4.人界に行こう
……さて、取り合ずこれからやるべきことが決まった。
来たる戦いに備えて戦力の拡大、具体的には現在迫害、差別されている種族や民族の支持を得ておくブルーオーシャン戦略である。
そのためにはまず、ここを離れて人界に戻らなきゃいけないから……
「と言うわけで仕事、ない?」
「なに?仕事?」
「うん。初心者向けの仕事とかないかな」
宮殿に付随したビルの一室、ウォルトの執務室。
机に腰掛けて「仕事をくれ」といった僕に、ウォルトは鬱陶しそうに眉を顰める。
「……机に座るな。邪魔だ」
「座るものがなかったもんだから。普通客人には椅子とか出さない?」
「人の部屋にアポもなく乗り込んでくるようなやつを客とは呼ばん。椅子は自ら作り、座ればよかろう」
「一からの生成は、イースしかできないよ。うーんと、そうだな……あのごみ箱いいかな?」
指さしたのはちょうど腰掛けるのに良い大きさのゴミ箱。しかしそのままそれに座るわけではない。
「あとで戻せよ」というウォルトの許可と共に、ゴミ箱の形、素材が変化していく。
錬金。物体を媒体とし、ほとんど等価値の物質を作り出す魔法の一種。僕が得意としている魔法の一つでもある。
姿を変えたゴミ箱――今や背もたれの着いた質素な椅子――を引き、机と対面するようにして座る。
「……それで、仕事とはなんだ?貴様は第五位に養ってもらっているのだろう?」
「それがさ、何もすることがないと暇で暇で。ニートするにも才能がいるってね」
「暇?ここには地上になかった娯楽がたくさんあるだろう」
「まあそうなんだけど……」
ここ、天界は人界と比較にならないほどの高度文明を誇っている。当然文化も人界のそれとは隔絶しており、天界のみに存在する高度な技術に支えられた娯楽も多くある。
スポーツやゲーム、目新しいレジャー、テレビ、フィクション。確かに人界に住む住人ならば十年は遊んで暮らしても飽きることはないだろう。
しかし――こちらは異世界人。娯楽の充実した飽和社会に囲まれていた経験を持つ僕にとっては、それはさほど前世と変わりのない環境だった。
「社会貢献しないと幸福度がね……。ほら、『災害』とか発生してないの?僕ならすぐ解決できると思うよ?」
「災害」とは単に自然災害の事ではなく、人界の国家や都市を壊滅させる力を持つ魔獣やその群れなどの事も指す。どれも人の力では抗えない驚異、故に天界の軍が出動する必要がある。
「災害?災害の対処は貴様の思うより複雑で難しい。単に力でねじ伏せて終わりではないのだ。経験のない貴様が単独でやれる仕事ではないな」
「そうなの?じゃあ……もっと他の仕事でもいいからさ」
引き下がらない僕にウォルトは仕事の手を止め、こめかみを揉みながらため息をつく。そして立ち上がり、横に取り付けられていた棚をあさり始めた。
「何がしたいんだか分からんが……何はともかく人界に行きたいと言うことか」
「えっ?いやー、まあ……」
「――ほら、これなんてどうだ?」
特に返答を期待しない問いかけだったのだろう。僕の答えを聞く前にウォルトがあるファイルを渡してくる。
ファイルのラベルには「天界の安全保障に関する人間国家に対する制限条項」と書かれていた。
「何これ?」
「書かれている通りだ。貴様には人界の国家がそこに書かれている条項を違反していないかの監査を行ってもらう。平たく言えば抜き打ち調査だ」
「抜き打ち調査……、これ全部覚えなきゃいけないんすか……」
配られたファイルに挟まっている資料はどう見ても一センチはある。これらすべてに決まりがびっしりと書かれているのであれば……
そんな不安を、しかしウォルトは「そんなわけなかろう」と一蹴した。
「条項を見ればわかると思うが、それは形式的な決まりにすぎんよ。基本的にどんな行動であろうともそれを違反行為だと解釈できるように作られている」
「じゃあどうしろと……」
「貴様の目で見て、それが天界に対しての反逆行為に見えるのであれば罰してよいということだ。違反の根拠も罰の内容も好きに決めるといい」
