6.村との交渉
「さて、確認だけど」
村を襲ったすべての敵を無力化し、獣人たちを開放したその後。僕とソロネはとある家――多分村長宅だろう――で二人、僕らを招いた家の主が来るのを待っていた。
「あれだけの言葉でよく察してくれたね。僕らの事は冒険者だってことにして欲しい。神だってバレるといろいろ厄介だし」
「はい、了解しました」
「てっきり苦言を受けると思っていたんだけど」
「……身分を隠されるというそのお考えは分かりませんが、エル様がそうお決めになったのであれば天使の身である私が意見することはございません」
「そ、そう」
僕は、硬い言い回しで恭順の意を示すソロネに若干引きながら――しかしソロネは「しかし」と言葉をつづけた。
「しかし――身分を隠されたいのなら、何故この村をお助けになったのですか?」
「……何故、とは?」
「いえ、この争いはいわば人間同士の争い。神の身であられるエル様が介入されるような事件ではないと思われますが」
「そういえば人間の国同士の争いには介入できないとか言う決まりがあったっけ。……もしかして第一位の命令に違反してた?」
「いえ。現在、魔王領を除くすべての国は形式上議会の所有物となっておりますので、たとえば国家間の戦争に介入でさえ、天界の所有物の侵害に対する制裁として違反しません。しかし命令違反ではないとはいえ、積極的に行うことではないかと思いまして」
「……君も獣人ごとき、とか言う気かな?」
僕は――少し責めるような視線をソロネに向ける。しかしソロネは表情を変えず、当たり前かのように答えた。
「いえ、獣人差別は人間国家及び教会が勝手に定めた慣習ですので。私が申したいのは、何故わざわざそんなことをされたのか、と言うことです」
「それは――」
リィは――抑圧され、差別される状態にあって、それでも救ってくれなかった神に対して恨みを抱いた。その例が示すことは、神や国家に差別を黙認される獣人、あるいはほかの亜人も、同様の思いを抱く可能性が高いということ。
ならば彼らを救う――それによって僕個人に対する支持や信仰を得ることができれば、天界や神でなく僕に従う戦力が手に入る。
だから僕は、人界に降りようと思ったのだ。
身分を隠したのもそのためである。
仮に僕が神であることを明かしたらどうなるだろう。恐らく彼らが感じるのは天界への憎しみでなく――やはり神は見捨てなかったとか、最後には助けてくれるとか、そんな風に思うだろう。
だから僕は、神であることを隠した。天界への恨みはそのまま持っていてほしかったから。
故に、彼女の問いに答えるのだとしたら、こうなるだろう。「天界に帰属しない僕だけの戦力を手に入れるため」だと。
しかしそんな本音はとてもじゃないけど言えない。それ自体は問題ないとは言え、明らかにこの行為は天界ひいては創造神に対する反逆行為なのだから。
「……何故そんなことを聞くのかな?」
だから、僕はソロネの質問を質問で返した。
そして、神に対する虚偽は許されない。
「空間神様の意向です。私に与えられた任務は第一にエル様の護衛、第二にエル様の行動原理の把握です」
「議会に反逆しようとしていたら止めろと?」
「いえ、議会および空間神様はエル様に対する強制力を持ちません。そのため空間神様の命令よりもエル様の命令が優先されます。従って、私に与えられた任務は単に報告のみです。するな、とおっしゃるのであればしませんが。命じられますか?」
「いや……いいよ」
答えにくい質問のはずだったが、ソロネは淀むことなくそう答えた。あるいはウォルトに聞かれたら話せ、と言われているのかもしれないが。どちらにせよソロネが言ったことは嘘ではないだろう。
「なぜ獣人の村を助けたのか、……だっけ?」
さて、報告するなと命じても、報告しなかったという結果は残る。それは即ち、報告されたくないと僕が思っている事が行われた、と言う情報をウォルトに与えることに他ならない。そうしたら、新入りである僕に対してのウォルトの警戒はより一層きつくなるだろう。
なら……
「実は……僕も亜人なんだ。ほら」
「それは――」
そう言って僕は少しだけ――口を開けて牙を見せる。龍神を倒した時に手に入れた龍化の、限定解除。獣化、龍化は獣人、竜人が持つ特殊体質である。僕が龍神かどうか、自分自身ですら分からないが――少なくともこの牙は、他者から見たら竜人のそれに見えるだろう。
「だから、なんか放っておけなくてね。分かるでしょ?」
「そうでしたか……。申し訳ありません。考えが至らず」
「いや、問題ないよ。だけど――僕はこれから、亜人の保護に動きたいと思ってる。今までは意図的に黙認されてきたようだけど――僕に与えられた任務は、人間国家及び担当神の天界条約の遵守の確認と是正。亜人だって人間種、人間種の絶滅防止の観点から人間国家の今の行いは無視できない。異論は?」
「ありません」
「そうか。では協力してもらうよ」
ソロネは僕の言葉に、恭しく礼を返す。
これで亜人を助ける言い訳がウォルトに伝わる。ソロネが異論を返さないということは、論理的な観点から見ても特に問題がないのだろう。なら――積極的な行動もとれることになる。
さて、それよりもこれからの事を考えなければ。
村を救ったのは良いが、僕にとってはこれからが本番だ。どうやったら、彼らは僕に対して好感を抱いてくれるだろうか。
そして――どうやったら僕のために死んでくれるのだろうか。
■
「村をお救いください、ありがとうございました」
やってきたのは、一つの村の村長とはとても思えないほど若い、男の獣人だった。
開口一番、男は頭を下げて礼の言葉を述べた後、「村長代理のガロです」と自己紹介した。代理、と言うことは、村長はもういないのだろう。
