07 新たなる武器を求めて 3
「ひとまずは先にアルフの方を聞こう。そちらのお嬢さんの件は、長くなりそうだからな…」
そう言って、ヴァンは紅茶を一口飲んだ後、腕を組んでアルフを見据える。
「率直に訊くが、今回の刀──どこまで耐えられた?」
「……最後まで、持ちました。…いえ、と言うよりも、多分、バースト・レイが直接の原因で壊れた訳じゃない、って思っています」
アルフの言葉に、ヴァンが眉を寄せた。口にはしなかったが、表情から続けろ、というニュアンスを汲み取ったアルフは、胸に下げた黒いロザリオを手に取る。
「あの時──バースト・レイをもってしても……それでも、ヴェグナを倒すには…至らなかった。けれど、幸いにも、時間が21時を回っていました。だから、これを……ロザリオの力を使いました」
「……そいつは、お前の両親の形見…だったか。使った…ということは、何らかの魔導具なのか?」
ヴァンの疑問に、アルフは曖昧な表情を浮かべた。
「詳しいことについては、オレにもよくはわからないんです。まず、さっき言った通り、このロザリオの力は夜の間にしか使えないという制約があります。それで効果の方は……多分ですけど、最たるものは、強制的に──無理矢理に魔力を絞り出す、というようなものじゃないかと思います。…けど、これのお陰で命拾いしておいてなんですけど、どうもこれは、普通じゃない…」
アルフは、そう口にして、ロザリオに視線を落とす。
細やかで美しい彫りが加えられた、見事な代物だ。あまりにも微細な細工は、レーヴェティアの技術力でも難しいだろうと思わせる程だ。
「普通じゃ…ない……というのは?」
「……ヴァンさんもご存知の通り、オレはバースト・レイを使うと、魔力を完全放出しきるまで、止められません。それはつまり、"第6魔力炉"を除く全ての"魔力炉"が、停止するまで、ということです」
人間には、"魔力炉"と呼ばれるものが存在する。──否、存在しているとされる。何故なら、そんな器官は、身体のどこにもないのだから。
にも拘わらず、魔力の扱いが長ければ長ける程に、その存在を感じるようになる。確かに、感じるようになるのだ。そういう、魔力を生み出している炉のようなものがある、と。
故に、それは概念器官等とも呼ばれている。それが生み出した魔力を蓄える、"魔力の器"についてもまた同様だ。
人が当たり前のように魔力を扱うことが出来るようになって幾百年。その間、魔力についての研究は、とにかく最重要項目としてあらゆる場所で行われていた。
それもそうだ、魔力こそが、今や人間が持ちうる最大の武器にして防具。そこに心血を注ぐのは、当然だろう。
そもそもの魔力発祥の地は、ギリア大陸より東に存在したウェイン大陸だとされている。
だが、その大陸はある時を境に、突如として姿を消した。そして、それから時が流れて、代わりに現れたのが、遥か上空にその影が窺える、浮遊大陸だ。
最も魔力について知っていただろう大陸はなくなり、それが故に、扱えこそしても、その原理等はまるでわからないままだった。
得体の知れない力だったが、それでも選り好みはしていられない。いや、最たる理由は、やはり人が、魔力という力に魅せられた、ということだろう。
水も火も、風だって氷だって、そして神の怒りをも思わせる雷すらをも操ることが出来るのだ。
それが当然のように使えるようになった。だから、大半の人間は、その得体の知れなさを感じつつも、それを圧して余りある魅力にとり憑かれていた。
魔力は非常に便利な力だ。生活にも、戦いにも、その利用価値は計り知れない。だから、研究と言っても、どちらかと言えば、それは真理の解明ではなく、新技法の開発に傾倒しがちではあった。
ともあれ、その原動力は何にしろ、その方向性がどこを向いているにしろ、研究は続けられていた。だが、研究が進むに連れて、魔力という力が実は恐ろしい代物であることが発覚した。
生き物がこの世界で生きていくためには、魔力が不可欠だ。それは、生活に困る、戦いで不利になる、等という意味ではなく、文字通りに、魔力が無ければ生きていくことが出来ないのだ。