「そんなのでいいの?」
「ああ。監査の目的は単に天界の権威維持のためだ。それがたとえ間違いだろうと問題はない」
「ふーん」
こういうところが天界が恐怖政治だと言われる所以があるのだろう。しかしそれがこの世界のスタンダードだ。
裏でいろいろ言われていても天界に対する反逆が起きたことがないという時点で、うまくいっているということなのだろうか。
「まあいいや。じゃあこれ貰ってくね」
「ああ、どこの国に行こうと自由だが、人界で地位のあるものに罰を与えた時は一応報告しろ。私でも、その国の担当神でも構わん」
「了解」
ファイルをもって退室しようとした僕の背中に――「ああ、そうだ」とウォルトの思い出したような声がかけられる。
「人界に行くなら護衛の天使を付けるのが決まりだ。貴様はまだ専属の護衛を持っていないだろう?」
「ああうん。どれぐらい連れて行けばいいの?」
「人数ではなく戦力で決められている。まあ普通――最も位の低い天使一個小隊分だな」
「一個小隊!?それって何人に……」
「まあ30人程度だな」
30人?クラス一つ分引き連れて修学旅行に行くようなものだ。
とてもそんな大人数、面倒くさくて連れていけない。
「……最も少ない人数で済むようにお願い」
「分かった、取り計らおう。人界に行くときは専用の転移陣があるから、そこに連絡をしてから行くといいだろう」
「はーい」
ウォルトの返事を聞くともう何もあるまいと、僕はファイルを手にもって部屋を後にした。
■
――僕の能力には大きく分けて四つの段階が存在する。
僕はそれぞれの段階をその性質上――観測、干渉、改変、支配と名付けた。僕の能力はこの段階を踏んで発動される。
まずは「観測」。
僕はこの世に存在するあらゆる現象に対して、それがどのような原理で動いているのかの解析を行うことができる。例えて言うのならば「世界のプログラムを覗ける」と言ったようになるのだろうか。
石が落ちる時、僕はそれに対して重力がどう働いて、空気分子の持つ電磁気力がどのような抵抗を与えるのかを見ることができる。あるいは魔法が発動するとき、それがどのような術式の組み立てを経て世界に干渉するかを見ることができる。
その現象を引き起こす根幹の力が違えば、当然プログラムの体系も違う。言わばプログラム言語が違うという状態に当たるのだろうか。今のところ重力、電磁気力、弱い力、強い力、魔力はそれぞれ違う体系で、特殊魔法はその種類に応じて独自の体系が存在することが分かっている。
さて、そのようにして覗いた世界のプログラムに対して、僕はそのプログラムを書き換えることができる。それが「干渉」と言う段階だ。「干渉」は「観察」ができた時点ですぐに扱うことができる。
しかし――さて、プログラムの知識がないものが突然ソースコードを与えられたらどうなるだろうか。確かにそこに、起こされる現象の原理のすべてが書かれている。しかしそのソースコードをいじることができると言っても、知識のない状態では狙った現象を引き起こすのはおろか、それがどのような仕組みで動いているのかを理解することはできないだろう。
僕の能力も同様だ。「干渉」の段階ではできることと言えば、例えば魔法の発動を鈍らせたり違う結果を与えたりする程度。運が良ければ現象自体を打ち消すことが可能だが、その法則を自在に操れるというところまではできない。プログラムならどこかをちょっとでも消せばエラーを吐くだろうが、世界の仕組みはそこまで単純でない。特にリアルタイム制御で行われる特殊魔法などには、干渉を行っても、発動者に違和感を与える程度の効果しかない。
次の段階は「改変」。この段階になってようやく僕は現象に対して、満足のいくほどの効果のある操作ができるようになる。例えればプログラムの言語で使われる関数が理解できた段階。その現象のプログラムのどの要素がどのような仕組みで動いているのかが理解できるので、狙った現象を起こすような改変が可能となる。
