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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
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08 禍々しき結晶

「『ラグネアラ結晶』…!?」


 あまりの驚愕に、アルフは半ば茫然とヴァンの顔を見る。


「ちょっと待ってください。それって…え、本当なんですか……? 本当の本当に、あの(・・)『ラグネアラ結晶』なんですか!?」


 そう、疑問を呈するのが精一杯だった。

 だって、そうだ。そんな名前が、こんなところで出てくる筈がない。いや、あってはならない。


 だが、ヴァンの表情は険しいままだ。そして、その視線が、今や細かなパーツに分解されて見る影もなくなった魔力銃の、その中から出てきた透き通った黒い小粒の水晶玉に注がれていた。


「……断言は、出来ん。まだ掻い摘まむ程度にしか読めていないからな…。だが、これに書かれていることが事実であるならば、これは間違いなくあの(・・)『ラグネアラ結晶』を基に作られたものだ…」


「「……」」


 アルフも、そしてロッティでさえ、言葉を失った。見つかろう筈もない。それほどに、『ラグネアラ結晶』は恐ろしい代物なのだった。



「ね、ねぇ…アルフ。『ラグネアラ結晶』って……?」


 だから、この場で、事の重大性を理解していなかったのは、リィルだけだった。


「あ……ああ…。そっか、まあ……忘れてても無理はない…よね」


 確かにリィルは、日常生活に困るような記憶が抜け落ちている様子はない。初めてアルフと会った時だって、『レーヴェティア』や『騎士』、『イクリプシア』といった単語を聞いても、特に疑問に思うような所作はなかった。


 だから、主に失ったのは、意味記憶ではなくて、エピソード記憶。思い出に関するものなのだろう。しかし、だからと言って、意味記憶が絶対に抜けていないなんて保証はない。


 ここでリィルが疑問を浮かべても、何ら不思議はなかった。



「……簡単に言えば、『イクリプシア戦での副産物』…だよ。リィル、イクリプシアの『言霊結(リート)』によって死んだ人間がどうされるか、知ってる?」


 イクリプシア、という単語が出てきたことで、自然とリィルの表情も強張った。だが、それでも「ええ…」と頷いたリィル。


「……確か、収納魔法なんかを使って外部から遮断の上、速やかにヴァスタードに…運ばれる……のだっけ?」


「……それが何でかは、わかる?」


「…えっと……。……?」


(……忘れてるのか…知らないのか……。何にしても、これは言っておかなきゃ、だよね…)


 回答に困るリィルに、アルフは一呼吸置いてから、答えを告げた。


「その原因が、『ラグネアラ結晶』だよ…。『言霊結(リート)』を受けて死ぬと、その身体にこの結晶が現れるらしいんだ。そして、『ラグネアラ結晶』は、『ただそこにある』というだけで、被害が出るんだ…」


「えっ……」


 アルフの答えに、リィルは目を見開いてテーブルの上のそれを見る。

 黒くて透き通っていて、まるで吸い込まれるような、妖艶なそれを。



「……『ラグネアラ結晶』は、あらゆるものを狂わせる。過去にも多くの事例が確認されている。特に、生命体への影響は凄まじい。ただそばにいたというだけで気がおかしくなった者、急に消えた者、重度の病を発症した者等、枚挙に暇がない…」


 静かに、だが重々しい声色で、ヴァンがそう言った。

 ヴァン・アールズは、前レーヴェティア騎士団本部団長であるが、それ以前に、現在SSSランクの騎士でもある。彼は若かりし頃も相応に強く、対イクリプシア戦線の最前線──ヴァスタードにいたことがある。


 そこで、夥しい数のイクリプシアをその手に掛けてきた。そして、それと同時に、それに比肩するだけの──いや、それを越してあまりあるだけの惨劇を目撃してきた。


 だからこそ、ヴァンは身をもって知っている。『ラグネアラ結晶』の恐ろしさを。そして、それを知るが故に、この結晶がどれだけ危険なのか、よく理解していた。



「イクリプシアが最も多い場所は、確かにヴァスタード付近の最前線。それを除けば、このギリア大陸以外の大陸、となる。勿論、この大陸にも、最前線以外には決していないという訳ではない。事実、つい1ヶ月程前にも、この街の北東方向に出現報告があったらしいし、な」


