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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
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09 リィルの魔力の謎 1

 アルフ達が表に出た頃には、既にヴァンのほうの準備は終わっていた。


 ヴァンの所有する敷地は膨大だ。広大な敷地を囲う、金属製の壁に囲まれた円形の敷地の真ん中に、ヴァンの店──これまでアルフ達がいた建物があるのだが、そこから周囲の壁まで、半径数百メートル、下手をすれば1キロメートルに達するのでは、というくらいだ。

 レーヴェティアの街を囲う街壁並みに高い壁に囲まれたこの敷地。さらに、この敷地の周囲は、その壁からさらに数十メートルは離れた場所までいかないと、他の建物は存在しない。


 まさしく隔離地域と呼んで過言ではないだろう。


 その理由は、主にヴァンが全力を出すことが出来る武器──彼が心血を注いで作った武器の試験にある。

 つまりは、彼の全力に耐えうるかどうかを確かめる訳で、そうなれば、ヴァンは全力で魔法を使う。


 SSSランクの騎士のそれは、いよいよ破壊兵器と呼んで過言ではない威力に至る。

 そりゃあ、誰だって巻き込まれたくはない。頑強な壁から数十メートル離れたところにある民家の者は、それでも日々聞こえてくる轟音にビクビクとしている。



 彼の店──鍛冶屋であり武器屋でもあるそこは、同時に新しい武器の試験場だ。それだけに、様々な物が用意されている。

 急にリィルの能力を試すことになったからといって、何か困るということはなかった。



 ヴァンの店からおよそ100メートル程離れた位置に、木材で地面に打ち付けられた3種類の的が用意されていた。


 1つは、木の板に、的らしく幾つかの円が描かれた、誰が見たって、銃や弓矢の的としてイメージしやすいそれだ。

 もう1つは、恐らく十字に組んだ木材に鎧を着せた物だろう。


 まだ、ここまでは的と言うのはわかる。だが、残る1つは、『的』と称するにはあまりに無骨過ぎた。


 そのまんま、地面に刺しただけの、木の棒だった。地面から頂点までの高さこそ1メートル程あるが、それは槍の柄くらいの細さだ。

 100メートルも向こうでは、仮に法術を撃って狙うのだとしても難しい。


(──というか、オレなら絶対当てられないなぁ…うん)


 設置を終えた『的』の方からこちらに歩み寄ってくるヴァンを見ながら、アルフは内心そんなことを考えていた。


 ロッティなら、まあ当てられるだろう。と言っても、きっと面倒くさがって、隣り合った3つの的を1つの魔法で破壊しようとするだろうから、まあ論外ではあるのだが。



「見ての通りだが、とりあえず、100メートル先に3種類の的を用意した。普段の戦闘を意識して、魔物を狙う時のようにやってみろ。お前等の話が確かなら、このお嬢さんは200メートル先の標的も射抜けるのだろう? 使い慣れていない銃でも、これくらいは出来ると思うが……どうだ?」


 言いながら、ヴァンはまず無理だろうと考えていた。

 あのラーノルドでさえ、魔力銃では30メートル離れた的に当てるのがやっとであった。

 それも、何発も外した末に、だ。


 その3倍以上の距離でもって、リィルの話通りなら、放てる弾数は3発。つまりは、1発も外すことが許されない状況だ。



 もしかしたら、比較的大きい鎧には当たるかもしれない。木の板にも当たる可能性はある。

 だが、残る1つ──ただ地面にぶっ刺しただけの木の棒には、流石に当たらないだろう。


 しかし、そんな考えを持っていたヴァンに、未だにリィルは若干の戸惑いを浮かべたままだった。


「大丈夫です。でも……本当に、いいんですか? 誇張抜きで、壊れてしまいますよ?…」


「くどい。いいと言っているだろう……」


「……はい」


 流石に何度もこう訊かれては苛つきも出てくる。声に若干の怒気が浮かんでいた。

 それを受けて、ようやっとリィルも、決心がついたようだった。



「魔物と戦う時のように…でいいんですね?」


 半身になりながら、右手に握った魔力銃を持ち上げて構えるリィル。それは、銃を構えるにしてはあまりにも不恰好な様だった。


 腰を落としたり、左手で支えたり、というような動作がまるでない。言ってしまえば、本当にどうでもいいとでも言いたげな構え方だった。


「…ああ」


 返答しながら、ヴァンは内心である予想を立てていた。


 恐らく、的には当たらないだろう、と。どちらかと言えば、きっと「銃が壊れる」というさっきの言葉を意識して、「こんなふうにテキトーに撃っても壊れます」と証明するつもりなのだろう、と。


