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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
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10 リィルの魔力の謎 2

「……」


 何も言葉が出てこない。「それなりの魔法」とやらが付けた爪痕。

 ヴァンの足元から窮屈な扇形に残ったその、「それなりの魔法」の痕跡は、普段から問題児達のせいで何やかんやと騒ぎに巻き込まれるアルフでさえ、仰天するものだった。


(……これの……これの何処がそれなりの(・・・・・)魔法何だよ!! それなりに殺す気の(・・・・・・・・・)魔法の間違いだよこれ!!)


 魔力が駆け抜けた地面は、まるでスプーンで抉り取ったかのように削れている。

 こんなもの、街中で放っていい類いの魔法ではないことは確かだ。


 ここがもし、商店地区やら住宅地区だったら、建物が軒並み破壊されていたことだろう。



 だが、それでも、その魔力の奔流は、リィルから後方に至っては──彼女が楯でガードし、威力を殺した部分に関しては、まるで無傷だった。


 リィルの楯が、完全にヴァンの魔力を遮断し、左右に受け流したのだ。


 尤も、今のヴァンの魔法がなかったところで、既にそこかしこにリィルの魔法によって穴やら亀裂やらが入っているし、ご臨終された武器達の破片が散らばっているので、とっ散らかっていることに変わりはないが。



 いや、それよりも──。



「あ……れ……。壊れていない…わね……」


 未だに青白い光を帯びた大楯は、壊れるどころか傷一つついていなかった。

 茫然と、リィルは楯を見る。


 ヴァンの放った攻撃は、とてもではないが、生半可な魔力では凌げなかった。だから、リィルは、全力で楯に魔力の強化──耐性付与を掛けていた。


 楯からは次第に魔力の光が消えていくが、リィルの込めた魔力が完全に無くなっても、ひび割れすら起こさなかった。


「…何で…?」


 驚きのあまり、手を離したリィル。今までは楯自身の重みによって地面にめり込んでいたが、その楯を沈めていた地面はヴァンの魔法によって削られている。


 支えを失った楯は、前方へとゆっくりと傾いていき、やがて重々しい音を立てて地面に倒れた。



「……やはり、か」


 呆けるリィルを他所に、ヴァンはそう言って剣を鞘に収め、リィルの元まで歩いてくる。


「…すまなかったな、荒い方法をしてしまって。怪我は無いか?」


「え? あ、はい。…特に……」


「そうか。良かった」


「良かったじゃないですよ! ヴァンさん、全然それなり(・・・・)じゃない威力じゃないですか!」


 リィルとヴァンの元まで走ってきたアルフが、そう捲し立てるように叫ぶ。


 もし、あれを受けたのがリィルでなかったら、というか、自分だったら、とてもではないが凌ぎきれなかっただろう。

 そう思わずにはいられなかった。


 これをやったのがグレイだったら、今頃そのど頭を殴っているところだ。



「……あれでもかなりセーブしているぞ?」


「SSSランクの騎士の尺度で見ないでくださいよ…。はぁ……ともかく無事で良かった…」


 ヴァンの言葉にそう返しながら、セーブしなかったらどうなっていたのだろう、と考えてしまうアルフ。


「けど、何でこの楯は壊れなかったんだろう…。ヴァンさん、この楯って特別製だとかですか?」


「いや、そいつは有り合わせで作ったものだ。寧ろ、出来損ないの部類のものだな」


「……」


 そんなテキトーな物で、あんなとんでもない威力の法撃を防がせたと言うのか、この男は。

 流石のリィルも、それを聞いてやや表情が青ざめていた。



(…あれ、ちょっと待って…。じゃあ、そんなどうでも素材で出来た楯が、あれを防ぎきって、しかも壊れてない…?)