「そう言えば……。結局、まだそれから見つかった、って連絡はないですね……」


「ああ…。どこへ行ったのやら、な…。何にせよ、仮に最前線でなくとも、イクリプシアに遭遇しないとは限らない。ランクがS以下の騎士やハンターに対して、『イクリプシアと遭遇した場合に全力で逃げろ』と教えられるのは、何も命が危ないから、というだけではない。寧ろ、そいつが死んだ後の方が問題になるからだ」


 イクリプシアとの戦闘で命を落とすとなれば、ほぼ間違いなく、『言霊結(リート)』を受けて死んだと思っていいだろう。ならば、その死体には『ラグネアラ結晶』が発生する。

 そうなれば、その死体に近付いた他の者にも、被害を与えることになる。


 その結晶は、一言で表すならば、歪みの塊だ。それに触れれば触れるほど、近くにいればいるほど、これの影響を受けていく。

 ある者は狂気に呑まれ、ある者は恐怖にとり憑かれ、ある者は嘆きに我を失い。多くの者が、その精神を崩壊させた。


 そして、それは精神への影響だけに留まらなかった。

 時として、単なる風邪の筈が重病になり、掠り傷が縫合が必要な程の裂傷へと変貌し、五体満足だった筈が四肢の動きを損失することになり。


 さらに、これは人体への影響のみに留まらない。草木にも、動物にも、魔物にも、そして僅かずつだが周りの建物等の人工物にすら被害を及ぼす。



「この『ラグネアラ結晶』をどうにかする方法は、ヴァスタードの秘匿技術でな…。我々はその術を知らん。出来ることと言えば、収納魔法で死体を異空間に完全隔離して運搬するくらいしか、安全な運搬方法は存在しない」


 ただそこにあるというだけで被害をもたらすそれを何とかする手段は、レーヴェティアでも解明されていない。いや、そもそも、研究するわけにはいかない。迂闊に研究しようなどとすれば、それはつまり、「最低限研究中は結晶が何者かのそばにある」という状況を作り出してしまうからだ。


 成分分析も行えない。影響調査も行えない。対抗手段を講じることなど、出来よう筈もない。

 出来ることがあるとすれば、これをどうにか出来るヴァスタードに、確実に安全な方法で運搬することのみだ。それが、収納魔法への格納。現世からの完全隔離だった。


 だからこそ、収納魔法の使い手は重宝される。もしアルフがレーヴェティアの者でなかったら、そして、彼の両親──ラーノルドの兄夫婦が、イクリプシアとのいさかいに巻き込まれて命を落としたのでなければ、アルフはもしかしたら──いや、間違いなく、この「死体運搬」の要員にされていただろう。



「…だが、そんな危険な代物だと知っていて、それでもこれを研究しようと目論む輩がいるのもまた事実だ。お前達、ネルギドの街で20年程前に起きた事件を知っているか?」


「……ネルギドって、確か魔導兵器の研究に、特に力を入れている街でしたね…」


 ネルギド──。ギリア大陸にある街の中でも──いや、地上として見ても五指に入るだろう、強大な力を持った街だ。

 レーヴェティアから遥か南西方角にあるその街は、なるほど、確かにイクリプシアの出現など、ほとんどないところだろう。


 ネルギドという街は、魔導科学の中でも、魔法を利用した兵器の開発に心血を注いでいる街だ。

 一見、そうした兵器開発は、ヴァスタードこそが先陣を切ってやっていそうなものだが、実はそうではない。


 ヴァスタードは、確かに対イクリプシア戦線の、その最前線を担う街だ。だが、実際のところ、単純な兵器開発力でのみ見るのなら、ネルギドはヴァスタードをも上回る。


 と言うよりも、ヴァスタードがそうであることを望んだ、とも言える。

 ただでさえイクリプシアの脅威に最も晒される街だ。切実なところ、可能であるならば戦線維持以外の煩雑なことには頭を悩ませたくないところである。


 そこで、ヴァスタードはネルギドに兵器開発をより発展させることを望んだ。そしてネルギドも、これを快諾した。


 理由は簡単だ。ヴァスタードがそう声明を挙げているということは、それは則ち、この地上で最も権威を持った街が後ろ楯になってくれているようなものだ。

 この世界の人間は、決して一枚岩ではない。中にはレーヴェティアのように、多くの技術を提供すること是とする街もあるが、基本的には殆どの街が排他的、そして、他の街に対して牽制し合う形だ。


