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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
35/53

03 グレイ討伐大作戦! 2

 

「リィルちゃん! 早く早くー!」


「そんなに急がなくても…」


 赤の暖簾のその向こう。夢の園。桃源郷。ポポイと服を脱いだロッティは、ゆっくりと服を脱いでいるリィルを急かすように手をバタバタさせている。苦笑しながら、ようやく服を脱ぎ終わったリィルが、タオルを手に、ロッティの後に続いて、ガラス戸の向こうへと歩いていった。


 戸を開けてすぐ、むわっと湯気が広がり、そしてすぐに視界が戻ってくる。

 ここは、レーヴェティア騎士団本部。その2階に造られた、大浴場。だだっ広いレーヴェティア本部の建物にある、日夜戦い続ける騎士達の憩いの場である。


 ただの浴場と侮るなかれ。この浴場は──この浴場にも、魔導科学の技術が投入されている。疲労回復や精神鎮静、魔力回復促進などの効能が付与されたお湯は、騎士達から大人気だった。取り分けこの本部の大浴場は、中でも一番人気である。


 広く、清潔で、管理も行き届いている。レーヴェティアの街中にも幾つか銭湯はあるし、各騎士団にも浴場はあるが、やはりここと比べると見劣りしてしまう。

 そんなわけで、普段本部に在籍していない者がここに通うのも、別段珍しくないことだった。



「お、ロッティと……それから、リィル、だっけか?」


 髪や身体を洗い、浴槽へ向かった2人に投げ掛けられたその言葉の主は、ワインレッドの長い髪を頭の頂点でお団子に結っている、レーヴェティア西騎士団の団長──フィール・クォンタムだった。


「ありゃりゃ、フィールさんだー! どったの? 珍しいね。今日はこっちに用事があったのー?」


 明るい表情で浴槽に飛び込んだロッティ。上がった水しぶきに、何人か入っていた他の女性騎士達が若干イラッとしたような笑みを浮かべたが、ロッティはお構い無しだった。そしてフィールも別段構った様子もなく、頭に乗せていたタオルで顔を拭いて、ロッティの言葉に答える。


「ラーノルド団長達がいねぇからな。交代で本部の指揮を預かってる、ってわけだ。今日はティアナが当番でな。あたしは仕事が片付いたから、遊びに来ただけだけどよ」


「こんばんは、ロッティさん」


 フィールの向こう側から、やや苦笑いのティアナが顔を出してきた。ティアナ・アルジェント──。20代半ばにしてレーヴェティア北騎士団を統べる秀才。歳が近く、同じく騎士団長であるフィールとは、非常に仲がいい。


「ティアナさん、こんばんはー!」


 フィールとティアナの両方の顔が見えるところまで、じゃぶじゃぶと泳いで行きながらロッティがそう言った。


「えと…こんばんは」


 やや戸惑いながら、静かにロッティの隣に座ったリィル。並べてみると、対照的だった。片や、周りの事を考えず無邪気にはしゃぎ、片や、歳相応に落ち着いている。よくあんな問題児達の巣窟とでも言うべきパーティに加入したものだ。


「……いや、そういやお前も大概だったか…」


「え?」


「何でもねぇよ。まぁ、こうしてゆっくり話すのは初めてだったな。あたしはフィール・クォンタム。レーヴェティア西騎士団の団長。こっちはティアナ・アルジェント。同じく北騎士団団長だ」


 フィールの紹介を受けて、ティアナがよろしくお願いします、と小さくお辞儀をする。慌ててリィルも頭を下げた。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします! リィル・フリックリアです…。えと、不束者ですが……」


「不束って……嫁に行く娘かっての」


「あ、あはは…」


「まぁ、とにかく歓迎するぜ? そこのロッティやグレイの野郎に嫌気が差したら、いつでもウチに来てくれて構わねぇぜ?」


「あらフィール、抜け駆けはズルいですよ。私の騎士団も、いつでも来てくださって問題ないですからね?」


「は、はぁ……」


 苦笑するリィル。そして、フィールとティアナにブーブーと噛みつくロッティ。相手が団長でも物怖じしないロッティの在り方を、どこか羨ましく思いながら、リィルは3人と楽しく談笑を続けた。

