7.二回目の転移
「ありがとうございましたっ……!」
村長の家を出た僕たちを待っていたのは、深々と頭を下げて礼をする一人の少女だった。
唐突な感謝の言葉に一瞬戸惑うが、少しして、僕はあることに気づく。
「あれ。君、たしか」
「はい。あの時、賊の剣から助けていただいた……」
「だよね。いやあ、良かったよ間に合って。もう少し遅れていたら君を助けることができなかった」
少女は――賊の男に噛みついて、斬られかかっていた獣人の子だ。
僕が異変を感じて村に到着した時、ちょうど彼女が男にとびかかろうとしていたところだったのだ。あの時何となしに使った探知の魔法だったが、結果的にそれが彼女の命を救ったと言えるだろう。
「でも――助けられなかった命もあった。もう少し僕が到着するのが早かったら、村を守るために戦った彼らも助けられた。だから……ごめん」
「そ、そんな!あなたが謝られることじゃありません!私たちを救っていただけただけでも……」
少女はそう言うが、村人たちの中には僕に怒りを覚えているものもいるだろう。例えばこの戦いで、家族、恋人、友など大切な人を失った者。何故もっと早く来てくれなかったのか――彼らがそう思っていてもおかしくない。そしてそれは、僕の善行に対しての懐疑に繋がる。
「……それだけじゃないか」
――と内心で判断する反面、ただ救えなかった命に対しての自責の念が、僕の心の中にあることも事実だ。
書類上で何人が死のうと特に何も思わない。しかしこうやって実際に目の当たりにすると、感じるものもあるというものだ。それが特に――忌み子や亜人といった迫害されてる存在だとなおに。
だから――僕は少女に告げる。
「……ありがとう。だけど僕が救えなかった人もいるのは事実だ。だから僕は――僕にできるだけのことをやろうと思う」
「それって――……?」
「貴族に言って、君たちを保護してもらうように頼むよ」
そう言うと少女は口を大きく開けて「そっ、そんな!」ともう一度言った。
「そう気負いしなくてもいいよ。村長とも話はついたんだ」
「そ――……そこまでしていただける価値なんて私たちに――」
「――そんなことない。実は僕にも亜人の知り合いがいてね。だからこれは――そう、単に僕のやりたい事なんだ」
村長にもこう言っとけばよかったかな――なんてそんなことを思いながら、ふと少女を見ると、少女はほとんど泣き出しそうな表情で嗚咽を漏らし、手で顔を覆っていた。
「それで、そこまでしていただいて……わたっ、私たちはあなたに何を返せばいいのでしょうか。この恩義、とても何かで返せるものでは――」
「だから気にしなくていいって言ってるのに。……ただ――何かを返したいって言うなら、そうだな」
僕は、少女の頭をくしゃくしゃと撫でて、
「助け合いだ。僕が困ったとき――君たちが助けてくれたら嬉しいな」
そう言った。
■
泣きじゃくる少女に見送られ――村の端にソロネと二人。
「さて、ソロネ。君はここに残って――」
「――了解しかねます」
僕が言い終わる前に、ソロネは僕の提案を却下した。
「一応聞くけど……理由は?」
「私の役目はエル様の護衛です。エル様から離れてはその使命が果たせません」
「まあ、そう言うと思ったよ。君が残る方が確実なんだけどなあ……」
村は今、ろくな戦力もいない状態で、外敵への備えが全くない状態だ。そんな村を置いたままどこかへ行くのは不安が残るところだった。
少なくとも僕が戻るまで耐えられる戦力を残しておきたい。ソロネなら確実だと思ったのだが……
「じゃあ……『錬金』」
そう呟くと、あたりの土がボコりと盛り上り、みるみる内にヒト型を作り出す。
僕の特殊魔法で解析が終わっている――つまり十分に使える魔法は、光魔法と他の属性魔法が少し、そしてこの錬金魔法である。錬金魔法とは物質に新たな属性を与えて、本来ある性質とは異なる性質の物質とする――平たく言えば、物質の交換を行う魔法だ。
さらに、与える性質を複雑化させると、物質により複雑な性質を付与することができる。例えば刺激に対して反応を返す、いわば疑似生命を作り出すようなことも可能だ。つまり――
「――ゴーレムですか」
「ああ。8体もいれば十分な戦力だろう」
僕の前に出来上がったのは、3メートルはあろうかと言う巨体の土のゴーレム。
魔力をふんだんに込めたから、土でできていると言っても相当な硬さを誇る。動きが若干のろまなところが欠点だが、それも背中にジェットエンジン……を模した風魔法を使えるゴーレムを付けることでカバーしている。
「行って、村を守れ」
そう言うと――大量の土煙が僕らめがけて吹き飛んできた。ゴーレムたちが一斉に飛び上がったのだろう。
……歩いて行け、って言った方がよかったかな。それともプロペラの方がよかったか……
「……エル様」
「あ、ああ。じゃあ行こうか。手を取って」
ぺっぺと口の中に入った小石を吐き出しながら手を出すと、……はてどういったことか、ソロネが一向に触れてこない。
「ソロネ?」
「い、いえ。あの……またあれをやられるので?」