 イクリプシアという共通の敵こそいるが、それでも”国”という概念が滅んで、小さく集結した各街や村というのは、つまるところそれぞれで思想の違う集団の塊だ。


 絶対的な権力者がいないがために、他の街が力を付けるということは、それだけ自分達が支配される可能性が高まるのだ。

 現に、ヴェグナ騒動によって、エルサーラはレーヴェティアの占領下となり、名をエルティアに改めることとなった。


 レーヴェティアは平和的、友好的だから良かったものの、これが別の街であったならば、完全な支配が敷かれ、下手をすれば奴隷の街へと成り下がる。



 こういったいがみ合いが続く中で強力な魔導兵器を開発するということは、それだけ他の街からの注目を浴びることになる。

 そして、そうなれば、横槍や情報の搾取、あらゆる可能性が生じてくる。


 だが、もしそれをあの(・・)ヴァスタードが声を挙げて応援しているのならば──。

 地上で最も力を持ち、対イクリプシアとの戦いの最前線を維持し続け、危険な『ラグネアラ結晶』の処理もしてくれる、あのヴァスタードが擁護してくれるのならば、それに妨害を行うということは、つまりヴァスタードを敵に回すようなものだ。


 ヴァスタードを敵にして最も困るのは、やはりこの『ラグネアラ結晶』の処理である。ヴァスタードに拒絶されれば、この碌に研究することすら叶わない危険な代物を、処理できなくなってしまうのだ。

 そうなれば、仮にイクリプシアの脅威が比較的少ない街や村も、平静としてはいられなくなる。


 そのヴァスタードが、背後についてくれる。そうなれば、他の街や村のことなど気にせずに、諸手を挙げて兵器開発が行える。


 そして、それは同時に、その兵器を試す場を貰えたも同然なのだ。

 そう、イクリプシア戦線の最前線。開発した兵器の試験運用を、憎きイクリプシアを相手に存分に行うことが出来る。


 そこで上々の成果が得られれば、地上での名声も上がり、ネルギドの街の力も証明出来る。

 結果、他の街に対して、より一層その力を見せつけることで牽制出来るのだ。



 ヴァスタードとしても、イクリプシアを蹴散らす兵器は大歓迎。勝手に作ってくれるなら、大助かりなくらいだ。

 それに付随して、その裏では、そのネルギドの開発した兵器の情報を得ることも──。



「20年くらい前……。あ、そう言えば、えっと……数十人が殺されたとかっていう、凶悪な殺人事件があったって聞いたことがあるような…」


「……詳細まで知っているのか?」


「詳しくは…。ただ、トチ狂った騎士数人のせいで、そんな事件が起こったって、前にグレイから聞いたことがあった覚えがあります。……まさかそれって」


「…あいつの情報網はどうなっているんだ…。一応、詳細については箝口令が敷かれていて、街の意向に反した暴徒の暴走、ということにされている筈なんだがな……」


 こめかみを揉みほぐしながら、ヴァンはそう言ってため息を漏らす。当人がこの場にいたら、拳骨でもくれてやるところなのだが、生憎とそのグレイは昨日の騒ぎで行方不明。


 とことん訳のわからない奴だ、とヴァンは心の中でそう思った。


(…尤も、それをこうして口にしようとしているオレも、人のことを言えた義理ではない、か…)


 そうも思ったが、しかしこれは伝えるべきだろう。『ラグネアラ結晶』がどれ程危険なのか、説明する上では極めていい例だ。こんなものが身近なところから見つかった以上、そうするべきだ。



「ちょうどその頃、珍しくネルギド周辺に、イクリプシアが出現した。数は1体。これに対し、討伐に当たった騎士の内、凡そ20名が死亡し、ヴァスタードに運ばれた。……が、後のヴァスタードの調査にて、これは正確なものではないことがわかった。実際には、その倍近い戦死者が出ていたそうだ」