 今まで、さんざ試してきた。剣も槍も、多種多様に、あらゆる素材で出来た無数の武器で試してきた。


 だが、そのどれもが、リィルの魔力には耐えられなかった。

 なのに、この楯は、それまで試してきた武器とは違い、ヴァンが用意した物の中ではダントツで粗悪品の部類、ということになる。


 にも拘らず、その楯は、あの攻撃を防ぎきって、その上傷一つ無い。



 最早、アルフには何が何だがわからなかった。いや、それはリィル自身もまた同様だった。

 未だにポカンとした顔をしている。


 ──どういうことだ。


 答えを求めて、自然アルフ達の視線はヴァンに向くが──。


「説明はする。だが、その前に、今のを踏まえた上で、あの魔力銃の設計書を解読したい。それまで、お前等はここの後片付けをしておけ」


 そう言って、スタスタとヴァンは店に戻ってしまう。


「「「……」」」


 立ち尽くす3人。広大な敷地の中央にあるヴァンの店と、この敷地を囲う壁は健在だが、それを除けば見るも無惨な状況だった。


 散乱した武器の破片。ズタボロになった地面。それを、片付けろと──?


 気づけば、いつの間にかメリッサが箒やら何やら、掃除用具を店から持ってきていた。


「ごめんなさいね、私も手伝いたいところなんだけれど、ちょうど別のお客さんがいらしたから、私はそっちの対応に行かないといけないのよね。その後もメンテナンス依頼がが何件か来ることになっているから、この後手が離せなくなっちゃうのよ…。ここ、お願い出来るかしら?」


 実は、リィルが諸々試している間にも、何人か客が来ていて、その度にメリッサは店を行ったり来たりしていた。


 ヴァンの店でとんでもない威力の魔法がぶっ放されるのは日常茶飯事なので、ここの常連達は、特に気にせずやってくる。

 いや、新規さんでも、ヴァンの事を知っているのならあまり気にしないだろう。



 何にしても、つまりは──。



(((このだだっ広い場所を……3人で直すの…?)))


