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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
38/53

06 新たなる武器を求めて 2

 この世界で最もポピュラーな仕事と言えば、騎士とハンターだろう。この両者の違いは、至って単純。対イクリプシアとの戦力を産出しうる街のそれは騎士とされ、そうでない街のそれはハンターと呼ばれる。

 ランクで言えば、ハンターはG~Aまで。騎士はさらに、S~SSSまでが追加される。S以上のランクを与えられた者が、イクリプシア戦での戦力として計上される訳だ。


 とは言え、何も戦いだけが仕事ではない。所謂、騎士やハンターというものは、便利屋だ。魔物やイクリプシアとの戦いは勿論、街の治安維持や統治、果ては草むしりや素材回収など、とにかく依頼があれば対応する。

 そんなわけだから、騎士やハンターになるのは非常に簡単。その街の騎士団、ないしはハンターギルドで登録手続きを済ませるだけだ。そして、騎士、ハンターの登録を行ったからといって、必ずしもその仕事をしなければらないかと言われれば、答えは否だ。実際、多くの者が登録こそしているが、その実騎士やハンターと副業としている者も多く存在する。


 最低ランクのGランクは、大概は草むしりや素材採取等の簡単なものだ。片手間にやるにもちょうどいい。もし、それでも騎士やハンターとして生活を営んでいくのならば、そう言った簡易依頼からこなして実力をつけ、経験を積んで、そしてゆくゆくは街を護る戦力へと成長していくのだ。



 何にせよ、『イクリプシアとの戦闘に対する戦力を排出する団体か否か』の違いしかないのだから、殊更ハンターの方がどうとか、等という意見はお門違いだ。


 だから、”騎士”という呼称は単なる区別のためのものだ。それ故に、その名称と実態はあまりに似つかわしくない。これは、数百年前、まだ国があり、王がいて、貴族等の階級制度が存在した時代の名残である。イクリプシアの台頭によって、国という大きな括りで統治することが不可能な程に追い詰められた時代があり、その結果、人々はもっと小さな単位でしか纏まることが出来なくなった。

 そこから何とか巻き返し、その果てが今である。


 王政を敷き、貴族が各土地を統治する、等という時代は、とうに終わっている。仮に今でもその制度が残っていたのなら、もっともっと面倒な状態になっているだろう。

 例えば王都が存在して、広く統治をしていたとしよう。その王都が魔物、或いはイクリプシア、果ては同じ人間の反乱軍でもいい。とにかく、それが潰されたとき、国はどうなるのか──。至極簡単な話だ。大きな混乱に見舞われる。まだ『魔導式情報端末(テレサ)』や『転移魔法陣』がなかった時代だ。『赤月 玲』がいた世界と違い、電話はネットといった文明がないこの世界において、情報の伝達は非常に遅れる。

 必然、その治安の維持も、著しく難易度が上がっていく。治める範囲が広ければ広いほど、それは困難を極めていく。


 仮に国を治める王が討たれたとなれば、次代の王を決める争いが起こるかもしれない。下手をすれば、悪政が始まるかもしれない。

 魔物やイクリプシアの存在があるのに、そんなことをしている暇があるのか──。答えは否だ。



 過去に、人はイクリプシアに完全に支配され、奴隷とされていた時代が存在する。そこから現状まで巻き返す過程で、『国』という概念は消えてなくなり、そして『身分制度』等というものもなくなった。誰もが、自身の身は自分で護るしかなかったのだ。あまり大きな括りになってしまえば、統治は難しくなるし、いつ滅ぼされてもおかしくない。ならば、それが可能な範囲で結束するしかない。


 まあ、とは言え、やはり何らかの自分達をの行く末を示す存在が必要であるのもまた事実ではある。だが、どちらかと言えば、求められたのは導く力よりも、『戦力』だった。その結果、『騎士団』や『ハンターギルド』が小さく集結した団体──街や村を纏める、という形になったのだった。

