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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
37/53

05 新たなる武器を求めて 1

 

『……はぁー……』


 耳に当てた『魔導式情報端末(テレサ)』から、一際大きなため息が聞こえてきた。ため息を吐きたいのはこちらも同じなのだが、しかしそれでも、端末から響いてきたそれを聞くと、その考えも霧散した。それほどに、そのため息は苦悩に満ちていた。


『……私が離れた途端、これか……』


「……いや、ホントにごめん、叔父さん」


『……』


 最早、恒例行事となっていた「叔父さんではなく、団長な」という掛け合いすらなく、それだけに、端末越しとはいえ、ラーノルドがどんな表情をしているのか、アルフには想像に難くなかった。


 それは、グレイが街を抜け出したということが発覚してからしばらく。時刻にして、およそ21時頃のことだ。


 西騎士団団長であるフィールがラーノルドが帰る前に終わらせると豪語したこともあって、ラーノルドにはその知らせが行っていなかった。

 ラーノルドがレーヴェティアを発ったのは、およそ5日前。荷馬車等も後から続いて出立したが、ラーノルドはひとまず、先だって街を出た。

 ギルバート等、ヴェグナ騒動を引き起こした者達は、物資等と共に護送されている。


 物資等の調達もそうだが、まず何にしても、新生エルティアの今後についての話し合いや、諸々の体制変更、その他多くの事を執り仕切ることが必要だ。何せ、いくら民を救うという大義名分があったとは言え、()の街がレーヴェティアに対して攻撃を仕掛けたことは動かぬ事実である。そして、その作戦が失敗したことも。それだけに、他にもどんな不穏分子が存在するか、定かではない。用心して越したことはないだろう。


 無論、問題はそれだけではない。

 例えば今回、エルサーラという街は、名を『エルティア』と改めてレーヴェティアの門下に下り、以後、レーヴェティアによって統治されることとなった。それはつまり、外面的に見れば、レーヴェティアによって占領された、とか支配された、ということではあるが、その実体としては、つまるところレーヴェティアの庇護下に入ることが出来た、ということである。

 この事実の意味するところは、非常に大きい。レーヴェティアは、地上で1、2を争う強力な街だ。その庇護を受けられるということは、単に魔導科学の技術を提供して貰う、というものとは訳が違う。

 何故なら、エルティアはレーヴェティアの一部。ならば、最早単なる技術提供以上の恩恵を受けられることを意味する。


 これまで、ダルタネス大陸は、イクリプシアや魔物は勿論、他の街同士でのいがみ合いが強かった。ただでさえどの街も苦しい状況なのだ。だから、とにかく生き残るために、同じ人間同士とは言え、他の街は敵でもあった。相手よりより強い力を、より一歩先を、といった具合に、とにかくあらゆる手段でせめぎ合いを続けてきたのだ。


 だが、ここに来て、エルティアの誕生。

 それに至った経緯自体はとんでもないものだが、結果だけを見るなら、エルサーラの街は、見事にレーヴェティアの後ろ楯を得た形となる。そう、パワーバランスが大きく変わってしまったのだ。最早エルサーラ──エルティアはレーヴェティアだ。これまでのように手を出そうものなら、レーヴェティアから制裁を受けることになるだろう。


 しかも、今回のこの一件は、それだけを意味しない。レーヴェティアによる統治を受け入れるならば、レーヴェティアの末端に加わることが出来るという事例が示された訳だ。従って、既に幾つかの街は、レーヴェティアに対して、その傘下に加わらせてほしいとの打診を行ってきていた。


 ここまで来ると、最早街と呼称するのも不適切になってくる。大陸を越えて、『レーヴェティア』という国が生まれつつある、と言っても過言ではない。

 数百年前、人類は「国」というものを失った。魔物、イクリプシアの脅威を前に、そんな大きな単位でまとめることが出来なくなってしまったのだ。それが、ここに来て再び、その結束を取り戻そうとしている。これは、大きな進歩だった。


 魔物、イクリプシアを前にして、人類同士がより力を求めていがみ合っていた現状が、大きく変わろうとしている。



 だが、そうした事実とは逆に、それを快く思わない勢力がいるのも、また事実だ。言ってしまえば、これはレーヴェティア一強の絵が描かれているようなものだ。レーヴェティアやヴァスタードほどではなくても、他にもそれに近しいだけの力を持った街も存在する。そう言った街にとっては、レーヴェティアの存在は目の上のたんこぶだ。