 言葉にはしなかったが、思うことは同じだった。

 いや、確かにこの惨状の殆どはリィルがやったものなのだから、当然と言えば当然なのだが。




「わ、わかりました……」


 流石に「無理です」とか「嫌です」とか言うわけにもいかず、アルフは粛々と、箒やらを受け取った。


 そして、ごめんなさいね、ともう一度言って、メリッサも店の中に姿を消した。


 残されたのは、荒野か何かかと言いたくなるような状況のだだっ広い敷地に、ポツンと3人。


「……ねーアルフ。流石に今回は、魔法……使ってもいいよね? こんな広いとこ、魔法でも使わなきゃ無理だよぅ…」


 ロッティが今にも泣きそうな顔でそう懇願してくる。

 確かにロッティの言うとおりだ。この途方もない範囲を、ただの箒やらだけで普通にやっていたら、いったいどれだけの時間が掛かるというのか。


 既に日は西に大きく傾いている。

 もしこれを魔法無しでどうこうしようとしたら、恐らく朝方まで掛かっても終わらないんじゃ…。


 しかも、夜になってしまえば、店周りや外壁付近にしか光源の無いこの敷地での作業は、より困難になっていくだろう。


 ともすれば、確かに魔法を使ってやった方がいいに決まっている。

 それでなくとも、ロッティに掃除をやらせたら、とんでもないことになるのだから。


 そう、ロッティには、家事スキルがない。

 掃除をすれば余計に散らかり、洗濯をすれば余計に汚れる。


 だが、何故かレーレからのお仕置きと称して掃除をやらされる時は、ちゃんとやる。出来る。

 だから、実のところを言えば、料理を除けば、本当は彼女はそれなりにちゃんと家事も出来るのだ。


 けれども、今は「レーレのお仕置きタイム」ではない。

 魔法を使うにせよ、使わないにせよ、ロッティがまともに掃除をしてくれるかは甚だ疑問が残るところだった。



 ……何故普段は出来ないのに、レーレのお仕置きの時にだけはちゃんと出来るのか。


 まあ、もしレーレのお仕置きでさらに失態を犯せば、その分上乗せされてお仕置きが返ってくる。

 自然、気も引き締まるだろう。


 と言うのもあるのだが、それ以外の要因もある。

 それは──。



「はぁ……はぁ…」


「……ん?」


 半ば考え事をして呆けていたアルフだったが、苦しそうな呼吸を聞いたことで我に返った。


 見れば、リィルが大きく肩を揺らしながら、両膝の上に手を乗せるようにして、苦しそうに喘いでいるのが目に入った。



 考えても見れば、当たり前だった。

 昼頃からぶっ通しで、リィルはひたすらに、言われるがまま魔法を放ち続けてきたのだ。


 リィルの魔力量も並外れているため、いや、だからこそ、こんな夕暮れになるまで大した休みもなく続いたとも言える。


 しかも、彼女の場合、壊れた武器の破片すら、そこいらの武器より余程危険な代物だ。


 放つのにも注意が必要だし、放ってからも──いや、放った後こそより一層の注意が必要だった。


 傷つけば回復し、そしてまた魔法を放つ。


 普通に考えても、負傷と回復の繰り返し。



 また、魔法を放つにも、なるだけ武器の破片による被害が及ばないように、また魔法自体が余計な範囲に及ばないように、跳躍して下方向に放つ、ということが多かった。


 大きく跳躍するには、やはり魔力で身体能力を向上させる必要がある。


 つまり、見た目以上に魔力の消費は多い筈だ。



 そして、そこへ来て、あのヴァンの「それなりの魔法」だ。

 あれは生半可な魔力では防げなかっただろう。


 疲労も溜まって、そして魔力もかなり使い続けて。

 身体に掛かった負荷も、それなりのものだろう。



 しかも、ヴァンと初対面だったリィルは、ようやく慣れてきたとは言っても、やはりどこか緊張気味だった。


 ヴァンがいなくなり、そしてリィルの魔力性質調査が一段落したことで、ようやっと緊張の糸が切れたのだ。


 肉体的にも精神的にも、疲れが出て当然だ。



「ごめん…なさい……。はぁ……はぁ……ちょっと…休ませて……|


 苦しそうにそう言ったリィルが、とうとう身体を支えきれなくなって尻餅をついた。


(……2人で、やるのか……これ)