 もし、このイクリプシアとの戦乱の世が終われば、再び『国』という概念が取り戻されるやもしれないが、今現在においては、そうはなっていない。



 尤も、ヴァスタードやレーヴェティアなどの大きな力を持ち、より大きく発展した街は、最早『国』と呼称してもいいのかもしれないが。



 ──ああ、だがそれでも、1つだけ残っている身分制度がある。それが『特攻者(バスター)』である。これは、最早『人』ではなく『道具』として見られるに至った、犯罪者に与えられる身分だ。文字通り、まるで道具のように戦場に放り込まれる。ある時は砲弾のように飛ばされ、ある時は人を護るための肉壁にされ……。まあ、それだけのことをしでかしたからそうなったのだ、自業自得ではある。



 さて、そんな現代においての主戦力は、やはり魔法だ。生けるもの全てに宿るこの力は、その扱うことの出来る量や技術の高低はあるものの、誰もが例外なく使用出来る。だが、それでも、剣や槍といった武器は必要とされる。勿論、法撃──何らかの媒体を介することで、軌道予測演算をキャンセルするため、というのもそうであるが、それ以上に、魔力切れになった際にも最低限身を護るためにも、やはり武器は欠かすことの出来ない代物だ。


 そして、より威力の高い法撃、或いはより範囲の広い法撃を扱うには、武器自体に魔力による防御膜──所謂コーティングを施す技術も必要だ。だが、やはりそれを苦手とする者がいるのも、仕方のないことだ。誰だって、得手不得手がある。

 そうなると、武器そのものの頑丈さが要求されるのも、頷ける話だ。


 高い魔力制御能力を持つが故の高等法撃、或いは膨大な魔力量を持つが故の大質量法撃。それを行使するに武器が耐えられない、というのは実に嘆かわしい話だ。

 レーヴェティア騎士団本部前団長──ヴァン・アールズは、団長の職を蹴って、武器を作る道に転換した。



 そんな彼の店は、レーヴェティア北東にある。何とも不思議な光景の店だった。いや、店というよりも──。


「……控え目に言っても、訓練場か何かにしか、見えないんだけれど……」


 円形に広大な敷地は、見上げるほどに高い壁に囲まれ、中の様子は窺い知れない。それも、何らかの特殊な金属で作った壁だ。明らかに、異質だった。もしかしたらこの壁は、レーヴェティアの街を囲う壁よりも高いんじゃないだろうか…。見上げたリィルは、首が痛くなる思いだった。

 そして、異様なのはそれだけではなかった。この壁のある地帯の周辺には、一切の建物が存在しなかった。確かに地面は石畳で整備こそされているが、一番近い民家でも数十メートルは離れている。まるで、隔離された重要施設か何かを囲っているかのようだった。


 初見で、何の紹介もなくこれを見つけたなら、とても店とは思わないだろう。どころか、「これは凶悪な犯罪者を閉じ込めておくための牢獄がある場所だ」と言われても、疑わないだろう。

 だから、リィルの漏らした感想は、そう言った意味では、まだ幾分か可愛らしいものではあった。


「まあ、これくらいしないと危ないからねぇ……。ヴァンさんが武器を作ってるのも、実はちょっとリィルに近い理由なんだよ」


 アルフが苦いふうな笑みを浮かべながら、頬を掻く。


「え? そうなの?」


「うん。ヴァンさんはね、流石は元本部の団長だけあって、とんでもなく強いんだよ。特に、魔力量が凄いんだ。ただ、それを十分に発揮するには武器へのコーティングの方が荒々しいらしくってさ、全力を出すと、武器が壊れちゃうんだって」


 元レーヴェティア騎士団本部団長のヴァンは、流石にアルフ程に馬鹿げてはいないが、それでも並みいる猛者を寄せ付けぬ程に膨大な魔力量を誇っていた。だが、それだけにその魔力量を十全に活かすことの出来る武器が、存在しなかった。


 彼は片刃の大剣を扱っていたが、悲しいかな、その膨大な魔力を全力で込めようとすると、武器が悲鳴をあげてしまう。ラーノルドのように、まるで針に糸を通すような繊細で緻密な魔力制御能力と、それに耐えうる魔力のコーティングを施すことが出来れば話は別だろうが、ヴァンの場合はそうはいかなかった。


