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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
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14 禁忌を侵す十字架

 アルフとヴァンは、連れだって店の外に出ていた。

 アルフ達がここに来る前より遥かに片付いた状態の敷地。如何にアルフ達が頑張って修繕を行ったかが、手に取るようだった。


 流石のヴァンも、ここまで本格的に整備されるとは思っていなかった。

 精々、リィルが砕いた武器の破片を1箇所に集め、ある程度地面を馴らす程度に留まるだろうと考えていた。


(……こいつらがいれば、殆ど何でも出来るんじゃないか…? 勿論、問題を起こさないように、きっちりと手綱は握らなければならんが……)


 思わず、自身の想定以上に片付いた敷地を眺めながら、ヴァンはそんなことを考えていた。



 事実、アルフ達は非常に優秀である。

 度々起こす問題行動が先見するために、問題児の集まりと見られているが、締めるところを締めれば、とんでもない逸材なのだ。


 いつもなら掃除をすれば余計に散らかし、洗濯をすればする前より汚すロッティも、レーレのお仕置き等によって無理矢理気を引き締めてやれば、そして魔法の使用を認可してやれば、恐ろしく手際よく、そしてそつなくこなす。


 グレイに至ってはもっと単純。ご褒美でもぶら下げてやれば勝手に食いつくだろう。

 やる気を出した時のグレイは、普段のふざけた態度が嘘のように非常に頼もしい。


 そして、この2人が暴走しなければ、アルフは基本的に問題を起こさない。

 凡そのことは平均的にこなすし、人当たりも良い。

 家事に関しては言うに及ばず、その大容量の収納魔法の利用価値は計り知れない。



 ニューフェイスのリィルも、基本的には真面目だ。

 グレイが色々やらかすから──と言っても、やり過ぎな感は否めないが──悪いのであって、それがなければ堅実そのものだ。

 あの正確無比の射撃の腕前、そして最大200メートルにまで達する魔力感知があれば、不意討ちを受けることはまずあり得ず、常に先手を取れる。



 何ともまあ、惜しい奴等である。

 まあ、尤も、その問題行動のお陰で、ラーノルドがあんな「表向きの理由」をでっち上げてランクを抑えることが容易になっている、という点はあるが。



「ところでヴァンさん。始める前に1つ」


 ぼうっと辺りを見回すヴァンに、アルフはそう声を掛けた。

 外に出てきたのは、例のアルフが持つ黒いロザリオの力をヴァンに見せるためだ。



 話し込んでいたこともあって、夜もすっかり更け込んでいる。


 そろそろアルフも眠気が強くなってきたことを感じていた。

 それでなくても病み上がり──病気だった訳ではないが──だし、この敷地を綺麗にするため、ロッティとの魔力譲渡をフル活用して掃除をしていた。


 魔力もそれなりに消費したし、魔力の消費は疲労として現れる。

 勿論、全消費するようなことになれば、疲労等という言葉では済まないことになるのだが。


 要は、流石のアルフでも、幾分かの疲労を感じているのだった。


 そんなわけで、事はさくさくと進めていきたい。



 月明かりに照らされたアルフは、その光を受けて艶やかに煌めく、首に掛けたロザリオを持ち上げながら言った。


「恐らくですが、ヴァンさんでもこれは使えないかもしれません」


「オレでも(・・)使えない……ということは、他に試した奴がいる、ということか」


「ええ。ロッティと、それからライオ。後は叔父さんですね…。いずれも扱えませんでした。唯一の例外として、師匠は何とか使って見せましたけれど」


「魔力制御能力の高いラーノルドやロッティでも、か。……いや、お前が使えている時点で、魔力制御能力の問題ではないのだろうな」


「……」


 何気なくディスられ、若干心にグサッと来るものを感じるアルフ。

 確かに、アルフの魔力制御能力は、ラーノルドやロッティと比べたら赤子のようなものだ。


 いや、どころか、リィルにしたって、魔力制御能力は突出しているとわかった訳で、ああ、そう言えばグレイも極至近距離の、自分や自分に触れている物に対する魔法の制御に関してはピカ一。


(……あれ、何だかオレって、本当に宝の持ち腐れみたいになってきたぞ…?)


 あり得ない程の魔力量、そして限界知らずの収納魔法。


 これをもしロッティかリィルが持っていたら、自分はいらないんじゃ……。

 だって、近距離戦ならグレイがいるんだし……あれあれ…?