 結論。普通にやったら終わらない。無理だ、物理的に。

 魔法を使おう。そうしよう。


「オッケー、リィルは店の側で休んでて。ロッティ、魔法…使おうか」


「…あいあいさー…」


「…本当に…ごめんなさい…」


 申し訳なさそうにそう言ったリィルだったが、流石にアルフもロッティも、それに文句を言ったりはしない。

 寧ろ、ここへ来て動けという方が無理がある。



 結局、このとっ散らかった敷地を魔法を駆使して元通りに整え終えた頃には、夜もかなり更け、いよいよ時計の針が共に真上を差そうか、という具合だった。




 ********************


 くたくたに疲れ果てて、ようやっと店に戻ったアルフ達。

 不意にその鼻孔に、香ばしい料理の香りが入ってきた。


 途端、彼等3人の腹が鳴る。

 そう言えば、朝にヴァンの店を訪れて以来、食べたものはと言えば、クッキーくらいのものだった。


 掃除の進行度合いを見ながら、頃合いを見計らって、メリッサが用意してくれていたのだ。



 掃除のお礼に、と促された3人は、彼女の作った料理に舌鼓を打つ。空腹も相まって、とても美味しかった。

 ……まあ、許を質せば、そもそも敷地を無茶苦茶にしたのはリィルなのだから、「掃除のお礼」というのも、何だか違う気はするのだが。



 そうして食後のお茶までいただいて、日付が次へと跨がって暫くした頃だ。ようやっと、ヴァンが部屋に戻ってきた。


 その手には、丸められた羊皮紙と、そして木製のプレートに乗せられた、バラバラに分解された魔力銃があった。


「…待たせたな。ようやっとこいつの解読が終わった」


 汚い時のせいで無駄に時間が掛かった、と愚痴を言いながら、ヴァンは昼間同様に、テーブルを挟んで、アルフ達の正面に座った。


「結論から言おう。リィル、お前さんの魔力性質には、とある特徴が秘められている。それは、お前さんの心の動きが魔力に現れてしまう、というものだ」


「心の動き…? えっと、どういうことですか?」


 いまいちピンと来ないアルフが首を傾げながらヴァンに質問する。ヴァン自身も、これで理解してもらおうとは思っておらず、すぐに言葉を返した。



「まず、魔力というものは、未だにその全貌がわかっていない、不可解な力だ。それはわかるな?」


「ええ、それは」


 頷くアルフ。それは、他の2人も同様だった。

 この世界において、当たり前のように、誰もが用いる力──魔力。


 戦闘は勿論のこと、常日頃の日常生活においても、今や欠かすことの出来ないのものだ。


 だが、そもそも魔力とは何なのか、その力が何をもって生み出されているのか、その正確なところは、実はまるでわかっていない。


 魔力を使いきる──則ち、過剰稼動による負荷で、"魔力炉"の中でも生命に直結する"第6魔力炉"が停止すると、人間は死に至る。


 このことから、魔力とは、何らかの要因から生命を護る働きをしているのだ、とされている。そして、同様に、身体エネルギーや精神エネルギーを対価として生み出されている、というのが定説にはなっている。



「その詳細はよくわかってはいないが、それでも、1つ言える事がある。ときに魔力は、人間の心による影響を受ける場合がある、ということだ」


「……えっと、それは、火事場の馬鹿力…的な感じですか?」


「ああ。例えば絶対絶命の危機に陥って、しかも魔力が尽きかけている状態。だが、稀にこの危機感や絶望感、それを乗り越えようと、生き長らえようとするような強い感情が、その尽きる筈の魔力を、より捻出させる、といったケースがある。状況によっては、魔力というものは、人間の感情によって、リミットを越えた運用が出来たりするものだ。例えばアルフ、お前がヴェグナ戦で"バースト・レイ"を用いた後も魔力が使えたのは、ロザリオの力もそうだろうが、これによる所もあったのだろうよ」


「ああ、それは確かに…」


 あの時、アルフは"第6魔力炉"を除く、他5つの"魔力炉"が完全に停止していた。


 "第6魔力炉"は、生命に直結する、生きるための魔力を生み出すものだ。戦闘等に使用できる魔力を生むそれではない。


 ロザリオの力が、魔力を無理矢理捻り出すものだったとしても、つまりはその魔力を捻出する機関が止まっていては、どうしようもない筈だ。



「オレの場合も、おおよそこの『感情』によるところが大きいと考えている。全力を出す時というのは、則ち、目の前の敵を確実に破壊するという時だ。その際の強い感情が顕在化しているものなのではないか、とな。リィル、お前さんも、それに類する類いのものであると、そしてより深いものであると、そう考えていた」


「……」


 とは言っても、いくら感情が魔力に影響を与えると言っても、それにしたって不可解だった。


 確かに、絶対的な危機的状況に立たされて、その時にそれが発揮されるというのはわかる話だ。

 だが、リィルのそれは、そんな生易しいものではない。


 ヴェグナ戦においてそうだったというのは、今の説明で強引だが、まあ頷けなくはない。いや、納得は出来ないが、起こってしまったとしても、無理矢理だが頷けなくはない。



 だが、ならば何故、この店で試した時にすら、武器が砕け散るという現象が発生しうるのか──。


 別に今は、何ら危機的状況というわけでもない。

 寧ろ、リィルは緊張気味なくらいだった。


 それなら、普段より魔力が上手く扱えない、という方なら納得出来るのだが…。



「……うーん、感情…かぁ。それにしたって、やっぱり酷すぎると思うんですけど…」


 そう呟いたアルフに、ヴァンは首を横に振った。


「アルフ。オレは確かに感情が魔力に影響を与える事があるとは言ったし、当初そう考えていたとは言ったが、リィルのそれがそうだとは言っていない」


「えっ?」


「……?」


「……意味わかんないよぅ、ヴァンさんー…」


 三者三様の疑問を表した態度。

 それを見て、ヴァンはいよいよ、本題へと切り出した。



「リィルのそれは、『感情』が影響を及ぼしているものとは、また違った要因に当たる」


「違った要因…。いまいちピンと来ないんですけれど、つまりはどういうことなんです?」


「そうだな……。飛躍した──それも嫌な例えだが、突然別の街の刺客が現れて、そしてお前の目の前でロッティやリィルを殺したとする。アルフ……お前はその刺客をどう思う?」


