63.叙位
それから僕たちは、どこかへ逃げたクロを探すため街の中心部へと向かっていた。上空から索敵とか探知魔法全開でとかではなく、二人で会話をしながらのんびりと。クロは賢い子なので、僕が探すときに分かりやすい場所にいるだろうという推測からだ。焦って探すこともない。
「へー、じゃあ勇者とはそんなに長く一緒にいなかったんだ」
「はい。元々勇者から学べる技術も少なかったですし、それになんか勇者の視線がこう、気持ち悪かったと言いますか……」
「そうだったんだ。そういえば僕もこの街でシードルさんとかと会ったけど、彼らも勇者パーティー抜けてたんだっけね」
「ええ、そうですね。コウキさんとシードルさんはそれほど仲が良くありませんでしたから。エレンさんも気を使う性格でしたから、コウキさんを苦手にしているようでしたしね」
「そっかー」
会話の内容はもっぱら互いの近況報告。主にイースがこれまでどんな苦労をしてきたかだった。
「その後冒険者になって、神に選ばれたと。僕と同じだね」
「確かにそうですね。しかし私の方は冒険者になってからすぐに神の使いが来ました。冒険者ギルドにあるステータス確認魔法は鑑定神の力の一部だそうですから、おそらくは鑑定神経由で発覚したのかと」
「ふーん。僕がなかなかばれなかったのはステータスを偽造してたからかな。思い付きだったとはいえ功を奏していたのか」
「そのようですね。もっとも鑑定神はエル様の討伐には反対だったようなので、エル様の情報を天界側に伝えたかどうかは疑問ですが」
「そういえば……」
空間神に襲われた時もそうだが、鑑定神はやたらと僕に好意的だった。僕にはその行為が、何か意図があってのものに思えた。
「……なんで鑑定神は僕を守ってくれたんだろうな。空間神の攻撃が止んだのは彼女のおかげなんだろう?」
「……まあ、そうですね。私も彼女からあのゴミがエル様を討伐しようとしていたのを聞きましたから」
「ご、ごみ……?」
「ええ。古くからいるんだか何だか知りませんが、エル様を殺そうとした思考停止現状維持頑固老害神なんてゴミで十分です」
すました顔で放たれる罵詈雑言に、僕はどう反応すればよいのか分からなかった。というか第三位の空間神に向かってその口の利き方は大丈夫なのだろうか。一応は上司みたいな関係なのでは?
「……イースって何位だったけ」
「私は五位ですが……」
「神様って上に逆らえないんじゃないの?」
「ええ、系統上は。ですが神の間ではある程度の平等性が保たれていますよ?第三位と第十位の意向です」
「へー。でもあんまり人の悪口とか言っちゃだめだよ」
「人ではなく神ですが」
イースは変わらぬ表情でツッコミをいれる。何があったのかはわからないが、彼女もかなり性格が変わったようだ。
「……まぁ、なんでも、無事でよかった」
「お互いさまに。神界の情報網を使ってもエル様が見つからなかった時にはどうしようかと思いましたよ」
「はは。隠れていたからね」
「神界の目すら欺けるとは流石です」
流石ってか、特に何をしていたという実感はないのだが。というかこの街に入るときに、すでにひと悶着起こしていたのに、神界にもその情報が伝わらなかったというのはどういうことだろうか。神界の目とやらも案外ざるなのかもしれない。
「――ご主人様?」
イースと二人、そんなことを話していたその時だった。
背後から驚いたような声が僕にかけられた。クロだ。
「……その、大丈夫でしたか?」
「ああうん。話し合いで分かってくれたよ」
「そ、それはよかった……」
「というわけでこちら生成神のイースさん。で、こっちは仲間のクロ」
僕はお互いにお互いを紹介する。敵対の意思はないからお互い仲良くいきましょうね、という意味を込めてであったが、クロとイースの二人は紹介を受けて、お互いをじっとにらみ合う。
「……エル様、この獣人は仲間、ですか?」
「うん」
「ですがこの者、エル様の眷族となっているようですが」
「は?」
イースの言葉に、僕とクロは呆けた声を上げた。
「眷族って……でも僕、特にクロに何もしてないよ?」
「……彼女の首のチョーカーを見るに、エル様はこの者を奴隷として買ったのでしょう?奴隷化の魔法は天界に伝わる眷族化の魔法が簡略化されて伝わったものです。大方……その魔法をご自身で再現なさって、それで眷族化がなされたのでしょう」