 そんな何とも言えない、アンニュイな気持ちになるアルフに、構わずヴァンは言った。


「だが、マキナ殿が扱えた、というのは気になるな。具体的に、マキナ殿と他の者では、使用時にどういった差があった?」


「あ、ああ…っと。これは決められた呪文…のようなものですかね、それで発動するんですが、昼間話した通り、これを使うと、まず特殊…な魔力が無理矢理引き出される形になります。そして、さらに呪文を加えることで、実剣を創り出したり…と。ですが、扱えない者が起動の呪文を唱えると、起動さえしません。どころか、使用者の身体にかなり負荷を掛けるらしくって…。えっと、ロッティは失神しましたし、叔父さんは立ち眩みを起こして数分間まともに動けなくなりました。ライオに至っては、吐血して2日間くらい寝込みましたね…」


「……」


 さらっと答えたアルフだが、それは聞くだに恐ろしい話だ。

 アルフが昼間語った、実体のある剣を創造出来るという以前に、その前段階──ロザリオの力を起動する段階で、既にそんな症状が出る。


 月の光で輝く漆黒のロザリオ。細やかな彫りが刻まれ、それは月明かりも相まって、非常に幻想的な美しさを醸し出している。

 だが、そのあまりの美しさが、アルフから聞いた言葉の影響か、今はどこか、禍々しさすら覚えるようだった。



「……どうしますか? 使ってみます? それとも、やっぱりオレが使って見せましょうか?」


 首に掛けていたそれを外し、掌に乗せるアルフ。

 差し出された手の上で、その黒いロザリオは、まるで新たな獲物を喜ぶかのような、艶やかな輝きを魅せる。


 思わず、ヴァンの頬にツッと、冷たい汗が流れた。

 本能的に察したのだ。何故だか、これは自分の手に余る代物である、と。



 だが、それでも、気になる。

 好奇心──。実体を持った剣を創り出す等という、本来あり得ない代物。


 自身の暴れ狂う魔力に耐えうる武器作りを志す者として、それは非常に強固なものだった。



「……いや、オレも試してみたい。どう使うんだ?」


 徐に、ヴァンは差し出されたそれを受け取り、自身の手中に収まったそれを見つめる。


 アルフの体温で温まっているそれの温もりが、余計にヴァンの心に沸いた、得体の知れない物への本能的な恐怖感を逆撫でする。


 その不安を隠すように、ヴァンはロザリオを軽く握って視界から遮った。



「何ら難しい段取りがあるわけでもありません。ロザリオに意識を集中させて、『強制起動(レイズ)』と唱えるだけです」


「ふむ……わかった」


 アルフの説明に頷いて、ヴァンは深く息を吐き出した。

 そうすることで、この得体の知れない恐怖心を外へと追い出そうとするように。


(……何故、これ程までに嫌な感じを覚えるんだ……)