 だから、エルティア誕生以上に、とにかく様々なことに対処しなくてはならないのだ。やることは多量。考えるべきことは山積み。

 そんなわけで、ラーノルドは大急ぎでエルティアへと赴いている訳である。



 ラーノルドならば、馬で行くよりも走っていった方が速い。アルフ達『勝利の御旗(フューリアス)』のような凡そ真似のしたくない方法ではなく、単純な魔力によって強化した身体能力によっての走行。馬の足でも8日は掛かるだろう距離を、彼は5日程で渡りきった。ヴァスタードに向かったのは、ヴァスタードにある、大陸間を繋ぐ『転移魔法陣』を使用するためだ。


『転移魔法陣』は、ヴァスタードが開発し、各大陸に1つずつ設置したものだ。その魔法陣を維持するためのエネルギー源も、展開の方法も、ヴァスタードによって秘匿されており、ヴァスタードの意向がなければ、他の街に設置することは叶わない。確かに、各街に『転移魔法陣』があれば便利だが、リスクが大きいのもまた事実だ。もしそれがイクリプシアの手に落ちれば、厄介なことこの上ない。

 そして、人類もそうだ。悪用する方法は幾らだってあるのだ。だから、最小限に留められている。



 レーヴェティア内にも『転移魔法陣』はあるが、これはヴァスタードの開発したそれとは、また違った手法で作られたものだ。そのため、その効果も街中の移動に限られる。

 従って、レーヴェティアやヴァスタードのあるギリア大陸から別大陸に渡るには、このヴァスタード所管の『転移魔法陣』を使用する他は、海路くらいしかない。

 レーヴェティアは、位置としてはギリア大陸の中央からやや東辺りにある。エルティアのあるダルタネス大陸に渡るには、海路を選択するよりもこちらの方が早く、確実だ。



 ヴァスタードに着いたラーノルドは、諸々の手続きを行った上で、明日、『転移魔法陣』にてダルタネス大陸へと渡ることとなっているらしい。今はちょうど、用意された宿にて就寝しようか、というところだった。……のだが、何となく、得体の知れない嫌な予感がして、アルフに連絡を取ったのだった。


 そして、その予感は見事に的中していた、ということになる。いや、明らかに予想を遥かに上回る事態だったのだが。そりゃあ、嘆きたくなるのも当然だろう。



 自室でいつもの日課のように親の形見である黒いロザリオを磨いていたところで通知を知らせるコール音がしたために、アルフが端末を手に取って、そして今に至る。


『お前が謝るのも何だか違う気はするがな…。ったく、とんでもないことをしでかしてくれたな、グレイの奴は…。いや、マキナ老師もだったか…。それで、どんな状況なんだ?』


「えっと……師匠は今も絶賛拷問中だね…。んで、グレイは街の外に逃亡したみたい…。フィールさんを中心に街の女性陣が怒り狂ってて……。結構な騒ぎになってるよ…」


『……』


 未だにフィール含め、女性陣は怒り心頭。いや、幾分かは冷静になってくれたと言えるだろうか。流石に殺すとまでは言わなくなったが、「グレイ討伐」の命令が撤回されるには至っていない。殺すと言わなくても、討伐と言っている時点で、同じようなものなのだが。

 そんなわけで、今もなお、グレイの行方を追って、主に女性を中心に、騎士達は街の周辺を捜し回っている状態だ。


 何とか皆より先にグレイを見つけようとしたアルフ達だったが、街から抜け出されてしまっては難しい。結局、今日のところはひとまず捜索は終了となった。

 エルティアの件で忙しいとは言え、何にしてもこんなことに人手を割けるあたり、レーヴェティアは他の街に比べて平和で、人員も沢山いる、という好意的な捉え方も出来なくはないが。



「オレとしては、ほとぼりが冷めるまで、グレイが戻ってこないのがいいかなぁ……って思ってるよ」


『……はぁ…。……気持ちはわからんでもないが…。私からもフィール達に言っておくが、まあお前の言う通り、そうしてくれるのがいいだろうな……。これ以上何かされても堪ったものじゃない。……グレイに連絡は取れるのか?』