「本当にぶっ飛んだ、嫌な例えですね…。そりゃあ、怒るでしょうし、正直仇討ちしたいと望むでしょうね…」


 ヴァンの口にした例えは、冗談でも本当に嫌なものだった。

 目の前で大事な仲間が殺されたら、そりゃあ誰だってその対象に怒りや憎しみ、もっと言えば、殺意を持つだろう。



 嫌悪感から眉間に皺を寄せたアルフに頷いて、

「そうだな。では、その刺客をどういった存在だと捉える? 敵か? 味方か?」

 と、そう言った。


「……そりゃあ、当然敵ですよ」


「そうだな。言うまでもないが、その刺客に対して抱くそれが『感情』だ。オレは最初、このお嬢さんの魔力には、『感情』が影響しているのだと考えていた。攻撃すること──つまり、大雑把に言ってしまえば、殺意や破壊衝動、脅威に対する敵対心。そう言った、謂わば『負の感情』によるものだと。だから、攻撃に類するタイミング以外では起こり得ないのだと、そう考えていた」


「確かに、敵なんかに対する感情が原因なら、『魔導式情報端末(テレサ)』を使う時や戦闘以外であの現象が発生しない、というのは頷けますね…」


 しかし、アルフは言っていて、何か引っ掛かるものを感じていた。


(……あれ? ちょっと待って…。もし──もしその『負の感情』が原因だとするなら…なんで……)



 アルフのその疑問は、当然ヴァンも考えたものだった。だから、アルフがそれを口にする前に、ヴァンは口を開いた。


「……お前も思い至ったようだな。そう、しかし、『感情』が要因であるとなれば、やはり解せないことがある。検証中、武器は幾度となく壊れた。だが、跳躍や着地、破砕した武器の破片からの防御等、様々な要因で、自身に対して魔力で強化を施していた筈だ。つまり、武器以外にも(・・・・・・)、同様の魔力が触れている物はあった筈だった。にも拘わらず、壊れたのは武器だけだ。靴や服には、まるで影響が見られなかった」


「……」


 そう、それだった。アルフが引っ掛かったのは。

 もし『感情』による影響が、捻出された魔力に宿っているとするならば、同じ魔力を用いているなら、武器以外にもその現象が発生して然るべきだ。


 だが、事実、壊れたのは武器だけだ。同じ魔力の影響下にあった筈のリィルの身体自身や、その魔力を帯びた身体が触れている服等には、まるで影響が及んでいない。


 品の無い表現にはなるが、もし、本当にリィルの魔力に『感情』による影響が出ていたのであれば、彼女の衣服もまた、弾け飛んでいただろう。



それに、今は別にそんな『負の感情』が沸き立つような状況でもないのだ。

確かに、『攻撃』という動作は、何らかに危害を加える行為だ。それ故に、いくら抑えようとも、考えずとも、無意識下にそういう『感情』が一切無いとは言い切れないが、それでも『武器』にのみそれが起こりうる、というのは不可解だ。



「──だが、それはもしかしたら、魔力の強弱の問題なのかもしれなかった。オレのように、単に、武器に対するそれの方が、他より強かっただけかもしれない。そこで、それを確かめるために、オレはあの『それなりの魔法』で攻撃した。あれは生半可な魔力では防げない。文字通り、今のお嬢さんなら全力で挑まなければならなかっただろう。つまり、それだけ(・・・・)脅威的な(・・・・)攻撃(・・)だった筈だ。もし、闘争心や危機意識、破壊衝動等の『感情』をトリガーとするならば、楯は壊れる筈だった。勿論、同じ事をオレがやっていたのなら、凌げても楯は壊れていただろう」


