11 リィルの魔力の謎 3
「この設計書は、使用者に対する説明書であると同時に、その武器に修理の必要が出来た際に、作り手側がその仕組みを理解出来るように、と作られたものだ。……まあ、ただでさえ汚い字の上に、その内部構造等に関しては暗号化までされている。普通の者では、読む気も失せるだろうがな」
実際、オレも苦痛だったが、とそう漏らして、ヴァンはため息をついた。
テーブルの上に収まる範囲で広げられたその羊皮紙は、開いてすぐに銃のイラストが描かれていた。
そして、恐らくは使い方や使用上の注意らしき文が、イラストのすぐ下に長々と書かれている。
何にしても言えるのは──。
((とてつもなく……字が汚い…))
それを見たアルフとロッティが同様に、そう思った。いや、本当に汚かった。
これが文字なのかと問いたくなるほど、本当に汚かった。いっそ、これがその暗号だと言われても納得してしまいそうなほど。
そして、恐らくはその使用方法や注意事項らしき長々とした文が終わってしばらく、目線を羊皮紙の下の方に移動していくと、今度は整備のための資料だろうか、各部位の説明に入る。
だが、ここから、いよいよもってさらに字は汚くなっており、既にアルフはこれを読む気を失っていた。
「……こりゃあ、最初の使用方法やらで、完全に読む気がなくなりますね…。というか、本当に読ませる気があるんですか…?」
「あるわけ無いだろう」
「ほぇ?」
ヴァンの言葉に、何とか読もうと続けていたロッティが、間の抜けた返答を返した。
躍起になって読もうとしていた者に対して、「読ませる気がない」などという言葉が聞こえてくれば、そりゃあそんな声もあげたくなる。
「リィル。お前さんも、読んだのは恐らく、この使用方法から……まあ頑張って整備の方法あたりまで、だろう?」
「はい……。それより以降は、もっと字が汚くて……その……」
あの銃の使用者であるリィルですら、途中までで読むのを諦めていた。
それを聞いたヴァンは、「だろうな」と漏らす。
「元々な、コイツは普通の人間が読まないように、読む気が失せるように、わざわざ汚い文字で書かれているんだ」
「わざわざ…? それって、『ラグネアラ結晶』が使用されている、ということを隠すため、ですよね、きっと……」
アルフの言葉に、ヴァンは頷いた。
最早問うまでもない。あんなものが見つかったのだ。もし意図的に読む気が失せるようにしてあるのだとすれば、その重大な事実から目を逸らさせるためであることは、容易に想像出来る。
「この設計書は、読み進めれば進める程に字が汚くなり、さらに暗号化がされている。正直、オレがこれを解読出来たのは、レーヴェティアの騎士団の団長なんぞをやっていて、多くの資料を見る機会があったからだ。もし、そこらの武器屋や何やらだったら、とても無理だろう。それだけ、『ラグネアラ結晶』が使用されているという事実は、秘匿すべき事柄だ」
「……確かに…。下に行くほどに読みづらくなってますね…。……って、あれ?」
ヴァンの言葉にもう一度羊皮紙の内容に目を落としていたアルフが、あることに気づいた。
「……何で」
「? どったの、アルフ?」
「あ、いや……ほらここ。この銃の使用方法の最後。ここがどうしても気になるんだ。『消却魔法を使用する場合』ってとこ。……消却魔法なんて、使える人間は本当に限られた一部だけでしょ? 『ラグネアラ結晶』が使用されている時点で普通とは言えないけれど、もしこれが単なる武器なら、こんな注意書き、必要ないんじゃないかと思って…。リィルが消却魔法を使う時にマガジンを外したって言った時も、気にはなっていたんだけど…」
「あー、言われてみれば、確かに……。これ、この銃を使う人が消却魔法を使える前提の説明…だねぇ…」
アルフとロッティのやり取りを聞いていたヴァンが、ほう、と声をあげた。
「気づいたか。そう、既にその時点でおかしいんだ、この説明内容は。これは、ロッティの言うとおり、使用者が消却魔法を使うことが出来る──それも、この銃を用いて使用するという前提での内容だ」
「……ってことは…」
「リィル。お前さんの記憶が無い以上、確かなことは言えんがな……。恐らく、この銃をお前さんに渡した人物は、お前さんのことをよく知っている。その特異な魔力性質のことも、な。つまりは、この銃は、お前さんのその特別な魔力性質をどうにかするために──お前さんのためだけに作られた武器ということだ」
バラバラに分解された魔力銃に視線をやりながら、ヴァンがそう言った。
「私を…知っている人…」
呆然と銃を見つめるリィル。
(……?)