「それが…さ…。グレイの奴、ライオに『魔導式情報端末(テレサ)』を預けて街を出ちゃってさ。お陰でグレイの居所はわからないし、こっちから連絡することも出来ないんだよ。まあ、そのお陰でグレイがそう簡単には見つからない訳なんだけども」


『……』


 ラーノルドも、流石に言葉を失っていた。グレイは収納魔法も使えないし、遠距離系の魔法は使えない。勿論、結界魔法も使えない。普通なら、そういう人物なら、どこかしこの街や村に宿を取るなりするだろう。そりゃあ誰だって、魔物の蔓延る屋外で野宿するよりも、簡素なものでも寝床のある場所で休みたい。

 複数人いるのなら、交代で見張りをしながら仮眠を取ることも出来るので、まあ野宿に対するハードルも多少は緩和されるが、1人ではそうはいかない。そう、それが常識的な考えなのだが、グレイはサバイバル能力に異様に長けていた。

 魔法などという力があるお陰で、火にも水にも困らない。


(……あ、いや、そう言えばグレイって水属性の魔法は使えないんだったっけ。…まぁ、氷を作って溶かすなりすれば、何とでもなるか)


 野生動物も魔物も、それこそ探せばすぐに見つかるだろう。だから、食に困るということもないだろうし、そう考えれば、グレイがわざわざ宿を取りにどこぞの町や村に行く可能性も低いだろう。追われている身なのだし、そうなってくるとわざわざ人の多い所に行く意味はない。収納魔法がない、宿を取れないと考えると、普通なら絶望的な状況だが、グレイならば何とでもなりそうな気がする。

 まあ、それがグレイを見つけることの困難さに、さらに拍車を掛ける事態を招いているのだが。



『……頼むから、せめて私が帰るまで、もう問題を起こしてくれるなよ。いいな!』


「う、うん。わかった」


 懇願するようなラーノルドの悲痛な叫びを聞いて、アルフは思わず苦笑を溢した。

 それからしばらく通話をし、端末の通話モードを終了して、アルフは腰かけていたベッドに身体を投げ出した。


「……なーんで、あんなことしたのかねー…あいつ」


 流石のグレイとは言え、今回の一件は常軌を逸しているように感じる。確かに以前から、グレイのスケベ行動については目を見張るものがあったが、それにしたって今回の蛮行は度が過ぎている。

 何がどうなったら、女湯に突撃して、女性陣と一緒に入浴を楽しむ等という暴挙に繋がるのか。


 拷問中のマキナに訊いてみても、「浪漫だから」等という意味のわからない回答しか返ってこず、もうどこからツッコミを入れればいいやらわからなくなる。


「……理由なんて、ないのかねぇ……」


 グレイがおかしな行動を取るのは、確かに前々からよくあったことだ。だから、まあグレイなら(いず)れはやるかもしれない、なんていう考えもあるにはあった。けれど、実際にそうなってみると、やっぱりどうして、というのが気になった。

 とは言え、どんな理由があったにせよ、凡そ馬鹿げた行動であることには間違いないのだが。


「……まぁ本人じゃないと、わからないよなぁ。……今日はもう寝よう」


 結局、考えるのやめて、アルフは意識を微睡みの中へと手放した。






 ********************


 それは、光の雨だった。温かで、でも、どこか冷えきっていて。幻想的なのに、破滅的だった。

 遥か上空にある、人類の敵──イクリプシアが住まうという大陸を、どこからか伸びた光の柱が貫き、そして、大陸は霧散する。それから起こったのが、光の雨だった。


 雨は優しく、蝕むように、地上を満たしていく。



 ──光の雨が地上を満たすとき、全ては終わる。



 その言葉は、窮地に追い詰められた人類の、最後の希望だ。

 確かに、今現在、人類とイクリプシアの抗争は、その最前線であるヴァスタード東の地にて食い留められている。

 そして、ギリア大陸を除く他の大陸にもイクリプシアは降り立つが、その数は然程多くない。だから、言うほど、今この瞬間にも絶滅の危機に瀕しているかと問われれば、答えは否だ。