 勿論、魔力制御能力自体は、流石は前団長。非常に優秀だった。だが、武器自体に、その膨大な魔力量と高い魔力制御能力をもって発動する法撃に耐えうるだけのコーティングが、ヴァンにはどうしても施せなかった。言ってしまえば、常に加減をしなければいけないのだ。


 潤沢な魔力量がある。十分な制御能力もある。だが、それでも、ただそれに耐えるだけの膜を張る能力が、それに追い付かなかった。彼の実力が高くなればなるほどに、全力を出せない苛立ちは大きくなった。

 法術より法撃を好んでいたヴァンにとって、それは大きなフラストレーションに他ならない。



 普通なら、魔力制御能力が上がれば、それに比例して武器へのコーティング技術も高まっていく。そして、並みの人間ならば、そもそもそんな問題に直面することはない。これは、ヴァンがそれだけ優れた騎士であったからこその問題だった。


 長年悩み、技術を磨き続けた彼だったが、その努力にみ合う魔力量、魔力制御能力を獲得しても、どうしてもコーティングの技術は釣り合わなかった。だから、彼は考えたのだ。なら、その欠点を補うだけの、そんな悩みなど払拭できるような武器を作ればいい──。

 それが、ヴァンが武器を作る道を選んだ理由だった。



 そんなヴァンだからこそ、リィルの悩みについても、きっと聞いてくれることだろう。魔力銃を作れるかは別にしても、もしかしたら、ヴァンの店になら、彼女の魔力性質に耐えうる武器があるかもしれない。



 頑丈そうな金属製の壁を眺めながら歩いていくと、やはり金属製の扉が見えてきた。ドアノブのようなものは見当たらない。開き戸なのだろうが、これだけ頑強そうな壁に儲けられた扉だ。果たして、普通に開くものだろうか。


「え? 開けないよ」


 そう思って疑問を口にしたリィルに、アルフはさも当たり前のようにそう返答した。


「これを開けるのは、グレイのヴェルタジオ家みたいに身体強化系の魔法に強くないと。オレじゃとても無理だよ。というか、ここに住んでるヴァンさんでも開けないらしいし」


「えっと……じゃあやっぱり…」


 そう言って、リィルは壁を見上げる。ああ……やっぱりそうなるんだ、とリィルは思った。

 いやいや、それ以前に、住んでいる本人が開けない扉というのはどうなのだろうか。というか、じゃあそれって扉の意味がないんじゃ…。といった疑問がリィルの頭に浮かぶ。


「登るんだよー」


 扉が開けない──? なら、開く必要なんてない。

 やはりさも当然のように、ロッティがそう言った。


 よくよく見れば、扉の上方の壁面部分には、如何にも足や手を掛けるためだろう窪みが幾つか存在した。本当に、何のための扉なのか。

 答えは単純。窪みが作られた場所を記す、単なる目印である。まあそれなら、別に扉でなくてもいいのだが。


 要は、これはテストのようなものだ。

 扉を開く、もしくは一気に跳躍出来るだけの身体強化の魔法が扱える、或いは、その窪みを使用してでも壁を越えるだけの能力を有する者以外、立ち入りはお断り、といった具合だ。


 そして、意外にこれはハードルの高い難問だった。確かに窪みが設けられてはいるが、窪みと窪みが離れすぎていて、普通に登ることは出来ないだろう。窪みに足を引っ掛けたら、次の窪みまで跳躍しなければ届かない。

 そして、仮に一気に跳び越えようと考えても、そも魔力をフルに使っても、そんなジャンプ力は得られない。少なくとも、団長クラスの実力が無ければ無理だろう。



 これが店だとするのなら、本当に客に物を売る気があるのかと問いたくなる。



「リィル、登れそう?」


「うーん……。多分大丈夫だと思う…けど…」


 若干引き気味の表情のリィルに苦笑すると、

「よし、じゃあ行こうか」

 と、アルフは馴れた様子で、ひょいひょいと器用に足だけで壁を登っていく。


 アルフとて、ここまで至るにはかなり苦労した。いつぞやの眠り薬に対する特殊な身体強化魔法のように、グレイに教えを乞わなければ、こうはいかなかっただろう。何せ、窪みと言っても、爪先が引っ掛かる程度の付深さだ。爪先だけで全体重を支えて、その上で、垂直な壁に設けられた次の窪みまで跳ばなくてはならない。