しかし、例えばプログラム言語で使われる文字、関数を理解できたところで、それで自由自在にプログラムが組めるようになるわけではない。それと同じように、この段階では僕は例えば重力を0にして物を浮かしたり、発動しようとしてる魔法の機構を壊して発動を停止させたり、観測できた現象のプログラムをコピーして同じ現象を起こしたりすることはできるが、だからと言って例えば魔法を自在に操れるわけではない。
最後の段階は「支配」――この段階に至って僕は初めて、その力を自在に操れるようになる。例えていうのならば新たなアルゴリズムを生み出せるようになったという段階。
しかし自由自在に操れるからと言って無敵と言うわけでもない。例えで言うのならば、皆がコントローラーを使ってやっている対戦ゲームで一人プログラムでキャラを動かしているような状態。攻撃までの速度にしても、難易度にしても、比較にないほどだということが分かるだろう。流石にそれほど不便なわけでもないが、実戦において新たなアルゴリズムを考えるほどの余裕はない事が分かるだろう。
だからこと戦闘という土台において僕は、ただ無尽蔵の魔力を持っていて、あらゆる魔法に対しての適性があって、物理攻撃もできて、相手の攻撃に干渉出来て、初見の魔法は発動するまでに少し時間がかかるだけの一般人に過ぎない。
さて、現在僕が観測できている力の種類は八種類。重力、電磁気力、強い力、弱い力の四つの物理力――と僕は呼んでいる――と魔法、龍神のブレス、コウキの精神干渉、ウォルトの空間魔法の三つの特殊魔法だ。
重力と電磁気力に関しては前世の記憶があることもあって解明が早く、改変~支配の段階にある。
強い力と弱い力に関しては観測はできるものの現象自体が見えないために未だ干渉すらできていない。干渉して下手に核爆発など起きても困るからだ。
魔法に関してはこの世界の研究なども盛んであり、また数多く観測できたこともあって改変~支配の段階にある。しかしすべての魔法が同じ体系であり、その範囲がひどく広範にわたることもあってか属性によって段階はまちまちである。四大属性に関しては改変の段階、物理と深く結びついている呪術と錬金術はほとんど支配の段階、他の魔法は使い手が少ないのもあって干渉~改変の段階にある。生活魔法は魔法により仕組みが違い過ぎるのでまちまち。その中でも隷属の魔法に関しては改変~支配の段階にある。
龍族のブレスは構造が単純だったために改変にまで至っている。コウキの精神干渉も隷属魔法と構造が似ていたので改変。
それ以外の特殊魔法は取っ掛かりもないうえにめったに見れないので、干渉すら難しいだろう。
そして――ウォルトの空間魔法。僕の目下の課題は空間魔法の解析だ。
ウォルトとの戦闘とエレーナからの情報で観測は十分にできた。戦闘ではそれが引き起こせる現象の、エレーナからはそれ自体の仕組みを。しかしあまりにもその構造が複雑で、理解に時間がかかっているというのが現状である。
インプットは十分に得られた。ならば解析に必要なのは――アウトプットのみである。
――コンコン、とドアの叩かれる音がした。僕が「どうぞ」と言うと一人の天使がドアを開けて部屋に入り――敬礼した。
「――第三位階天使、ソロネと申します。第三位、空間神様より第二位、龍神様専属の護衛を仰せつかり、本日付で私の所属が東方大陸守護軍第三団より龍神様の元へ移行されました。以後よろしくお願いいたします」
「よろしく。一人?」
「はい。なるべく少人数をお望みでしたので」
「いいね。じゃあ行こうか」
「はっ。すぐに転移陣に連絡を――」
連絡を取ろうとするソロネを、僕は「いや、いいよ」と制する。
「転移陣なんて面倒くさい。今すぐ行こう」
「はっ?それはどういう……」
「手を触れて」
確か――ウォルトの転移は触れてないと発動しないはずだ。
許可を受けたソロネが恐る恐る、僕の肩に触れる。
「じゃ、行こうか。目的地はそうだな……――王国かな」
そう言うと僕は、まだ制御もままならない空間魔法を発動させた。