 だが、そのヴァンの予想は、悉く外れることとなる。



「わかりました。……ヴァンさんも、私から離れていてください…。危ないので…」


 見れば、アルフとロッティは、リィルから十分に距離を空けていた。それに倣い、メリッサも同様に距離を取っている。

 怪訝に思いながらも、言葉通りにアルフ達の元まで歩いていくヴァン。



 そして、ヴァンが十分に離れたところで、

「それでは……行きます」

 と、リィルが言葉を口にする。


 その刹那、魔力銃が火を吹いた。銃声は1発。──否、1発にしか聞こえなかった(・・・・・・・)


 実際には、確かに3連続で射撃されていた。だが、その連射の間隔があまりにも短すぎて、音が繋がって聞こえたのだ。


 そして、放たれた3条の光。

 1つは青白い色。無属性の魔力だ。

 もう1つは、荒ぶる紫電。

 そして、残る1つは、空を裂くような唸りをあげる、新緑の風属性の魔力。


 まず、青白い閃光が中央の的──木の板を射抜き、次に紫電の光線が鎧を貫き、そして最後に、唸る風の弾丸が木の棒に炸裂した。


 そして、魔力の弾丸を撃ち出した銃は、銃声をあげると同時に、悲鳴をあげて粉々に砕け散っていた。

 その破片が飛び交い、リィルの頬を、腕を、足を、切り裂いていく。


 言葉通り、確かに魔力銃は、たったの3発で砕け散った。



「……」


 ヴァンは、言葉を失っていた。

 彼女が述べた通り、3発で銃が壊れたこともさることながら、同様に目を見張ったのは、3種類の的の惨状だ。


 思わず、ヴァンはその的のもとまで駆けていく。別に魔力で強化した視力でもって見てもいいのだが、あまりに今起きたことが信じられなかったがために、間近で確認したかったのだ。


 たどり着いたヴァンは、その撃ち抜かれた的を見遣る。



 まず中央の木の板。描かれた幾つかの円の、そのど真ん中を正確に射抜かれている。


 そして、右隣の鎧。こちらは、左胸に当たる部分に風穴が空き、そこから迸ったのだろう雷によって、鎧の至る所がその負荷にやられたように、穿たれていた。


 最後に、木の棒。ちょうど地面から頂点までの中央を貫いた旋風が炸裂し、上半分さらに細かくバラバラにされていた。



「……馬鹿な…」


 本当に普段感情をあまり表に出さないのか疑いたくなる程に、ヴァンの顔には驚愕が色濃く浮かんでいた。


 彼女がやったことは、この目で見てすら、にわかに信じがたいものだった。



 言葉で端的に言ってしまえば、法撃の3連射だ。

 だが、魔力銃で放つ弾丸──つまりは魔力で作った弾丸は、そもそもそれを生成すること自体が難しいのだ。


 だから、1発ずつ、時間を置いてというのならまだ頷ける。だが、実際には、そのあまりの連射速度によって、銃声が1つにしか聞こえない程の速さだった。


 それも、3つとも異なる魔法で、だ。



 つまりはそれは、このリィルという少女にとって、魔力の弾丸の生成など造作もないことで、それをほぼタイムラグすら感じさせない程の素早さで行うことも朝飯前で、それでいて100メートル離れた標的の全てを正確無比に撃ち抜けくことなど難しくない、ということを意味していた。


 的を確認したヴァンは、踵を返してリィルのそばまで駆けてくる。彼女の周囲には、粉々になった魔力銃の残骸があった。そのどれもが、僅かだが朧気な魔力を帯びているように思えた。

 そして、それらによって、リィルの身体には傷が出来ている。


 本当に、言葉通りに、確かに魔力銃は3発撃っただけで破砕した。



「……」


 呆然とリィルを見るヴァン。

 魔力制御は、完璧だった。いや、いっそ神業と呼んで差し障りないレベルだ。

 その上、彼女の撃ち出した魔力は、標的を射抜いてすぐに霧散した。つまり、「標的以外に被害を出すことがないようにしっかりと制御されていた」という、ただ撃つというだけに留まらないものだった。



