5.獣人の村
「――これで全部か?」
「はい、この村にいた奴はこれで全部だと思います。あとは逃げたか――死体だけです」
絶望的な会話を交わす人間たちを――しかし彼らを睨め付けることすらできず――私はただ、目に移る地面に爪を――人間のそれよりは鋭く――しかし戦いに使えるほど成熟はしていないそれを――立てる。
私たちの村は、小さな村だった。人口は100人に満たないぐらい、そのほとんどが農業を営み、決められた税を支払い、朝の祈りは欠かすことなく。村のみんなが敬遠で従順な国民であり信徒だった。豊かとは言い難かったが、それゆえに皆互いを思いやり、つつましやかな幸せを享受していた。
しかし、そんな日常は――ほんの数時間前、脆くも崩れ去った。
危険を示す鐘の音が何度も鳴って――そして直ぐに火の手が村を囲むようにして立ち上った。
――人間による襲撃。私たちはすぐにそう理解した。
村には、他の村から逃げてきた仲間もたくさん住んでいる。王国は帝国ほどではないが、亜人差別が存在している。獣人に対する犯罪は黙認されやすく、だから獣人の村は襲われやすい。
村が囲まれている。火の手を見てそう気づいた私たちは教会に逃げ込んだ。村に残されている建物の中ではここが一番安全だろうと。敬遠な信徒であった私たちを、神は救ってくださるだろうと。
しかし――
「……逃げたのは追いますか?一応ここは王国領、王国は奴隷制度に関しては黙認の立場です。耳に入ったら……」
「ふん、放っとけ。どうせ王国兵は動かない。それに、獣人ごときを助けに誰かが来るなど有り得ないことだ」
「まあ、そうですか。――神にすら見放されたこいつらだ。まさか人が命を張って助けに来るほどの事でもないですね」
そう――私たちは見放された。いや多分――神は私たちの事なんて見ていなかったと言う方が正しいだろう。
教会に逃げた私たちを待っていたのは、神のご加護などではなく――剣を構えた人間だった。反抗するものが殺され――私たちは村の広場に集められた。
「よし、じゃあそろそろ選定するぞ。流石にこの数は持って帰れない。高そうな女と子供を残して――あとは殺せ」
「はい!――……おい!お前からお前まで、立ってこっちへ来い!!」
「――あぅっ!!!」
手錠に繋がれた手錠を引っ張られて――手錠と肌がこすれて血が滲む。
彼らは奴隷商人に雇われた傭兵か。売られる先は帝国か、王国か。どちらにせよ獣人の奴隷の行く先などろくなものではない。何せ私たちは――もう、ヒトではないのだから。
何故――なんで、私たちがこんな目に。
祈りは毎日捧げた。神の不興を買うことなどしてないはずだ。
税は必要以上に納めていた。国に背くことなどしていないはずだ。
なのに――何故。誰も私たちを助けてくれないのか?
いや、私たちが何をして、何をしなかったなど――彼らには関係がないのだ。
ただ私たちの出自が獣人だったから。人間ほどの数も持たず、魔獣ほどの強さも持たず――ただ私たちが弱者だったから。
私たちは搾取され、征服され、殺される。それが金になるから、それが楽しいから。そして国は、……神はそれを肯定する。
結局のところ、人類の守り手とか――そんなのは嘘っぱちでしかない。そうやって嘘をついて、私たちから取れるだけ取って、それでいざとなったら力なんて貸してくれないんだ。
だって――そうじゃなきゃ私たちはなんでッ!
だったら――「神」なんて!!!!
