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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
47/53

15 月夜の邂逅 1

「……」


 ただ、ポツポツと歩を進める。

 一番近い『転移魔法陣』まで、あとどれくらいだっただろうか…。


 いつもなら、こんな時は、陽気に笑う紅蓮の髪の少女が、何だかんだと元気付けてくれるのに──。


 今日に限って、それはない。



 1人、ただ歩くアルフ。

 静かだった。いつの間にか、ヴァンの店からはだいぶ離れたところまで来ており、住宅街へと移っていた。

 整備された石畳。綺麗に並んだ家。


 時間も時間であるし、酒場等が近くにあるわけでもないせいか、静まり返ったその場所に、アルフの足音だけが、頼り無く響いていた。



 ……脳裏に過ったのは、ヴァンの言葉だった。



『オレに言わせれば、リィルよりお前の方が、余程狙われる危険が高い。アルフ……お前はいったい、何者だ?』



「……そんなの、オレが知りたいですよ…」



 あの後、言葉に詰まるアルフに、本当に危機的状況以外にはロザリオの力を使用しないようにヴァンは念押しし、すぐに帰された。


(……そう言えば、叔父さんに初めてあれを見せた時も、そうだったっけか……。師匠も、そう言えば……)


 過去の記憶が甦る。

 幼少期に、ラーノルドにそれをして見せた時、ラーノルドは凄まじい形相で凄んで、決してここぞという時以外に使うな、とヴァンと同じようなことを言っていた。


 マキナに弟子入りし、マキナが彼のロザリオを見た時にも、やはり同様だった。

 いや、彼の場合、そもそもが、このロザリオを見せた時点で驚愕のようなものを浮かべていたようにも思える。



 だが、何にしても、その何れにしろ、納得の行く話だった。



(……その理由が、まさか冥力だなんて…)



 そりゃあ、誰も使えない訳だ。だって、冥力なんて持ってないのだから。


 そりゃあ、マキナだけは辛うじて使えた訳だ。だって、マキナは"時間超越(クロノシフト)"を使えるのだから。

 つまり、冥力を持っているのだから。


 ……そりゃあ、薄気味悪い訳だ。だって、"時間超越(クロノシフト)"も使えないのに、冥力を持っているんだから。

 異端も異端──飛びきりの、異端なのだから。



 ──オレは、何なんだろう。



 あり得ない程の魔力量。限界が見えない収納魔法。規格外の範囲の魔力感知。


 そして──冥力。



「……オレが、知りたいですよ…」



 もう一度、アルフはそう口にした。



『──アルフ……お前はいったい、何者だ?』



 ヴァンの言葉が、再び脳裏を過った。

 そう問うた時のヴァン。あの時、僅か一瞬だったが、それでも確かに、その顔には、何か得体の知れない異物を見るような、そんな色が浮かんでいた。


 恐らく、無意識に出てしまったのだろう。

 そして、それ故に、バツが悪かったのだろう。


 だから、すぐに話を切り上げて、アルフを帰したのだろう。



 ──オレは、いったい何者なんだろう…。



 答えの無い自問。ただ虚しく、それは自身の胸の中で木霊する。


「……父さん……母さん…。オレは…何なのさ……」


 行き場の無い憤りは、そんな言葉となって、アルフの口をついた。


 もし、自分が記憶を失っていなかったのなら。 もしそうなら、ちょっとはわかったかもしれない。


 ヴァンがリィルを指して『研究成果』と匂わせたように、自分もそれに類する何かなのかもしれない。



(……叔父さんなら、何か知ってるのかな…)


