9.未知の敵
宮殿、選ばれた人類のみが知る薄暗い地下室。
ここら一帯の国を治める皇帝を前に、男は軽く頭を下げると対面に座った。
「報告致します。国境付近にある獣人の村の襲撃は滞りなく進んでおります。すでに国境付近の半数の村を壊滅状態に追い込みました」
「そうか。王国軍の反撃はまだないのだな」
「はい。……しかし一点気になることが。南西部の小さな集落を襲った部隊が何者かの反撃に合い全滅したとの報告が入っております。商会に雇わせたごろつきですので、仮に捕縛されていたとしても問題ないと思われますが……」
「反撃とな。ごろつきと言えど、武力を食い物にする連中だ。まさかただの村人に負けたわけでもあるまい?」
「はい。しかし、王国の正規兵が動いている様子はありませんでしたので、冒険者や領主の私兵などに敗北したのではないかと考えております。地理的にも、近くに迷宮都市ラビルがありますので冒険者も多いですから」
「なるほど。しかし恣意的なものではあるまい、大勢にさしたる影響はないか」
皇帝は「ふむ」としばし手を顎に置くと、男に命じた。
「では計画を次に進めよ。あの子たちも、物言わぬ人形の相手にも退屈してきたころであろうしな。勇者と、戦力の測定を行う兵士をごろつきたちに紛れさせよ。くれぐれも王国に気取られぬようにな」
「了解しました」
「それと――担当神の方はどうなった?」
「例年通り、今年も適当な報告ともてなしで満足したようで、直ぐに帰りました」
「そうか。我が国の担当神が馬鹿で助かったと言ったところか。……それとも神は皆が堕落しきっているのか。それならば……」
皇帝は手で頭を抱えると大きなため息をつき――
「それならば――早く計画を進めなくてはいけない。神の手から我ら人類を救うためにも」
「はい」
男が頭を下げ、公式には存在しないはずの報告会が、誰にも知られぬことなくひっそりと終わった。
■
「ありがとうございます、エル様。村を救っていただいて……」
「いえ、たまたま通りがかっただけですので。それに、もう少し早く来れれば村もこんなに破壊されなかったでしょう」
クラリスさんと約束を交わしてから、僕らは国境付近を巡回して獣人の村に対する襲撃を食い止めていた。しかし僕らが襲撃を察知できるのは、例えば煙が立ち上ってからとか、戦いの音が大きくなってから。つまり、ある程度被害が大きくなってからだ。
無残にも破壊され、煙立ち上る村の中。
頭を下げながら感謝する村の代表に、僕はもう何度繰り返したか分からない社交辞令を返す。
「子供たちの命が助かっただけでも有難い事です。それ以上に何を望みましょう」
「そう、ですか。……これからどうするのですか?村を再建なさるのでしたら、援助の要請を領主に出すのを手伝いますが」
「いえ、この村はもう無理でしょう。働き手となる者をこうも欠いては……。それぞれが散り散りに、近隣の町に疎開することになるでしょうな」
「それなら、私の知り合いに、生活が困難になった獣人の援助を行う活動をしている貴族の方がいます。彼女を訪ねるといいでしょう」
「なんと、そんな方が。……何から何まで、本当にありがとうございます」
これも何度目か繰り返した会話。
村を維持するのが困難になった獣人たちに、クラリスさんを紹介する。クラリスさんは、ラビルの近くに開拓地を作り、訪ねて来た獣人たちをそこに送っているらしい。扱いとしては難民に近いもののようだが、最低限の生活は保障されているとか。
「それでは、私はこれで」
「えっ?まだ御礼も何もできてませんのに……」
「いえ、構いませんよ。皆さん襲われたばかりで、それどころではなさそうですし。それに、私は他の村を通りがからないといけませんから」
「通りがかる……?」
不思議そうに首を傾げる村長に一礼すると、僕は賊を見張っていたソロネと合流する。村を襲った賊のほとんどは殺したが、頭っぽそうな奴と数人は残すようにソロネに命じていたのだ。
僕の姿を見つけたソロネが頭を下げようとして、すんでのところでそれを止める。
「待たせたね、ソロネ。それで、誰が盗賊の頭だった?」
「こいつです。エルさん」
ソロネが剣で盗賊の一人を指し――さされた男がビクリと、大きく震えた。
「どうしますか?」
「そうだね、クラリスさんのところにでも送ろうか。あれでもクラリスさんは貴族だし、よしなに使ってくれるだろうし。……ん、でも、持っていくのちょっと面倒だな」
「では殺しますか?」
血の気の多いソロネの一言に、盗賊たちが命乞いをするかの様に僕を見る。しかし、それだけで、口を開いて助命を乞う者は一人もいなかった。