──そう、魔力を完全に失った人間は、死亡する。いや、人間だけではない。この世界に生を持った全ての生き物が、例外なく。
それを知った時、それを解明した科学者は戦慄を覚えた。魔力はウェイン大陸より発祥したとされている。それはつまり、元々は、魔力なんてものはこの世界に存在しなかったのではないか──と。
もし、仮に元々存在しない力であったのならば、「魔力を完全に失った者は死ぬ」という現象は、「魔力という力を得たがために、そういう身体に作り替えられた」ということを意味するのではないか。
確かに人は、魔力と呼ばれる力を手に入れた。それは大変素晴らしい力だ。だが、同時に、人間はとんでもないものを、その身体に埋め込んでしまったのではないか。
その恐怖心が、これまで主に戦闘に用いるために探究されてきた研究方針を、傾けさせた。
その結果、ハッキリとしたのが、"魔力炉"と"魔力の器"の存在だった。
"魔力炉"は、全部で6つ存在する。そのうち5つは、人が魔法を扱うために必要な魔力を生み出すものだ。しかし、残りの1つについては、まるで毛色が違う。
これの役割は、生きるための──何らかの干渉から身体を護るための魔力を生み出すものだった。奇しくも、とある研究者が戦慄した「魔力とは恐ろしいものなのではないか」という疑問に、解答が出てしまったのだ。もし、万が一にもこの"第6魔力炉"が機能停止すれば、それは死を意味する。
たとえ他の5つが正常に稼動していても、だ。
「……バースト・レイが止まったということは、間違いなく、オレの"魔力の器"は空っぽになって、"第6魔力炉"以外は完全に落ちていた。"第6魔力炉"は、命を維持するためだけの魔力を生み出すものですよね。なら……どこにも、戦闘で使えるような魔力なんて、無かった筈なんですよ」
「……」
「でも、このロザリオを使った結果、オレは僅かな時間でも、戦う力を取り戻した」
「……あの魔力の感じは……やっぱり今考えても、普通じゃなかったわ…。本当に…ただの魔力だったのかしら…」
リィルの言葉に頷いて、アルフは言葉を続ける。
「リィルの言うとおり、使っておいてなんだけど、オレ自身も普通の魔力とは違う感じがしたよ。……それに、一番の疑問は、これを使うと一時的に『実体を持った剣』を創ることが出来るということです」
ヴァンに向き直ってそう言ったアルフの言葉に、ヴァンの眉間に皺が寄る。
「実体を持った剣を……創るだと…? 何だそれは。そんな魔法、ある筈がない」
確かに、魔力を放出して何らかの形を真似ることは出来る。例えば、ラーノルドの”大地穿つ魔槍剣”が良い例だ。あれは、魔力で刀身を象ることで、あたかも巨大な剣のように扱えるというものだ。
だが、それでも、魔力自体に破壊力があるからこその広範囲攻撃であって、魔力の刀身部分に実体はない。
そもそも、おいそれとそんなことが出来るのなら、武器等必要ない。自在に創ることが出来るのであれば、わざわざ武器を買う必要も所持する必要もない。まして、鍛冶屋としても作る意味がない。
仮にそんなことが可能だとすれば、それはやはり、イクリプシアの扱う『言霊結』くらいのものの筈だった。
そして、そんなことが出来るのならば、満足の行く武器が無く、悩んだ末に鍛冶屋に転向したヴァンにとっては、それは「わざわざ武器を作る必要などまるでない」と言っているに等しかった。
だから、鍛冶屋の矜持としても、そんな言葉を認める訳にはいかず、ヴァンの表情には些か不快の色が浮かんでいた。細められた視線は、アルフを射抜くような殺気を孕んでいるように思えた。
事実、ヴァンの顔は実際に強面だ。ヴァンのことをよく知らない人物からすれば、彼に凄まれてしまえば、まるで臓物を鷲掴みにでもされているような恐怖を感じるだろう。
それに付随して、彼は普段は比較的寡黙な方であるため、なおのこと迫力が増す。なるほど、流石はレーヴェティア騎士団本部の前団長だ。