「わ、わたしが眷族……。どおりでご主人様とあってから妙に強くなったと思った……」
「獣人の例は今までありませんが、神の眷族は聖人と呼ばれています。よかったですね、クロ?あなたは明日から聖人ですよ」
「へ?せ、聖人?……っていうかそれよりも、ご主人様、神になられるんですか!?」
奴隷から聖人へ。立場が一転することとなったクロが理解できないという風に目をぱちぱちさせる。さっきまで敵対していたはずの神に僕がなるというのも、クロの驚きを加速させる原因だったろう。
「どうやらそうらしいね。……それで、クロも見つかったことだし、僕らはどうすればいいのかな?」
「これより天界に案内させていただきたいと思います。そこにて議会と最高神との顔合わせ、第一位による『調整』を行い、エル様は正式に第二位となられます」
「そう。じゃあ行こうか」
◇◆◇◆
「――龍神の討伐を成し遂げたエル様です。上位議会の賛成多数により第二位に叙位されることとなりました」
ずらりと十九の椅子が円弧状に立ち並ぶ広大な議場に、イースの言葉が響く。その中央、王座のように置かれた一つの空席の前に立ち、僕は紹介を受けていた。
イースを除く最高神五人、議長、議員ら十人の視線が僕に集中する。以前であればその重圧に気圧されていただろう。しかし神となることが決定した今となっては大したことがない。全員味方で、かつ格下なのだから。
「挨拶を賜りたいと思います。では、どうぞ」
「え?聞いてないんだけど」
隣に立つイースが一歩下がり、僕は焦る。こちとら正式な場で挨拶をした経験もない。急に何か言えと言われても……。
しかしイースが目を閉じてしれっとしているのを見て、僕は諦めて口を開く。
「あー、紹介にあずかったエルです。若輩の私が上に立つことをあまり好ましく思う者もいるようですが、よろしくお願いします」
僕の言葉にウォルトと隣に座っていた神がピクリと反応する。特にウォルトの隣の神は僕を射殺さんとばかりににらみつけてくる。
あ、なるほど。煽っていると思われたのか。
「あー、いえ、その別に煽っているとかじゃなくて。……皆さんが特に気になっていることを簡潔に述べましょうか。私は今のところ天界をどうこうしようと言う気はありません」
「……それはどういう――」
「今はエル様が話されています。誰が発言を許しましたか?」
右手に座る議員から声が発せられ、イースが冷たい声でそれを遮る。
議員が「申し訳ありません」と頭を下げるのを手で受けると、イースに視線を送り、大丈夫ということを告げる。
「説明しようか。つまり今第三位と第十位の命令で成り立っている議会制を壊すつもりはないということです。私も天界に慣れてくれば多少の無茶を通すこともあるでしょうが、おおむね第三位の命令に従うつもりです。……あー、僕は今『命令』は使えるのかな?」
「……『調整』がすむまでは使えない」
僕の質問にウォルトが答える。今度はイースは遮らなかった。
「じゃああれだ。宣言しましょう。『命令』のように絶対力はないが、神の名において宣言することは意味のあることだと聞いています。……あれ?そういえば僕の神名、知らないな」
神名とはイースの生成神やウォルトの空間神などといった名前のことだ。宣言に使われる名は本名ではなく、神名が必要になる。
「……普通神の名前は家に与えられ、代々受け継がれている。我々最高神の名前はその能力によって自然と付けられた。そこのイースは自分で付けたようだが。その例に倣うのなら、自身の能力に基づく名前を付けたらいいのでは?」
「能力、ねえ……」
なるほど確かに生成神、空間神などはその能力を表している。領域神などもそうだったのだろうか。
しかし残念なことに僕は自分の能力の傾向を十全に把握しているとはいいがたい。あえて言うのであれば力を解析し、作る能力だろうか。名付けるとしたら、力場とかになるのだろうか。力場神、うーん、しっくりこない。
「――じ、じゃあ龍神の名を引き継げばいい」
僕が悩んでいる様子を見て、そう提案がされた。かけられた声は、左から五番目。すなわち第六位の最高神。
椅子の上に体育座りをし、机に視線を置きながら再び口を開いた。
「名前が決まるまでのつなぎだ」
「そうですね。じゃあそれで。いいかな?」
「……ああ。構わないだろう」
ウォルトが頷き、宣言が行われた。