なんでだろう。ソロネが怖いからかな。
「いや、でも勿体ないからな……。仕方ない、捕縛魔法で封じてテレポートで送るか」
そう思っていくつかの魔法を発動させようとしたその時だった。
「――エル様!!」
森の茂みから僕の姿を隠すようにソロネが動き――パァン!!!という大きな破裂音が鳴り響いた。敵の攻撃から僕を守るために何かをつかんだのか、ソロネが握った手の中から白い煙が上がる。
「なんだ?今の。……いや、まさか」
「エル様、未知の手段による攻撃です!一旦テレポートで引いて――」
「光檻」
ソロネが慌てたようにそう言って、僕は防御の魔法を発動させようとする。しかし――
「――……そっちか」
光の檻が僕らを包み込むのと、破裂音が再び鳴ったのはほぼ同時だった。しかし、次に狙われたのは僕達ではない。音と共に、盗賊たちの頭が吹き飛ばされた。
「チッ、口封じか。まあでも……『探知』」
盗賊たちが殺されようと、その犯人を捕らえればどちらにせよ情報は手に入る。むしろ、口封じを任されるぐらいの兵士なら、トカゲのしっぽである盗賊たちよりも情報を持っているだろう。
そう思って僕は探知の魔法を発動させる。しかし、半径一キロほどの範囲内の反応は一切なし。ソロネと僕、村人たちの他には、人間はおろか人間大の魔獣すら存在しなかった。
「逃げた?いや、でも……一キロだぞ?」
盗賊たちの頭が飛んで探知の魔法が発動するまでに、一秒ほどしか経たなかったはずだ。その間に僕らから一キロも離れた?単純計算でマッハ3だ。いくら何でも有り得ない。
僕は光檻の魔法を解除し、ソロネの握られた手をつかんだ。
「エル様?」
「何かつかんだでしょ?開いてみて」
「はい。……これです。盗賊の頭を吹き飛ばしたのもこれによるものだと思われます。それぐらいの威力はありましたから」
開かれた手――火傷と裂傷を負ったソロネの掌の上には、先端がつぶれて花のように開いた金属の筒。
「これは……なんでしょう。鉛のように見えますが」
「……さあ、何だろうね」
僕はソロネの掌を回復魔法で治しながら、答えをはぐらかす。しかし、その正体についてはおおよその予想がついていた。
どこかで聞いたことのあるような破裂音。鉛を用いた銃弾。それ自体に魔法の介在しない、物理攻撃。
……これは、銃撃だ。それも、この世界には存在しないはずの、近代的な銃器による。
■
「……はぁ、はぁ。助かった……」
男は――さほど彼自体が運動したわけでもないのに――息を切らして壁にもたれかかった。目を閉じて俯き、そして隣に立つ女を見上げる。
「ありがとうな、助かったよ」
「いや、いい。それが命令だから」
不愛想な返事を返す女に、男はため息をつく。数日前にペアを組まされてから、ずっとこんな調子だ。この性格は本来のものなのか、それとも隷属の首輪による強制力の弊害なのか。
前者だろうな、と男は思う。
「それにしても何だったんだ、あいつらは。冒険者か?……なあ、嬢ちゃん。逃げたのはあれに勝てそうもなかったからか?」
「いや、違う。女の方はすごい身体能力だったけど、たぶん勝てた……かもしれない。男の方は分からないけど。私が逃げたのは、それが命令だったから」
「命令?」
「そう。村人に加担する第三勢力と遭遇した場合、逃げることを優先しろと」
「なるほどね」
ナイス命令、と男は思う。
男は兵士だが、単に女の戦力評価のために招集されただけの雑魚だ。もし強敵ならば、戦闘に関して足手まといな自分はやられていただろう。自分だけ連れ去られるという可能性もある。
「……よし、じゃあ帰るか」
「了解」
女が手をかざすと、人ひとりが入れそうな隙間が空間に現れる。隙間の中身は闇が渦巻いていて不気味だが、男はそれを見るのはもう何度目かなので、別段恐怖を感じることはなかった。
男が入り、女も続く。通り抜けたそこは、出発地点から数百キロは離れた目的地だった。
「……全く、便利な魔法だよ」
男は女の魔法について詳しく知らないが、それは少なくとも、男も使える属性魔法でもなければ、錬金術、呪術、聖魔法でも、もちろん生活魔法でもないことは知っていた。
特殊魔法。
神の他には、神獣と、神に選ばれた勇者のみが使える超理の力。
「勇者サマ、ねぇ」
こんなとんでもない戦力が、他にも大勢いると聞いている。彼らを使い、皇帝はいったい何を企んでいるのか――そんな疑問が男の頭によぎったが、しかし自分が知る必要はないと、すぐに考えるのをやめた。