 常人なら、そもそも魔力銃を撃つという時点で躓く。あのラーノルドでさえ、魔力銃の扱いには手を焼いていた。


 しかし、この少女は違う。今しがた触ったばかりの銃を、試し撃ちもなしに、ここまで使いこなしている。

 魔力制御能力だけを取って見るなら、ラーノルドよりも能力値が高いだろうことが窺える。


 だが、だからこそ、不可解なのだ。

 通常、魔力制御能力──則ち、より多くの魔力を、より正確に運用出来る能力が高いのならば、武器への対魔力耐性の付与も技術が向上する筈だ。


 ヴァンのように、全力を出したら壊れる、というのならまだわかる。膨大な魔力を扱いこそ出来ても、その負荷を軽減するバリアを武器に纏わせるに至らないということは、まだ説明がつく。

 だが、この少女の場合はどうだ。


 さっきの射撃は、とても全力を出したようには思えなかった。どころか、かなり力をセーブして撃ったものだろう。

 にも拘わらず、魔力銃は粉々だ。


 武器への耐性付与──所謂ところの膜を張る能力が無い、とは言い難い。何故なら──。


(もしそうなら、そもそも魔力の弾丸はすぐに霧散するか暴発する筈だ…)


 そう、魔力で作った弾丸自体が銃に干渉しないように、またその弾丸が標的まで弾けないように維持するためには、魔力の膜を張って、それを包み込む必要がある。


 だが、彼女の撃ったそれは、100メートル先の的まで難なく飛んでいき、そしてそれを撃ち抜いた瞬間に霧散するという、これまた完璧なレベルのものだった。



 つまり、このリィル・フリックリアという少女には、武器への対魔力耐性付与の技術がない、という訳ではないことが証明されたことになる。

 いや、どころか、その能力も非常に高い水準にある。


 ならば、何故武器が粉々になるというのだ。


 それに──。


(この傷…。魔力銃の破片がつけたこの傷……。この娘はこうなるとわかっていた筈だ。なら、身体を護るために、やはり魔力で防御も行っていたのだろう。ならば、それすらも貫いて傷をつけた、ということになる……)