「第二位龍神の名のもとにおいて、第二位は第三位によって維持される秩序を崩壊させない程度の命令権を持つ」
内容は大体こんな感じだろうか。イースが宣言の内容を考えてくれた。
「じゃあこれでいいですかね。これで終わりにしたいんだけど……」
「いいだろう。政治に首を突っ込まないのであれば、顔合わせもあまり意味がないしな。正式な式典は後日行われる」
「あっ、やっぱあるんだ」
「当たり前だろう。特に今までにない高位の神の誕生だ。第五位の時もそうだったが、今回も盛大に行われるだろうな」
脇に立つイースに「どうだった?」と聞くと、「無駄に豪華でした」と返ってくる。それは何とも楽しみだ。
「では『調整』を行うとしよう。これが終われば貴様も正式な神だ」
◇◆◇◆
「――今から向かうのは第一位、創造神様のおわす場所だ」
「第一位?休眠中だっていう」
「そうだ。休眠中、間違いはないが創造神様が起きているところを私は一度も見たことがない」
「ふーん。でも『調整』はできるんだ」
「ああ。休眠中と言っても意識のすべてが失われているわけではないらしい」
ウォルトと二人、僕らは暗い廊下を歩く。議場のある建物の最奥、いくつかのセキュリティを超えて僕らは創造神の居場所へと向かっていた。
「……貴様は神について何を知っている?」
「一般に広まっている事実ぐらいかな。それ以上は何も知らない」
「そうか。では我々が何者なのか、それを今話さなければならないな」
カツンッという靴の音が静かな廊下に鳴り響いた。「少しゆっくり歩こう」とウォルトは言った。
「我々の中で神と呼ばれる存在は、実は一人しかいない。誰だかわかるか?」
「第一位、創造神」
僕はウォルトの問いにそう言った。それ以外は考えられないからだ。
「そうだ。彼女は世界を作り、自身の神核をいくつかに分け、眠りについた。分けられた神格を与えられたものが、今の普通神の祖先だ。神核は各家の当主に受け継がれ、今も普通神の中にある。神人とは、彼らの子孫で神核を持たないもののことを言う。今天界に住まう、普通の民のことだ」
「……最高神は?」
「我らの神核は、過去に奪われた神核であるらしい。神獣とは神核を奪ったとされる神話の時代の魔獣の生き残りだ」
なるほど、神の神核を奪った魔獣。あのとんでもなく強かった龍神であればさもありなんと僕は思う。
「倒せば神核を奪えるってことかな?」
「そうだな。しかしそうして奪った神核は容易には定着しない。それを体に定着させるために『調整』が行われるのだ」
「ふーん……」
僕はウォルトの説明に生返事を返す。
ウォルトの説明には大きく欠けている部分が二つあった。一つは『調整』の説明について。僕はいつの間にか神核を得ていたそうだが、今の今まで能力の使用に不安定な部分があったわけではない。いわば心身合一。定着が必要であるかは疑問が残る。
二つ目は僕の神核についてだ。エレーナの話であれば、龍神の神核はイースに引き継がれた。では僕の神核は一体どこから来たものなのだろうか?
しかしその疑問をウォルトにぶつける時間はなかった。
「……ついたぞ。ここからは一人で入るが良い」
「お邪魔しまーす……」
ウォルトにそう言われ、堅牢な扉を開けて僕は一人で中に入る。
中に灯りはなかった。しかし光り輝く彼女の体が、部屋の中を明るく照らしていた。
彼女は椅子に座っていた。地面を這うほどの長い髪、閉じられた目、力のない体。
『あなたが新しい最高神ですね』
頭の中で声が響いた。
「はい。『調整』を行いに来まし――」
『ではこの球に手を置いて』
創造神のあまりに早すぎる返答とともに僕の目の前に球が出現した。前触れもなく。
『調整の魔法が込められています。手を置いて、抗わないように』
「抗わないように、とは?」
『……』
返答はなかった。恐らく彼女の意識は会話ができるほどまでに起きてはいないのだろうと僕は推察する。予想された場合に対しあらかじめ用意しておいたパターンがあるのか、あるいはより簡単な質問にしか答えられないほどの単純な意識が。
僕はそれ以上の問答を諦めて、球に手を置く。魔法を込めた水晶。エレーナや奴隷商人もやっていたそれだ。手を置いたとたん、魔法が発動するのが分かった。特殊魔法ではなく、普通の魔法。