その表情を見たアルフは、どこか何とも言えない違和感を覚えた。
だが、それが何なのかは、わからなかった。けれど、どうしても、銃を見つめるリィルの表情に、違和感を感じて仕方がなかったのだ。
見てみれば、ロッティやヴァン、メリッサは、特に何かを感じ取った様子はなかった。
(……気のせい、かな…)
そう1人で結論を出した頃、ヴァンが話の続きを始める。
「もしかしたら、この銃の製作者を知ることが出来れば、お前さんの無くした記憶の手がかりになるやもしれんな」
「おおー! 大進歩だね! あ、でも誰だかわかるのー? 製作者の名前が書いてあったとか?」
「…最後まで読み進めてようやっと、な。これまた、ご丁寧に暗号化されてはいたが。間違いでなければ、これを作った者の名は、"ルーク"。正直、ルークという名で、これだけの物を作ることが出来る人間は、オレも知らん。わかっていることと言えば、『ラグネアラ結晶』を加工する技術を持っている──そして、それが手に入る環境にいる、ということだな…」
「……一番考えられるのは、ヴァスタード、ですね」
「あとはー、さっきの話に出てきたネルギドとかかなー?」
一番考えられるのは、アルフの言うとおり、やはりヴァスタードだろう。何せ、『ラグネアラ結晶』が集められるのはヴァスタードだ。
その処理方法を知るのも、あの街だけだ。
となれば、一番『ラグネアラ結晶』に近しい街、ということになる。
そして、ロッティが述べた予想も、またありそうな線ではあった。
ネルギドはかつて、『ラグネアラ結晶』を使用した研究を行っていた。今も秘密裏に行っていないとは言い切れない。
その他にも可能性はあるが、やはり高そうなのはこの2つの街だ。
もしかしたら、リィルはそのどちらかの街と、関係がある人物なのかもしれない。
「……」
そう思って言葉を口にしようとしたアルフだったが、振り向いたリィルの顔を見て、口を閉ざした。
真っ青だった。目を見開いたまま、その瞳は揺れ動き、落ち着きを見せない。
「ぁ……あ…」
小さく呻き声を漏らすリィル。
明らかに、正常な状態ではなかった。
「リィル? 大丈夫!?」
そう声をかけるが、リィルの表情は依然として変わらない。どころか、大きく肩を上下させ、呼吸を乱していた。
(まさか…記憶が……戻りかけている…のか? さっきの違和感の正体はこれか…! けど何が切っ掛けで…。……考えられるのは、やっぱりあの銃の製作者の名前…?)
考えが巡ったが、いや、それよりも、このまま放っておいてはまずい。
仮に何か思い出そうとしているのなら、この思い出し方は最悪だ。
現に今、リィルの表現は、かつてない程に強張って、脂汗を浮かせている。
このまま無理に記憶の引き出しをこじ開けてしまったら、リィルの精神に深い傷を残すことになるかもしれない。
アルフとて、幼少期以前の記憶を無くしている身だ。
もし、アルフと同じように、恐ろしくショックな出来事故に記憶を失っているのだとしたら、それを思い出すことは、大きな負荷をかけることになる。
下手をすれば、精神を崩壊させてもおかしくない。
「リィル!」
両手でリィルの肩を掴み、半ば強引に揺するようにして声をかける。
それに驚いたリィルが、小さな悲鳴をあげながら、反射的にアルフの手を払おうと腕を振るう。
それが、アルフの顎を強打するが、アルフは構わなかった。
「大丈夫…。落ち着いて、リィル。大丈夫だから」
「はぁ…はっ……ぁ…!」
それでも、未だリィルの異常な興奮状態は収まらなかった。
それは、まるで何かに怯えるような様子だった。
酷く憔悴し、恐怖しているような。滝のように浮かんだ汗が、リィルの額を濡らし、その艶やかな黒髪を貼り付かせている。
小刻みに震えるその身体は、一段と小さく見えた。
「大丈夫だよ…リィル。オレは君の味方だから…」
椅子から身を乗り出したアルフは、リィルの身体をそっと抱き締め、右手でその頭を、優しく撫でる。
それは、かつてアルフが、失った記憶を封じる蓋が開きかけ、取り乱したその時に、ロッティがやってくれたことだった。
霞がかかったような、けれども鮮烈な光景。目の前で両親が、無惨に殺される、その瞬間。