 これだけ非の打ち所のない魔力制御能力を持っている人間が、自身の身を護る術を持たない、というのは信じがたい。

 何か……何か原因がある筈だ。



 呆然としているヴァンの前で、

「ほい、リィルちゃん。治療終わったよー」

 と、ロッティが回復魔法による治療が終了したことを告げる。


「ありがと、ロッティちゃん。……えっと、ヴァンさん……その……あんまりそう睨まれると…」


 リィルの言葉で、ようやくヴァンは、自分がリィルを凝視していたことに気がついた。

 見上げるような大男が、険しい表情でじーっと見てきたら、そりゃあ居たたまれないだろう。ただでさえ、普段から険しい顔をしているのだから、その迫力は尚更だ。


「あ…ああ……。すまない」


 ようやっと、ヴァンはリィルから視線を離した。

 そのヴァンの元まで歩み寄ってきたアルフが、

「ね、ちょっと特別みたいなんです。この子の魔力は…」

 と、苦笑気味でそう言った。


「……未だに信じられん。あれだけ寸分違わず撃ち抜ける力がありながら……」


「この子の悩みも、だからヴァンさんに近しいものなんですよ」


「……馬鹿野郎。オレのものなど、この娘のものに比べれば些事も同然だ…」



 そう言って、ヴァンは再び動き出した。

 向かうのは、ヴァンの店の中だ。急にいなくなったヴァンに目を丸くしていたアルフ達。店の前で待機していたのだが、再度姿を現したヴァンを見て絶句した。


「え……」


「ちょっ……」


「ほぇ!?」


 店から出るなり何かを放り投げ、また戻っては出てきて放り投げる。

 店の入り口付近には、無数の種類の武器が積まれていった。


 どれだけの数を取り出したのか、10分くらいは続いていただろうか。ようやく店から出てきて、再びアルフ達に向き直ったヴァンは、後ろ手に武器の山を指しながら言った。


「リィル。こいつらでも試してみて欲しい」


「ヴァンさん!? ちょっ…。さっきの通り、リィルが扱えば壊れちゃんですよ!? 流石にこの量壊しちゃうと…」


 確かに、ヴァンにはリィルの魔力性質を見てもらうために、実際にリィルが武器を使うところを見てもらう予定ではあった。だが、これは予想外だった。

 剣や槍から始まって、薙刀、斧、鎌、弓矢、実弾銃、ハンマー、メイス、果てにはブーメランや杖なんかまであった。


 同じ剣でも、大剣から片手剣、短剣等、各種の中でもこれまた多種多様だ。それに、同じ見た目でも生成するためのインゴットが違うものであったりと、とにかく武器の宝庫状態だ。


 バリエーションは非常に豊富。選り取り見取り。普通なら、垂涎ものだろう。

 何せ、これらはヴァンが作ったものだ。そこいらの武器屋の代物とは訳が違う。


 もし、それらを全て買い取るとなったなら、どれだけの値段がするかもわからない。

 そして、それら全てを壊してしまったら、いったいどれだけの請求額になるのやら…。


 ただでさえ問題児達のせいで借金まみれの『勝利の御旗(フューリアス)』。ここにきて、加速度的に借金が増加しそうな予感がして、アルフの顔が青ざめた。


 しかし──。



「代金等いらん。全て壊してくれて構わない。それよりも、その魔力性質について、調べたい。そら、まずはこいつだ」


 差し出されたのは、一振りの片手剣だった。


「こいつは、『魔導式情報端末(テレサ)』にも使用されている金属で出来ている。容易くは壊れない筈だ」


 おずおずと差し出された剣を受け取るリィル。


 代金不要でこの量。つまりはそれだけ、ヴァンがリィルの魔力性質について──それに伴う武器の悩みについて、真剣に向かい合ってくれている、という心の表れだ。



 そのヴァンの心意と借金が増えないことに胸を撫で下ろしたアルフは、

「大型の魔物が乗っても壊れない『魔導式情報端末(テレサ)』に使われている金属なら、普通なら壊れそうにないですね」

 と、思ったことを口にする。


 そう、この世界で、人間が情報伝達に使用する『魔導式情報端末(テレサ)』は、「大型の魔物に踏み潰されても壊れない」との触れ込みがある。

 事実、確かに強度は申し分ないし、アルフもそれが壊れる様は見たことがなかった。


 だが、ヴァンは首を横に振る。


「お前、勘違いしているな。『壊れない』というのは、『変形しない』、ということではない」


「…え? どういうことです?」


「確かに頑丈に作られているが、大型の魔物の加重に耐えられる訳がないだろう。『壊れない』というのは、ネックとなる魔力の貯蔵や通話、位置情報を発するといった機能が壊れない、ということだ」


「そうだったんだ……。知らなかった」


「それから、その金属は空気中の魔力を吸収して、元の形に戻ろうとするんだ。だから、仮に変形したところで、元の形に戻る。結果を見ると、『壊れない』、ということになる」


「空気中の…魔力?」


 空気にも魔力があるのか、という疑問が浮かぶアルフ。それに対し、ヴァンは「当たり前だろう」と口にする。


「空気と言わず、砂や岩にも魔力は宿っている。でなければ、特殊な性質を持った鉱石等出来るものか。ただ単に、『人間にはそれを扱うことが出来ない』というだけだ」


「ああ……そう言われると納得ですね…。あ、じゃあ、『魔導式情報端末(テレサ)』って、実は使用者の魔力供給が無くても、空気中の魔力でずっと稼動するんですかね?」


魔導式情報端末(テレサ)』に組み込まれた『アウラノ結晶』の加工品。それを基に、『魔導式情報端末(テレサ)』は使用時に使用者の魔力を、その許容量の満タンまで吸収し、使用者からの魔力供給が途絶えても、5日は稼動し続ける。


 これのお陰で、連絡が取れなくなった者──戦死した者──の回収が出来るのだ。



「残念ながら、それは出来ない。どうにも性質的に違うらしくてな…。飽くまで周囲の空気中の魔力の影響を受けるのは、外側の金属部分だけだ。肝心の『アウラノ結晶』の方には、やはり人間の魔力を送る必要がある。……ちなみにだが、お前の使っていた刀やロッティの剣にも、この金属を混ぜてある。だから、多少の刃溢れなら直ぐに直る。……尤も、流石に粉々に風化してしまったり折れてしまっては、そうはいかないがな」


