04 グレイ討伐大作戦! 3
レーヴェティア騎士団の本部、その5階にある会議室。そこは、つい先日、件のヴェグナ騒動の犯人であるところの、ギルバート、コーザル等の処遇について話し合った1室だ。円卓を囲むように10脚の椅子が置かれ、この席には有事の際や何らかの話し合いにて使用され、主に各騎士団の団長、副団長が腰を掛ける。
のだが、今回はちょっと違っていた。誰も椅子には座っていない。全員が立っている。そして、この部屋にいる者も、2人を除いて全て女性だった。そして、女性陣の殆どは、殺気立っていた。
そして。椅子の使用方法も、本来の座るという役割とはまるで違う使用方法が為されていた。
「いっててて……とんだ災難だった……」
絨毯の上に座り込んで、未だに悲鳴を上げる脇腹を押さえながら、アルフはそうぼやく。何故に病み上がり──病気だったというわけではないので、病み上がりというのも何だか違う気はするが──だっていうのに、こんな思いをしなければならないのか。そんな感情を露にしたじっとりとした目線を、その目の前に丁寧に、丹念に、入念に固定されている人物に注ぐ。
目線の先にいるのは、マキナ・アイゼント。アルフの師、レーヴェティアが誇る剣客、アイゼント流刀剣術の開祖である出歯亀ジジイである。
その姿は、一言で言ってしまえば、使い古されて穴だらけになった、干したボロ雑巾だった。タコ殴りにされ、至るところに痛々しい傷があり、両手足を縛られ、その上で、1つの椅子に頭を、そしてもう1つの椅子に足を乗せた状態。要するに、背中や腰は宙に浮いている状態だ。
そして、その腹の上にはどこぞの漬物石が置かれ、仮に重み、或いは体勢のキツさに耐えられなくて床に落ちた場合、その背中がつくだろう場所には無数の針がついた大きな剣山が置かれている。まあ、どう控えめに見積もっても、背中はお亡くなりになるだろう。
最初は、漬物石ではなく誰かが座ろう、ということに話だったのだが、ロッティの
「それじゃおじいちゃん喜んじゃわない?」
という言葉で、大きな漬物石の出番となった。ちなみに、漬物石はリィルの収納より取り出された。
何故こんなものを収納魔法で収納しているのか、という疑問は誰しもが思ったが、誰も言わなかった。
それを問うなら、この剣山を取り出したティアナについても、何故こんなものを持っているのかという問いが出ることだろう。誰がどう見ても、拷問に使うだろう代物だった。
そんなものが、普段大人しくお淑やかなティアナから出てきたということが、より一層の恐怖を生んでいた。
だがしかし、そんな恐怖よりも、目の前の出歯亀じじいへの殺意の方が強かった。このじじいを苦しめられるのであれば、この際何でもいい。
ただでさえ殴られまくっただろうマキナの姿はボロボロなのに、ここまでやるものか──。否、これでも生ぬるいくらいだった。それくらいに、女性陣の怒りは大きかった。何とかアルフが宥め、この状況まで落とし込んだのだが、これでアルフがいなかったらどうなっていたか……。背筋に冷たいものが走る。
まあ、流石のアルフにも、女湯に特攻した彼を庇う言葉はそうは思い付かなかった。
「はい、終わったわよ」
「ありがと、リィル」
リィルに魔法で治療をしてもらっていたアルフは、リィルにお礼を言いながら苦笑した。
アルフも女湯の脱衣所まで入った訳なのだが、彼については不問となった。アルフも本当は、2人が出てくるのを廊下でスタンバっていたのだが、悲鳴が聞こえたために慌てて入ってきたのだった。しかも、ご丁寧に目を瞑っていたし、まあアルフなら、という感じに、特に否はない、というのが女性陣の判断だった。
普段の行いというのは、本当に大事である。
「寧ろ得したくらいだろ、アー坊は。大勢の女に飛び付かれるってのは、男冥利に尽きるもんじゃねぇか?」
「いやいやフィールさん、マジ勘弁してくださいよ。というか、顔と台詞の声色が合ってなくて、逆に怖いです…」
アルフの言うとおり、西騎士団団長であるフィール・クォンタムは、ニタァという擬音が聞こえそうな笑みを浮かべており、そしてその目には怒りの炎が燃えている。