 そうして深呼吸しながら、ヴァンはそう考えていた。



 確かに見事な一品だ。

 施された細工は、凡そこの世界の人間が作ったとは思えない程に精巧だ。


 それが、原因なのかもしれない。

 あまりにも人間離れした美しさが、そう意識を先行させているのかもしれない。



 目を瞑り、もう一度深く息を吐いて、雑念を捨てる。

 右手に握ったロザリオに意識を集中し、アルフから教えられた、起動を命じる文言を、ヴァンは口にした。



「──"強制起動(レイズ)"」



 その言葉が言い終わるか、と言った時だった。


 ヴァンは自身の左胸から、グシ、という嫌な音が聞こえたような錯覚を覚えた。いや、本当に錯覚か──。


 現に今、まるで、心臓を鷲掴みにされたが如き嫌悪感が込み上げて来ている。


 そして、何か生温かいものが、喉から口へと昇ってきて──。



「ごふっ…!」


 ヴァンは、吐血し、体勢を崩した。


 何とか片膝を着き、両手を地面に着けて、倒れることを嫌ったヴァン。その手から、黒いロザリオが放り出され、地面に転がった。


「はぁ……はぁ……はっ…はぁ……!」


 荒く、肩を大きく上下させて息苦しそうに喘ぐヴァン。


「だ、大丈夫ですか、ヴァンさん!」


 慌ててヴァンに駆け寄るアルフ。

 未だヴァンは蹲った姿勢のまま、苦しそうにしていた。

 その背中を擦りながらも、アルフは思っていた。



 やはりダメだった──。



 何となく、ヴァンがロザリオを手にした瞬間、思ってしまったのだ。

 ヴァンにあれは扱えない、と。


 それは、奇妙な感覚だった。

 まるで、ロザリオがヴァンを拒んだかのような、そんな声のようなものが、聞こえた気がしたのだ。


 思えば、ロッティの時もラーノルドの時も、ライオの時もそうだった。

 あれがアルフの手から他へと渡った途端、妙な胸騒ぎのようなものを感じたのだ。


 唯一、それを越えて扱ってのけたマキナが、特殊なだけだ。



「なる…ほど……。確かにこれは……キツイな…」


 吐血混じりの声色で、ヴァンはそう言った。

 アルフに支えられつつ、よろけながらも何とか立ち上がったヴァン。


 その視線は、地面に落ちた黒いロザリオに向けられていた。



「……心臓を直接掴まれたような…衝撃だった……。何だあれは…」


 ようやく呼吸が整ってきたヴァンだったが、それでも依然として、その表情には苦痛が色濃く残っていた。


「本当に大丈夫ですか、ヴァンさん…」


「……大丈夫……とは言い難い気分だが、何とかな…」


 ようやっと、ヴァンはアルフの支えが無くても立っていられるようになった。


 アルフはそれを確認してから、地面に落ちたロザリオを拾い上げ、首に掛け直す。



「ヴァンさんでも、ダメでしたね…」


「……何だろうな。お前に使えて、そしてマキナ殿にも辛うじて使える。共通点は……。魔力量はあるだろうが、それならオレやラーノルドでも、マキナ殿とならそこまで差は無い筈なのだが……」