 先程までの魔石に魔力を込める作業で疲労した身体が、温かなお湯によって癒されていく。


 実に心地が良かった。風呂とは、本当にいいものだな、と、リィルは息を吐きながら、しみじみとそう思った。




「ロッティ、お前その傷、やっぱ消えねぇのか…」


 しばらく話に花を咲かせて、それからロッティが浴槽の縁に座り込もうと立ち上がった時だった。ロッティの背中に眼を向けたフィールが、そう言って苦い顔をした。


「あーこれ? うん、やっぱ消えないんだよぅ…。特に痛みがあるとかじゃないから、困ってはいないんだけどー…」


 ロッティの背中には、その右肩から左の腰元にかけて、深い傷痕あった。薄紅色に変色したその痕は、とても刃物で付いたような、滑らかなものではなかった。


「……あれからもう、6年ですか…」


 ティアナがそう呟いて、視線を落とした。


「結局あれが何なのか、よくわかってねぇんだったな…。とんでもねぇ事件だった…。今考えても、不気味な奴等だったな…」


「……6年前…?」


「ん、ああ、そういやリィル、あんたは記憶を無くしてるんだったっけか。6年前に、レーヴェティアに、魔物の襲来があったんだ。過去にもそれらしい魔物の情報はないし、あれ以来、出現報告はねぇし、とにかくワケのわからねぇ魔物だったぜ…」


「……その当時は結界魔法も、街全域を護りきる程のものではなくって、空を飛んできたその魔物達の侵入を阻むことが出来ませんでした。かなりの数が、街の中に侵入しました。…そして、その魔物は、特殊な力を持っていました」


「特殊な…力、ですか…」


「……ええ。まるで呪いのように……そう、今にして思えば、ヴェグナの吐いたあの炎のようでした。呪いのように、蝕むように広がっていく…。ロッティさんの傷は、その魔物に付けられたものなんです」


「ヴェグナの…炎のような……呪い…?」


 その言葉と共にロッティの背中の傷痕を見て、リィルの表情に影が落ちた。

 あんな禍々しい傷痕を付ける、そんな代物。


「そういや、そん時のことが原因でアルフは騎士になる、って言い出したんだったな」


「うん。もうね、困ったもんだよー。あたしは大丈夫って言ったのに、護れなかった、って言ってきかなくって…。んでマキナおじいちゃんに弟子入りして、いっぱい修行し始めて」


 ロッティがふと、目を細めて、どこか切なそうな表情をした。それが普段のロッティのものとは思えない程大人びたもので、リィルは思わずロッティの顔を見つめてしまった。


「だからってお前まで騎士になるとはなぁ。アルフにしちゃ、本末転倒って感じだわな。まぁ、正直アルフよりお前のが即戦力だったけどよ」


「こらフィール、アルフだって十二分に頑張ってくれているじゃないですか。それに、アルフがいなかったら……」


「……ああ、そうだな。問題児が2人。ストッパー無し。想像だに恐ろしい話だぜ…」


「むぅ…なんか酷いんだよー…」


 暗くなり始めていた空気は、いつの間にか元に戻り、戸惑うリィルにも飛び火し、再び笑い声が飛び交う。



(ロッティちゃんの背中の傷痕を付けた魔物……。ヴェグナのような炎。6年前……。呪い……)


 だが、心の中で、リィルは考えていた。頭から、離れなかったのだ。入手したいくつかのキーワードが、グルグルと、渦を巻いていた。


 それでも、今この空気に水を差すのは、憚られた。本人が明るく振る舞っていのに、自分があれこれ暗い空気を作るのも、申し訳がない。リィルは頭を振って、会話の中へと戻っていった。