 ……やはり、商人としてはあり得ない店だ。



 次に動き出したのはロッティだったが、それを見てリィルはぎょっとした。

 ロッティは、壁面を歩き始めた(・・・・・)のだ。地面に対して垂直な壁を、まるで地面を普通に歩くように。


 壁面が金属であるが故の方法。雷属性の魔力を靴に纏わせて、磁力を発生させているのだ。いや、ロッティは簡単そうにやっているが、普通それはあり得なかった。

 靴に魔力を纏わせる以上、それは媒体を介した魔法──法撃だ。法撃は、法術よりも細かい制御に繊細さを欠く。


 なのに、まず壁にくっつくだけの魔力を込めていて、そこから片足を離す際には、勿論魔力を解かなければならない。そして、そうなれば、その片足が浮いている間、もう片方の足で壁にくっついていなければならない。


 つまり、魔力を込め、そして解除し、これを歩く度に繰り返さなければならない。込める魔力が弱すぎればくっつくことは出来ないし、逆に強すぎれば壁を壊しかねないし、下手をしたら金属の壁に思いっきり叩きつけられる。


 そして当然ながら、あからさまに重力に逆らっているその姿勢を支えるだけの身体強化も、同時平行して行わなければならない。


 それを、本当に涼しげにやってのけるのだから、やはりロッティの魔法の技量は天才的だと思わざるを得なかった。



 余談であるが、苦労してこの壁を登れるようになったアルフが、ロッティを初めてこの店に連れてきた際、彼女は当然のようにこのやり方で、すんなりと壁を越えてみせた。

 アルフは自分の心が折れる音を聞いたという。



 さて、アルフとロッティ。本来用意されたものであろう登り方と、それが馬鹿らしくなるような登り方。そのどちらも見てリィルが行ったのは、ロッティと同じ方法だった。

 元々彼女の魔力制御能力は高い。何せ、魔力銃での攻撃は、凡そ常人には出来ないだろうそれだ。そして、魔力銃による攻撃は、法撃(・・)なのだ。

 特殊な魔力性質であることを抜きにするならば、媒体を介して行う魔法──法撃による緻密な魔力制御は、つまりは彼女の十八番である。


 ロッティに出来て、リィルに出来ない道理はない。



 とは言っても、疑問はある。魔石に魔力を込める作業や、魔導式情報端末(テレサ)の使用時には、彼女のその特殊な魔力性質が表に出ている様子はないし、今だって壁にも靴にも影響は見られなかった。

 壁に吸い付く程度の(・・・・・・・)小さな魔力を込めるだけなら問題ないのか、それとも別の要因なのか──。



 ──ともあれ、だ。


「リ…リィルもそれなんだ……」


 壁の頂上で待っていたアルフが、何とも言えない表情でそう言った。


「ロッティちゃんがやってるのを見たときは驚いたけれど、やってみたら、そんなに難しくなかったわね。うん」


「でしょー! 流石リィルちゃん!」


「……」


 再び余談だが、アルフはこれを期に、この壁をロッティやリィルのやった方法で登る練習を始めたとか。

 なお、その際にロッティに助言を求めたら、

「え? こーやって、ほら、ビリビリって感じだよぅ」

 なんていう、意味のわからない返答が返ってきた。リィルに訊くと、

「んー……多分、今のアルフじゃ出来ないんじゃないかしら…」

 という、悪気はないのだろうが、心を抉ってくる辛辣な言葉が返ってきた。


 アルフは魔力量こそとんでもないが、魔力制御能力は高くない。これが、天才と凡人の差である。



 若干へこみ気味のアルフと、苦笑いのリィル、そして、自分と同じことが出来る友達がいて嬉しくなって天真爛漫な笑顔のロッティ。

 3人が壁を越えて降り立った場所は、そこかしこに穴やひび割れが出来た、まるで何らかの戦闘があったかのような石畳だった。そして、これまたそこかしこに、ひしゃげた金属板や穴だらけになった鎧などの山があった。