「え、それじゃあ…実際には半分近くの戦死者が、ヴァスタードに運ばれなかった、ということですか?」


 アルフの言葉に、ヴァンは固い表情で頷いた。


「…そういうことだ。事実、ネルギドの街の研究施設からは、多くの『ラグネアラ結晶』が見つかった。お嬢さん、さっき話したように、『ラグネアラ結晶』は、『ただそこにある』というだけで危険な代物だ」


 視線をリィルに移しながら、ヴァンは言葉を続ける。


「兵器への導入もそうだが、この時ネルギドで着手されていたのは、『騎士の戦力向上を図る薬』の作成だったそうだ。その薬は、言うまでもないだろうが、『ラグネアラ結晶』を基にしたものだ。この研究過程で、結晶に触れていた者、側にいた者等に、急速な衰弱や病状の悪化等、人的被害だけでも多くの影響が出ていた。だが、それでも、ネルギドはそれを強行した…」


 ヴァンの表情は、より一層険しくなっていく。ただでさえ普段から強張った表情をしているのに、既にそれは、殺気こそないが、睨んでいるのと同様のものであった。


「試験段階として作成された薬を投与されたのは、ネルギドの街で『特攻者(バスター)』送りが決まっていた、Eランクの騎士3名。その結果、理性を失い凶暴化したこの3名によって、100や200では済まないだけの数の人間が殺された。…中には、止めに入ったSSランクの騎士もいた……」


「SSランクの騎士を…Eランクの騎士が!?」


 アルフは目を見開いた。いや、驚愕を示したのはアルフだけではない。ロッティもリィルも、そしてそれまで傍観していたメリッサでさえも。


 SSランクの騎士とは、つまるところ、各街の騎士団の団長を任せて然るだけの実力を持つ者ということだ。


 例えば、レーヴェティア騎士団本部副団長のレオも、このランクだ。そして、北騎士団団長のティアナや西騎士団団長のフィールもそうだ。


 いや、そもそも、SSSランクまで登り詰めることの出来る人間は、そうはいない。レーヴェティアでも、これに該当するのはラーノルドやマキナ、ヴァンといった、本当に一部の人間くらいだ。


 SSランクというのは、実質的にはほぼ最上位のランクと言ってもいいだろう。それくらいに、SSランクとSSSランクには拓きがある。


 SSSランクの者は、つまるところ化物だ。その者がいるだけで、何十何百の騎士をも圧倒するだけの力を有した、それだけの高みに至った、文字通りの化物に与えられるランクである。


 人を逸脱した力の持ち主。それが、SSSランクだ。



 それに及ばなくとも、SSランクなら、対イクリプシア戦線の最前線でさえ活躍が見込まれる有望な人材だ。それを、ただの一介のEランクの騎士が殺した。

 にわかに信じがたい話だった。


 寝込みを襲った、というのならまだわかる。不意を打ったというのもまだわかる。

 だが、ヴァンの言葉通りなら、「止めに入った」──つまり、真っ向からやってきたSSランクの騎士を、返り討ちにした、ということだ。


 この場合の「止めに入った」が、文字通りのものであるとは誰も思わないだろう。ニュアンスが柔らかなだけで、それが意味するものは、「殺しにいった」ということだ。


 SSランクの騎士が討伐しようとして、逆に殺された。



 それは、例えば件のヴェグナ騒動の発端を担っていた、ガイルやウルドが、ティアナやフィールを殺した、というのと同じことだ。

 アルフ達にさえ手も足も出ないだろう彼等でも、それだけの力を持ってしまう、ということだ。



「ただの凡人に、化物じみた力を与えてしまう。勿論、それをされた者は人間としての生は失われたも同然だが…な。それだけ恐ろしいものなんだ…」



 公にはされていないが、このネルギドで作成された試験薬は、後にヴァスタードの手によって改良され、大罪を犯し処分されることとなった者──『特攻者(バスター)』となった者に、強かに用いられている。

