58.空間神との戦い 4
「――いつからそこに?」
「ウォルトと一緒に転移してから、ずっとあなたのことを補足してたわよ。エル君」
伏兵の存在は警戒していた。さすがにいくら強いとはいえ、神が一人で来るはずもないと思っていたからだ。
しかし気づけなかった。
ここまで見事に隠れられると、彼女が敵ではない事にほっとせざるを得ない。
「あなたが鑑定神ってことでいいのかな」
「ええ。最高神が一柱、序列第八位鑑定神ことエレーナよ。よろしくね」
「なにがよろしくなんだか……」
赤く長い髪に勝気そうな目、背は僕より少し高いぐらいか。かなりゆったりな法衣を身にまとっているのにもかかわらず、そのスタイルの良さがはっきりと分かる。
その外見から、一筋縄ではいかないような強かで狡猾な精神を感じ身構える。
「……あら、警戒されてるわね。私が協力する理由はしっかりと送ったはずだけど」
「送られてはきたさ。だけどそれが本当だっていう保証もない。そもそも亜神は神の敵だろ?」
「基本的にはそうだけれど、あなたの場合少し事情が異なるのよ」
「……事情?」
「ええ。あなた、龍神を倒したでしょう?」
龍神。エルが亜神に至ったきっかけの魔獣。
神獣は亜神と同じく神の敵だが、敵の敵は味方理論でも展開されるのかと思う。
しかし続くエレーナの言葉は僕の想像をはるかに超えたものだった。
「神獣を倒した者は、基本的に最高神の座に就く。これは天界のルール、第一位の命令なのよ」
「はっ?」
神になる。只の人間が神になんてなれるかと言いたいところだが、しかしエルも人間から亜神へと成っている。
人間にして成長限界を超えた聖人なんてものもいるぐらいだし、神になるというのもあり得ない話ではないのか。
「神に……なるって、どういうこと?」
「文字通りそのまんま。私たちと同じような、神になって天界で暮すってことよ」
まあ天界にいなければいけない決まりはないけど、とエレーナは小さく言う。
「ってことは鑑定神――」
「エレーナでいいわよ」
「……エレーナも神獣を倒したってことか?」
あの龍神と同じような魔獣を、エレーナが倒したとでもいうのだろうか。それが本当なら、エレーナもウォルトもとんでもない化け物だということになる。
その理論で行くと、僕も大概化け物になるのだが。
「ええ。といってもあなたのように単独討伐ではないのだけれどね。天界で討伐隊を組み、とどめを私が刺したって感じかしらね」
「ん?ってことはもともと神だったのか?」
「そうよ。というかほとんどのケースがそうね。あなたのように神人以外が神獣を倒すことなんて稀。確か……あなたで二人目ね」
単独討伐なんてもっとも。神獣とは天界が総力を挙げて戦うようなものなのだと、エレーナは言う。
「なるほどね。じゃあ僕は本来だったら神になれるわけだ。……じゃあなんであいつ、ウォルトは僕を殺そうとして来てるんだよ」
天界にも決まりがあるのだったら、今のウォルトはそれを破っている状態だ。
あの男は狂っているのかと、エレーナに文句を言う。
「誰も止めなかったの?」
「彼は秘密裏に動いていたし……それに、今天界で最も位階の高いのが彼だから、誰にも留められやしないわよ」
「第三位だったか。一位とかそれ以外の天界の有力者とかはいないのか?」
「第一位は休眠中、第二位は空席。……それ以外では仮にウォルトが『命令』を使った場合、それに従うしかない」
「命令?」
「序列が上の者が、下の者に使える魔法の一種よ。命令されたことには逆らえない」
「そんなものがあるのか……」
それが本当だとすれば、実質的な天界のトップに立っているらしいウォルトに逆らえるものはいない。
天界では独裁のようなものが行われているのかと思うが、しかし一方で「天界のきまり」なるものもある模様。一体どういうことなのか。
そんな僕の思考を読んだかのように、エレーナは説明を付け足す。
「まあ命令はめったに使われるものではないし、解釈によって絶対ではないわ。私が今協力しているのも命令ではないわけだし……」
「なるほどね。まあ確かにすべての行動を命令で縛るわけにはいかないしな」
しかしそうは言っても強制力を持つ命令権があるというだけで、上位の神は下位の神に対して圧倒的な優位を持つ。
それこそ人間社会のような権力を持つ者として、ウォルトはトップに君臨しているのだろう。
「……で、ウォルトがあなたを襲う理由、だったかしら。それもこの命令権と深くかかわっているのよ」
「ん、僕が神になった時、命令を行使できるのが問題ってこと?」
「そうよ。あなたがもし神になるとしたら――その序列は二位。今のウォルトよりも高い地位になる。だからウォルトはそれを危険視し、あなたを神にしたくないのよ」
「に、二位?なんでそんな高い地位に……」
ぽっと出の新人が突然天界のナンバー2になるなど、制度としておかしいのではないか。
そう思わなくもないが天界には独自のルールがあるそう、エレーナが説明する。
「まあ驚くのも無理はないと思うけど……、九いた神獣にはそれぞれ位階がつけられていて、討伐した神獣の位階に応じた序列の最高神に就く。これが第一位の命令なの」