ふと、それに興味がわいた。神核とやらを定着させる魔法。今までに見たことのない魔法でもあり、神核という未知の要因に作用する魔法。もしかしたら神核が何なのかというのがわかるかもしれないという期待も込めて。
だから僕はそれを解析しようとした。普通の魔法であるならば魔力の流れを読めばその魔法の実態がつかめてくる。神核に作用する魔法はどのようなものだろうかと、それを、見た。
しかし――
「これは……」
僕はその魔法の内実を知って、それを受け流した。決して抗っているとばれぬよう、細心の注意を払って、しかし魔法の矛先が僕に向かないように調整した。
それは今まで見たことがない未知の魔法なんかではなかった。確かに複雑ではあったが、その機能自体は非常にシンプルだった。
込められていた機能は三つ。
監視。
隷属。
そして――
◇◆◇◆
「……いやー、間一髪だったなぁ。神様何体も相手にするのは分が悪いや。速攻で最下層まで行けてよかったよかった」
とある廃墟、破壊された民家の中。
ティーカップで紅茶をすすりながら、パイモニアは一人心地に呟いた。
「……君らも聞くかい?最下層に何があったのか」
「――気づいてたのかよ。一発殴ってやろうかと思ったんだけどよ」
パイモニアの問いかけに、民家の壁の奥から二体の影が現れた。角、蝙蝠のような羽。パイモニアと種族を同じくする、悪魔。
「ヴァサゴと、ベレトか。こんな僻地まで王級が二人で。……僕も年貢の納め時かな?」
「ああ?俺らは別にお前を殺しに来たんじゃねぇよ。伝言を伝えに来たんだ」
「伝言?」
「ああ。魔神様からだ。早く帰ってこいだとよ」
パイモニアは「そうか」と言うと腰を上げる。魔神は彼らの主人。命令に逆らうことはできない。
「……それにしても、僕を呼び戻すなんてよっぽどのことがあったのかな?」
「あったんじゃねえ。これから起こるんだよ」
「すると?」
「勇者が魔王城を攻略しようとしている。アンドロがやられるのも時間の問題だ」
アンドロ。魔族を従え、人間と戦争をしていた爵位級悪魔。魔王というのは人間たちが付けた名称で、実際は伯爵級の悪魔であるが。
「アンドロが。……僕らの中で最下位とはいえ、人間もよくやるねー」
「ああ。勇者の存在もアンドロがやられることも、それ自体はそれほど問題じゃねぇ。ただ魔王が死ねば、天界が動く。最後の神獣となった魔神様を倒しにな」
「最後?龍神は?」
「龍神は死んだ」
「マジですか……」
魔神は神獣の中では唯一、居場所が知られている神獣だった。しかし今まで神が攻めてこなかったのは、彼らが彼ら自身の縛りによって魔神に手出しができなかったからである。
天界の厳命たる第一位の命令。『人類同士の戦いに手を出してはいけない』。それを知っていた魔神は眷族たる悪魔に命じ、人類種としてカウントされている魔族を従え戦争を始めた。故に天界は魔神に手出しができなかった。魔神が、人類同士の戦いに含まれてしまっていたから。
勇者はその代替案として天界がとった措置である。天界に属さない、しかし強力な力を持つ戦力を平和の安定のためという大義のもとに人類に与えることにより、悪魔が倒されることを期待して。
長い時をかけ、その努力が実ろうとしている。勇者は今、悪魔を討伐せんと魔王城へと侵攻し、天界が自らを縛り付けてきた鎖が解かれようとしている。同じ策はもう使えない。長い時間の間に、天界では新たな決まりがいくつもできた。天界が魔神討伐のために必要としているのは、もう魔王の討伐のみである。
「……で、どうするの?このままだとみんな仲良く全滅じゃない?」
「いや、魔神様は期が熟したとおっしゃられた。最高神は全員が揃い、神の力は今や天界に集結している」
「じゃあ……」
ヴァサゴはにやりと、非常に悪魔らしい笑顔をその顔に浮かべ、嬉しそうに言った。
「――全面戦争だ。討伐に来た神と天使どもを蹴散らし、逆に天界に侵攻する。……あぁ待ちきれねぇなぁ。あの憎たらしい神共の肉を割き、魂を食らうのが!!」
◇◆◇◆
「……実験はおおむね成功しました。被検体の半数は特殊魔法を手に入れ、残りの半数も器足りうるとの結果が出ました」
地下。神の目さえ届かぬ薄暗い研究所で、皇帝は報告を聞いていた。
「そうか。ではやはり……」
「ええ。忌み子は神の祝福を受けなかった者ではなかった。むしろ祝福受けすぎたが故に、リソースが魔力に割かれなかっただけだった」