 だだっ広い敷地の、その殆どに何らかの魔法がぶっ放されただろう痕跡がある。


 それを見て何事かと慌てるリィルだったが、他の2人は特に気にした様子もない。



 そして、壁内の広大な敷地の真ん中に、ポツンと建物があった。アルフ達が目指すのは、その建物である。その建物だけが何事もない佇まいで、逆に不自然に見えるほどだった。


 カンカンと、鐵を打つ音が響いてくる。それを聞くと、ああ、鍛冶屋なんだな、という気はしてくるが、やはりどこもかしこもツッコミどころだらけで、リィルは一抹の不安を覚えた。


 ──本当に、そのヴァンという人はまもとな人間なのだろうか。



 建物の扉は金属製だったが、今度は普通に開くものだった。コンコンとノックをしてから、アルフは扉を開ける。すると、扉に取り付けられた来店を知らせる鐘がなった。

 入ってすぐの室内は、所謂店先だ。カウンターが設けられ、様々な武器が部屋の壁面やショーケースに展示されている。

 そのカウンターには、1人の女性がいた。年の頃はおよそ50代くらいの、ニコニコした笑顔が印象的な女性だった。


「あらあら、アルフくんにロッティちゃん。いらっしゃい。うん? 今日はお友だちも一緒なのね」


「どうも、メリッサさん」


「やっほーメリッサさん! この子はリィルちゃんだよ!」


 メリッサ・アールズ。ヴァンの妻である。メリッサはロッティの言葉を聞いて、ああ、と納得したように手を打った。


「ああ、確かあなた達の新しいお仲間さんだったかしら。あらあら、まあまあ。可愛らしい子じゃない。確かあのヴェグナを倒したんだとか! あなたのお話は最近よく聞くものだから、私も会って見たかったのよ!」


 喋りながらカウンターからこちらに回り込んできて、リィルの前に立ったメリッサは、リィルの手を取って微笑む。


「聞いたわよ。消却魔法を使えるんですってね! その若さで凄いわねぇ! この街でも、消却魔法を使えるのはセリアさんとラーノルドくんくらいのものなのよー? 本当に凄いのねー!」


「あ、その…。は、初めまして。リィル・フリックリアです…。よろしくお願いします」


 若干戸惑い気味のリィルに、メリッサは、

「あらあら、困らせちゃったわね。ごめんなさい。私ってお話し好きなものだから、ついつい」

 そう言ってリィルの手を放して、それからアルフに向き直る。


「それでアルフくん、今日はどうしたのかしら? 新しい刀? それともロッティちゃんの剣の調整かしら?」


「オレの刀もそうなんですけど、実は今日は、こっちのリィルの方が本題なんです。ヴァンさんは今、大丈夫ですか?」


「あらあら、直接ヴァンに話があるのね。ということは、ちょっと訳有りかしら?」


 メリッサは、ヴァンの妻だ。そして、突然の路線変更をした夫にも理解を示し、今やそこいらの武器屋よりもずっと武器に精通しているくらいだ。

 それだけに、店先に並んだ武器であるなら、彼女だけで事足りる。普通の顧客──と言っても、ここに辿り着けた時点で、普通(・・)ではないのだが──であれば、メリッサが対応すれば問題ない。

 基本的な武器の販売に関しては、彼女に一任されている。そんなわけで、通常、ヴァンは店先に顔を出さない。


 だから、ヴァンに直接話があるとなれば、それはロッティのブレードウィップのような特殊な武器を求めている、或いは、その相談がある、等の時くらいである。



「はい。お願いできますか?」


「わかったわ。それじゃあこっちにいらっしゃいな。少し掛かると思うから、しばらく待っていてちょうだい」


 カウンターの奥にある部屋に案内されたアルフ達。そこは、漆を塗られた黒いテーブルと椅子が6つ設けられている部屋だった。その部屋の壁には、絵画や、店先に並んでいるものよりも高級そうな武器が幾つか飾られていた。


 アルフ達を椅子に座らせると、メリッサはさらに奥の部屋に消える。そして、一時、鐵を打つ音が途切れる。それからまた、音が再開してしばらく、メリッサがお盆を持って戻ってきた。