自分に恥ずべき部分はなく、見られて困るものではない、と宣う彼女だが、それと覗き──もとい、潜入を許すかどうかは別問題である。
必ずや、残る出歯亀も引っ捕らえなければならない。
「さて、じいさん。アンタ、なんでこんなことしでかしたんだ? 事と次第に寄らなくてもぶっ殺すけどよ、一応話くらいは聞いてやるよ」
プルプルと震えながら罰を受ける老体。それに至った背景を知らぬ者からすれば、とんでもない老人虐待であるが、もちろん、この場でそれに異を唱える者などいない。そのマキナの正面に回り込んだフィールが、より口の端を持ち上げながらそう言った。
それに対して、マキナは震えながらも、未だ余裕ありといった感じに笑みを返す。
「知れた…ことじゃ。……そこに…浪漫がある…からじゃ…!」
「そうか、わかった。死にさらせ、このスケベじじい」
顔面に蹴りを容赦のない蹴りを叩き込んで、フィールはまだ乾いていない髪を頭の高い位置で結う。
「幸いなことに、ラーノルド団長は不在。これまで色々と多目に見てきたが、そろそろここらで、痛い目見せてやるぜ。捕まったじじいはまだしも、堂々と女子風呂に突入しておいて逃げ出した野郎に、地獄を見せてやろうじゃねぇか!」
ほぼ全ての女性陣達は頷く。頷いていなかった女性と言えば、未だ若干呆然としているリィルだけだった。
「あのー……何とかその、穏便にすみませんかね……」
「あぁ? アー坊、お前が知らねぇだけで、お前が知ってる以上にあいつは覗きとか色々やってんだぜ? 寧ろ、これまでよく我慢してやったってくらいのもんだ。まぁ、流石に女湯に特攻してきやがったのは今回が初だけどよ」
「……おぉう……」
アルフが知っているものだけでも、既に数えるのが馬鹿らしくなるくらいに、グレイは色々とやらかしている。だが、アルフが預かり知らないところでもそれだけやらかしているとするならば、女性陣の怒りを鎮めるのは……難しいだろう。
(あー…もう止められないや…。まあ、グレイの自業自得だよね……。ここらで一度痛い目を見れば、少しは反省するかな……)
流石のグレイも、殺されかければ反省してくれるだろう。そんなふうにアルフは考えていたが、フィールの言葉はそれ以上にとんでもないものだった。
「レーヴェティア西騎士団の団長、フィール・クォンタムの名に於いて命じる! グレイ・ヴェルタジオを取っ捕まえろ! 絶対に逃がすな! つーか、ぶっ殺せ! 何をしてもあたしが許す! てめえ等の怒りを存分に知らしめろ! 早いもの勝ちだ!」
「フィ、フィールさん…ちょっ…」
──ヤバイ。これ本当にマジなやつだ。半殺しどころか、ぶっ殺せなどという言葉まで出てきてしまった。しかも、騎士団長の権限で、である。騎士団にとって、団長権限というものは非常に大きい。
見れば、フィールの言葉を聞く女性陣は、鬼のような形相で目を血走らせていた。
「この街、或いは付近にいる全レーヴェティア騎士団団員に伝えろ! 確実に仕留める! ラーノルド団長が帰ってくるまでに、絶対に終わらせるぞ!!」
「「了解!」」
駆け足に、フィールを筆頭に、女性陣が駆けていく。部屋に残されたのは、アルフとリィル、そしてロッティと、絶賛拷問中のマキナと、それを見張る若い女性騎士の5人のみだった。
「……アルフ……これ、大丈夫なの?」
半ばポカンと口を開ける形で呆然と事の行く末を見守っていたリィルが、そう言ってアルフに向き直る。いや、訊きながらも、何となくリィルも察してはいるのだが。
「……どう考えても大丈夫じゃないよ…。普段叔父さんがどれだけ色々してくれてたのか…よくわかるね……」
顔に手を当てながら、アルフは呻く。
ラーノルド・トゥーレリアがいない。それだけで、まさかグレイ討伐の流れが出来上がるとは。如何に普段ラーノルドが苦労しているのかを垣間見ることが出来て、アルフは胃に穴が空きそうな気分だった。
「というか…あいつどれだけ問題起こしてんだよ!」