 けれど、それもいつまで続くかわからない。『地上最強』なる存在がヴァスタードにはいる、という嘘か真かもわからない話もあるが、仮にそれが本当だったとして、その人物が息絶えた時、果たして人類はそれに変わる戦力を有しているのだろうか。


 イクリプシアの寿命は、人間よりも遥かに長い。オレがイクリプシアなら、きっとその『人類最強』とかいう人物が寿命で死ぬまで待って、戦力が落ち込んだところを一気に叩くだろうな。



 だから、確かにその言葉は、人類にとって、希望であるに違いない。終わりなき争いに、やがては堪えきれなくなるだろう状況に、終止符を打つと明言する言葉だ。それが何を意味するのかはわからないが、噂では、ヴァスタードがそれを行う何らかの兵器を開発している、という話を聞いたことがある。

 そして、これがその答えなんだろう。



 ──光の雨が地上を満たすとき、全ては終わる。



 ああ、確かにこれは、終わりだ。けれど、それは決して、人類の勝利を意味するものではないと、断言出来る。

 だって、この光の雨は……明らかに異常だった。


 建物が光に呑まれていく。家畜が光に取り込まれていく。人が光に襲われていく。大地が光に消えていく。



 そうだ、この雨は、確かに終わりを告げるものだ。

 けれど、この雨は、決して人類の勝利を意味するものではない。

 ならば、この雨は、全てを終わらせるためのものだ。



 人もイクリプシアも動物も魔物も、数多の生命を終わらせる雨だ。

 小屋も家も灯台も神殿も、無数の人が生きた証を滅ぼす雨だ。

 草も木も大地も海も、無量の自然を打ち壊す雨だ。

 摂理も概念も宿命も運命も、那由多の記録を無に還す雨だ。



 だから、確かにこれは、終わりを意味する雨なのだろう。この世界を、終わりにする雨。



 ──光の雨が地上を満たすとき、全ては終わる。



 オレは、光の雨を浴びながら、悟った。ああ、これが終わりなんだと。全てを終わらせるための雨なんだと。



 消える──。赤い血溜まりに投げ出された紅蓮の髪の、最愛の少女が。



 光が包む。まるで、赤子を抱く母のように優しく温かく。けれども、地獄の釜で煮えたぎる溶岩のように禍々しく。そして、全てを創り破壊する神のように神々しく。



 そんな光の中で、ただ1人が慟哭する。よく見知った、親友であり、悪友であり、大切な仲間の青年だ。

 ひしゃげて使い物にならなくなった手をそれでも握り、血を滲ませる程に力強く、消えゆく大地を殴り付ける。何度も何度も、何度も。



 ──また、護れなかった。また、止められなかった。また、終わってしまった。



 そう言って、何度も何度も地面を殴る。血に彩られた顔から幾筋もの涙を溢し、今度こそ、と言う。


 それが何を意味するのか、オレにはわからなかった。というより、もうそんなことを考える余裕もなかった。だって、オレ自身も、血の海に倒れているのだから。


 意識が遠くなる。それは、全てを消すことで癒す雨のせいか。それとも、血を流しすぎて、傷を負いすぎて、命の灯火が消えようとしているからか。

 今となっては、わからない。或いは、両方なのかもしれない。


 けれど、1つだけ、思うことがある。やっぱりこの状況は、きっとオレのせいなんだ。

 オレに力が無かったから、護れなかった。オレがもっと、この力(・・・)を扱えたなら──いや、それ以前に、もっとオレに力があれば。


 何で、こんなにもオレは、弱いのだろうか。あの時のように護れないことが怖くて、騎士になった筈なのに。…また、護れなかった。

 こうして己の無力さを痛感して、仲間が死ぬのを見ることが、絶望に涙する姿を見ることが、運命だとでもいうのだろうか。

 何てくだらない。こんなものを目の当たりにするために、オレは生きてきたのか。



 消えていく。オレの身体も、意識も、魂も。

 この自分に対する嫌悪感も劣等感も、後悔も諦念も、全てを呑み込むように、光に溶けていく。


 そんな中で、確かにオレは、聞いた気がしたんだ。あの、綺麗で澄んだ──けれど、深い悲しみを湛えた瞳の少女が、嘆く声を。この場にいない筈の、彼女の声を。きっと彼女は、オレ達にとって、大切な存在だった筈なんだ。けれど、あれ……誰だっけ。思い出せない。