 ********************


「ふむ……」


 腕を組み、仁王立ちをするその男は、レーヴェティアが誇る剣客、マキナ・アイゼント。

 齢60を越えても、未だ並び立つ者の少ない、剣の天才。アルフの師であり、違う意味でグレイの同士。そして、今回はグレイの同士、という肩書きが故に、その場にいた。


「件の戦力はまさしく難攻不落。対し、此方はたったの2人。この圧倒的差を、グレイ、お主はどう見ておる?」


「決まってんだろ、だからこそ、攻略のし甲斐があるってもんじゃねぇか!」


「ふっ…愚問であったのぅ…」


 彼等2人以外に、廊下には人がいない。だからこそ、その2人の声が、静まり返った廊下に響いていた。



「あんたこそ、いいのか? こいつはちと、じいさんにゃ荷が重いかもしれねぇぜ? ……後には、退けねぇぜ?」


「ほっほっほ、まだ青いお主1人で相手取るにも、ちと厳しいものがあるじゃろうて。勇敢な若者をただ死なすのは、惜しいことじゃ。それに、ワシ等は同士。死ぬときは諸とも、じゃ」


「じいさん……へっ。なら、もう何も言わねぇぜ。行こうぜ…桃源郷へよぉ!」


「うぬ!」


 2人は並んで歩き出す。堂々と、肩で風を切るように。いや、ここは屋内であるし、窓も閉まっているため、本当に無風なのだが。

 ともかく、その敢然とした歩みたるや、まるで巨悪に立ち向かう勇者のそれのように、威厳すら感じさせるものだった。


 彼等が目指すそれは、この地上の楽園。禁断の果実が実る、立ち入ることを許されざる禁忌の地。そこに足を踏み入れようという愚か者は居らず、だからこそ、彼等は確かに勇者だった。

 その原動力が、エロス等というものであることに眼を瞑るならば。


 その禁断の聖地と現を隔てるものは、ただ赤い暖簾、それだけである。



 その、ただの布であるにも拘わらず、誰にも落とすことの出来ない無敵の門扉が、今、2人の出歯亀によって、打ち砕かれようとしていた。



 そこは、ちょうど無人であった。

 だが、例え人がいたとて、彼等は構わなかっただろう。


 悠々と服を脱ぎ、純然とタオルを腰に巻き、風雅に歩んでいく。そして、その手が、磨りガラスのドアに掛けられる。


「「いざ……」」


 どちらからともなく、そう呟いて、2人はドアを開け放った。立ち上る湯気。一瞬視界が白に染まり、徐々に色が取り戻されていく。

 そして、ゆっくりと、深く息を吸い込み。



 どちらからともなく、2人は並んで身体を洗う。無言であった。ただ、それが当然の手続きであると言わんばかりに、それが仁義であると言わんばかりに、全身隈無く、しっかりと洗う。



 どちらからともなく、2人は歩いていく。妖精達が戯れる、幻の水辺へと。まだ見ぬ、未開の地を目指して。



 ちゃぷん、と小さく音をあげ、2人は身体をお湯に預けた。その、あまりの堂々とした佇まいに、その場にいたすべての者が凍りついた。何が起きているのか、理解出来なかった。