 そう思ったが、きっとあの人は何も教えてはくれないだろう。

 ラーノルドは、アルフを本当に大事にしてくれている。


 そのラーノルドが、これまで何も語らなかったのだ。

 つまりそれは、きっとこの事に首を突っ込むこと自体が、アルフの身に危険を近づける結果になる、ということなのだろう。

 たとえ知っていたとしても、頑として語らないだろう。



 そう言えば、ラーノルドは、アルフの両親のことさえ、碌に教えてくれたことがない。

 何だかんだとはぐらかされてしまうのだ。


 せいぜい知っていることと言えば、名前くらい。

 そして、アルフの眼前で、殺されてしまったということくらい。


 ラーノルドにとっても、嫌な記憶なのだろう。



 ──わかっている。

 わかっては、いる。ラーノルドが、アルフを慮って、何も言わないことを。


 ──理解している。

 理解しては、いる。ヴァンが、本気でアルフを案じてくれていることも。



 けれど、それでも、どうしようもなく、自分自身に対する嫌悪感のような悪感情が、止めどなく押し寄せてくるのだ。



 こんな時にグレイがいたら、きっと

「湿気たことでいつまでもウジウジしてんな」

 なんて言って、またぞろどうでもいいようなことをしでかして、アルフの気を紛らわせてくれたことだろう。



 けれど、今は、そのグレイはいない。

 誰もいない。ただ、1人だけ。

 いつもは頭を悩ませる問題児達が、今はいない。


 ただただ、アルフは俯きながら、足を進める。



 やがて、住宅街の中心にある、拓けた場所に辿り着いた。

 そこにあるのは、レーヴェティア内の規定の場所へと瞬時に移動することが出来る、この街の中でのみ使える『転移魔法陣』。


 4つの柱に囲まれた、正方形の中に、青白い光を放つ魔法陣が広がっている。

 その魔法陣の中央にある制御用の台座。そこに『魔導式情報端末(テレサ)』を翳し、操作することで魔法陣を起動出来る。



「……?」


 その魔法陣を囲う柱の1つに、背を預けて立っている人影があった。


 街道は、定間隔で設置された『輝石』による照明によって、夜目に困ることもない。

 だから、そこにいるのが誰なのか、近づかなくてもすぐにわかった。


「……リィル…」


 肩口辺りで切り揃えられた、艶やかな黒髪。蒼く澄んだ瞳。雪のように白い肌。

 照明によって照らされたリィルの姿は、絵画のように綺麗だった。



 彼女は──リィルは、微笑を浮かべながら、アルフを見ていた。


「……おかえり」


 そう言って、リィルはコクッと首を僅かに傾ける。


 ──相当、参っているみたいだ。


(ここまで近づくまで、気がつかないなんて…ね)