被害者の内の2人が同じパーティに所属していること、そしてアルフは協力者であったために、『勝利の御旗』に責任が問われることはなかったが、いや、この際責任の所在はどうでもいい。
本当にグレイが殺されかねない…。それほどに、女性陣の怒りは心頭だった。
寧ろ、パーティとして責任を問われていた方が、幾分マシだっただろう。
「……私達で先に見つけるしか…ないわよね」
「そうだね…。それで何とか謝り倒すしかないだろうね…」
「えー、いいよグレイなんかー。いい気味だよぅ」
「……頼むロッティ、協力してくれ」
「むぅー……アルフがそう言うなら…渋々りょーかいだよー…」
ブーブーと膨れるロッティを宥めつつ、もう今日で何度目になるか、数えることもやめたため息をつくアルフ。
そう、もうこうなったら、他の者達よりも早くグレイを取っ捕まえて、『勝利の御旗』として謝り倒す以外に方法はない。
こうして、レーヴェティアの街を新たなる騒動──グレイ討伐大作戦が賑わせることとなった。
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レーヴェティアの街のあちこちで怒声があがる。そんな中を、路地裏をこそこそと、しかし素早く、ゴキブリのように移動しているのは、グレイ・ヴェルタジオその人だった。没しかけの夕日によって、暗い色に照らされたグレイは慎重に移動する。
街の至るところで、今や「グレイを殺せ」という言葉が飛び交っている。下手に見つかってしまうと、とんでもないことになる。
だが、あと少しで南門に辿り着く。ひとまずは、この街から出てしまえば、安心できる。
「……お?」
見えてきた南門の付近に、見慣れた人影を見つけて、グレイはしめしめと笑みを浮かべる。
どうやら今しがた帰ってきたらしい、とあるパーティが、門の方から街の方へと歩いてきている。
それは、レーヴェティア西騎士団の団長であるフィールの双子の弟──ライオ・クォンタム率いる、4人組のAランクパーティ、『紅蓮の炎』だった。
一度辺りを見回す。……よし、まだ他の人はいない。フィール達の話が纏まる前に『転移魔法陣』によって南門の近くまで移動したので、包囲網はまだ門の周辺を固める、というところまではいっていないようだった。広大な面積を誇る街であることも、功を奏した。
どこぞに捨ててあったボロ布のようなフードつきマントのフードを目深に被り直し、グレイは素知らぬ、といった雰囲気で歩き出す。
そして、何だこいつ、といった感じの視線を受けながらライオ達とすれ違い、未だ不信感を覚えるライオに対して、
「よっ、ライオ。ちっとこれ預かっといてくれや!」
と声をかけながら、何かを放り投げる。
「は? グレイ? あぁ?」
声を聞いて旧知の仲だとわかったライオ。振り返りながら疑問の声をあげたライオの眼前に、何かが迫る。
「おわっと…!」
思わず声をあげながらも、何とかそれを掴み、見れば、投げて寄越されたのは、この世界の通信手段、『魔導式情報端末』だった。例え巨大な魔物に踏み潰されても壊れない、持ち主が死んでも5日は稼動し続ける、等というとんでもない端末だが、それだけ頑丈ということで、無防備に顔に当たればそれなりに痛いだろう。とんだ挨拶だった。
「持っといてくれやー!」
「お、ちょい待てよお前!」
ばばっと走り出すグレイ。ライオの静止の声も聞かず、そのまま門の方に走り去っていくグレイを見て、仲間の1人、ライオと同い年の女性騎士──レレナ・バレンティア、ウェーブを掛けたブロンドの髪を振り乱しながら叫ぶ。
「ちょっと、ヤバイわよライオ! あいつの『魔導式情報端末』なんか受け取っちゃ!」
「……あ? ……あー。……んぁ!?」
たっぷり数十秒考え込んで、そう言えばグレイを捕まえろ、なんて連絡が来ていたな…と。そして、それに考えが至って、次に考えうるのは、どうやってグレイの居所を知るか、ということになる。
目撃情報も勿論だが、それ以上に、この世界においては、『魔導式情報端末』というものは単なる通信媒体以上の意味を持つ。
