62.置いて行かれた女の子
魔窟から脱出した後に初めて出会った少女、イース。いま彼女が神となって僕の前に立っているという事実は、簡単には呑み込めなかった。
「……お知り合いですか?」
「たぶんね。そのはずなんだけど……」
くいっと裾を引っ張って小声で話しかけてきたクロに、これまた小さな声で答える。
多分と言ったのはイースから返答がなかったから。
何を考えているのかわからないが、彼女は無表情にこちらを見つめたまま……
「あれ?ちょっと怒ってる?」
「……ッ」
返答はなかった。代わりに凝縮した岩でできた数メートルばかりの尖った槍がいくつか、切っ先をこちらに向けた状態で生成された。土属性魔法である石槍にも似た魔法だが、込められている魔力量と石槍の秘める力が普通のそれとは比べ物にならない。
「――ご主人様!!」
などと分析していたら、岩の槍が僕めがけて射出される。まさかイースから攻撃されるとは思っていなかった僕は一瞬反応が遅れると、すぐにジェット噴射の要領で空気を前に押し出してそれを避ける。
少し間をおいて、石槍が地面に着弾。石槍が崩壊したのか大きな土煙を上げた。
物体の生成。既存のどの属性にも属さない特別な魔法。神の御業、特殊魔法だ。
「――っ、これは洒落になってないって」
石槍をかわしたのも束の間、すぐに追撃の槍が生成され射出される。先ほどと同等程度の大きさだが数は倍、射出されるスピードは倍以上。
僕はクロの首根っこをつかみ極限まで加速した飛行魔法でそれを避ける。上空に飛び上がった僕たちの下で大量の土煙が上がるのを見て、クロがひっ、と小さく悲鳴を上げた。
僕はイースのいた通りからいくつか離れた家の屋根に着地する。
「……クロ、いったんここから離れてくれるかな」
「っ、しかし」
「イースがどんな意図で攻撃してきたかはわからない。今はまだ何とかなるけど、彼女が本気を出したら守り切れないかもしれない。わかるね?」
「……はい」
イースが使う物体生成の魔法は、龍神が使っていたものと似ている。おそらく彼女が神として使える特殊魔法は同種のものと考えていいだろう。そして仮に龍神が使っていたものと同様の魔法を彼女が使えるのであれば、先ほどの石の槍など無限に生成できるだろう。仮にそのすべてがクロと僕に同時に向けられたとしたら、クロを守り切るのは困難だ。
クロも神を相手に自らができることもないと分かっているのか、耳をたらしながら小さく頷いた。
「よし。じゃあクロは街の中心部に向かって。僕は逆側に行く」
「分かりました。……お気をつけてください」
「うん。まあ知らない仲じゃないし、もしかしたら話せば分かってくれるかもしれないしね」
「そうですか……」
納得いかないような声でクロが言う。確かに出合い頭に攻撃を加えてくるような奴に話が通じるとは思えないと考えるのも当たり前だ。
しかし僕は、イースはこちらの命までは狙っていないだろうと思っていた。その証拠にイースは、今こうして無防備にしている僕らに攻撃してこない。
「では」
「うん」
イースの気配を下から感じ、クロはすぐさま僕から離れる。屋根を渡るクロの背中が小さくなるのを確認し、僕は屋根から飛び降り、
「――っ!!」
そこにはすました顔のイースが、こちらに槍を向けながら待っていた。石のそれではなく今度は金属の。
僕の足が地面につくかつかないかと言ったところで、太陽の光を反射し鈍く光るそれが勢いよく発射される。石の槍とは比較にもならないほどの大質量が眼前に迫り――
「――まあ一つなら余裕なんだけど」
僕の頭を貫く直前、見えない壁に阻まれるかのようにして槍の先端がひしゃげ、次の瞬間内部からはじけ飛んだ。
いくら質量があるとはいえせいぜい数トン程度では僕の障壁を貫けない。かつては龍神の生成した、ちょっとした丘レベルの岩塊すらしのいで見せたのだ。この程度、命の危機でもなんでもない。だが
「……弱点なんだよなぁ。それ」
僕が槍を防いだのを見て、イースは次いで無数の槍を生成する。先ほどのは小手調べとばかりに、空間を埋め尽くすほどの鉄の槍を。
質量弾による飽和攻撃。障壁を破るうえで最も原始的な、しかしそれ故に対処が難しい攻撃の一つ。一つ一つの槍を防ぐことは簡単だ。しかしそれが100にも1000にもなってくると、障壁も消耗しいずれ限界が来る。こちらの気力が尽きるのが先か、無効の魔力が尽きるのが先か、そう言う戦いになってくるのだ。
「……イースさーん、そろそろ許してくれませんかね――ッとお!?」
会話の糸口を探ろうと口を開いたその瞬間、鉄の槍が射出され僕はたまらず飛行魔法を発動させる。次いで着弾。今度は石槍の時とは異なり、槍の崩壊に伴う土煙はなくただ槍が破壊される轟音が鳴り響いた。