件のヴェグナ騒動の際、ラーノルドは殺気だけでコーザル達を震え上がらせたが、もしそれがヴァンであったなら、失禁する者が出たかもしれない。
今や、実力としてはラーノルドの方が高いが、それでも貫禄的には、まだまだヴァンには及んでいない。
その凄んだ表情の迫力たるや、リィルは直接睨まれていた訳ではないのに、若干だがおどおどとしている。若干で済んでいるだけ、リィルの肝っ玉も据わったものだ。
まあ、そんな中、ロッティはまるで気にせずに平然とクッキーを食べているが…。
恐ろしい殺気を放つ視線に晒されるアルフだったが、それでも、頑としてヴァンの目を見つめ返す。
「ええ……。ある訳がない。でも、実際に出来るんです。これを使えば…」
不機嫌そうに顔を歪めていたヴァンだったが、睨み付ける自分の目を恐れずに見つめ返してくるアルフに、何処か毒気を抜かれた気分になった。
目を閉じて嘆息し、それから紅茶を一口。
「……お前がそんなつまらん嘘を言うとは思えんしな…。夜しか使えないんだったな?」
「はい」
「…なら、今夜オレにも試させろ。言っておくが、これが冗談だというなら今のうちだぞ…?」
「いえ、オレは本当のことを言ってますよ。わかりました。今夜、是非に」
再び凄みを増したヴァンに対し、アルフは苦笑を浮かべてそう返答する。そして、アルフも再度メリッサに注いで貰った紅茶に口を付ける。
(正直……やっぱりヴァンさんに睨まれると生きた心地がしないよなぁ…)
温かい紅茶が染み入るようだった。それほどに、ヴァンのことを見知っているアルフでも底冷えのする思いだった。
「まあ、それは置いておいて…。あの時ですが、つまりはこのロザリオを使って、普通じゃない魔力…を引き出した状態だったんです。刀身が風化したのは、その後でした」
「……なるほど。その普通じゃない魔力とやらが流れ込んでしまった結果、と言いたい訳か」
「恐らくですけど。今までだったら、撃ってる途中でもう刀身はなくなってましたしね。だから、もしオレがこのロザリオを使っていなかったら、特に問題なかったかもしれません」
「……」
アルフの言葉を聞いたヴァンの表情が微かに変化した。それを感じ取ったのは、この中では彼の妻のメリッサだけであった。
(あらあら、この人ったら久々に嬉しそうな顔しちゃって。まあ、それもそうよね。うふふ)
夫の長年の悩みであった、「自身が放つ魔力の負荷に武器が耐えられない」という難題に、解決の兆しが見えたのだ。
アルフ程膨大な魔力量を有する騎士は、恐らく他にはいないだろう。そして、アルフはそこまで魔力制御能力が高くない。
その上、アイゼント流刀剣術の奥義──バースト・レイは、恐ろしく膨大な魔力を超圧縮し、放つものだ。アルフが未熟で、かつあり得ない程の魔力量があるからこそ、自爆技になってはいるのだが、とにかく、仮にマキナ・アイゼントが扱ったとて、武器にはそれなりに負荷を掛けるだろう。
勿論、アルフの技量が上がったということはあるだろう。だが、それでも持て余す程の魔力量なのだ。それを全力全開で引き出せば、凡そ制御出来る代物の筈がない。
そのアルフをして、「最後まで耐えきった」と言わしめたのだ。それはつまり、それだけの負荷に耐えうる刀であった、ということだ。
ならば、それを突き詰めていけば、きっと望む武器に至ることが出来る──。
それだけに、ヴァンの喜びは一入だった。普段はそう言った喜びを表に出さないヴァンだが、それでも僅かに表情が崩れる程に。そして、長年連れ添ったメリッサには、それがよくわかった。
「ふむ……。そうか。お前の技量が上がったからかもしれんが、な」
だから、その言葉が喜びや照れを隠すためのものであることを、彼女はよく理解していた。きっと彼は、今夜アルフ達が帰ったら、自慢げに自分に語り出すのだろう、と。そういう不器用なところが、メリッサは大好きなのだった。
「次の刀は近い内に打ってやる。それまでは予備を使っておけ」
「あー……っと。実は、予備の刀……もう無いんです」
「……は?」