「ごめんなさいね、やっぱりもうしばらく掛かりそうだわ。時間は大丈夫かしら?」


 言いながら、彼女は並んで座ったアルフ達の前に、ソーサーに乗せられたカップを置いていく。カップに注がれているのは紅茶のようだが、とてもいい香りがする。……絶対高いんだろうな、とリィルは思った。そして、その後テーブルの中央に、クッキーの乗せられたお皿が置かれる。


「ありがとうございます。いつもいただいちゃってすみません」


「いいのよー、遠慮しなくって。ささ、召し上がってちょうだいな」


「んじゃあ、いっただきまーす! んふー! 美味しいー!」


 早速カップに口を付けて紅茶を堪能し、そしてクッキーを口に運んだロッティ。見るからに美味しそうにするロッティの様子は、それを見るだけでも笑顔が溢れる。

 こうい遠慮の無さと、そうしてもあまり相手に嫌な感じを与えない明るさは、やはり彼女の魅力だろう。


 アルフがカップに口を付けるのを横目で見てから、ようやくリィルは遠慮がちに「いただきます」と言ってカップを手に取った。


「……美味しい…」


 香り同様、何らかの花のような薫りが口の中いっぱいに広がっていく。紅茶自体に甘さはなかったが、だからこそクッキーの甘さがより一層引き立つ。ただの紅茶1杯だが、それでもリィルにとっては、非常に感慨深いものだった。


「あらあら、気に入ってくれたようね。おかわりもあるからね」


 思わず両手で持ったカップを見つめていたリィルに微笑みかけて、メリッサはそう言った。それが何だかこそばゆくて、リィルは顔が熱くなるのを感じる。それをごまかすように、もう一口、紅茶を口に運んだ。それでも、やや緊張気味で強張っていたリィルをいい具合に解してくれた。



 そこから、メリッサを含む4人で談笑すること1時間程。その頃にはリィルの緊張の糸も完全に解けていた。そんな頃にようやっと、のそっとその男は現れた。

 炎に焼けた肌をした大柄の男だった。頭に巻いたタオルから溢れた黒髪は、流石に仕事をしていただけあって、汗で濡れている。鷹のように鋭い目付きは、リィルとロッティの間に座るアルフに据え付けられていた。



「アルフ、元気になったようだな」


 低い、ドスの利いた声だった。言葉の内容と声色が違いすぎて、まるで体調を気遣っているような様子は見て取れない。そして、アルフの反応もまた、言葉の通りに受け取ったものではなかった。


「あ、あはは…。えーっと、ええ、身体の方は大体…」


「……聞いたぞ。お前……バースト・レイで、オレが作った刀を消し炭にしやがったらしいな…」


「……」


 無言のアルフ。無理もない。ヴァンから放たれる威圧感は、それほど凄まじかった。流石は元レーヴェティア騎士団本部団長だけのことはある、納得の貫禄だ。早くもリィルは、この店に来たことを若干後悔していた。


「え…と……。本当、すみませんでした。オレの力不足で……」


 ようやっと紡ぎ出した謝罪の言葉を聞いてしばらく、そこでフッと、ヴァンの表情が幾分か和らいだ。和らいだ、と言っても、依然として、目付きだけで人を殺せそうな勢いだが…。


「勘違いするな。別にお前を責めてはいない。未熟とは言え、曲がりなりにもお前はあれを放った。身の丈にあった魔法……とはとても言えんが、それでもお前は大したものだ。不満があるのは、その未熟者を支えきることが出来なかったオレの刀の方だ」


 そう言って、ヴァンはアルフの正面の椅子にドカッと座る。そこへ、いつの間に用意したのか、メリッサがヴァンの分の紅茶を用意し、そしてヴァンの隣に座り直す。


「それで、今日はお前さんの刀と、それから……確か、リィル…だったか。そっちのお嬢さんの話だと聞いたが?」


「あ、はい。オレの方はともかく、この子の場合はかなり特殊でして……。その、ヴァンさんのお悩みにも、近い話です」


 アルフの言葉に、ヴァンの眉がピクリと動いた。


「……ほう。詳しく聞かせて貰おうか」

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