしたとしても、同様の結果になったでしょう。正直なところ、帝国が大々的に正規兵を動かしたとすれば、私達は国境付近の城塞都市で守りを固めることになったはずです。その際、国境付近の小さな村々を守るために戦力を避ける余裕はない。結果、帝国の軍はほとんど損害なく我々の喉元に迫れます」
帝国の戦力は王国と比較しても強大だ。国境付近で戦争が起こるとしたら、王国はどうしても効率的な手を打たざるを得ない。いずれにしても小さな獣人の村なんかに構っている暇はないと言う事か。
「確かに非正規兵を動かすことで正規軍の損耗を抑えることができますが、元々兵力で勝る帝国が、国際的な正当性を犠牲にしてまで行う事かと問われると首を傾げざるを得ません。あまりにも不自然、私には帝国の目的が何なのか理解できません」
クラリスはうーんと考えるそぶりを見せると、「ねえ、エルさん」と口を開いた。
「村を襲った連中は、本当に非正規兵だけでしたか?」
クラリスさんの質問に、僕はすぐに答えなかった。そして一度瞬きをした後、それに答える代わりに「何故そんなことを聞くのですか?」と質問を返した。
するとクラリスさんは「いえ、大したことではないのですが」と前置きをして、
「私たちが見落としている情報があるとすれば、おそらくそこだと思ったからですよ。村を襲っているのは非正規兵だけである、という前提条件が間違っているのではないかな、と。仮に正規兵が混じっていれば、私たちに知られることなく戦力の輸送を――……ん、それでも違和感は残りますか。それほどメリットがあるようには思えませんし」
「なるほど、そう言う事ですか」
うーん、どうしよう。
自分の思考の世界に入り込んでぶつぶつと呟くクラリスを前に、僕は考える。
ごろつき以外の襲撃者。僕らはそれに心当たりがある。先日僕らに向かって銃弾を撃ち込んだ謎の敵だ。この世界に存在しない銃を使い、一瞬で消え去ったあの敵が只の非正規兵とは思えなかった。
しかしそれをクラリスさんに告げていいものか――ちらりと、隣に座るソロネの顔をうかがう。僕とクラリスさんの海和に一言も口を挟まずに座っていたソロネの横顔は相変わらず澄ましたまま。何を考えているのか分からないが、好きにしていいと言う事だろうか。
ま、いっか。
そう思うと、僕は「実は――」といってポケットからつぶれた銃弾を取り出してクラリスに見せる。
「……これは?」
「実は先日、いつものように村の襲撃者を捕まえたところでこれが僕らに打ち込まれまして。僕らの知らない攻撃でしたので、もしかしたら帝国の新兵器かと。クラリスさんは何か心当たりがありますか?」
「これだけでは何とも――……これは飛び道具の弾、ですか?金属でできているようですが――」
クラリスさんは僕の掌から銃弾を受け取ると、指に挟んでじっと見る。
「金属がこれほどつぶれるとは。発射機などは確認できなかったのですか?」
「そうですね。草むらからの攻撃で、どのようなものから発射されたのかは見ることができませんでした。ただ――弾が飛んでくる前、大きな音がしましたね。こう――爆発音のような」
「なるほど……。申し訳ありませんが、私にはこれが何なのか分かりませんね。――あ、これもらっても?」
「ええ、構いませんよ」
銃弾は強盗達に打ち込まれたものも含めてまだいくつか残っている。一つぐらい渡しても構わないと、そう答えると、クラリスさんはそれをハンカチに包んだ。
「しかし――新兵器ですか。話を聞く限りよほど強力な兵器のようですし、では帝国は新兵器のテストを?いや、それなら別に王国の国境を超える必要はありませんし。……新兵器には寡兵で城塞都市を落とせるだけの力がある?としたら帝国は国境付近の都市を強襲するつもりなのか――」
「僕が見た限りでは、それほどの力があるとは思えませんでしたよ?強力でしょうが、王国に察知できないほどの兵で都市を落とせるほどではないかと」
「そうですか……」
またしても袋小路。仮に帝国が新兵器を開発していたとしても、それが王国に対して影の侵略を行う理由にはなり得ない。