内心では大喜びしていたからだろう、アルフの言葉に、思わずヴァンは大きく驚きの色を見せた。
「無いって……お前…。この間までに確か8本、作ってやっただろう…!」
ドン、とテーブルを叩くヴァン。それを見てアルフは
(こんな怒気以外の感情を表に出すヴァンさんも珍しいなぁ…)
等と思いながら頭を掻いた。そして、そんなアルフに替わって回答したのは、その主犯であるリィルだった。
「あの…私のせい……なんです」
「……何?」
再び凄みを増していくヴァンの表情。それもそうだ。幾ら予備の刀と言っても、だからと言って手を抜いて作った訳ではない。寧ろ、その8本はアルフが使っていた愛刀へと至るための試行錯誤の賜物だ。それが、ここ1ヶ月たらずで全て無くなったというのだ。それも、目の前のこんな肉食獣に睨まれた小動物のような少女によって。
「詳しく聞かせろ。どういうことだ?」
あまりにもビクつくリィルが不憫になったのか、ヴァンは幾らか表情を和らげてそう言った。……本人は和らげたつもりなのだろうが、その変化は殆どなかった。
「え…と……。前回のヴェグナ戦で、ヴェグナを足止めするのに、アルフの刀とか敵側から取り上げた武器を使わせて貰ったんです…。それでその…ほぼ全部…壊してしまって…」
やはり初対面でこのヴァンの威圧感は厳しかったのか、若干しどろもどろになるリィル。要領を得ないリィルの回答に、ヴァンの視線は横のアルフに向けられる。
「さっき言った、ヴァンさんのお悩みに近い…ってやつです。……というか、リィルのはもっと根本的なところから酷い…ですね。この子の場合、並みの武器じゃ一撃も耐えられない」
「……」
再び、ヴァンの表情が驚愕に染まった。
「それは…余程魔力による武器耐性付与が下手、ということか?」
「いえ、多分そうじゃないと思います。というか、リィルの魔力制御能力は寧ろとんでもないくらいですよ。恐らく、耐性付与自体も申し分無い筈です。実際、リィルの常用武器──魔力銃の時は何も問題ありませんでしたし」
「魔力銃…だと……!?」
ヴァンの表情は、もはや驚きで凍りついていた。ここまで来ると、珍しすぎて、アルフには面白いくらいだった。現に、ロッティは
「ヴァンさん凄い顔してるー!」
等と言って笑っているくらいだった。
いや、だがそれもその筈だ。魔力銃なんていう得物を使う酔狂者が、まさか身近にいようとは、流石のヴァンをしても思わなかった。
無弾式魔力照射銃──縮めて魔力銃。名前の通り、実弾を用いず、魔力を銃弾として飛ばす代物だ。
「オレもビックリしましたけど、いや、凄いですよリィルは。200メートルくらい離れた位置からでも100発100中並みの魔力制御能力ですからね」
「……ビックリ、で済む訳がないだろうが! お前…魔力銃がどれだけとんでもない代物かまるでわかっていない!」
再びダン、と強くテーブルを叩いたヴァンは、最早取り繕う様子もなくワナワナと震えていた。
「アルフ、何故、実弾銃といった火薬系統の武器が発展しないか、わかるか?」
「え? そりゃ、魔法があるからだと思いますけど。火薬を使って火を起こすより、魔力で火を起こした方が早いですし簡単だし…コスト的にも」
「その通りだ。特に実弾銃なんてもっての他だ。そんなもの、グレイにでもその辺の石でも握らせてぶん投げさせた方がいい。あいつなら、本来のそれより余程威力も出るだろう」
ヴァンの言葉を聞いて、確かに、とアルフは思う。
この場にいない、あのとんでも犯罪者は、特に身体能力上昇系の魔法なら、他の追随を許さないレベルだ。確かに遠距離魔法は使えないグレイだが、あの巨体のヴェグナをすら投げ飛ばす程の力だ。
それなら、その腕力に物を言わせて投げた方が遥かにいいだろう。
「なら、弓や銃より、剣や槍といった近距離武器の方が求められるのは何故か?」
「んー…これも魔法があるからじゃないですかね。近距離を重視しながらも、いざという時には…魔力制御能力によっては遠距離攻撃も出来る訳ですし。というか、遠距離なら法術を使えばいいし。そうなると、目下必要なのは、やはり近距離武器、ってことになるんだと思いますけど」