「いえ、頭を上げてください。当たり前のことをしたまでですよ」
「おぉ、なんと……」
僕はなるべく印象のよさそうな笑顔を浮かべ、謙遜する。まずは第一印象。なるべくいい人を演じよう。
ガロは「失礼して」と言うと僕の対面に座った。
「それで、あなた様はいったい……」
「いったい、とは?」
「王国の軍の方でしょうか。それとも冒険者とか……」
「ああ、僕はラビルで冒険者やっている、エルと申します。ああラビルと言うのは王国の都市で――」
「存じております。ここから一番近い都市ですので。しかし……冒険者、ですか」
ガロは何かがつっかかったような表情を見せる。
「あの……失礼ですがエル様は人間の方でしょうか」
「何故です?」
「その、王国では私どものようなものの立場は良くないと聞いておりますので……」
「……何故、こんなことをしたのかと不思議に思っている、と」
僕の言葉にガロは「い、いえ……」と言葉を濁す。
まあ彼の立場からはイエスともノーとも言えないか。イエスと言ったら僕を怪しんでいることを告白するようなものだ。しかし気になることは気になるのだろう。
さて……
「……これから言うことは秘密にしておいて頂けると助かるのですが」
「は、はい」
僕はぐっとガロに身を寄せると、小声で秘密を聞かせるかのように――
「実は、僕も亜人なんです」
と言った。
「えっ?」
ガロが驚きの声を漏らす。
「いや、それにしては見た目が……あっ、もしかしてエルフの方でしょうか」
「エルフ?いや、……僕は竜人ですね」
エルフって亜人に含まれるのか。それなら元エルフの神であるカイロスの扱いはどうなってるんだろうか……。
あっ、もしかしてカイロスって人間界で知られてない?
「竜人……ですか。私はお目にかかったことがありませんが、大陸の中央、魔王領近くにわずかに存在していると聞いたことがあります。ご出身はそちらで?」
「あー、そんなとこです」
「なるほど竜の力を受け継ぐ彼の種族なら、エル様の強さも頷けます。……尊き種族でありながら我らを救ってくださったことに、今一度の感謝を」
「……あれっ?」
あれれーおかしいぞー。
竜人って亜人なんじゃなかったっけと首をかしげていると、ソロネがひっそりと「……竜人は確かに亜人ではあります。しかしそもそも希少が故に差別されているわけでもなく、またその強さ故、他の亜人種からは尊敬の対象にされることもあります」と助言をくれた。
……まあ、亜人には変わりないらしいし、いっか。
「まあそれは置いといて……これから君たちはどうするの?」
話をそらすように、僕は村長に質問する。
多くの家や畑を焼かれ、大勢の男手を失い、これからどうするのかと。
これほどの損失を受けた村は、立て直すのに時間と財力、労力が必要になる。しかしどう考えてもこの村に余裕のある財産があるようには思えないし、労力を他から引っ張ってくるのも難しいだろう。
何か案があればいいのだが、そうでないなら村を離れることも視野に入れなければならない。
僕のそんな予想通り、村長は目を伏せると「村を逃げ出すしかありません」と小さな声で言った。
「村を逃げ出す?それはここではないどこかの村へ移住すると言うことですか?」
「はい。幸いなことに国境や魔窟との境界、山脈などの付近には獣人の村が比較的多くあります。分かれて――それらの村を目指すことになるでしょう」
「……大量のよそ者を村に迎え入れる――あんまりある事じゃなさそうですが」
「ええ、普通は。ですが獣人にとってはそれほど珍しい事ではありません。事実この村にもそのような者が何人かおりました」
迫害される状況にあって――獣人たちは比較的、助け合いの精神で生きているようだ。
人間だったらこうはいかない。一人や二人ならともかく何人ものよそ者は受け入れられ難いものだ。
「支援などを受けて、村を立て直そうとは思わないのですか?」
「できるのであれば、もちろんそうしたいのですが――国は私共に支援などしてくれません」
「そうですか?街に行って手続きを踏めば無視できないと思うのですが……」
「街に入ることすら許されないことがあるのです。どうやって権力者に要求できましょう」
ふむ、思った通り――
「――では私が代わりに街に行って、貴族にでも直訴してきましょうか・?」
なんでもない事のように僕がそう言うと、村長は一瞬虚を突かれたかのように呆けた顔を見せて「と、とんでもない。そこまでしていただくわけには!」と首をぶんぶんと振った。
確かに通りがかっただけの心優しい冒険者としてはやり過ぎだ。だけどこれぐらいしなければ村人たちは僕を意識しない。
「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ」
「いえっ、貴族様に直談判など……エル様にそんな危険なことをしていただくわけにはいきません!万が一、私共のせいでエル様が捕まりでもしたら……」
「ああ、そのことですか」
ただの冒険者が貴族に物申すなど、自殺行為の何者でもない。それが正当性のある主張であったのならまだ許されるかもしれないが、言わば貴族の差別を批判するような事であるのなら捕縛、私刑と言ったケースもあり得る。
ただ――
「……ラビルがここから一番近い都市だと言っていましたよね」
「は……」
もうどれぐらい前になるだろうか。
すっかり忘れていたが――イムと会った村からラビルに来る途中、僕は襲われている馬車を助けてある人物に恩を売った。
「――ラビルの権力者に、知り合いがいますので」
アポートで自室から取り寄せた紋章付きのペンダントが――手の中でカチャリと音を立てた。