世界中のあらゆる国は、必要に応じて、あるいは常時的に、天界の議会からの命令を送られている。それらは概ね皇帝の理解の範疇にあったが、しかしその中で唯一、目的の分からない命令が存在していた。
『忌み子は神の祝福を受けなかった背信者であるので、罰を与えよ』
天界は基本的に自分勝手ではあるが、総体としての命令は基本的に、ある目的に沿ったものであった。
それは天界の安全の維持。あるいは神の、と言い換えてもいい。
彼らの最優先事項は、はるか太古、神話の時代より生きる神獣の討伐である。それは天界のみならず創造神までもを冒す脅威であるから。そして今残されている神獣はたったの一体。魔神である。
しかし彼らは魔神に手を出さない。いや、「出せない」のだと皇帝は理解していた。
何故天界は魔神に手を出せないのか。そして魔神に対して天界がどういう手を打とうとしているのか。それを分析すればおのずと天界の行動を縛る法則が見えてくる。
例えば神が、勇者を魔王と戦わせようとするのは、魔神討伐のために魔王が邪魔だから。魔神は魔王領にいる。魔王が存在するために手が出せないのだとすれば、天界が魔王を排除しようとするのは至極当然である。
例えば勇者が、実際には魔王の討伐に対して召喚されるのにも関わらず「人類の防衛力として召喚する」としか言われないのは、天界が意図的に魔王領を攻撃できないから。だから建前を用意した。
例えば天界が、教会の推進する亜人差別を黙認するのは、そうすれば魔王領に対する攻撃の理由が人間国家に生まれるから。しかしあえて「黙認」なのは、天界自体が推進すれば、それがなんらかの禁止事項に抵触してしまうからだろう。
さて、ではなぜ「忌み子には罰を与えよ」なのだろうか。
「神の祝福を受けないため」――なるほどそれは理由になり得るだろう。しかしならば亜人に対しても同様に命令を下せばいいはずである。しかしそれができなかったからこそ、天界は差別を「黙認」している。ならば何故忌み子だけ?
おそらくそれは――忌み子と言う存在を見逃すことが、もっと上位の決まりに背くからだろう。即ち、天界の安全の維持と言う目的に。
そう思ったきっかけは勇者という存在である。彼らは神の身でないのにも関わらず特殊魔法が使えた。しかしその魔力量は多いとは言えなかった。より優れた魔法を扱うためには魔力が必要不可欠である。なのにもかかわらず勇者は低い魔力量で特殊魔法を扱う。
特殊魔法は本当に魔法なのか?あるいは勇者が魔力量が低いのは、偶然なのか?
なぜ天界は魔力のないものを殺したがるのか?
その答えは、今研究員の口から告げられた言葉の中にあった。
忌み子は神の御業たる特殊魔法を扱える素養を持っていた。だから天界は、芽を早めに摘むことを望んだ。
「特殊魔法についてはどうだった?」
「神のものと比べても謙遜のない魔法でした。中には、超えるほどの魔法を持っているものも」
「……神にも匹敵する、魔法か」
皇帝は疑問を抱いたその日から、忌み子の研究を行った。回収される忌み子の処刑は滞りなく行われていると天界に嘘をついた上で、彼らには秘密で処刑されているはずの忌み子の研究を行ったのだ。それが天界に伝われば、皇帝本人どころか国ごと滅ぼされかねないというリスクを知ったうえで。
それは偏に――ある目的のために。
「……我々は今、天界に対抗しうる戦力を手にした。天界と戦える戦力を」
「それは、もしや……」
「ああ」
皇帝はにやりと笑った。今までの雪辱を思い出すかのように。力を手に入れた復讐者が如く。
そして口にした。
「――神の時代を終わらせる。次は――人の時代だ」
人類の、反逆の意思を。
◇◆◇◆
「……やっぱりか。イース、ちょっと止まって」
「何ですか?」
「いやぁ、嫌な糸がついてたから」
そう言って僕はイースに絡みつく第一位の魔法を丁寧にほどき始める。
あの後、ほかの神たちをじっと見てみれば、皆第一位の魔法による監視を常に受けてることが分かった。もちろん監視と言ってもそこまで緻密なものではなく、居場所を把握するとか、そういった簡易的なものだったが。
「よし、ほどけた」
「……糸、ですか?」
「うん糸がね。まあ気にすることはないよ。もうとったから」
「ありがとうございます?」
「――や、やっぱり君も、気づいた?」
しかし二人だけ、第一位の魔法に侵されていなかった例外が存在した。