登録端末がどの位置にいるのか、レーヴェティア騎士団の各騎士団に置かれた情報媒体で知ることが出来るのだ。
つまり、今ライオが持っている端末の位置情報は、レーヴェティア騎士団には筒抜けなのだ。と言っても、各人が持っている端末ではそれを知ることは出来ないため、一拍遅れる形にはなるのだが、それでも、とにかく位置情報はある程度の鮮度でもって、把握できるのだ。
そして、今グレイの端末は、ライオの手にある。『魔導式情報端末』は所有者の魔力がなくても、5日は起動し続ける。つまり、グレイの手を離れてなお、この端末は起動状態にある。
ならば、ライオ達がいる座標こそが、レーヴェティアからすればグレイのいる場所、となる。
そこまで考えが至って、そして同時にこちらに向かって飛んでくる何かを見て、ライオは青ざめる。
雷が、そこにあった。夕暮れの空を、日の光とは全く違う、荒々しい紫電が照らす、紫色の何か。それが、斜め上空から、一直線にこちらに向かって降ってくる。
「死ねぇええええええぇええ!!」
「あ、姉貴!! ちょっ…!」
本当に落雷があったかのような轟音。槍の穂先は、ライオの首の一歩手前で留められた。あと少し、呼び止めるのが遅かったら、或いは貫かれていたかもしれない。もしフィールが叫んでいなければ、それが自身の姉だとわからなかったかもしれない。
「あ? ライオ、何でてめぇがここにいんだよ? グレイは?」
直前まで無関係の者を刺し殺そうとしていたとは思えない程に飄々と、フィールは槍をくるくる回してライオの首もとからどかす。
そんな姉に対して、怒りが込み上げてくる。
「先に言うことがあんだろうが! 危うく死ぬところだったぞこっちはよぉ!! 何考えてんだてめぇは! 相手が誰かも確認せずにとんでもねぇ技をぶっぱなしやがって! ふざけんじゃねぇぞこのクソアマが!」
「あ? それが姉に対する口の訊き方かてめぇ?」
「腹から取り出された時間がちょっと早かっただけじゃねぇか! 双子に姉も弟もあるか!」
「ぁんだとぉ…!?」
言い合いを始めるライオとフィール。『紅蓮の炎』の仲間達3人は、「ああ、また始まったか」とため息をつく。ことあるごとに、この姉弟は喧嘩を始める。回りとしては、堪ったものではない。
そして、2人が喧嘩を始めたために、グレイはしゃあしゃあと門までたどり着いていた。
夜になると、門が閉まってしまう。そうなると、街から出るのが面倒になる。今はまだ、ギリギリで開いているから、ここを逃す手はない。
「おっちゃん、何も言わずに、オレを街から出してくれや」
駆け抜けようとするグレイの前に立ちはだかったのは1人の騎士。南門を担当する、騎士の1人だ。
幸いにも、他の騎士は、別の者の対応をしているので、この騎士さえ突破すれば、グレイを阻むものは何もない。
「お前を通したら、オレの首が飛びかねんよ……物理的な意味でな」
「そこを何とか…!」
拝み倒すグレイ。それに対して、苦い顔の騎士。
勿論、既にレーヴェティアの街の付近にいる騎士には、「グレイを捕らえろ」との伝達が来ている。それは、門を護るこの騎士にも同じだ。
「……ダメだ。通せない…!」
「…はーそういうこと言うんだ、おっちゃん。あーあ、せっかく覗きの穴場を教えてやったのになぁ…。あーあ、オレはおっちゃんのせいで、洗いざらい色々と喋らされてぶっ殺されるんだろうなぁ。おっちゃんと一緒に覗いた時の話とかも全部ぜーんぶぶっちゃけて」
「おま……汚いぞ!」
門番の騎士も、出歯亀であった。思わぬ攻撃を受けて、騎士はたじろぐ。それはそうだ、自分は妻子持ち。もしバレたら、それこそ一大事である。騎士の男の顔に、嫌な汗がたっぷりと浮かび上がる。
ここでグレイを通してしまったら、それこそレーヴェティアの街の女性陣から滅多打ちにされるだろう。だが、ここでグレイに協力しなければ、最愛の妻と娘に、嫌悪の眼差しを向けられるだろう。