息をつくも束の間、待機していた鉄の槍がぐるりと向きを変え僕の方を向き射出される。間一髪でそれを避けるも、新たに大量の鉄槍が生成されるのを見て舌打ちをする。僕の嫌いな気力争いになりそうだと思って。
不規則に移動する僕をしかし正確に鉄槍が襲い、次々と爆音が上がる。後ろを振り返る余裕などないが、おそらく着弾した鉄槍が崩壊する音なのだろう。崩壊した鉄槍はすぐさまイースによって生成され、再び射出される。絶えることのない猛攻が僕を襲う。
「――うーん、あの分だとなだめるのに時間がかかるか?」
イースがここまで攻撃してくるとは予想していなかったが、何に怒っているのかは想像がつく。大方洞窟で、イースを見捨てて逃げたことが彼女の怒りの原因だろう。確かに僕も少しは悪いと思うが、勇者に保護される方が彼女のためになると考えての行動だったのだ。その辺を話し合えば分かってくれるだろうか。
「――へぶっ!」
そんなことを考えていたのが悪かったのだろうか。僕は知らずのうちに低空を飛行していることに気付かず、民家の壁に激突した。障壁を張っているのでもちろん怪我はないが、それよりも問題なのは止まってしまったこと。
停止した僕を、チャンスとばかりにいくつもの鉄槍が襲う。目の前を覆いつくすほどの鉄槍が飛来し障壁に阻まれ――
「――やばっ!」
大量の鉄槍が崩壊すると同時に僕を守っていた障壁が破壊された。大量の鉄が一か所に集まり崩壊したことによる魔力場の乱れ、それに大量の槍が衝突したことにより障壁が破壊されるに至ったのだ。
障壁が破壊されたのを確認した僕は、負荷を考えず体を無理やりに動かしひとまず下に逃げる。一か所にとどまっては危険、それを証明するが如く先ほどまでいた場所に鉄槍が着弾するのを見ると、体が道路に打ち付けられるのを感じる。当たり前だ。先ほどいた場所はそれほど高度がないため、そこから下に逃げればすぐに地面にぶつかる。
「うっ……」
仰向けになるようにして着地した僕の目に、上から無慈悲に落下する鉄の槍が飛び込んでくる。立ち上がる時間もない。地面に横たわったまま転がるようにしてそれを回避すると槍は頭のすぐそばをかすめるようにして着弾――
――はせず崩壊した。
「……?」
鉄の槍が僕に届くことがなく崩壊した。あのまま鉄槍が崩壊することがなかったら直撃はしなかったものの掠りぐらいはしたはずだ。なのになぜ着弾すらせず崩壊したのだろうか。まさか――
僕はぐるりと辺りを見渡し、疑問を確信に変えそしてゆっくりと立ち上がった。当然その間に鉄槍が僕めがけて飛来している。早く移動しないと先ほどの二の舞いはおろか、再び障壁を張ってもいない僕を鉄槍が襲うことになるが――
「――!」
「……やっぱり」
防御魔法も展開展開せず無防備に待っている僕にイースが目を見開き、飛来した鉄槍は僕に届くことなく崩壊した。生成した物質を外部からの魔法もなく破壊できるのは術師のみ。つまり鉄槍の破壊は、イース自身の意思だ。
「こんなに戦ったのにもかかわらず市街に被害がないのはおかしいと思った。うん、物体が崩壊する条件を事前に決めておくことが出来るのかな?」
「……正解です。エル様」
また無視されるのを予想してした問いかけに、イースが答えた。久々に聞いたイースの声は、昔よりどこか冷徹になっているように感じた。それに呼び方が元に戻ってしまっている。
「何はともあれイース、君に僕を害する気持ちがない事は分かったよ」
イースは待機させていた鉄槍を次々と崩壊させ、首を垂れるように膝をついた。白い法衣が道路につき、わずかに汚れる。
「……申し訳ありませんでした、エル様。この罰は如何様にも」
「如何様にもってか……少しびっくりしたけど、結局僕に危害を加える気はなかったんでしょ?ならいいよ。頭を上げて」
「……」
聞こえなかったわけではないだろうが、許可を出してもイースは頭を上げなかった。膝を付きながらイースは言葉を続ける。
「エル様、私は強くなれたでしょうか」
「ああ、強かった。偶然とはいえ障壁を破られたのは久しぶりだったしね」
「それは……ありがとうございます」
強くなったなと素直な感想を言うと、イムは一呼吸おいてから感謝の言葉を述べた。その声色は今までの凛とした様子とは打って変わり、どこか震えていた。
「……エル様が倒された龍神の権能で、私は神になりました。本来であれば私に渡るはずではなかった借り物の力、エル様にお返しするべき力だとは思いましたがそれは叶いません。だとするならばせめてエル様の御役に立てるよう、私は鍛錬を重ね強くなりました」