「……その通りだ。遠距離武器では近接戦は難しくなる。自ずとニーズは近距離武器に流れ、遠距離は法術中心になる。アルフ、そう考えたときに、魔力銃なんて代物を使うメリットが浮かぶか?」
「え? ……えーっと……。言われてみると…」
──思い浮かばない。
実弾銃ならまだわかる。魔力消費を抑えたいがために、火薬を使って…というのは、まだ頷ける話だ。尤も、この世界の技術では、そうおいそれと距離を稼げる代物はないのだが。
そして、弾丸に対して魔力を宿らせて威力を増す、という使い方もないではない。尤も、やはりそれなら強化した肉体でその辺の石ころでも拾って投げた方が手っ取り早いのだが。
「そうだ。無い。まるで無い。無理に挙げるなら、軌道予測演算が要らない、というくらいだが、それを差し引いても、法術に比べ拡散しやすい法撃だ。寧ろ遠距離武器としては敬遠するくらいだろう。いや、それどころか、軌道予測線がないからこそ、却って狙いがつけづらい筈だ」
魔力銃を使用するメリット──。強いて、本当に強いて挙げるのなら、媒体を介するのだから、法撃である、ということくらいだ。
つまりは、法術で必須の軌道予測演算のキャンセル。本当に、それくらいだった。だが、それはメリットであると同時にデメリットでもある。つまりは、本当の意味で目視で狙いを定めなければならないのだから。
「お前等、どうせここに来るまでに他の武器屋にも行ったのだろう? 魔力銃を探していると言って、店主どもの反応はどうだった?」
ヴァンの言葉に、それまで我関せずとクッキーを食べていたロッティが、リスのように両頬を膨らませながら不満げに答えた。
「ぶー、みーんなアホか、って感じだったよぅ」
「……だろうな」
納得げのヴァンは、未だ釈然としない様子のアルフ達に嘆息しながらも、説明を始める。
「いいか。弓や実弾銃等の実弾系の遠距離武器と、魔力銃。これらの違いは、単に『弓などが実体のあるものを魔力で補強したりして飛ばすものであるのに対し、魔力銃は実体のない魔力そのものを飛ばす』、というだけには留まらない」
「……というと?」
「魔力銃は、まず魔力の弾丸の生成、それが標的まで弾けないように弾丸を包む防御膜の生成、そして発射する魔力弾が銃自体に影響を及ぼさないようにするための銃本体への耐性付与、そして、魔力弾を射ち出すこと。1発を射つにも、最低でもまずこれだけの手間が掛かる。そして、これらは非常に高度な技術が必要となる。それこそ、弓や実弾銃とは比べ物にならない程に、な」
「んー…そこがいまいちわからないんですけど、どういうことなんですか? 確かにオレじゃ、まず間違いなく魔力銃なんて使えないけど、ロッティや叔父さんクラスなら扱えるんじゃ…」
「……それでも相当に難しいだろうな…。オレが思うに、ラーノルドやロッティの扱う”魔女の銀糸”より、余程高度な技術が必要となる筈だ」
「…何でです?」
「アルフ。物に対して魔力を纏わせることと、魔力自体を媒体の向こうで安定した形に押し留めるのとでは、その難しさは段違いだ。こと圧縮に関しては、お前にも覚えがあるだろう?」
その言葉に、アルフはうっと呻く。そう、そりゃあ覚えがある。そもそも、アルフが使ったバースト・レイ等、その典型のような魔法だ。極限まで圧縮した魔力を放出するあの魔法は、とんでもなく神経を磨り減らす。そして、それだって、『刀』という依代を利用して魔力を圧縮しているのだ。
ヴァンの言う、纏わせることと魔力自体を安定した形で押し留めるのとでは、確かに相応に違ってくる。
「これが法術ならまだ話は簡単だ。媒体を介さない分制御しやすいからな。だが、魔力銃の場合、そうはいかない。あれは法撃だろう。安定した魔力弾を作ること自体、相当に難しい。……そうだな、お前、刀の先端から僅かに離したところに、刀を通して魔力を流し込んで、高密度の──それもまるでブレなく安定した魔力の球体を生成出来るか?」
「……無理っす」