 先程さりげなくディスられことに対するた意趣返しのつもりで、何とはなしに言った発言だったのだが、返ってきたヴァンの反応は至って真面目だった。


 毒気を抜かれた気分で、うーん、とアルフは唸る。


「これが全然わからないんですよ。何でしょうね…」


「…思ったのだが、グレイの奴はどうなんだ? あいつこそ、率先して試そうとしそうだが」


「グレイは、『バーロー、ロッティや団長に使えねぇもんがオレに使えるか』って言って、試そうとすらしませんでしたよ」


「……あのグレイがか?」


「……あのグレイが、です」


 意味深にそう言い合うアルフとヴァン。

 思うところは同じだった。


 グレイは、エアリアル・レイドを用いた移動等という、突拍子もないことを発案したり、一見無謀とも取れることを平然とやってのける人物だ。


 面白いことが大好きで、騒ぎの中には率先して突っ込んで行き、騒ぎが無ければ自ら起こす。

 そんな奴である。



 そのグレイが、こんな興味を惹く代物を前に、何の手も出さなかった。


 それが却って、ちぐはぐに思えた。



「……まあいい。アルフ。使ってみてくれないか」


「わかりました」


 何となく、優越感を覚えるアルフ。

 ヴァンに出来ないことを、自分は出来る。


 18歳にして悟りの域に達しそうなアルフだが、やはりまだ20に満たない。歳相応に、はしゃぎたい時もあるし、こうして得意になることもある。


 そう、奴等が──グレイとロッティがいなければ、アルフももう少し、やんちゃだったかもしれない。



「"強制起動(レイズ)"!」


 だが、呪文を唱える時には、既にそんなざわついた感情は無くなっていて、落ち着きを取り戻していた。


 短い文言が言い終わった刹那、首に掛けたロザリオが、黒い光を灯す。

 そして、同様の黒い光が、アルフを仄かに包み込んだ。



「"命令(コール)"……"魔剣創成(レーヴァテイン)"!」


 続く呪文。それに呼応するかのように、ロザリオが放つ光は強さを増していき、そしてアルフを包んでいた黒い光が右手に集約されていき──。


「ヴァンさん、ほら」


 果たして、アルフの右手には、漆黒に塗り潰された、闇のように黒い片刃の直剣が握られていた。

 剣先から鍔、柄に至るまでの全てが黒。

 細身の刀身には、何らかのルーンのような紋様が刻み込まれている。


「……ヴァンさん…?」


 振り返ったアルフは、ヴァンの表情を見て、戸惑いの声をあげた。

 凄まじさ剣幕だった。

 月明かりという頼り無い光源のもとでさえハッキリとわかる程に、ヴァンの表情は、驚愕に歪んでいた。


「……アルフ……お前……」


 ようやっと、絞り出されたような声が響いた。


「えっと……何でしょう?」


 恐る恐る、アルフはヴァンにそう尋ねた。

 尋常ではなかったのだ。恐らく、それは今日一番の驚愕。


 リィルが魔力銃を使うと知った時よりも、あの銃から『ラグネアラ結晶』の加工品が見つかった時よりも、その何れよりも遥かに強い驚きが、そこにはあった。



 やがてヴァンは、重々しい声色でこう言った。


「アルフ……お前、”時間超越(クロノシフト)”を使えるようになったのか……?」


「……え?」


 ヴァンの言葉が理解出来ず、アルフは首を傾げた。

 ”時間超越(クロノシフト)”──? 何故そんな単語が出てくる。


 まるで意味がわからない。

 ヴァンの言うことが、理解出来ない。


 いや、言葉通りに受けとるならば、その答えはノーだ。

 アルフは”時間超越(クロノシフト)”など、使えない。



 ”時間超越(クロノシフト)”──。

 時間の流れに逆らい、現実を書き換える、特殊魔法の中でも極めて異質、異端の魔法。


 いや、魔法と呼称すること自体、間違いなのかもしれない。

 何故なら、”時間超越(クロノシフト)”で用いられる力は、魔力ではなく、冥力なのだから。



「ヴァンさん、オレは”時間超越(クロノシフト)”なんか、使えませんよ…? 第一、この街ですら、使えるのはうちの師匠くらいじゃないですか…」


 アルフはやがて、そう答えた。


「……」


 だが、それを聞いたヴァンの表情は、余計に固く、そして暗い影を落としていた。


「……なるほど…。リィルが普通の魔力の感じじゃない、と言ったのも頷ける……。もう一度訊く。アルフ……お前は”時間超越(クロノシフト)”を使えるようになったのか?」


 再度、同じ質問をするヴァン。その表情は、寧ろそうであってくれ、と懇願しているようにも見えた。

 けれど、実際、アルフにはそんな力は無い。だから、こう答えるしかなかった。


「……いいえ。使えません。オレは”時間超越(クロノシフト)”なんて、使えませんよ。ヴァンさん、どういうことです…?」


「……」



 ヴァンは、すぐには返答しなかった。視線をアルフから外し、俯いてしまう。



 気まずい沈黙が、2人を包んだ。

 幻想的にすら見えた月明かりが、今は彼等の醸し出す雰囲気も相まって、重く、苦しいものに感じられた。


 吹き抜ける風の音すら、微かに耳を揺らす虫の鳴き声すら、不快に思えるようだった。



 やがて、ヴァンは、静かに言葉を紡ぎ出した。


「……ラーノルド。お前の考えは、正しかった。……確かに、これじゃあ、こいつ等を──こいつをヴァスタードに送ることなど、出来る筈もないな…」


 独り言のようなヴァンの呟き。



「お前が”時間超越(クロノシフト)”を使えるようになったというのなら、まだ納得出来た。お前が”時間超越(クロノシフト)”を使えるなら、まだ良かった。だが……そうではないんだな…?」


 ようやく、ヴァンはアルフに視線を戻した。

 それは、最早殺気を放つレベルに厳しいものへと変貌していた。



「アルフ、それをマキナ殿以外が使えない理由は、至って簡単だ……」


「……え? どういうことです?」


「マキナ殿に在って、他の者に無いものはなんだ? ”時間超越(クロノシフト)”だろう。ならば自ずと、答えは1つになる……」


 アルフに歩み寄るヴァン。アルフより遥かに背の高い大柄な男が、凄まじい形相で、こちらに向かって歩いてくる。

 ヴァンをよく知るアルフでさえ、思わず腰が引けそうになった。


 いや、現に足はまるで縫い付けられたかのように、動かなくなっていた。

 強張ったように、ただ震えるだけ。前にも後ろにも、歩を進めることなど叶わない。


 まさしく眼前まで迫ったヴァンは、アルフの握る黒剣に触れた。最初は擦るように、しかし次第に力を増していき、そして──。


「ッ…!」


 ブシュ、と肉が裂ける音が響いた。剣から、まさに肉を裂いたような感触が、アルフに伝わる。


「ヴァンさん!?」


 ヴァンは、剣の刀身を握りしめていた。肉を切った感触は、剣の刃がヴァンの掌を裂いたものだった。


 驚くアルフをよそに、ヴァンは剣から手を放した。

 そして、その傷口を、アルフに突き出すようにして見せる。



「”時間超越(クロノシフト)”──。あれは、冥力によって発動するものであることは知っているな?」


「え……ええ…」


「あれは強大な力だ。手に余る力だ。それ故に、発動者が引き出した冥力の幾分かは、”時間超越(クロノシフト)”自体には使われず、術者の身体等にまとわりつく形となる。そして、仮にそれが剣に宿っていたとして、その剣に斬られた場合、このような現象が発生する…」