 思い出せない──。なのに、どうしてこんなにも、心が痛むんだろう。きっと大切な人に違いないのに、思い出せない。光に包まれて、消えかかっているからなのか、どうしても、思い出せない。

 でも、けれど──どうしてだろう、その子のために戦っていたようにも、思う。



 もうすぐオレは消えるんだろう。そして、この世界も消えるんだろう。ああ、いや、もしかしたら、消えるよりもオレが死ぬ方が早いのかもしれないな…。

 でも、だから、オレは声にならない声で、確かに口にした。



 ──今度こそ。



 何故そんな言葉を口にしたのかは、わからなかった。でも、どうしても、そう言わなければならない気がした。もしかしたら、親友がそう言っていたのを聞いて、自分もそう言いたくなっただけなのかもしれない。だから、借り物の言葉かもしれないけれど、それでも、オレは言葉を紡ぐ。



 ──今度こそ、きっと救ってみせるから。






 ********************


「あ、おはよーアルフ!」


「おはよう。……あれ、何だか渋い顔をしているわよ?」


 騎士団本部にある食堂で朝食を食べていると、ロッティとリィルがやって来た。彼女達もご飯のようだ。お盆にそれぞれのメニューを乗せて、アルフが座っていた4人掛けの席に着く。時間はまだ7時だ。若干朝食には早いからか、まだ食堂もそう混んではいない時間帯だ。あと数十分もすれば、多くの騎士達で賑わうだろう。


「ん、おはよ。いや、なんか変な夢を見てさ…」


 そんなに変な顔をしていたのだろうか。そう言えば、確かに寝癖を直そうと鏡を見たときに、酷い顔をしていたような気もする。


「何だかいい夢じゃなさそうね」


 リィルがそう言って苦笑いをする。それに頷いたアルフだったが、

「うん。……あー、もうどんな夢だったか、覚えてないや」

 と、パンを千切って口に運ぶ。


 夢は、砂上の城が波によって少しずつ浚われていくように、時間が経つごとに忘れていく。

 目覚めた直後はあんなにも鮮明だったのに、今となっては、どんな夢だったか思い出せない。ただ、それでも、喉に魚の小骨が引っ掛かったような何とも言えない違和感だけが尾を引いていた。



 まあ、どこまで行っても夢は夢だ。殊更気にすることではない。そこでアルフは、話題を直近の問題に変えることにした。


「そう言えば、グレイの件は置いておくとして、リィル。やっぱり代わりになりそうな武器は見つからない?」


 アルフの言葉に、リィルは困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「ええ。中々見つからないわ。あの銃は、かなり特別製のものだったし…」


 リィルの愛銃。正式には無弾式魔力照射銃と言うが、大抵は縮めて魔力銃と呼ばれる。そもそも、魔力銃というもの自体が非常に使い手を選ぶ得物だ。

 魔力を弾丸として撃ち出す武器であるため、攻撃には常に魔力を消費する。その分、通常の武器よりも魔力の消費が激しいし、銃というくらいなのだから、遠距離攻撃に重きを置いたものであることは言うに及ばない。



 俗に魔法と呼ばれるそれは、法術と法撃の2系統に分類される。直接身体から放つのが法術であり、何らかの媒体を介して放つのが法撃だ。


 どちらも一長一短がある。法術には軌道予測演算と呼ばれる能力が必要だが、法撃よりも細やかな制御が可能、射程も法撃のそれよりずっと長い。

 逆に法撃は、軌道予測演算を必要とせず、威力等にその分のリソースを割くことが出来るが、法術と比べると拡散しやすく、距離が伸びれば伸びるほどに威力は減衰する。



 魔力銃は、魔力を弾丸として放出する武器だ。つまりは法撃に当たるのだが、言ってしまえば、本来遠距離に向かない筈の法撃で遠距離攻撃をしよう、という代物なのだ。

 何せ、撃ち出す弾すら魔力なのだから、単に弾丸を魔力でコーティングするのとは訳が違う。全て魔力であるが故に、かなりの魔力制御能力がなければ狙った的に当てることは困難だし、仮にその能力があっても、拡散しやすい法撃で遠方まで届かせるというのは相当の技量が要求される。そして、それだけのことをするのだから、当然魔力の消費も激しい。利点をあげるとするならば、魔力が尽きなければ弾丸に制限がないことと、法撃であるが故に軌道予測演算が必要ない、というくらいだろう。それでも、やはりデメリットの方が目立ってしまう。