「――ぁ……ぁぁああああああああ!!!!」
それに気づいた瞬間――私は叫び――地面を蹴っていた。勝ち目もない、策もない、ただ衝動のままに。
「チッ、壊れたか!」
そう言って、男が剣を抜く。そしてそれが――私の無防備な頭に振り下ろされる。
私の爪じゃ剣を受けられない。それよりも、手錠のせいで手を振り上げることすらできやしない。
あぁ――だけど、これでこんな世界とも――
そう覚悟を決めたその瞬間。
――光の槍が、男を貫いた。
「――がッ!!」
男が、奇妙な声を上げて横に吹き飛ぶ。たった一筋の光、それだけで私よりもはるかに強いであろう男が――地面に倒れこんだ。傷の様子から見て、彼はもう立つことすらできないだろう。
「なっ……何者だ!と言うかどこから来た!!!」
私の視界に影が落ちた。
顔を上げると――そこには私を守るように立つ黒髪の後ろ姿があった。そのそばには、美しくも冷たい顔立ちの女性。
「控え――「僕は冒険者のエルだ。ただの、エルだよ」……?」
女性の張り上げた声を遮るように、黒髪の男――エルがそう言った。
「ぼ、冒険者だと!?まさか……いや、仮に救援が来るとしても早すぎる。何が目的だ!!」
「村が襲われていたようだったから助けに来た。この状況で他の目的があると思ったのか?」
「助けに?……この混ざりもの風情を、何の見返りも求めずか?……有り得ん!!」
「……」
頭領の言った言葉は――私たちからすれば理不尽極まりないが、しかしこの世界にとっては当たり前の事だった。
ただでさえ、冒険者に領地の治安維持義務があるわけもないのだ。たとえ人間の村が襲われていたとして――それを助けに行く冒険者などほんのわずか。襲われているのが獣人の村であったのなら、逆に冒険者が村を襲う側に加勢するなんてこともある。
だけど、エルは――
「……力のあるものがないものを守る。それがこの世界の――仕組みでしょ?」
首をかしげて――そう言ったのだった。
■
飛んだ先が、襲われている獣人の村だったのは非常に幸運だった。
信者を増やす。その目的が思ったよりも簡単に果たせそうで。
「ソロネ、対等な関係の仲間としてお願いしたいんだけど、……そうだな、この男以外の敵を全滅させてくれ」
「かしこま……分かりました」
僕のわずかな言葉で、意図を汲んでくれたのだろう。
ソロネがわずかに頷き――途端、目に見えぬ速さで消える。
天使は特別な力を持たない。勇者や神が扱える特殊魔法はおろか、通常の魔法ですら限られた魔法を除けば使えない。
しかしそれ故に――天使は強い肉体と、優れた知力を与えられている。神の盾たる役割を果たすために。
通常、最底辺の天使は冒険者にして熟練者のB級、兵士にして数人分の強さを持ち合わせている。しかしソロネは第三位階――ただ一人の第一位階天使、そして概念でしかない第二位階天使を除けば、最高位の天使である。ウォルトに天使一個小隊をしのぐ強さを持ち合わせると評された彼女の強さは――
「――エルさ、ん。終わりました」
「……あ、ああ。ありがとう」
「それで、これは?」
――たった数十秒。
それだけの時間で、村中に散らばった兵士を壊滅させ切ったソロネが――その手に持つ細い剣を振り、男に向けた。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃい!!!……なんなんだ!お前ら!!」
「だから、冒険者だって言ってるじゃん。……それで、君を残した理由だけど」
「こ、殺さないでくれ!!!」
「――黙りなさい。エルさんが話している途中です」
ソロネが威圧するように男を睨みつけると、男は口に手を当てて小刻みに頷いた。殺気、とやらが伝わりでもしたのだろうか。だいぶ怯えているようだけど。
「君はなんでこの村を襲ったりしたの?」
「――」
「……答えていいよ」
「その、……俺らは命令されてやったんだ」
「命令されて?その割には随分と楽しんでいたようだけど……」
殺されないように嘘をついているのではないか。そう思った僕はソロネをちらりと見て――そして男の顔が一気に青ざめた。
「う、嘘じゃない!!確かに楽しんでいたことは否定しないが――俺らは確かに命令されてここに来たんだ!」
「誰に命令された?」
「奴隷商人だよ。……」
男は言い淀んで、最後に「帝国のな」と付け加えた。
「帝国?ここは帝国なのか?」
「い、いや。王国だ」
「じゃあ君らの行為は略奪に当たるんじゃないか?もしくは侵略とか……。何故そんな仕事を受けたんだ」
「商人が、俺らの行為がお上にとがめられることはないって言っていたんだ。証拠も見せてもらった」
「……政府が許可したってこと?」
「……それは――っ」
僕の質問に男が答える前に――少女の声が、僕の後ろからかけられた。
「それは――私たちが、獣人だから!?」
怨嗟の声が――その矛先は頭領だけではなく――あるいはもっと多くのものに向けられた恨みの声が、少女の口からあふれ出す。喉がちぎれんばかりの勢いで。
しかし――それに対する男の返答は、ひどく淡白だった。
「あ?知らねえよ。上の考えなんて俺が知るもんか」
「――ッ!……私たちをこんな目に合わせて――なんでやったか分からないって言うの!?」
「俺らは命令されてやっただけだ。恨むんなら宮廷の連中を恨むんだな」
「――この――ッ!!!」
「――もういい」
男と獣人の少女が口論を始めそうになるのを――僕は止める。これ以上、この男にしゃべらせることはない。
僕は少女の方を向き――男を指さした。
「……君はこの男をどうしたい?好きなようにするといい」
「なっ、――おい!女!!村を襲ったことは謝る!金も払う!だから――」
「こいつの言うことは聞かなくていい。君の気が住むまで拷問でもなんでもしていいよ」
少女は、男を一瞥すると――未だ涙の残るその目で、僕の方を感謝するように見て――
「いえ、大丈夫です。……殺してください」
そう言った。