 この不吉な結晶から作り出した薬によって精神を崩壊させ、狂戦士へと仕立てあげ、最前線へと放り込む。


 理性を失って凶暴性が増したところで、それでもイクリプシアの使う『言霊結(リート)』の前では霞んでしまうが、それでも猫を虎に変えるような、いや、それ以上の代物ものだ。

 だいぶ違ってくるだろう。


 だが、下手をすれば、本当に手のつけられない化物に仕上がってしまう。だから、無闇に行うものではない。


 だからこそ、この危険な薬の実態を隠すため、また、そういったことを行う街が他に現れないために、箝口令が敷かれ、隠匿されているのだ。



「…ただ、そこにあるというだけで、周囲を歪ませる。時には身体を蝕み、或いは精神を狂わせ、徐々に周囲のあらゆる物にも影響を与える。そして、場合によっては、戦闘力がそこまで高くない筈の者にさえ、とてつもない凶暴性を与えてしまう。それが、『ラグネアラ結晶』だ。わかったか、お嬢さん。お前さんの銃から出てきたこいつが、どれだけ恐ろしいものなのか…」


「……」


 言葉も無く、リィルはその視線をテーブルの上の、黒い水晶玉に向けている。綺麗だ、と思った。思っていた。だが今は、その球体に、どこか禍々しさすら、感じさせた。


「だから訊いた。『身体に影響はないのか』、とな…」


「……」


 押し黙るリィル。実際、リィル自身は特に何ら影響を感じている訳ではない。だが、この銃を手に入れたのがいつにしろ、少なくもヴェグナ戦で消却魔法を使うまでの間、常に身に付け、使用してきた。

 壊れてからは収納にしまっていたが、それまで愛用してきた。


 影響がないと思っているだけで、実は何か、起きているのではないか──。


 得体の知れない怖気に、リィルは背筋にヒヤッとするものを感じていた。



「……悪いことは言わん。こいつはもう使わない方がいいだろう。もし、今何も影響がないとしても、今後出ないとは限らない。……本当に危険な代物だ…」


 諭すように、だが、確かな強さを持った声色で、ヴァンはそう言った。


 確かに、ヴァンの言うとおりだ。本当にこれが、その『ラグネアラ結晶』を使用したものであるならば、今後どういった影響が生じるのか、定かではない。



 しかし。けれど──。


(それでも……これくらいしか、私には使える武器が…ない……)


 口を結んだまま俯いたリィル。しばらくそれを見つめてから、ヴァンはため息をついて立ち上がった。


「……魔力銃ということなら、オレが作ったものがある。ちょっと待ってろ」


 そう言って、ヴァンが奥の部屋へ姿を消してしばらく。戻ってきた彼の手には、1つの銃が握られていた。


「こいつなら、どうだ? 一応ラーノルドに試し撃ちをさせてある。そこいらの武器よりは、余程一級品だろう」


 そう言ってテーブルに置かれたそれは、やや赤みの掛かった黒い金属で作られた、ハンドガンだった。

 銃身は、リィルが使用していたそれよりもやや太めで、実弾を弾き出すそれよりも広い口径の銃口をしたものだった。


 遠慮がちにそれを手にとって、リィルはしばらく、その感触を確かめるように銃を握る。そして──。


「…3発」


 ボソッと口にした言葉に、ヴァンが「何?」と反応する。


「凄く…いい銃ですね、これ。でも、私が使えば…単純に撃つだけでも、多分3発で……壊れます」


「ほう……。オレが作った武器が、たった3発撃っただけで壊れる、と?」


「……ええ。…いえ、3発、耐えられないかもしれません」


 銃から目を上げ、ヴァンに視線を移し直したリィルの瞳は、凄むヴァンのそれに恐れることなく、真っ向から向き合うものであった。


 ヴァンの作る武器は、彼の悩みも相まって、特にその頑強さは折紙付きだ。そんじょそこいらの武器屋のものとは、一線を画するものがあるだろう。


 事実、魔力制御がそこまでが上手くなく、そしてあまりに膨大過ぎる魔力量であるが故に武器に掛かる負荷は恐ろしいだろうアルフのバースト・レイにすら、ヴァンの打った刀は耐えきったのだ。