位階第六位、時間神カイロス。位階第八位、鑑定神エレーナ。
僕がイースの魔法を解除するのを確認して、彼らは現れた。声をかけてきたのはカイロス。その手は握手を求めるように差し出されており、僕は一瞬躊躇して、カイロスの手を握った。
「や、やあ、初めまして。僕と君は一緒なんだ。だから気になっていた」
「一緒?」
「彼、あなたと同じで人間から最高神になったのよ。長い髪に隠れて見えづらいけれど、ほら、長い耳。もともとはエルフだっけ?」
「あ、ああ。ただ僕は君のように神獣を倒したわけじゃないけどね。妖精神。彼から譲り受けたんだ」
「あら、私それ初耳なんだけれど」
エレーナと以前会った時、彼女は「神人以外が神獣を倒すのは二人目」と言っていた。その一人目が、彼だということか。
そんなことを考えていると、僕の横に立つイースがカイロスをにらみつけるようにして、口を開く。
「……それで、気づいた、とは何のことでしょうか。時間神」
「その様子だとあなたは気づいていないようね。しっかりとしているようで、意外と抜けているわね」
「い、いや、エレーナ……。前もって知っているか、それか能力がそれ特化じゃないと、き、気づけないだろう」
「……私は何についてか、ということを聞いているんです。早く答えてください」
若干イラついたように、イースがカイロスに向けて鋭く言う。その様子にカイロスは若干首を引くと、目線をイースの足元あたりに落として言った。
「『調整』。い、いや、第一位が僕たちにかけた、呪いについて」
「呪い。言い得て妙だね。しかし呪術というわけでもないんだろう?」
「あ、ああ。しかしエル君、それがどういう種類の魔法か、というのは問題にならない。い、いま問題なのは、その目的だ」
「ちょって待ってください。呪い?……あなた方の言葉は、創造神への背信に値しませんか?」
「大丈夫よ、イース。近くにほかの神はいない。私の特殊魔法を使っているから、第一位も私たちの会話を聞き取れない」
イースの質問に、エレーナは間接的に答えた。創造神への背信か?答えは即ち、イエス。
「第一位は私たちを監視し、支配し、いずれ能力を奪おうとしている。私たち二人以外にはほかの誰も知らない事実よ」
「そ、それは……もしやそれがエル様の言っていた糸、ですか?」
「そうだね」
「解除、してくださったということですか?」
「ああ」
イースは僕の言葉に驚いた表情をするが、すぐに思案気な表情に変わり、そして決心したように小さく頷いた。
第一位がかけた魔法を拒否した、あるいは解除した。それが十分第一位に対する背信であるということに気づいたのだろう。
「……私たちは創造神を第一位の座から引きずり落とし、天界に新たな秩序をもたらすことを画策している。敵は第一位と、おそらく第十位。あなたにも協力してほしいの」
「それは……構わない。だけれど……僕、宣言しちゃったんだよね。秩序を乱さないって」
「その点に関しては私も焦ったわ。だけど……カイロス、ナイスだったわね」
「あ、ああ。君は龍神の名において、宣言しただけだ。そして龍神の名はつなぎ。だ、だから君は時が来たら、龍神の名を捨て新たな名前を名乗ればいい。そこに何の問題もない」
「なるほどねぇ。やけに龍神の名を提案するのが早いと思ったけど……」
「あ、あそこで適当な名づけをされるのが最も怖かった。き、君を仲間に引き込めなくなる」
カイロスが目線を下に向けたままそう答える。
「……なぜあなた方は背信に至ったのですか?」
イースが唐突に口を開いた。知らないと、踏み込めない。そんな意思と共に。
「私が思うに、監視、支配は確かにやりすぎかもしれませんが、権力者の当然の権利です。能力を奪うことに関しても、私たちの神格は元は第一位のものなのでしょう?いずれ第一位に返されるというのも理にかなっています」
「そ、そこだよ。イース君。ぼ、ぼくが妖精神から聞いたことと、第一位の話。そこには食い違いがある」
妖精神。その名を冠した神獣もまた、神話の時代から生き残る最古の存在。
「だ、第一位は僕らについて、嘘をついている。そ、その嘘を解読していくと、ある一つの疑問が、ぼ、僕らの前に現れた」
カイロスはそこで初めて、目線を上げた。彼の目は深く、世界のあらゆるものを吸い込みそうなほど黒かった。
「彼女は果たして、本当に創造神なのか?」