残忍な笑みを浮かべた人影。明白な悪意によってもたらされた暴力。
それでも、そんな暴力から我が子を護らんと立ち塞がり、覆い被さる、両親の姿。
そんな2人を嘲笑いながら、凶刃を振りかざす人影。
強烈なフラッシュバックに襲われたアルフを救ってくれたのが、ロッティだった。
こうして優しく抱き締めて、こうやって頭を撫でてくれて。
暴れるアルフに傷つけられることを厭わず、ただ、優しく、温かく。
だからこそ、そうやって救われたアルフだったからこそ、身体が勝手に動いた。
そうすべきだと、感じた。
「はぁ……はぁ……」
徐々に、リィルの息が落ち着いていく。記憶の本流が途切れたのか、或いは安堵感故か。
いずれにしても、ようやっとリィルは落ち着きを取り戻していった。
「…落ち着いた、リィル?」
「…はぁ……。え、ええ…。ごめんなさい…」
「なら良かった」
そう言って、アルフはリィルの身体から腕を放す。
(……深く考えてなかったけど…思わず抱き締めてしまった…)
そんなことを考えていたアルフだったが、手を放した瞬間にリィルが小さな声で「あっ……」と漏らしたのを聞いた。
思わず目をやると、恥ずかしそうにしながらも、何か寂しそうに思えて。
「大丈夫だよ」
もう一度そう言って、アルフはリィルの頭を優しく撫でる。
動揺が引っ込んだことで、今度は羞恥に顔を赤くしたリィルだったが、それでも、アルフの手を払おうとはしなかった。
俯いたリィルの表情は誰にも見えなかったが、それは、どこか嬉しそうな、和らいだものだった。
「……リィル。この銃、預からせてくれ。2、3日、時間が欲しい。オレが必ず直してみせる」
ようやく落ち着いた様子のリィルに、ヴァンの言葉が掛けられた。
そこでようやっと、今までの一部始終をヴァン達も見ていたということに気がついたリィルは、最早茹で蛸のように赤くなりながらコクコク頷く。
「ロッティ、悪いんだけど、リィルと先に帰ってて貰えるかな? ほら、オレ、この後ヴァンさんに、このロザリオのことを見せなきゃだし」
「あいさー! じゃ、リィルちゃん、帰ろうか!」
「え? え?」
未だ顔を真っ赤に染めるリィルの背を押して、半ば強引にロッティはヴァンの店から出ていく。
バタン、と表のドアが開いてしばらくの間、アルフもヴァンも声を出さなかった。
彼女達が帰って数分経った頃、ようやっと、ヴァンが口を開いた。
「……助かった。ここからの話は、あまりあの娘の前では、話したくはないものだからな…。少なくとも、今の精神状況のあの娘の前では、するべきではない話だろう…」
その声は、いつものヴァンからは想像もつかない程に、歯切れの悪いものだった。
予感があった。
きっと、ここからの話は、リィルの前でするべきではない、と。
だから、ロッティにああ言って、リィルを帰らせたのだ。
そして、ロッティもそれを理解していた。
普段はお転婆で無茶苦茶なロッティだが、彼女はアルフのことをよく理解いている。
だから、目を合わせるだけで、ロッティにはアルフの真意がわかっていた。
その視線が、「後でちゃんと教えてねー」と言っていたが。
「…まず間違いなく、ヤバイ話…ですよね、それ」
「……ああ」
向かい合ったヴァンの視線が、いつもより数段重い。
心なしか、部屋の明るさまでもが変わったように錯覚するほどに。
「『ラグネアラ結晶』が使われている、というのは、説明した通りだ。そして、あれのお陰で、あの銃は壊れなかった、というのも事実だ。アルフ、何故あれがそういう作用をもたらしたのか、わかるか?」
「……正直、説明しろと言われたらまるで出来ません。けど、直感ですけど…予想はあります」
ヴァンが目線で言ってみろ、と続きを促す。
すっかり冷えてしまった紅茶を一口飲み込むアルフ。
既に、口の中はカラカラに渇ききっていた。真剣なヴァンと対峙するのは、それだけ緊張を伴うものだった。
「…『ラグネアラ結晶』は、ただそこにあるというだけで、害を与える。そんなものが、リィルの魔力性質を抑え込むキーだった。そして、ヴァンさんの説明通りなら、リィルのあの武器破壊の原因は、彼女の持つ『認識』のせいだった。だとすれば、『ラグネアラ結晶』が、その『認識』を狂わせていた、というのは、考えられませんか?」