 自慢の魔力感知が、まるで働いていないではないか。



「……先に帰った筈なのに、どうしてここに?」


 リィルの元まで歩み寄ったアルフの言葉に、リィルは苦い笑みを浮かべて答えた。


「そのつもりだったんだけどね……。アルフ、『魔導式情報端末(テレサ)』を見てみて」


 いまいちリィルの言いたいことがわからず、眉を潜めるアルフ。だが、言われた通りに『魔導式情報端末(テレサ)』をポケットから取り出して、それを見る。


「……通話履歴…見てみて」


 言われた通りに、端末を操作して、その履歴を確認したアルフは、表情を凍らせた。


「……えっ…!?」


 一番上の履歴──つまり、一番新しい通話履歴。その通話相手として表示されていた名前は、ロッティだった。


 しかもその通話開始時間は、リィルとロッティがヴァンの店を後にする直前の時刻だった。



「ロッティちゃんが言ってたわ。『アルフは仲間とかのことになると、案外自分のことには無頓着になる』…って」


「……」


 してやられた訳だ。いつの間にか、ロッティは帰る前に、アルフの『魔導式情報端末(テレサ)』をくすねて、自分の端末と通話状態にしていたのだ。


「…じゃあ、リィル達が帰ってからの話は……全部……」


「……聞いていたわ」


「……そっか。聞いて、たんだね……」


「……ええ」


 沈黙が流れる。

 気まずい、沈黙だった。


 なんて言葉を掛けていいか、わからない。


 何のために、リィルを先に帰らせたというのか。

 これじゃあ、ただその場の話を円滑に進めるために帰らせたようなものじゃないか。


 誰が自分の危険性や異端さをつらつらと聞きたいというのか。

 ロッティは、何故こんな真似をしたのか。



「──アルフ、ちょっとこの後、付き合ってくれるかしら?」


「えっ?」


 思いがけず、沈黙を破ったのはリィルの方だった。

 そして、反応に困るアルフを他所に、リィルは『魔導式情報端末(テレサ)』を操作して、『転移魔法陣』を起動する。


 リィルの側まで歩み寄っていたアルフは、とっくに魔法陣の上にいる。つまり、転移の対象に含まれている。


 有無を言う前に、『転移魔法陣』が起動し、彼等は住宅街を後にした。



 ********************


「……ここは…」


 転移した先は、森の中だった。

 とは言え、ここもレーヴェティアの街の中。森とはいっても、しっかりと道は整備されている。


 いや、そんなことよりも。


(……ここは、孤児院の近くの…)


 レーヴェティア北東の端。街中の喧騒から外れた森が、今アルフ達がいる場所だった。


「ほら、アルフ。こっちこっち」


 リィルはそう言うなり、アルフの手を取って歩き始めた。


 リィルの歩みは、まるでこの場所を知っているかのようにスムーズだった。

 まあ、石畳で舗装された道があるのだから、別段迷うことなどないのだが。


 ──それより、この方角は。



 果たして辿り着いたのは、森の中にある、湖の前だった。


 街の水源の1つでもあり、孤児院の近くということもあって、アルフ達にとっては遊び場だった場所だ。


 広い湖の水面(みなも)に、月が映っている。


「…ロッティちゃんにね、教えてもらったの、ここ。夜は特に綺麗だって」


 アルフの手を放したリィルが、数歩前に出て、振り返りながらそう言った。


 月明かりに輝く湖を背景にしたその少女は、幻想的なまでに魅力的だった。



「……」


 見とれていた、というのもある。

 だが、それ以上に、何故リィルが自分をこんなところに連れてきたのか。それがわからなくて、訝しんでいたのも、また事実だった。



「……酷い顔、してるわよ?」


「……そうだろうね」


 自覚はあった。言われるまでもなく、酷い顔をしているのだと。

 そりゃあ、これまで何かと手を焼いてくれた人から、一瞬だとはいえ、異物を見るような、おぞましい物でも見るような、そんな目を向けられたのだ。


 そして、だからこそ、自分がどれだけ異常なのか、嫌でも理解させられたのだ。


「…そういうリィルは、何だか平気そうだね…」


「……そう見える?」


 静かにそう言った彼女の顔は、笑っていた。

 笑っては、いた。


 けれど、それはどこか儚げな、今にも壊れてしまいそうな、そんな類いの笑みだった。


「……ごめん。意地悪、言ったね」


 平気な筈がない。

 アルフとヴァンの会話を盗み聞いていたということは、『何らかの研究によって作られた存在かもしれない』とか、『その存在が知れたら、悪意ある誰かが接触してくるかもしれない』とか、そんな風に語られていたのを、全て聞いていたということだ。



 アルフは、湖の近くにある、大きな石の上に腰を下ろした。

 子供なら、数人乗れそうな大きさの平たい石だ。


「ここでよく、ロッティと遊んでいたんだ…。夜にこっそり孤児院を抜け出して、こうして、この石の上に寝そべって、星を眺めたり…」


 ごろんと石の上に寝転んだアルフ。


(……今でも寝転がれるんだ。……思ってたより、ずっと大きな石だったんだね、これ)