 そんな得物を使うくらいなら、普通に実弾を使った銃の方がよっぽど現実的だ。


 そして、魔法という代物があるが故に、所謂ところの火器の開発は、殆ど見向きもされていない。火薬を用いるよりも、魔力で火を起こす方が、遥かに容易いのだから。



 早い話、魔力銃──牽いては銃なんてものを好んで使うような奴はいない。使う者がいないということは、作る者もまたいない、ということである。

 レーヴェティアには優劣に差はあるが、武器屋はかなりある。そして、これだけ大きな街なのだし、魔導科学の発展も手助けして、他の街よりも品質も高いし品揃えも圧倒的に多い。


 それでも、やはり魔力銃は売ってはいなかった。稀少さで言えば、ロッティの扱うブレードウィップよりも遥かに上である。

 ブレードウィップも、それはそれで稀少だしピーキーだし、そんな得物を使うのは彼女くらいのものだし、扱えるのもロッティやラーノルド等の、”魔女の銀糸(メーガス・ライン)”を使用出来る者くらいだが。



 閑話休題──。



 リィルの愛銃は、(さき)のヴェグナ戦で壊れてしまっている。粉々に、というわけではないが、最早銃として扱うことはできないくらいにひしゃげてしまっていて、銃口付近は消しとんでしまって跡形もない。内部の機構も滅茶苦茶になっていて、最早修理も難しい。


 そんなわけで、ここ数日、ロッティと一緒に武器屋巡りをしていたのだが、魔力銃は勿論、やはりお眼鏡に敵うそれは見つからなかった。レーヴェティアの武器がいくら優れているとは言え、まさか緻密な魔力制御能力をもってしても破砕してしまうような魔力性質の者など前例がなかった。

 だから、実弾銃も、剣も槍も、あらゆる武器が彼女には役不足だった。



「んー…となると、残るはあそこしかないか」


 そう言って、アルフは最後のひときれとなったパンを口に放り込んだ。あの人なら、何とかしてくれるかもしれない。


「もしかして、ヴァンさんのとこー?」


「うん。あの人なら、もしかしたらもしかするかも」


「あー、確かに。でもあの人、作ってくれるかなー?」


 ヴァン・アールズ。レーヴェティア騎士団が本部の前団長であるその人物は、団長という役職をラーノルドに押し付けて、鍛冶屋に転職した人物だ。実力はラーノルドに比肩するほどに高いのだが、今はレーヴェティア北西に店を構えている。

 斯く言うロッティのブレードウィップも、彼の作品である。


「そのヴァンさんって、どんな人なの?」


 上品にスープを飲んでから、リィルがそう訪ねてくる。それに対して、アルフはうーん、と唸る。


「そうだなぁ…何と言うか、職人、って感じかな。気に入った人にしか武器を作らないってくらいな感じだよ」


 前団長であるヴァンは、簡単に言ってしまえば、一見さんお断り、という感じの人物だ。そもそも初対面の相手には勿論のこと、仮に誰かの口添えがあっても、その相手が気に入られなければ、たとえ土下座をしても宝貨100枚積まれても武器は作らない。



 彼の顧客と言えば、例えばラーノルド、ロッティ。アルフの刀も、ヴァン謹製である。だから、ロッティが頼めば何とかしてくれそうな気はするが、それでもロッティは、アルフがいない状態で行こうとは思わない店だった。お気楽で喜怒哀楽が激しいロッティに対して、ヴァンはまさしく職人。ロッティからすれば堅物以外の何者でもない。



「んー、まあオレとロッティがいれば、話くらいは聞いてくれると思うよ。リィルの場合は普通の武器じゃどうしようもないし、多分力になってくれるんじゃないかな。この後、行ってみよう」


「え、ええ…」


 何とも言えない表情のリィルを尻目に、アルフは食後の紅茶を楽しんで、2人の食事が終わるのを待った。

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