「……」
「具体的な原理はさっぱりわかりません。でも、あの結晶は、時に人の精神を──つまりは心を狂わせます。……もし、仮にそれを、ある一定方向に向けることが出来たなら……。この場合、彼女がそれを武器だと認識することを狂わせていたのなら……彼女の『認識』が正常に働かない状態に出来るのであれば……。そうであるなら、あの『ラグネアラ結晶』の加工品が取り付けられた魔力銃には、リィルの魔力性質が働かない。そういう…ことなのかと、思います」
「……流石に、ラーノルドの甥っ子だけあるな。勘がいいというか。……かなり、近いところだ。あれは、あの銃の製作者が開発したものらしい。名を『ラディールスフィア』という。如何なる手段を用いて作られたのかはわからんが、あの設計書に書いてあった通りならば、『作成時に設定した任意の事柄を歪ませる』作用があるそうだ。今回の場合、その『ラディールスフィア』が、『この魔力銃が武器であるという認識』そのものを歪ませていた、というところだろう」
「任意の事柄を歪ませる……。実例がなければ、俄には信じがたい話ですね…」
「ああ…。だが、『ラグネアラ結晶』の作用を考えると、あながちあり得ない、とも言い難いのは事実だ。『ラグネアラ結晶』は、──ああ、これもこの設計書の受け売りだが、あれはどうやら、周囲を狂わせる、というよりも、『歪み』を与える、という方が正しいらしい」
「『歪み』を……与える…ですか…」
そう言葉にしながら、アルフは『ラグネアラ結晶』がもたらすという被害を頭の中に思い浮かべる。
ある者は精神を汚染され──。
ある者は病を悪化させ──。
ある者は四肢の動きを奪われ──。
ある者はその命をも蝕まれ──。
そして、その被害は人だけでなく、他の生物にも、どころか土や水、建物等にまで及ぶ。
これにヴァンが言った『歪み』を当てはめるならば、つまりは──。
(精神がおかしくなるのも、心の在り方が歪んだせい。病の悪化も、その病状が歪んだせい。四肢の動きを奪われるのも、身体を動かす機能が歪んだせい。命を落とすのも、生命力が歪んだせい。……『歪み』…か)
──『歪み』。直線をねじ曲げるように、絵画をグシャグシャに丸めるように、つまりは現実を歪める。
考えれば考える程、『ラグネアラ結晶』の恐ろしさばかりが増していく。
「消却魔法を使う時にマガジンを外すのも、恐らくこの『歪み』が関係しているのだろう」
「そう言えば、叔父さんが言ってました。消却魔法は、本来あり得ない筈の魔力の合成。無属性からなる5つの属性を、無理矢理混ぜ合わせたもの。だからそれ故に、ある種の──冥力に近しい『歪み』が生じるって…」
以前、そんな話をラーノルドから聞いた時のことを思い出す。
法術にしろ法撃にしろ、凡そ魔法と呼ばれるものは、特殊魔法を除くと、6つの属性が存在する。
全ての基礎となる、無属性。そして、それを元手にして改変されて作り出される、炎、水、氷、風、雷の5属性。
消却魔法は、これら5つの属性を、その根源たる無属性の魔力で、無理矢理に均等に、均一に混ぜ合わせることで作り出されるものだ。
本来ならば、水と炎が互いを打ち消し合うように、干渉したり相互作用したりは出来ても、合成することは出来ない。
けれども、それが起こってしまった場合、そこにはある種の歪みが発生する。出来ない筈なのに出来てしまったという、例外的な現象。
それ故に、消却魔法は、性質的には、全てを無に還す力を持つ。
その、全てを無に還す力は、つまりは現実を否定する力だ。そう、まさしく、今ある形を否定し、歪め、消し去る力だ。
故に、冥力に近しい性質と言われている。
冥力は、"時間超越"の基となる力だ。
時の流れをも操るそれは、謂わば現実を否定し、その在り方を歪め、書き換える力だ。
その冥力に近しい性質を持つという、消却魔法。
ヴァンの言いたいことが、アルフにも理解出来た。