 腰かけた状態からだと確かに頭が乗り切らないが、身体を下に少し移動すれば、特に問題ない。


 思えば、長いことここには来ていなかった気がする。

 久しぶりだ。こうして、ここで空を眺めるのは。



 眼前に広がっているのは、雲1つ無い、綺麗な星空だった。

 アルフの心中とは正反対の、本当に澄みきった夜空だった。


「ふふ、けっこうマセてたのね」


 そう言って、リィルもアルフの隣に寝転んだ。



「……綺麗ね」


「……そうだね」


 満天の星空を眺めながら、アルフは考えていた。

 何故、ロッティはこんなことをしたのだろうか、と。


「リィルは、さ……」


 しばらく2人で横になって星を見た後、視線は空に向けたままで、アルフが口を開いた。


「リィルは、さ……平気なの? 無くなった記憶。そこに、とんでもない秘密が隠されているかもしれないのに…」


「……」


「オレは……正直、怖い。冥力を、"時間超越(クロノシフト)"無しに使える人間なんて、聞いたこと無いよ…。オレは……何なんだろう…」


「アルフ……」


 あの後の話を全て聞かれていたのなら、アルフのそれのことも知っているのだろう。

 いや、それがなくとも、リィルならいずれ気づいたのかもしれない。


 現に、アルフの冥力を感知して、普通じゃない(・・・・・・)魔力と感じ取っていたのだから。



「オレの冥力の事がわかるまでは、リィルを護らなきゃって思ってた。はは……笑えるよね…。そう思ってた奴が一番、ヤバい奴だってんだからさ」


「怖いわ……」


「えっ…?」


「怖いわよ…私も。自分が怖い。アルフやロッティちゃん、グレイにラーノルド団長。他にもみんな、私に良くしてくれる。だからこそ、怖いわ。もし、本当に、私が何かしらの研究成果だとしたら……そのせいで、みんなが危険に巻き込まれてしまうのが……堪らなく怖いの」


「……リィル」


 初めて、リィルの弱音を聞けたような気がした。

 思えばいつだって、リィルはどこか遠慮しているような節があった。


 仲間内でいても、一歩後ろにいるような。

 まるで、自分のせいで何かが起ころうとした時に、真っ先に自分を消すことが出来るよう備えているかのように。



 そんなことを考えていると、ふと、ロッティがいつか言った言葉を思い出した。


「ロッティがさ…」


「……?」


「ロッティがリィルに出会ってまだ数日。ほら、コーザル達を廃墟で捕らえた日の夜にさ。言ってたんだ。『リィルちゃんって、時々凄く悲しそうな表情をするでしょ』って。凄いよね、あいつ」


「ロッティちゃんが……」


「あいつって、人懐っこそうに見えて、全然そんなことないんだよ。昔、色々あってさ…特に女の人を中々信用出来なくなってるんだ」


 ……そう、この湖の近く。アルフ達が幼少期を過ごした、孤児院での体験のせいで。



「だから、そのロッティが懐くって、実は凄いことなんだよね…。リィル、ありがとう」


「えっ?」


「君が来てくれて、ロッティはいっつも、毎日楽しそうだ。リィルが居てくれて、同年代の女の子の友達が出来た。オレ以外に、気を許せる人が、出来た。それが、オレも嬉しいんだ。だからこそ、リィルにはこれからも、オレ達の仲間でいて欲しいよ。……もし誰かがリィルを狙って来るんだとしたら、きっとオレ達が力になってみせるから、さ」


「……」


 アルフの方へ向けていた視線を、再び夜空に移すリィル。

 それから、しばらく夜景を楽しむように眺めた後、静かにリィルは言葉を紡ぎ出した。


「アルフ。それが、私の答えよ」


「どういう…こと?」


「初めて会ったときのこと…覚えてる?」


「……勿論。覚えてるよ。見事なビンタも食らったしね」


 たはは、と小さく笑うアルフ。それに対して、リィルは、

「あぅ……それはその……本当にごめんなさい…」

 と、恥ずかしそうにそう言った。


 そして、しばらく間を開けてから、続ける。


「あの時──私の身体は傷だらけだった。あのサソリ蜘蛛からの傷以外のものも、いっぱい……あったでしょう?」


「……そうだね」


「ねぇアルフ。明らかに、あの時の私は怪しかった筈よ? …けれど、アルフは私の記憶喪失だって言葉を疑いもしないで、私がもしかしたら誰かに狙われていたかもしれないのに……助けてくれた。レーヴェティアに、連れてきてくれた。……どうして?」