「龍神の権能……特殊魔法か」
「はい」
神獣を倒した者に受け継がれる特殊魔法。しかし龍神を倒した僕がそれを使えるようなったわけではなかった。おそらくそれ以前に僕の中にあった特殊魔法と競合したとかなんとかで、たまたま近くにいたイースに渡ったのだろう。
そんなことを僕が考えている傍ら、イースは段々と熱を帯びて来たかのように言葉を続ける。
「借り物の力を使う分際で厚かましいとは承知の上です。しかしあの日、エル様が私を見限られたあの日と比べると、私は強くなりました。戦力ではエル様にまだ劣っているとは思いますが、神界では下位の神や天使を多数従え、兵力を得るに至りました。私はまだ新参者で序列もあの憎き空間神には劣るので、いまだ神界の支配には至ってはおりませんが、時間さえかければそれも可能にして見せます。そうすれば世界はエル様のものとなるでしょう。すでに私の配下となったものにはエル様の偉大さを知らしめるために教育を行っております。組織作りについても、エル様の命令に忠実に従う部隊をいくつか作っております。エル様が正式に神と認められたあかつきには――」
「――ちょっ、ちょっと待って。……えっ?」
熱に浮かされたかのようなイースの言葉を制し、僕は困惑の声を上げる。「様」をつけて呼ばれるようになったのもそうだが、神界の支配?世界を僕に?
というか冷静な声で勢いよくとんでもないことを言うもんだから、正直怖い。僕のために頑張ってくれていることは分ったが、それ以上に内容が怖すぎて最後まで聞くのが恐ろしかった。イースってこんな子だったっけ。
「……えーっと、イース?」
「はい。何でしょうか」
「イースは、その、頑張ったんだね」
「――ッ!」
とりあえず否定から入るのは良くないからと褒めるような言葉をかけると、イースはバット顔を上げ息をのんだ。
「――はい!私はあの時エル様に助けられてから、ずっとお役に立ちたいと思っていました。あの時の私は力がなくエル様に着いて行くことすらできませんでしたが、今は違います。エル様の御役に立てるような力を手に入れました。ですから、だから……」
「……イース?」
目に涙をため唇をきゅっと結び、イースは一度顔を伏せる。そして大きく一息すってから再び僕を見上げるように顔を上げ、
「だから今回は、お傍にいさせては頂けないでしょうか」
短くそう言った。
勇気を出したのだろう。神として僕の前に立っていた冷静な顔はどこにもなく、ただ内気で臆病で、でも審のある強さを持った女の子の顔がそこにはあった。それを見て、ぼくはようやく理解できた。彼女がこれまでどんな気持ちで戦い、努力し、神になったのかを。
すべては力を手に入れるため。それがないと、捨てられると思ったのだろう。事実彼女は魔力がないと村から捨てられ、僕が洞窟で勇者と相対した時にも見捨てられたのだから。
「……ありがとう。僕のために頑張ってくれて」
「……っ」
だから僕は感謝の言葉を口にした。それは単に、僕のためにここまでしてくれたのがうれしかった。
「あの時、置いて行ってごめん。あの方がイースのためになると思ったんだけど……でも逆にイースを不安にさせちゃったね」
「……いえ、私に力がなかっただけの事。エル様が謝罪されることでは――」
「――違うよ。僕のせいだ。僕の考えと、勇気が足りなかったからだよ」
実をいえば勇者と相対したあの時、何もイースを勇者に預けることが唯一の解だったというわけではなかった。例えばイースを守って勇者を倒し、教会と神界を敵に回して逃亡するという選択肢もなかったわけではなかった。
ただ僕にそこまでする勇気がなくて、それにイースがそこまでして僕と一緒にいたいかという確証もなくて、一緒に逃げようと言った時に拒絶されるのが怖くて、だから逃げたのだ。
「……力がないからって見捨てたりなんて、もうしない」
「――!!」
僕の言葉に、イースが大きく目を見開いた。
「一緒にいよう。仮にイースの力が全部なくなって、それでまったく戦えなくなったとしても僕が守ってあげよう。だから……」
その先の言葉が続かなくて、何を言えばいいか言い淀むと、イースが呆けた顔を笑顔に変えて立ち上がった。
「……じゃあ私はエル様を守ります。エル様の力が全部なくなって、それでまったく戦えなくなったとしても」
言いながらイースはふわりと距離を詰め、両手を僕の体に回す。鼻腔をくすぐる花良いにおいが、あたりに漂った。
「……神界ではエル様を第二位に据えることが決定しました。私と一緒に神界に行きましょう……エル」
返事の代わりに抱き着いた格好のイースの頭をさらりと撫でると、イースは嬉しそうに笑った。