 差し出された掌に広がった、真一文字の傷跡。

 月明かりに照らされて、その傷口から流れ出る血液が、妖しく光りを──。


「……っ!?」


 傷口からは、血など流れていなかった。代わりに掌の傷跡から、何か、黒い粒子のような物が中空を舞っていた。


「存在そのものを否定する事象。……『否在現象』と呼ばれている」


「『否在現象』…?」


「”時間超越(クロノシフト)”は、時の流れに逆らい、現実を否定し、自身の望む幻想に書き換えるものだ。例えばマキナ殿のそれは、自身の負傷を拒絶する。ほぼ即死の攻撃を食らおうとも、その死が訪れる直前に発動する。死んでさえいなければ、文字通り不死身が如く、復活する」


「……」


「”時間超越(クロノシフト)”は、人によってその作用が異なる。だが、どんなものでも、『現実を否定する』という点については、凡そ共通している。その源たる冥力は、つまりはその大それた幻想を叶えるための──現実を否定するための力だ。その冥力によって付けられた対象は、このように、まるで存在そのものを否定されたかのように、粒子と化していく」


 そう言ったヴァンの掌が、突然炎に包まれた。炎が皮膚を焼き、刀傷を火傷へと変えていく。


「一度始まった『否在現象』は、その効力を失うまでどんどんと進行していく。それを防ぐ手だては、このように傷そのものを別の傷に書き換えてやる、というのが専らだな。……仮にこの傷なら、放っていたら、手首から下は消滅していただろう…」


 炎が収まった頃には、ヴァンの右手は焼き爛れていた。それからようやっと、ヴァンは自身の手に回復魔法を掛けていく。


 そして、治療をしながら、ヴァンは話を続ける。



「マキナ殿しか使えなくて当たり前だ。それ以外の者は、冥力など持ち合わせていないのだからな。つまりそのロザリオは、”時間超越(クロノシフト)”以外で冥力を引き出すという、とんでもない代物というわけだ…」


「このロザリオが……冥力を…引き出す……」


 ──待て。ちょっと待て。冥力を引き出すだと?

 なら……なら、これを発動出来ている自分は…。


 そんなアルフの考えを見透かしたように、ヴァンは暗い声で言った。


「お前が今使っている力は、魔力などではない。冥力(・・)だ…」


「……馬鹿な…」


「だから聞いたんだ。お前は”時間超越(クロノシフト)”を使えるのか、と。”時間超越(クロノシフト)”が使えるなら、まだ話はわかる。あれを扱える者は、当たり前だが冥力を宿した者だ。認めたくないが、そういう代物で、だからそのロザリオを使えるのだと、まだ説明出来る……。だが、お前は”時間超越(クロノシフト)”を使えないと言った。にも拘わらず、今こうして、冥力を引き出している。それも、お前は、マキナ殿でも何とか(・・・)使ってみせたと言ったな。”時間超越(クロノシフト)”を持つマキナ殿で何とか(・・・)、と。ならば──」


 その視線が、アルフを射抜くように細められる。


「──ならば、”時間超越(クロノシフト)”を持つ、正当に冥力を持つ人間がやっと使えるような代物を、涼しい顔して使っているお前は何だ? ”時間超越(クロノシフト)”を扱えない筈の者が、”時間超越(クロノシフト)”を扱える者よりも普通に使うことが出来ている、この状況は……何だ?」


「……」


 ヴァンの言葉に、アルフは叩きつけられるような衝撃を受けた。

 そのショックで、思わず手から零れ落ちた黒剣。それは、地面に転がるよりも先に、黒い粒子となって消え失せた。


 そして、アルフの制御を離れたロザリオが、その動力を失ったように、黒い光を薄くしていき、やがてはただ、月明かりに照らされて妖しく光るだけの、単なる首飾りとなった。



「……そのまま考えれば、お前は”時間超越(クロノシフト)”を扱えないのに、マキナ殿以上の冥力を秘めている、ということになる。これがどれだけ異常なことか、わかるか…?」


 何も、言葉が出てこなかった。


 両親が残した形見。

 それが、力を貸してくれているのだと。そんな幻想を抱いていた。


 夜にしか使えない。これの使い方を、何故か教えられるでもなくわかっていた。

 そう言った、如何ともし難い疑問はあったが、それでも、心強いアイテムだと思っていた。


 それがどうだ。事実はもっと恐ろしく、とてつもないものだった。



「オレに言わせれば、リィルよりお前の方が、余程狙われる危険が高い。アルフ……お前はいったい、何者だ?」


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