 空を見上げるリィルの表情には、少し悲しそうな笑みが浮かんでいた。

 しかし、それは同じように横たわり、空を眺めるアルフにはわからない。


 けれど、何となくだが、きっとリィルはそんな顔をしているのだろう、とアルフは感じていた。



「……勿論、傷ついた女の子を放っておけない、とか、記憶喪失の子を野放しにしておけない、とか…色々思ったんだけどさ…。何でかな……あの時のリィルが、助けを求めているように見えたから、かな」


「私が……?」


「ロッティが言った通りなんだよ。リィル、自覚があるかはわからないけれど、時々、君は凄く儚そうな笑みを浮かべるんだ。戸惑っているような、何かに怯え、諦めきっているような…」


「……」


「あの時も、そんな顔をしてたんだ。だから、そんなリィルを、どうしても放っておくことが、出来なかった。君を助けたあの時に、何でかな……オレは君を狙う何かに巻き込まれても全然構わない──どころか、それから君を護ってみせる、なんて……思っちゃったんだ。そして、今でも思ってる。さっきも言ったけど、もしリィルを狙う敵が来たら、オレはそれを全力で叩き潰す。リィルには、やっぱり普通に笑っていて欲しいしね…」


「……やっぱり、アルフは優しいわね…」


 ふう、と息を吐きながら、リィルがそう言った。


「だから、よ」


「……え?」


「だから、それが答えなのよ。アルフ、気づいていた? アルフが言った儚そうな笑み…今のあなたも浮かべている、ということに」


 言われて、アルフはバッと上体を起こした。そして、上体を石から大きく前にせり出す。

 湖のすぐ麓にある石だ。乗り出してしまえば、石の上からでも、水面に自分の姿が映り込む。


 恐る恐る、アルフは水面を覗き込んだ。



「──っ…!」


 果たしてそこには、今にも壊れそうな笑みを浮かべた、悲痛な表情のアルフがいた。

 そう、それこそ、時折リィルが見せるような、悲しい笑みだった。



「……ね?」


 ゆっくりと上体を起こしたリィルが、身体をアルフの方へと向けて座り直す。


「今のあなたは……私と同じなの。だから、私も…同じなの。アルフのそんな顔……見たくないもの」


「リィル……」


 向き直ったアルフの瞳に映ったのは、柔らかな笑みを浮かべているリィルだった。


「私が平気そうに見えたのなら、それはアルフとロッティちゃんのお陰なの。アルフは、どう考えても異質な私の話を聞いても、私の身を案じてくれていたわ。そして、ロッティちゃんは、私にあの話を聞かせたことを何度も謝ってくれた。それでも、きっと聞いておかなきゃいけないことだから、って……ずっと隣で支えてくれてた。聞き終わった後も、まるで気にした様子もなく、私を励ましてくれたわ。だから、私は立っていられる。こんな異常な私のことを、それでも心から案じてくれる人達がいるから…」


「……」


 そうか、ロッティはそう、考えていたのか。

 あの場でヴァンから話を引き出すには、リィルの存在は邪魔になる。


 それでも、あの話はきっと、リィルが知るべき内容なのだと。


 だから、こんな盗聴のような真似をしてまで、リィルに話を聞かせたのか。


(……本当に…叶わないな…あいつには)