「あれって……ああ、ワープね。うん、その方が楽でしょ?」
そう言うと、ソロネが「そうですが……」と渋い顔を見せる。
「何か問題でもあった?」
「その、あれはものすごい負荷がかかると言いますか、……端的に言えば少し酔います」
「そうかな」
この村に来るワープの時――つまりは僕が初めてやったワープだが――確かに少し負荷がかかった。まあ、僕は魔法を制御している側――言ってみれば運転してる側のようなものだから、酔うかと言われれば別にそうでもなかったが。
しかし――僕よりはるかに高い耐久力を持つソロネでもキツイと感じる負荷か。空間移動の際にかかる負荷は身体能力が高くても関係ないのかもしれないな。空間移動自体が物質的なものを超越した魔法だから当たり前と言えば当たり前かもしれないが……これ、攻撃に使えないかな。
「……まあ慣れたし、次は大丈夫だよ。ペンダントも上手く転移できたしね。魔法の制御も上手くできるはずさ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ。早く行こう」
神である僕にそう言われれば、天使であるソロネは強く出れないのだろう。恐る恐る手を伸ばしてきて、僕はソロネの手をつかむと魔法を発動させた。
■
「よし、到着……っと」
「ぅ……」
景色が変わった先は――迷宮都市ラビル、その城壁の中。人のいない大きな廊下――恐らくはどこかの豪邸の中に転移していた。
「ほら、ソロネ。大丈夫だったでしょ?」
「え、えぇ。問題……ありません」
少々ぐったりしているソロネの背中をさすって、僕は周りを確認する。
目的地をラビルに設定して飛んだので、おそらくここはラビルで間違いないのだろう。しかし人の家に飛んだのは少しまずかったかもしれない――
そう思って窓の外に意識を向けると、見覚えのある旗が掲げてあるのが目に入った。
「あれって……」
ペンダントを取り出して確認してみると――同じ紋章。と言うことはここは、彼女の家である可能性が高い。
ワープの先はラビルとしか設定していなかったはずだが、襲われている村に出た時と言い、今といい、もしかしたら無意識に定めた目的地をくみ取って転移しているのか……
まあそれは後で解析するとして。
「ソロネ、行くよ」
「……また転移ですか」
「いや、このまま人を探す」
「しかし……」
ソロネは周りを見渡して、「エル様は神であることを隠されたいのですよね」と言った。
「うん」
「でしたら人の家に勝手に上がり込むのはまずいかと。冒険者の身分を利用されるのであれば、貴族の家に侵入するというのは許されることではありません」
「まあそうなんだけど。……僕が恩をうった貴族がいるって言ったよね。ここ、彼女の家っぽいんだ」
「そうですか。それなら、……いえ、それでもギリギリですが……」
まあここに飛んでしまったのだから仕方がない。
さて人を探すか、と歩き出してすぐ。廊下を歩く燕尾服の男性を見つけた。老年の男性――執事だろうか。
「あのー、すいません……」
声をかけると執事が「はい」と言ってこちらを向き――少し固まる。
「えーっと、クラリスさんと言う方に会いに来たのですが」
「……失礼ながら、どちらでしょうか」
「エルと申します。こちらは仲間のソロネ」
僕が名乗ると、執事が「ああ」と理解したような声を上げた。
「エル様でございましたか。私は執事のエリック。エル様のお話は伺っております」
「そうなんですか?」
「ええ。しかし……申し訳ありません。いらすというのであれば迎えに参るべきでしたが、どうしてか門番から連絡がなく」
「あー、えーっと……」
……直接転移したつけがここに来たか。アポなし突撃は許されても、門を通ってこなかったという事に対する違和感は残るか。
背中に感じるソロネの若干冷たい目――天使が神にそんなことするわけないので、気のせいだろう――を感じながら、僕はどうしようかと考える。
……まあ、こういうのは素直に言った方がいいか。
「申し訳ない。実は門を通らずにここに来たのです」
「それは……何故です?」
「あー、緊急でクラリスさんにお伝えしたいことがあって、それでやむなく」
「……そうですか」
あれ、納得してくれちゃったよ。
まあそれで了解するわけはないけれど、判断はクラリスさんに任せるってところなのだろうか。まあ何であれ、追及されなかったのはありがたい。
「それでは、お嬢様のところに案内いたします」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
そこでエリックはちらりとソロネを見た。
「そちらの方の剣は……」
「ああ、武器を持ち込むのはまずいですか?」
「できれば、腰から外していただけるとありがたいですね」
まあ、貴族と会うのだ。そういうきまりもあるだろうと僕はソロネに視線を送る。するとソロネは「了解しました」と言って剣を鞘に入れたまま外す。
「それでは――こちらです」
僕らはエリックの案内に従って、足音を廊下に響かせた。