「魔力銃を使うというのは、そう言うことだ。例えばロッティの扱うブレードウィップ。あれはあれで酔狂な得物だが、それでも”魔女の銀糸”で手元から先端までもがしっかりと繋がっている。常に魔力が手の延長上に置かれている、ということだ。だが、魔力銃の場合、そうはいかない。僅かにでも魔力で象った弾丸が狂えば、まず的には当たらん。発射の際にも、銃本体に魔力弾が触れた場合、軌道が狂うこともある。それを考慮して作られていたとしても、やはり銃そのものを傷つけることにもなるだろう。最悪の場合、下手をすれば誤爆だ。わざわざそんなことをするくらいなら、まだ弓の方がいい。弓なら、矢を法術として作って放つことが出来るからな。まあ、どちらにせよ、法術として放った方が圧倒的に話は早いが」
ヴァンの言うことは尤もだった。確かに、ここまで言われると、そもそも魔力銃の必要性等、まるで感じられなくなってくる。
「まして、それを使って200メートル離れていても命中させる? ……にわかには信じられん話だ…まったく」
そう言ったヴァンだが、しかし──。
「と、言いたいところなのだが……。というより、普通の客が相手ならそう言って追い返していたところなのだが……。お前等の連れてくる奴となると、頭ごなしに無下に出来ないのが怖いところだな…」
「「「……」」」
押し黙るアルフ達。何せ、心当たりがありすぎる。
どこに行っても問題、事件を引き起こし、或いは引き寄せる、問題誘発性集団である『勝利の御旗』。
その顔ぶれも、これまた常識の埒外な面々なのだ。
まずアルフ。
本人ですら把握しきれない、とんでも容量の収納魔法を扱い、それのみに集中すると言っても周囲50メートルを探ることの出来る魔力感知。極めつけは、最早”魔力の器”という概念が崩れかねない程に莫大な魔力量。
次にロッティ。
ブレードウィップ等という酔狂ここに極まれりな得物を意図も容易く扱い、圧倒的な魔法の才能を有する。特に法術は、高等法術だろうが涼しい顔をしてホイホイ使用。
主に物体を加速させること、要は相手にぶつけるための加速を付けるのに使用する筈のエアリアル・レイドを用いた移動は、ラーノルドをしてやりたくないと思わせる程だ。
そしてグレイ。
極至近距離の魔法しか使えない。だが、その極至近距離に限って言えば、異常な程に卓越した能力を誇る。こと身体能力強化の魔法に対しては、地面だろうが巨体の魔物だろうが投げ飛ばす程だ。
このご時世にまさかの徒手空拳というのも、その異常性を加速させている。
ハッキリ言って、異常な奴等の集まりだ。問題行動に目を瞑っても余りある。お釣りどころか、溢れ返って来る程に。
そんな連中が連れてきた奴に常識を当てはめて考えるのも、何だか奇妙に思えてくるヴァンであった。
(魔力銃を使うというのは知らなかったが、そう言えば新しい仲間はあの”消却魔法”の使い手だと聞いたな…。そうか、この娘がそれか。……あながちハッタリとも言い切れんな…)
そう考えながら、視線をリィルに移すヴァン。
どうやらようやっと怯えのようなものは無くなった様子だが、自分の使っていたという代物がそれほどブッ飛んだものである、ということを認識していなかったようだ。ぽかーんとした表情をしている。
「……とりあえず、信用してやろう」
「あ、あはは…。どうも」
「何にしても、使っていたという魔力銃を見せて貰いたい。それとも、完全にお釈迦になっちまってるのか?」
ヴァンの言葉に、リィルは
「あ、いえ…。一応残ってはいます」
と、そう言って中空に手を翳す。その手の前で、黒い穴が口を開く。収納魔法だ。
そこから取り出されたのは、凡そ銃口が大破し、そこら中がひび割れた銃だった。
銀と黒を基調とした、一見するとスッキリとしたシンプルな作りだ。
「……!」
テーブルに置かれたそれを見た瞬間、ヴァンは目を見開いていた。
ハンドガンと比べればやや大きめで、銃口付近は壊れて跡形もないが、それでも残った銃身の形から推測出来る。魔力銃にしては細身なくらいだ。──いや。
(細すぎる…! これでは魔力を放つなど……!)