 紅蓮の髪の少女。天真爛漫で、自由人。いつも問題ばかり起こす癖に、自分にとって大切な人のためになら、どんなことでもやる。


 それが、どれだけ凄いことなのか。



「それにね…。ロッティちゃん、どうやらロザリオの力をヴァンさんに話すってなった時点で、こうなることが、わかっていたみたいなの……」


「──えっ!?」


 驚き、目を見開くアルフに、けれどリィルは至って真面目な表情で続ける。


「……寧ろ、ロッティちゃんはそのことを──、私の魔力性質のことよりも、アルフのロザリオのことを、私に聞かせようとしていたみたいなの」


「……」


 あまりの驚愕のせいで、言葉が出てこない。

 確かにロッティは、アルフのロザリオの力のことを元々知っている。

 だから、まるでわからない、という訳ではない。


 けれど、ロッティには魔力感知の能力は無い。たとえ異質に見えたとしても、冥力だと断じることなど、出来ない筈なのに。


 それなのに、きっとこうなるだろうことを、気づいていたというのか。



「だから、ロッティちゃんはこの場にはいないのよ」


「それは……どういう…?」


 戸惑うアルフを真っ直ぐに見つめるリィル。

 吸い込まれそうな程に澄んだ、蒼い瞳。優しくて、しかしそれでいて強さを持った、綺麗な瞳。


 それが、アルフのやや紫色を帯びた黒い瞳を、包むように見つめてくる。


「『今のアルフに本当に必要なのは、あたしじゃなくて、リィルちゃんだから』…って。『今のアルフの気持ちは、リィルちゃんしか、わかってあげられないから』って…。きっとロッティちゃん、同じような悩みを持つ私を助けようとして、同じような悩みにぶち当たったアルフを救おうとしてくれたんだと思うわ…」


「ロッティ……」


 本当に、どこまで凄い奴なのか。

 確かにそうだ。その通りだろう。


 今のアルフの気持ちを理解出来る者など、確かにリィルをおいて他にいない。


 アルフと同じように記憶を無くし、アルフと同じように自身ではどうにもならない異端を抱える、リィルをおいて、他に誰がいるというのか。



 やがてリィルは、そのしなやかな両手をアルフの頬に添えて、その手つきと同じくらいに、優しい口調で言った。


「私達は、どちらも方向は違うけれど、確実に異端だわ。でも、私にはアルフやロッティちゃんがいる。だから、私は大丈夫。こんな私を、それでも受け入れてくれる人達がいるんだもの。でも、それはアルフも同じなのよ?」


「……オレも…?」


「アルフにも、ロッティちゃんや私がいるわ。あなたは確かに異常なのかもしれない。でも、それでも、あなたは1人ではない。あなたの迷いも憤りも、私は理解出来るよ。私は……あなたの味方よ?」



 不意に、アルフは目頭が熱くなるのを感じた。

 リィルの手から伝わる温もりが、その声音に宿る慈しみが、アルフの心を包み込んでくれるようで、嬉しくて、安心出来て、そして──



「リィル……」


「……何?」


 ──アルフは、自身の頬を包む少女の手にそっと自分の手を重ねる。


「オレは、君の味方だ。この先何があっても、必ず君の力になってみせる。だからリィル……どうかオレを、1人にしないでくれ…。オレを……支えていて欲しい…。あはは……情けない限り、なんだけど…ね……」


「……アルフ」


 コツン、とリィルの額がアルフのそれと優しくぶつかった。気づけば、それほどに、2人の距離は肉薄していた。


「当たり前、じゃない。私達は、仲間だもの。アルフのことは、私が護るわ。だからアルフ……私を助けて…くれないかしら…?」


 少女は今度こそ、屈託のない笑顔でそう言った。

 だから、少年も偽りのない笑顔で応えた。


「ああ。君のことは、オレが護ってみせる。……リィルはオレの、大切な仲間だから、ね」



 水鏡に映る2つの影は、互いに寄り添い合うように、支え合うように見えた。

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