「……」


 道理で手入れは楽だし刃溢れも見せない訳だ、と納得のアルフ。

 そういうことなら、頑強さは勿論のこと、もしかしたら、リィルの魔力で多少壊れても、持ちこたえるかもしれない。

 ……勿論、ただの一振りで粉々になってしまわなければ、だが。




 そこからリィルは、ヴァンに指示されるがまま、差し出された武器を次から次へと試すこととなった。

 剣や槍など、大抵の武器は、跳躍してから地面に向かって小威力の法撃を放つ格好だ。


 だが、やはりというか何というか、悉くが粉々になっていく。

 無数に積まれていた武器は、次第にその高さを減らしていき、代わりに砕けた武器の破片が、そこら中に散らばっていく。


「……これも駄目…か」


 いったい幾つ目になるのか、残骸となった武器を見遣りながら、ヴァンは嘆息する。


 あらゆる武器を試してみた。勿論、その素材となっているインゴットも、それこそ様々な種類があった。

 だが、結果はどれも、見るも無惨な有り様だ。



 事ここまで来ると、やはりどの武器でも駄目のような気がしてくる。どのような素材で作ったものでも、無駄に思えてくる。



 アルフ達がここにやって来たのは朝だったのだが、既に日は大きく傾き始め、空には徐々に、夜の帳の訪れを告げる赤色が広がっている。


 西の空で輝く太陽の日差しが、この場にいる者の苦悩を表すように、長く暗い影を作り出していた。



 いずれの武器も砕けてしまい、頭を悩ますヴァン。

 流石に状況が深刻過ぎて目を見開いて固まるメリッサ。

 積もりに積もった武器達の亡骸を申し訳なさそうに見るリィル。

 ヴァン同様にどうしたものかと頭を捻るアルフ。


 そんな中、彼等に光を示したのは、なんとロッティであった。


「ねーねー、リィルちゃんって、いざという時、自分の身を護る時ってどうしてるのー?」


「えっと…それはどういう状況で…?」


「んとー、例えば剣で斬られそうになったー、とか。それで、手元には楯とかしかない、みたいな。それでもやっぱり壊れちゃうの?」


「……あ、それは……どう…だろう……。楯は…どうなるんだろう……」


 言われてみれば、とリィルはそう言葉を口にする。


 アルフもそれを聞いて、確かにどうなるのだろう、と思った。

 積み上がった残骸を見る限り、どれもリィルが魔力を込めるとすぐにガタが来たように砕けたり割れたり、折れたりしてしまう。


 件のヴェグナ騒動が終わった際、あの時、アルフがロッティの元へ向かうために一時的にグレイとリィルに戦闘を任せた際のことが話題に上がった。


 その時のグレイの言葉によれば、

『いやーキツかったぜ? だってよ、リィルが砕いた武器が降ってくるんだからよぉ…。ありゃ、凶器だぜ。オレの魔力の防御を易々切り裂いてきやがんだ』

 と、確かそんなことを言っていた。


 つまりは彼女が砕いた武器にも、彼女の魔力性質が宿っている、ということだ。

 だとすれば、そもそも彼女は魔力を込めて防御する、なんてことは出来ない、ということになるのではないか。


(あれ……でも、じゃあなんで、『魔導式情報端末(テレサ)』を使ったり、ここに来る時の壁を登ったりする分には、その影響が出なかったんだ…?)


 もし、彼女が魔力を込めた物が例外なくそうなるのであれば、この『魔導式情報端末(テレサ)』は砕け、この場所を包む壁はボロボロになっている筈だ。

 いや、それ以前に、例えば跳躍する時、身体能力の強化は勿論だが、大概の場合、靴やブーツを風の魔力で包んだりして加速する。

 服にしたってそうだ。例えば回復魔法。あれを使えば、傷口付近の服にも、大なり小なりの干渉がある。勿論、回復魔法では破れた服は戻らないが。


 彼女の身に付けている物だって、この武器達のようになるのではないか──。


 その疑問を持ったのは、アルフだけではなかった。


「リィル。お前さん、ここへはどうやって入ってきた?」


「あ…っと、ロッティちゃんと同じやり方で……」


「……あれでか…」


 その言葉だけで、ヴァンにはリィルがどうやって登って来たのか、理解できた。未だそんな方法でこの店に来る人間を、ヴァンはロッティしか知らない。


 大概の者は、アルフのように窪みを利用して登ってくる。グレイはまちまち。ヴェルタジオ家が誇る身体能力強化系の魔法で、一気に飛び越える、ないしは、あの開くことはないだろう扉をこじ開けてくる。