「そう、消却魔法の性質によって生じる『歪み』と、『ラディールスフィア』が生み出している『歪み』。こいつが相克するとなれば、その危険性は高いだろう。もしかしたら、一方向に向いている『ラディールスフィア』の作用が、他にも向いてしまうかもしれん…。そうなれば……」
「なるほど、そういうことか…」
「故に、消却魔法を使用する際に万一マガジンがセットされていると、練り上げた消却魔法の魔力そのものを無効にするようにもされている。そのため、消却魔法を使おうとすれば、マガジンを外さざるを得ず、しかし外してしまうと、今度は彼女の『認識』を歪めてくれていた『ラディールスフィア』の恩恵が無くなる。結果、武器が壊れる、ということだな…。それでも、粉々に砕け散らないよう、色々と銃本体にも細工がされていたが…」
「…何にしても、肝心なのはその『ラディールスフィア』ですね…。実際のところ、こいつは本当に安全なんですか?」
アルフの疑問は尤もだ。
聞けば聞くだに恐ろしくなる。そんな代物から作られた物が、本当に扱っていて安全な物なのだろうか。
「……現時点では大手を振って安全とは言えないが、書かれている通りなら、今言った働きしかしないように抑制されている。とんでもない技術者だ、これを作った、ルークという奴はな…」
「何処にいる人なんでしょうね……。もし会うことが出来れば、リィルの記憶の手掛かりにもなるかもしれないのにな…」
「さて、な。何にせよ、どうやらあのお嬢さんは、こいつを使った武器でないと扱えない、というのは今のところ変えようのない事実だ。魔力銃という選択も、あの類い稀な魔力制御能力を考えると、絶妙な組み合わせだろう。もし、あの娘が武器を欲するなら、これを使わざるをえん」
そう言ったヴァンの表情は、煮え切らないものだった。
自身も、魔力の問題で悩んでいる身だ。
リィルの悩みは、ヴァンにとっては非常に近しくもあり、そして彼以上にどうしようもなく、途方もない問題だ。
だから、出来ることなら、ヴァン自身の腕でもって、何とかしてやりたい。
だが、現時点で、それをどうこうする方法は、ない。
この『ラディールスフィア』を除いて。
「ひとまずは、この銃は直しておく。だが、もし危険だと判断したら、もし、あの娘に異常が生じたら、すぐさま取り上げろ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「すまんな…。本当なら、こんなものを使わないに越したことはないのだが…。正直、今のオレでは、こいつ以外の方法に検討がつかん…」
自嘲気味の笑みをうっすらと浮かべ、ヴァンは禍々しく輝く、黒い小さな水晶球を見つめる。
それは、打ちひしがれたような笑みだった。
敵わない相手を前にして、さらには抵抗の術を奪われたような。
そんな、絶対的な力の差を痛感しているような、悲しげな表情だった。
「そんな…。これだけ協力してもらっていますし、いくらお礼を言っても足りないくらいです…」
アルフには、そう言うのがやっとだった。
ヴァンを慰めることなど、実力も、苦悩も、武器への情熱も、その全てに劣るアルフには、到底及びもつかない。
だから、せめて強引に話を変えることにした。
「……それで。この魔力銃を修理してくれるってことは──危険になるまで使用を認めるってことは……本題は、そこじゃないんですよね?」
「……ああ」
アルフの思惑を感じ取って、短くそう答えたヴァンは、目を閉じる。
それは何だか、どう言えばいいのか、迷っているように見えた。
そんなヴァンの様子に、眉を潜めたアルフだったが、やがてヴァンは、真っ直ぐに、射抜くような鋭い視線をアルフに向けた。
「お前は、一応『勝利の御旗』のリーダーだ。だから、お前には、きちんと言っておく…」
「……はい」
生唾を呑む音がした。
それが自身の喉が鳴らしたものであることに、アルフは気がつかなかった。
暫くの沈黙が、部屋を包み込んだ。
それは、時間にしてみれば数秒足らず。しかし、アルフにはそれが何分にも、或いは何時間にも感じられるようなものだった。
それほどに、ヴァンの眼には、暗い色が映っていた。
やがて、ゆっくりと、しかしハッキリと、ヴァンは言葉を紡ぐ。
「……あの娘は、危険だ」
「──っ!!」