 普段なら、馬鹿にするのも大概にしろと言うところだ。だが、それを許さない程に、リィルの瞳に宿ったそれは悲しみに湛えられたものだった。


 そう、ヴァンが全力を出したがために、壊れてしまった武器を見つめるのと、同じような色の。



「……」


 だから、ヴァンはリィルのことを無下には出来なかった。だが、それでも「はい、そうですか」という訳にはいかない。

 使っていて壊れるならまだしも、「3発で壊れる」とまで豪語されては、黙ってはいられない。



「……魔力銃の話で逸れてしまったが、本題はお前さんの魔力性質について、だったな……。ちょうどいい。おい、表へ出ろ。そいつを使って、本当に3発で壊れるのか、見せてもらおうか」


 そう言ったヴァンに対して、リィルは戸惑いの声をあげる。それは、さっき言ったことが嘘、という意味ではなく、単に──。


「──あの、だから…壊れちゃうんですけれど…。私……借金もかなり、その……あるから、弁償とか…難しいんですけど……」


 そう、単に、お金が無いのだ。

 ただでさえ、リィルはレーヴェティア騎士団の隊舎を幾度となく──グレイのせいだが──壊している。


 魔力銃は、そもそも使い手もいなければ作り手もいない、稀少な代物だ。

 ともすれば、その代金もそれなりにするだろう。


 だが、この世界において、武器というものは消耗品に分類して差し障りないだろう。だから、単なる剣やら槍やらなら、その品質を問わなければ、かなり安く手に入る。


 しかし、その製作者がレーヴェティア随一の鍛冶職人──ヴァン・アールズ謹製のものともなれば、その価格は想像したくもない。

 それも、稀少な魔力銃だ。いったいどれだけの大金貨が──いや、宝貨が飛ぶことだろうか。



 だが、ヴァンは──。


「金など取らん。もし本当に壊れたのなら、それはオレがやれと言ったからだ。つまりは、オレが壊したようなものだ。お前等に請求などしない。撃てずに爆散するようなら、お前さんの魔力制御能力の問題だろう。しかし、正確に撃てて、かつ壊れるのであれば、お前さんの魔力性質について、信じてやる。遠慮は無用だ」


 そう言うが早いか、返答も待たずに、ヴァンはすたすたと部屋から出ていく。


「アルフ……えっと、どうしたらいいの…これ…」


「んー、まあどのみちヴァンさんには、リィルの魔力性質について、実際に見てもらう予定だったし、ヴァンがああ言ってるんだし、やっちゃえやっちゃえ」


 アルフにとっては、ここにリィル連れてくる時点で、実際にこうなるだろうことは予期していたことだった。

 まさかそこでヴァン謹製の魔力銃が出てくるとは流石に思わなかったが、なに、試す武器が変わった程度のことだ。


 さして違いはない。


 銃や刀でなければ、件のコーザル一味から取り上げた武器がまだ何本か残ってはいるが、そんなお粗末な品を使うより、ヴァン自身が作った物の方が説得力もある。


 寧ろ、状況としてはいい方だよね、とアルフは思っていた。


 そのヴァンが許可しているのだ、ありがたく使わせて貰えばいい。



「…えっと……本当に、いいんでしょうか…。せっかく作ったものなのに、私、壊しちゃいますよ…?」


 アルフの返答だけでは不安を拭いきれないリィルは、戸惑いの色を深く映した視線をメリッサに向ける。


 しかし、彼女はにっこりと微笑んで、

「あら、構わないわよー。あの人が言い出したことなんだし。それに、リィルちゃんの話が本当なら、ヴァンにとってもそれなりに他人事ではない話だもの。きっと力になってくれるわよ」

 と、立ち上がりながらそう言った。


 メリッサが席を立ったのに伴って、アルフとロッティも立ち上がる。


「ほらリィル、外に行こう。あんまり待たせると、ヴァンさんに悪いし、さ」


 アルフに促される形で、未だに戸惑い様相のリィル。しかし、その背中をロッティに押され、外へと連れ出されるのだった。


(……壊れるのは間違いないけれど、3発で壊れなかったら、どうなるのかしら…)


 今更ながら、断言してしまったことを後悔するリィルであった。

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