61.新たな最高神
その日、教会は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
一般の拝礼者などは立ち入り禁止にされ、教会の中では司祭以下シスターやその他の聖職者などが慌ただしく動く。
その中心、教会を任されている司祭がひどく慌てたような表情で指示をとばしていた。
「――最優先は魔法陣の解放だ!魔法を使えぬ者は部屋、廊下の掃除をしろ!目につくところだけ、最低限で構わん!大聖堂への連絡は行ったか?最低でも司教様レベルにお越し頂かないと話にもならない!」
クソッ、と聖職者にあるまじき悪態をつくと司祭も魔法陣の解放に向かう。神界と下界をつなぐ、神の奇跡を付与された魔法陣の。
今朝早く、神界から通達が下された。
『転移陣を早急に解放せよ』
その通達に添えられたサインは七。すなわち最高神からの命令ということだ。
滅多に下界に降りることのない最高神から下された、「早急」という言葉を含む命令。長く教会にいる司祭でも聞いたことのない命令に、こうして教会が慌てて動いているのだった。
「司祭様!魔法陣の解放、終わりました!!」
「よし。それなら領主と司教様の到着を待って神界に連絡を――」
魔法陣の解放が成ってほっと一息ついて、司祭がそう言葉を続けようとした瞬間。
蓄えられていた膨大な魔力が魔法陣に吸い込まれるようにして消え、床に刻まれた文様が光を帯び始める。
「なっ、こんな早くに発動するなど……」
司祭がそう驚きの声を上げる中魔法陣のはさらに輝きを帯び、そしてその上に数人の人影が現れた。
そのうちの一つ、守られるようにして立っている影が口を開く。
「――魔法陣の起動、ご苦労」
「ははぁッ!!!」
声を聞いた瞬間、司祭は慌てたように頭を下げ膝をつく。続いて部屋にいた他の聖職者も続く。
魔法陣は正常に起動した。今目の前にいるのは彼らの崇拝する神、その頂点に立つ者だと理解したからだ。
「聖神教司祭の称号を持つガークと申します。本来お出迎えするべきである階級の者がいないことをまずお詫び申し上げます」
「挨拶は不要、歓迎もいりません。只用事があり下界に来たに過ぎないので」
一切の感情を感じさせないような静かな声を受けて、ガークの頬に冷や汗がつたう。目の前の神がガークに対し何の興味も抱いていないことが分かったからだ。
興味を抱かれていないということは、ほんの些末な失態があっただけで、処分が下されてもおかしくないということだ。
「出口はこちらですか?」
「っ、只今ご案内いたします!」
「お願いします。あなた方は教会に残っていてください」
神が彼女を取り囲むようにして立つ天使に言う。
「しかし生成神様」
「残っていてください」
「……分かりました」
天使の返事に小さく頷くと神は魔法陣から一歩足を踏み出す。長い、ローブのような白い法衣がわずかに揺れる。
「それでは案内をお願いします」
「はっ、はい」
司祭は一瞬躊躇し、しかし神を待たせるわけにはいかないと立ち上がった。
◇◆◇◆
僕が空間神に飛ばされた場所は幸いにして街からあまり離れてい場所だった。空高く飛び上がったら、山脈一つ挟んだぐらいの場所に街を見つけられたのだ。そのまま飛んで行ったら、その日の内に街に戻ることが出来た。
「……もうこんなことはやめてください、ご主人様。心臓に悪いです」
「転移したのは僕の能力じゃないんだけどなあ」
「抵抗してください」
「そんな無茶な」
翌日。今日も今日とて懲りずに迷宮に向かう僕たち。クロには休息を提案されたがなんか寝たら元気になったので、それなら仕事だ。
というか昨日の依頼、ほったらかしにしたままだ。
「私は心配したんですよ」
「分かってるよ。……昨日あんなに泣きじゃくってたからなあ」
「うっ、だってご主人様が死んじゃったかと思ったんですもん」
「だよなぁ、あんな不意打ちされちゃあなあ。事実僕も死ぬかと思った」
宿屋に帰りクロに姿を見せた瞬間、放心状態だったクロがとびかかってきて、そのまま泣きじゃくられた。
無事だということを伝えても、抱き着いたまま離れなかった。僕の存在を確かめるかのように強く抱きついたまま。
「……本当に心配したんですから」
「ありがと。でも多分、もう神が僕を殺しに来ることもないだろうしね」
「神様と話はついたんですか?」
「というか向こうが勝手にごちゃごちゃした感じかなあ」
そういえばあの場ではエレーナの口車に乗ったが、具体的な神界の話はまだ聞いていなかった。例えばその後の僕の処遇はどうなるのかとか。
第一位の意向とやらがある以上再び討伐に来ることはないのだろうが、僕の存在を知った神界が今後どうアプローチをかけてくるものなのか見当もつかない。
「まあ今後神が敵対することはない、かな?」
「そこ、はっきりしないんですね……」
「心配することないよ。最高神なんて滅多に下界に降りてこないしね」
「確かにそうですね。それと戦うなんなんてそう頻繁に起こったら困りますもんね!」
「そうだね。……ん?」
今なんか凄く不味い流れにならなかったか?
たとえるならそう。旗が立った的な……
「――ご主人様」
「うん、あー、……うん」
クロに言われ、僕も気づき、足を止めた。
気づけば周りから人がいなくなっていた。先ほどまで賑わっていたとは言い難いぐらいには人がいたはずなのに、周りから一切の人影が消えていた。僕と、クロと、――そしてもう一人。
止まった足を動かすと、それに応じて背後から足音が聞こえた。再び止めると背後の足音も止まる。
「ストーカーだ。この世界に警察はいないのかな」
「そ、そんなこと言ってる場合ではないと思いますが……」
現実逃避してそんなことを言っていると、クロが不安そうに僕の服の裾を引っ張った。
無視したままではいられない。分かっているのだがどうにも、面倒くさい何かの種にしか思えない。
振り向きたくない。どうせ神か何かだろう。
「三秒後に後ろ向くぞ―。いち、に、さん」
「……振り向かないのですか?」
「今首動いてまーす」
クロに促されるままに首をひねる。
そこには予想された通り、ウォルトが着ていたような白い法衣が目に飛び込んできた。おそらく神の着物なのだろう。ひらひらして動きにくいだろうなと思う。
「はいはい、またですか。で、あなたは第何位のどちらさまで――、……ん?」
「ご主人様……?」
疑問の声を上げるクロには答えず、僕ただ前に立った神の顔を見る。
髪は青みがかかったロングヘア、健康的だがどこか冷たさを思わせる整った顔。髪色こそは変わっているが、僕はその顔に見覚えがあった。
「……あれ、イースじゃん。久しぶり」
「お知り合いですか?」
しばらく前に勇者パーティーに着いて行ったはずの少女が、なぜか神になって僕の前に現れた。