うーん、と首を傾げる僕ら。そんな僕らの間に切り込むかのように――
「――一つ、口を挟んでもよろしいでしょうか」
これまで沈黙を貫いてきたソロネが、口を開いた。
「おぉ、ソロネ。何か気づいたの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、お二方が無意識の内に前提から排除しているものがあるのではないかと思いまして」
「排除しているもの、ですか?」
「はい。それは――天界の存在です」
ソロネの言葉に、クラリスははっと息をのんだ。
「まさか監視官の存在……?いや、でも……もしそうだとしたら……」
「ええ。その場合、もはや帝国が企んでいるのは王国との戦争ですらないかもしれません」
「し、しかしまさか……、帝国が天界に?」
「可能性としてはあり得るかと」
どうやらソロネの言ったことはクラリスにとって信じられなかったらしく、その返答に絶句する。しかし僕にはなんのこっちゃ。目を見開いて思考を回転させているであろうクラリスとすまし顔のソロネを交互に見て、「あのー」と手を上げて尋ねる。
「ちょっと僕には分からないんだけど、どういう事?監視官って何?天界の存在がどうしたの?」
するとソロネは「失礼しました」と言って、
「現在、魔王の治める魔王領以外の国家は天界の支配下にあることはご存じでしょうか」
「ああ、うん。それは何となく」
「人間国家の政府による統治の根拠は天界議会の信託であり、人間国家の全ての権利は天界を治める議会が有します。即ち、異なる人間国家であってもその権利は同様の組織――すなわち天界議会――に帰着することになります。然らば、国家間の戦争すら天界の管理下にあり、その意に反する戦争案は棄却されます」
「ふーん?」
「……天界は国家による国家への侵略を否定していません。しかしいくつか定められている決まりがあり、例えば宣戦布告の前にその旨を天界に通告しなければならなりません。そしてその際、その戦争が天界の不利益となる場合、宣戦布告が認められないことがあります。また、宣戦布告が認められた場合も、監視官と呼ばれる天使が派遣され、戦争の管理を行います」
ショックから立ち直ったらしいクラリスさんが、頭を振ってソロネの小難しい言い回しを簡単に説明した。ありがとうございます。
「戦争の定義についてはいくつかありますが、その内の一つに正規兵を動かすことがあります。しかし今回の場合、帝国は正規兵を動かしていません」
「つまり、天界的には帝国の侵略は戦争行為ではない、と。だから監視官も派遣されない」
「はい、その通りです。そしてソロネさんは、それこそが帝国の目的ではないかと考えているのですね」
「その可能性があると考えております」
「ってことは……」
帝国には天界に隠したい秘密がある。だからわざわざ正規兵を使わずに非正規兵を動かして、天界を呼ばなかったと。
「隠したい秘密とは、おそらくエルさんが見つけた新兵器か、あるいはそれに連なる技術か。それは分かりませんが――……いえ、ですがにわかに信じられませんね。大国の王ともあろうという者が、天界に弓引く愚かさを知らないわけがありません。それに仮に何か禁忌に触れる技術を開発してしまったとしても、天界にそれを隠し通せるとは思えませんし」
「そうですね。隠したい秘密があるのにも関わらず、王国への侵略と言う目立つ行為で新兵器の試運転をする理由も分かりません。しかし帝国の行いが天界の不利益になる可能性がある以上、報告は必須ではないでしょうか」
「……今、王都には担当の神様がいるはずです。その方に話を通した方がよいでしょうね」
「そうした方がいいですね――ん?」
あ、ソロネこれ僕に言ってんのか。僕ならば階級差に伴う面倒な伝言ゲームをしなくても、事態を直接議会や第三位に伝えられる。
王都に行ったらやらなきゃいけないことが増えたな、と心の中でため息をつくと、その瞬間馬車が大きく揺れた。どうやら到着のようだった。開けた窓の外を覗くと、王都の大きな門が僕らを迎えていた。