 ラーノルドならロッティと同様の方法も出来そうだが、常識人のラーノルドは、普通に飛び越えてくる。



「ちなみに、まさかとは思うが、壁を壊したりはしていないだろうな…?」


「安心してください。無傷ですよ……。オレ、若干凹みましたもん…」


 アルフの言葉に、そして先程のロッティの投げ掛けた言葉で、ヴァンの中である仮説が立ち始めていた。


(武器だと壊れるのに、壁を登る時には影響が出ない。つまり、この娘のそれは、凡そ戦闘等の時にその性質が表に出る、ということになる。……そんな事例は聞いたことがないし、そもそもあり得ない筈だ。……だが、現に目の前にそれは示されている。……楯、か。もし──もし、これで楯が使えるとすれば、或いは……)



 思い至ったヴァンが次に取り上げたのは、ロッティの言った楯だった。


「おい、リィル。今からオレが、それなりの魔法をお前さんにぶつける。その楯で、凌いでみせろ」


 放られた楯はズン、と重々しい音を立てて、楯は半ば地面にめり込むようにして、リィルの目の前に寄越された。


 楯、と言っても、片手に持てるような代物ではない。丸々身を隠せそうな、とんでもなく大きなものだ。



「ヴァンさんっ!?」


 戸惑いの声をあげるアルフ。

 ヴァンの言うそれなりの攻撃。則ち、元レーヴェティア騎士団本部団長、そしてSSSランクの騎士の放つ、『それなりの魔法』。


 それが、言葉通りのそれなり(・・・・)な筈がない。



 最早聞く耳持たず。跳躍して距離を取ったヴァン。上段に掲げられた剣に、膨大な魔力が込められていく。


「お前等は退いてろ。殺しはしない。まあ、気を抜くと大怪我するだろうが、な」


「なっ…ちょっとヴァンさん、幾ら何でも…」


「黙って見ていろ! これは、大事なことなんだ…。これでもし、楯が壊れないのならば、本来あり得ないが、ある仮説が立つ。だから、必要なことなんだ、これは…!」


 そのヴァンの言葉に、たじろぐアルフ。

 そんなアルフに、リィルは

「……大丈夫。心配してくれて、ありがとう…」

 と言うと、地面にめり込んだ大楯の裏側に誂えられた取っ手を両手で掴み、腰を落とした。


「アルフ、ロッティちゃん。離れてて」


「……うん。わかった」


 リィルに促され、ようやっとアルフはリィルから距離を置いた。

 せめて、すぐに回復魔法が使えるように、備えておこうと考えながら。


 アルフとロッティが十分に距離を置いたのを確認すると、より一層ヴァンの剣を包む光は強大になった。


 本当に殺すつもりはないのか疑問に思う程に。



 あまりの魔力の強大さに、大気が悲鳴をあげているようだった。

 ビリビリと、肌が焼けるような錯覚さえ覚える。

 離れたアルフでこれなのだ。向き合っているリィルは、それ以上の威圧感を感じている筈だ。


 だが、リィルは深く腰を落とし、怖じ気づいた様子はまるでなかった。その両手で持たれた大楯が、魔力の光に包まれる。


 ヴァンのそれが荒々しく猛々しいものであるのに対し、リィルのそれは安定感と温かみを感じさせるものだった。



「……行くぞ。堪えろ」


「……はい。お願いします」


 短く言葉を交わし、そしてとうとう、ヴァンの剣が振り下ろされた。その剣先から、問答無用の魔力の奔流が放たれる。


 まるで解放されたことを歓喜しているような勢いの魔力が、地面をガリガリと削りながら、高速で一直線にリィルへと向かう。



 そして──魔力の奔流は、リィルを呑み込んだ。

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