門番の騎士のあげた声に、他の門番達や、街にやって来た別の街の商人や騎士、依頼を受けて街から出ようとしていた騎士達も、怪訝な目でもってこちらを見てくる。それもそうだ、騎士と話しているのは、あからさまに怪しいボロ布のようなマントを纏った人物だ。どこからどう見ても、怪しさ満点だった。
このままだと、他の者達の疑心も大きくなり、そして追っ手が追い付き、グレイは捕まるだろう。そうなったら……グレイは宣言通り、色々と喋るかもしれない。そして、そうなってしまえば、グレイと共に駆け抜けた、下卑た思い出が語られることだろう。
滝のように流れ出した脂汗を拭い、騎士は苦渋の声をあげる。
その時、男に電流が走る。──そうだ、抗ったけれどダメだった、という体裁を作れば、或いは…。
「ぐ……ぬぬ…。……わかった。だが、グレイ、オレもレーヴェティアの騎士だ。お前をこのまま単に通す訳にはいかない。だから、ここを通りたくば、このオレを倒し──」
「──はいドーン!」
倒されて通すならば、不可抗力だ。抵抗はした。止めようとしたという免罪符を手に出来る。それが門番の騎士の最大限の譲歩だった。結局は、その台詞すら最期まで言わせて貰えぬまま、グレイのボディーブローで潰されるに至った。ズゴゥ、という鈍い音が響く。
「サンキューおっちゃん」
こそっとそう言い残して、崩れ落ちる騎士を尻目に、グレイは一目散に駆けていく。呻いて倒れる門番の騎士。それを、その場にいた他の者達は、唖然とした表情で見ていた。
(……もうちょっと……加減しろよ…この野郎…!)
駆けていくグレイの後ろ姿を睨み付けながら、門番の騎士は、そう思った。
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「…ふう、何とか上手く、街から出られたぜ」
日は没し、レーヴェティアから南に向かってひたすらに走っていたグレイは、そう言って森の中の1本の大木に背を預けて、ようやっとボロ布のようなマントを脱ぎ捨てた。
小一時間ほど走っていたのだし、一息つくことくらいは出来るだろう。
『いやいや、お前やり過ぎだろどう考えても!』
グレイにしか聞こえないその声が、グレイを非難する。グレイの中に宿る少年──『赤月 玲』の声だ。
「追われて街から出るなら、特に怪しまれることもねぇじゃん。『魔導式情報端末』を手放すことも出来たし」
『魔導式情報端末』を持っていれば、ほぼ自動的に所有者の魔力を吸って、起動状態が維持される。従って、収納魔法の使えないグレイにとっては、『魔導式情報端末』を手放さないことには、グレイの居場所は筒抜け、ということになってしまう。
『それにしたって限度があるだろ…』
「色々考えたけどよ、やーっぱこれが、一番確実だろ。そうでもしないと、世界は救えねぇぜ」
『世界の命運が風呂覗き……いや、あれはもう覗きじゃねぇか…。何にしても、そんなもんに賭かってるなんて、酷い話だな…』
眼前に現れた、うっすらと背後の景色が透けて見える少年──玲は、そう言って深く肩を落とした。
「怒りの大半はじいさんが肩代わりしてくれたんだし、何とかなるっしょ」
『……まさか前任者まで協力させるとか…お前はつくづくとんでもねぇな。っていうか、碌でもねぇな』
「あのじいさんだって喜んでたんだから、どっこいどっこいだろ!」
不満顔でそう言ったグレイの言葉に、玲は思わず言葉を呑み込んだ。ああ、確かにグレイの言うとおりだ。スケベ根性で言えば、マキナも負けていなかったな、と遠い記憶を思い出しながら、玲は苦笑する。
「ともかく、ここからが本番だ。おっちゃんが見つからねぇことには、苦労して街を出た意味がねぇ」
『……だな』
「とは言え、おっちゃんが出てくる場所もわかんねぇし……とりあえず半月捜して見つからなきゃ、次に仕切り直すぜ」
『……入れてくれるといいな、街の中に。つーか、次もやる気かよ…』
「……覗きは男の浪漫だぜ?」
『……ああ、こんなふうになるように教育した覚えはないんだけどなぁ……』
グレイにしか聞こえないその少年の嘆きの声が、暗い森の中に反響した。