「……けれど、リィルは見事にあれを防ぎきって、しかも楯には傷一つ無かった」


 何故あんなとんでもない威力の魔法を放ったのか、甚だ疑問だったアルフだが、そう説明されれば、確かに納得が行く。


 あれくらいでなければ、リィルの危機意識は動かなかっただろう。同じ街、同じ騎士団の人間。

 そして、自分の悩みに対してあれだけ真摯に向き合ってくれたヴァンだ。


 緊張はしても、そんな感情は出てこないだろう。

 だから、それを引き出すには、あのくらいしないといけなかったのだ。



 尤も、やられた方としてはたまったものではないが。



「あれで、まず、お嬢さんの現象は、『感情』によるものとは全く違う性質のものであると確信出来た。そして、オレはある一つの仮説に至った。魔力は人間の心の影響を受けることがある。とすれば、或いは『感情』以外の心の動きにも影響されることがあるのではないか、と」


「『感情』以外……?」


「ああ、そうだ。オレは、それが『認識』によるものだと考えた」


「『認識』……?」


「さっきの話で言えば、ロッティやリィルを殺した者に対して抱く怒りや憎悪が『感情』だが、『認識』とは、つまりはその者が”敵”である、"悪"である、"脅威"であるとだ定めることだ。……魔力は未だによくわかっていない力だ。必ずしもあり得ないと否定することは出来ない。だから、強引に語るとするならば、リィル、お前さんのあの現象は、本人が凡そ武器である──つまりは、『攻撃をするためのものであると認識した物』に対して発生するのではないか。それが、オレの行き着いた結論だ」


「『武器と認識した物』に対して…発動する…」


 リィルがそう、言葉を漏らした。

 いまいち釈然としなかったのだ。武器であると認識した物に発現する。


 確かに、そう断定されて初めて、それを本格的に意識するに至ったが、そんなことは体感的にはわかっていたことだ。

 だって、これまでだって、多くの武器が壊れてきたのだから。


 そして、武器以外の物には、一切の影響が無かったからだ。



 だから、ヴァンの回答は、ある意味で落胆に値するものだった。


 これは単に、問題点が明示されただけに過ぎず、その解決策は示されていない。


(いえ…でも、それなら……)


 なら、それを『武器』だと思わなければ問題がない、ということか。

 たったそれだけのことで、解消するのか。



 そんな、生易しいものなのだろうか、これは。



 リィルの心中を見透かしたように、ヴァンは目を細めた。


「……無理だろう」


「えっ?」


「お前さん、今こう考えただろう。『それなら武器と思わなければ壊れないということになるのか』と。違うか?」


「……う、はい…仰る通りです…」


「そんな容易く解決出来るのであれば、お前さんがそう悩むこともなかっただろう。そもそも、『認識』というのは、そう簡単に外せるものではない。一度定着してしまったそれを外すというのは、相応に難しい。事にそれが、『傷つけることが出来る物』だとすれば、最早不可能と言っていいだろう。……逆は簡単なんだが、な」


「逆……つまりは、武器じゃない物を武器だと認識する、ってことですか?」


 アルフの疑問に、ヴァンは頷いて、そして紅茶の入ったカップを乗せていたソーサーを掲げて見せた。


「例えば、だ。この皿。お前等、これが『武器』に見えるか?」



 唐突なヴァンの言葉に、面食らったアルフ達は揃えて首を横に振った。それに対して、ヴァンは微かに口元を持ち上げると、そうか、と言う。


「オレにしてみれば、こいつは立派な『武器』になる。こいつが1枚あれば、オレは大概の騎士なら1撃で殺すことが出来るだろう」


「お皿でー? んー、投げるの?」


 ロッティの投げ掛けた言葉に、ヴァンは頷いた。


「それが早いな。例として、風属性の魔力を纏わせて殺傷力を強化して投げてやれば、これはもう立派な凶器になる。オレはこれでもSSSランクの騎士だ。中途半端な実力の騎士であれば、避ける(いとま)も与えず、首を落とすことが出来るだろう。実際、若い頃に、イクリプシアを相手に似たようなことをしたことがある」