「第一位の……」
「そう。だから第三位であるウォレスですら、この決定を変えることはできないわ」
その事実を知ると、ウォレスがなぜ僕を殺そうとするのか、納得がいく。
「……なるほどね。だからウォルトは血眼になって僕を殺そうとするのか」
「そうね。何せ今は第十位と第三位の命令の力によって天界の秩序が保たれているわけだから……あなたが第二位の座に就いたら、第十位が議長としてその影響力を持つ議会も、『議会の統治をなるべく妨げないよう』という第三位の命令も、そのすべてを無視できる。最悪の場合、無効もできる。……でもあなたはそれをしないでしょう?」
「……ああ。言っても信じられないだろうけど」
「私は信じるわ。だからこうしてあなたに協力しているのよ」
合点がいった。
ウォレスが僕を殺そうとし、エレーナが僕に協力してくれる理由が。
おそらくエレーナはアリシャ伝手で僕を知り、少なくとも神にする分には問題のない人物だと判断してくれたのだろう。どの部分が彼女の琴線に触れたのかはわからないが。
「……でもわからないな。なら何故、ウォルトは『天界の決まり事』とやらを破れた?それは第一位の命令なんでしょ?」
「あー、これに関しては解釈の仕方ね。命令は正しくは『神獣を倒し、その神格と権能を吸収したものを最高神とする』。あなたはその条件の一方しか満たしてない」
「神獣を倒した者?」
「そう。あなたは確かに龍神を倒した。……だけどその神格と権能は他の者に引き継がれ、そして彼女はもう、空席となっていた最高神の座に就くことが決定している。つまりあなたは別に最高神にしなくてもいいのよ」
確かに僕は、龍神から何か力をもらったということはない。まあ竜人になってしまったわけではあるが、さすがにそれが「権能」ではないだろう。
とすると……一つ疑問が残る。
「ん?じゃあ僕はなんで亜神になったんだ?神格を吸収しなかったんだろ?」
「ああ、あなたは元から亜神だったんじゃないかしら。そもそもあなたは亜神ではなく――、……なんでもないわ」
「元から?そんなことないだろ、だって僕は人間の子として生まれたし……」
エレーナが言いかけた事は気になるが、もっと気になることが僕にはあった。
エレーナは元から亜神だったと言ったが、そもそも僕は人間としてこの世に生をうけた。亜神なんて大層なものには接点すらなかったはず。
「それに子供のころ神殿でステータスを測った時には、たしか亜神なんて表示されてなかった」
「それはそうよ。あれは私の能力を薄めたものだし、そこまでは読み切れないわ。……ただ、勇者とか異世界の人間はたまに亜神として生まれてくることがある。あなたにも心当たりはあるんじゃないかしら?」
「それは……」
異世界の人間。確かに僕は、この世界の人間でない記憶を持っている。
「まあその件に関しては後でじっくり考えなさい。……そろそろ時間がないわ」
エレーナはそう言うと、頭に手を当て特殊魔法を発動させる。
「……ウォルトのやつも怪しみ始めている。そう長く隠蔽をしておけるわけでもないわ。要点だけ簡潔に言うわね。時間を稼ぎなさい」
「時間を稼ぐ?」
「さっきも言った様に、この討伐はウォルトの独断。秘密裏に事を運んでいたようだけど出発前、何人かにこのことをばらしたわ。今頃は議会や、第一位にも伝わっているはず。そして多分、ウォルトにやめるよう通達が行くわ」
「それまで待て、と?」
「ええ。そう長くはないと思うけれど……頑張って」
なるほど今まで相手の能力を解析し、攻撃を与えようとしてきたが、そうする必要もないということか。ただ逃げていれば、それだけで僕の勝ちが決まる。
そして、ウォルトの能力から逃げ続けることはそう易くはないだろうが、反撃を考えながらそれをするよりかはずっと簡単だ。
「……というかこのまま逃げればいいのでは?」
「それは無理。あなたのことは私がマークしていることになっているから、その座標は筒抜け。そしてその情報があれば、彼はすぐにあなたの前に転移できる。マークが取れるのは私が自発的にそうするか、対象が死んだ時のみだから、ごまかしは通用しない」
「なるほどね。だからウォルトは第二層にも転移できたわけだ」
誰誰の前にも自在に転移できる、という能力ではないだろうと思っていたが、そう言ったからくりがあったとは。
というかいつの間にマークされていたのだろうか。そのことに全く気づけなかった。
「そろそろ『隠蔽』を解くわ。わかっていると思うけど、私のことはウォルトには内緒で。……そうそう、あなたの能力、『解析』が必要でしょ?ウォルトの能力の一部、私が知っていることを『通信』で送るわね。逃げる時の役に立ててちょうだい」
そう言うとエレーナはトンッと一歩後ろに下がり、それだけで彼女を知覚できなくなった。
隠蔽魔法、おそるべし。
「……てかいつの間に僕の能力までばれてんだよ」
敵の能力の情報はありがたいけどさ、と頭に流れ込んできた情報を吟味すると、僕は再び空へ飛びあがった。