思わず、ヴァンは気づいたときにはそれを手に取っていた。まじまじと何度も何度も目を凝らす。
「お…お嬢さん…。こいつはバラしても、問題ないか?」
「あ、ええ…。もう使えませんし…」
リィルの了承を得たことで、いつの間にかメリッサが用意していた工具を用いて、徐に銃の分解に取り掛かるヴァン。最早、アルフ達の前だということも頭から抜け落ちていた。
壊れてしまってどうしようもない部分はあるが、その大部分を手早く分解していく。その手際があまりにも良すぎて──。
「あ、あの、ヴァンさん。やけに手際がいいですね…。もしかして……」
「……ああ。オレも作ったことがあるからな…」
やはりというかなんというか、ヴァンはとにかく、あらゆる武器の作成を試みていた。その目的の最たる部分は、勿論自分が全力を出すことが出来る武器を作ることだ。
最早、自分が全力を出せる武器であるならば、それが何であろうと構わなかった。だから、一見無謀と思うような武器にも着手した。
まあ、魔力銃など、どう考えても全力でブッ放すというよりは、全力で制御に掛かる類いの武器だから、「何のために作ったの?」と問いたくはなるが。
そして、アルフ達が呆けている間にも作業は進行していき、物の数分後には、銃はバラバラに分解されていた。
「……何だこの銃は……。バラしてはみたものの……細工が細かすぎる…」
前述の通り、メリットなど皆無に近い魔力銃を作ったことのある鍛冶屋は殆どいないだろう。従って、ヴァンも中々の酔狂者で、しかも作ってみせてしまうのだからかなりの腕を持つことが窺われるのだが、そのヴァンをしても、不可解だと感じる細工が多かった。
(この銃……。こいつを作った奴は、間違いなく天才だな…。いや、それよりも……。弾倉部分にあったこの水晶球のようなものは何だ? どうもこれを起点として、何かをしようとしているような作りをしているな…。何を……)
よく研磨され、整えられた綺麗な小粒な黒い球体。見惚れる程に美しく輝いているが、却ってそれが不気味にも思える。
「せめて設計図などがあれば……」
それは、顔をしかめるヴァンが思わず漏らした言葉だった。
同じ武器を作る道を選んだ者として、是非ともこの銃を作った者と話がしてみたい。そして、それを基に、自分も作ってみたい。
そんな思いから溢れた言葉だった。
しかし、その言葉には、思いがけない返答が返ってきた。
「あ、それなら……」
再度収納に手を突っ込んだリィルが取り出したのは、1つの丸められた羊皮紙だった。受け渡されたヴァンは、それの紐をほどいて、広げる。
「…随分と長いな……。そして……」
引き伸ばして見れば、それは1メートルに届かんばかりの長さだった。そして、それは確かに設計図のようだった。中々見事なイラストが描いてあり、各部位についての説明や細工の解説が懇切丁寧に載っている。──否。
「……字が…汚い」
──載って、いるのだろう。あまりに字が汚すぎて、それ自体が暗号か何かに見えてくる。何故イラストはこうも丁寧に描かれているのに、字の方はこんなに悲惨なのか。
思わず目眩を覚えて、ヴァンはリィルに視線を戻す。
「ところでお前さん。何で設計図など持っている?」
それは、当然の疑問だった。リィルが武器を作る者であるのならば話はわかる。いや、この際、武器のメンテナンスをする人間でもいい。
だが、イラストから見るに、ここに書かれている情報は、どちらかと言えば、整備よりも修理、或いは再作成を前提としたもののように思えた。
そんなものを、武器を”扱う側”が持っているというのは、どうにも不思議な話だった。
「それは…え……っと…。銃を作って貰った時に…一緒に貰った……んだと、思います…」
「……思います?」
怪訝に思って訊き返すヴァンに、困惑するリィルに代わってアルフが助け舟を出す。
「すみません、ヴァンさん。リィル、実は記憶喪失らしくって…。オレと会った1ヶ月前辺りより過去のことを、思い出せないみたいなんです」
「そういうことか……。大方、収納を整理していたら出てきた、といったところか?」
「え、ええ……。すみません…」
居たたまれない表情のリィルに、ヴァンは首を振りながら、
「いや、こちらこそ申し訳ない」
とそう言った。そして、しばらく時間をくれと続けるヴァン。
長ったらしい羊皮紙とにらめっこするヴァン。真っ先に解読したいのは、やはりあの謎の結晶石の辺りからだ。
だから、ヴァンもそのつもりで、何とか凡そ字とも思えないようなそれと向かい合っていた訳だが、次第にその顔色が変わっていき、そしていきなり、ヴァンは勢いよく立ち上がった。
「馬鹿な…! 何だこれは……! こんな…ものが…。……おい、お前さん。こんな代物使っていて、身体に影響はないのか!?」
今日一番の驚愕の色を浮かべたヴァンが、両手をテーブルについて身を乗り出してそう言った。
「えっ……?」
そのあまりの慌てように、アルフも面食らう。これまでむしゃむしゃとクッキーを食べ続けていたロッティですら、目を丸くしていた。
「ど、どうしたんですか、ヴァンさん。一体──」
「──馬鹿野郎が! これが落ち着いていられるか! この魔力銃の根幹──この結晶石は、『ラグネアラ結晶』を加工したものだ!」