「イクリプシアを…皿で倒したんですか!?」


 にわかに信じがたいヴァンの言葉に目を見開いたアルフだったが、流石のヴァンもそんなわけないだろう、と呆れたように苦笑した。


「戦場で優雅に紅茶など楽しめるものか」


「ああ…そりゃあそうですよね…」


「オレがその時に投げたのは、片手で扱えるくらいの小さな円形の楯だ。オレの使っていた武器は案の定壊れてしまってな…。楯くらいしか、残っていなかった。だが、オレはそのたった1枚の楯を『武器』とすることで、イクリプシアを討伐した。魔力という力があれば、考えようによっては、あらゆるものが『武器』になり得る。魔力銃の(くだり)で言ったが、グレイならその辺の石ころとて十分な『武器』になる。同じように、使い手によっては、こんな単なる皿1枚も、立派な『武器』に出来る」


 そう言って、ヴァンはより一層高く、手に持ったそのソーサーを掲げた。金色の縁取りが施された、白く美しいソーサーは、天井に吊るされた『輝石』に照らされて、妖艶に光を放っているように見えた。


 まるで、血肉に飢えた、悪魔のような……。



 ただヴァンがそれを持っているというだけで、アルフ達は、そのたった1枚のソーサーが、確かに「武器になり得る」と感じていた。



「今、この瞬間、オレが持つこの皿は、お前等にとって、武器として映るようになっただろう。それが『認識』だ。なまじ魔力があるが故に、『それが武器になる物だ』と認識することは容易い。だが、一度『武器になる』と認識してしまえば、その認識は覆らん。今日の話を聞いた上で、仮にお前等が戦場にいて、そこに1枚の皿があれば、お前等にとってそれは、『武器』たりえるだろう。ただの皿が『武器』と認識されるんだ、元々『武器』として作られている物を『武器ではない』と認識するなど、出来るわけがない。だから、お前さんの悩みは厄介なんだ、リィル」


「……」


「で、でもヴァンさん。じゃあ何で、あの銃だけは特別だったんですか? ヴァンさんの作ったあらゆる武器が、あらゆる素材で出来た武器が壊れたのに、『武器である』という認識が覆らないなら、あの魔力銃だってそうですよね? なんで……」


 黙り込んでしまったリィルに変わって疑問を投げ掛けたアルフ。

 ヴァンの言った通り、もしリィルのそれが『武器と認識したもの』に働くのだとすれば、確かに頷ける話だ。


魔導式情報端末(テレサ)』が壊れないことも、服が損傷しないことも、それを『武器』と認識していないのであれば、確かに道理である。そして、あの大楯が壊れなかったのも、つまりは楯は身を護る物であって、武器ではないと認識していたから、とすれば、確かに説明はつく。


 でも、それなら尚更、何故あの銃だけが特別だったのか。



「……そこが、オレの知りたかったことだ。リィルのあの現象が『それが武器であるという認識』によって働くとすれば、何故あの銃は壊れなかったのか。それを知るために、オレは今までこいつを読み耽っていた」


 ソーサーを置き、代わりにヴァンは、テーブルの上に置かれた、丸められた羊皮紙を指差した。


「1つ訊きたいんだが、この銃は何故壊れた?」


「えっと、消却魔法を使ったから、です。私は軌道予測演算がそう上手くありませんので、法術として使用してしまうと、自身が巻き込まれるような位置で暴発してしまいます。そこで、法術として生成した消却魔法の弾丸を銃口からセットして、撃ち出しました」


「……この銃には、セーフティーが設けられている。恐らく、それを解除しなければ、消却魔法など撃ち出せんだろう」


「……はい。私もそれを、読める範囲で読んでいましたので、マガジンを取り外して使用しました…。消却魔法を放つには、外す必要があるって…書いてありましたから」


 その言葉を聞いて、ヴァンの目がより強い光をもった。


「それだよ」


「…え?」


「それが原因だ。この銃が壊れたのは。この銃には、『ラグネアラ結晶』を加工したものが仕込んであったと言っただろう? その加工したそれが入っていた箇所こそが、マガジンだ。そのマガジンこそが、お前さんの厄介な魔力性質を抑え込んでいた、キーアイテムだったんだ」

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