 ロッティもリィルもフィールもティアナも、誰もかれもがそれを呆然と見ていた。



 ふと目があったグレイが、ニコッと微笑んでくる。それに戸惑いながら笑みを返してしまってから、リィルは思った。

 あれ、と。



 誰しもが予想しながらも、しかしそんな馬鹿なことをする奴がいるはずない、と心のどこかで切り捨てていたことだっただけに、思考が止まっていた。



 ──何故、男がここにいるのか。



 認識は出来た。だが、理解出来なかった。

 それが起こっていることは、誰もが見て、認めている。

 だが、その理を解き、呑み込むことは誰にも出来なかった。あまりに現実味がないことでありすぎて。



 故に、それを為した者達は、声を震わせた。


「グレイよ…この戦……」


「ああ…。オレ達の、勝利だ」


 ああ、神様ありがとう──。

 そう言わんばかりに、その戦士達は涙を流し、その夢の心地を堪能していた。


 甘美で、幻想的で、温かく──。正しく、そこは楽園であった。

 さながらそれは、砂漠に出来たオアシス。誰もが求め、誰もが手にすることを叶わず、そして夢想を前に散っていく。


 数多の戦士達が拒まれた、究極の場所。

 感無量である。今、この時が全て。ここに、全てがある。


 これのためなら、どんな苦行も苦難も、甘んじて受け止める。

 これのためなら、どんな毒だって、綺麗に舐め取ってみせる。

 これのためなら、どんな死が待っていようとも、自ら進んで歩み寄る。


 至福。全てを淘汰するような、凄まじいまでの至福。

 そう、確かにこの時、彼等は幸せを噛み締めていた。お父さん、お母さん、生んでくれてありがとう、と。



 だが、それは長くは続かない。ああ、わかっているとも。終わりがあるからこそ、それは美しく、甘く、そして儚いのだ。

 だからこそ、彼等は求めるのだから。



「き……」



 凍った時が、ようやく動き出す。まるで塞き止めていたタガがいきなり外されたように、勢い良く、全開で。


「きゃあぁぁああぁぁあああああぁああ!!!」


 1人が、そう叫んだことが切っ掛けとなり、それは伝染していく。幾つもの悲鳴があがり、浴場に反響する。

 その甲高い声達が奏でるハーモニーを心行くまで楽しんで、2人はどちらともなく立ち上がり、腰にタオルを巻き付けて歩き出す。



「「……オレ(ワシ)は、今日、この時のために生まれてきた…!」」



 その言葉だけを残して、ただただ先程開けてきたガラス戸へ向かって。その顔は、歴戦の猛者のように、勝利の余韻をワインのように堪能しているとでも言わんばかりのものだった。



「待てや……おい」


 ピタリ──。2人の戦士達の足が止まる。

 やれやれ、やはりすんなりとはいかないようだ。しょうがない、という雰囲気を醸すように肩を透かして、ため息を1つ。


 ゆっくりと、振り返る。

 そこには、それこそワインのように紅い髪をした女性が、炎を孕んだ目でもって、2人を睨んでいた。


 お団子にされていた髪がほどけ、長い髪が豊かな胸元を隠している。そして、腰には先程まで頭に乗せていただろうタオルが巻かれている。羞恥など微塵も感じさせない、何とも男らしい佇まいだった。


「……流石のあたしも面食らったぜ…。ここまで堂々とされると、いっそ清々しいくらいだな」


「オレも、あんたのことは尊敬するぜ…。ここまで堂々とされると、エロさよりも美しさすら感じるな」


「流石はフィールじゃのぅ…。ここまで堂々とされると、当初の目的など忘れて、ついつい見惚れてしまいそうじゃ…」


 同じようにタオルを腰に巻いただけのスタイル。違うのは、浮かべている笑みの種類だ。



 ──怒りに肩を震わせる笑み、ただただ美しい絵を鑑賞するような笑み、そして美しい女神の彫像を舐め回すような笑み。

 同じ笑みでありながら、そこに宿る想いはまるで違う。人の表情というのは、実に奥が深いものである。


「はん、あたしは自分に自信を持ってんだ。恥じるものなんか何もねぇ!」


「ふっ、オレだって、自分の信念に誇りを持ってんだ。恥じることなんか何もねぇよ!」


「ほほ、ワシとて、グレイに同じじゃ。我が生涯に一辺の悔い無し! 恥ずべき点など何もない!」


 3人が3人共に笑顔で、それぞれ自身の在り方を語る。その、どちらにもツッコミどころがありすぎて、その場にいた当事者以外の者は言葉を失う。



 ──まず隠せよ色々と!


 ──何で誇りを持って女子風呂に特攻してんだよ!


 ──恥ずべき点はその恥だらけの生涯を象徴するだらしない顔だろ!



 誰しもが、心の中でツッコミを入れていたが、言葉には出せなかった。



 しばしの静寂。



 そして、それは唐突に終わりを迎える。


「「さらば…!」」


 一目散──。脱兎の如く、2人が飛び出していく。ガラス戸を勢いよく、来たときのように開き、そして身体を拭くのもそっちのけで、服を纏い──今まさに楽園から飛び出そうとしたその時だった。


「はーい、いらっしゃい」


「「げぇっ…!!」」


 逃げ出そうとした2人の腹に、ラリアットがぶち込まれた。キリキリと肺の中の空気が絞り出され、逃げ出そうとした勢いとこちらに飛び込んできた者の勢いが正面衝突した腹に激痛を覚え、2人の戦士達はその場に尻餅をつく。


「これ以上問題起こさないでくれよ……オレの身が持たないって…」


 深くため息をつきながら、歴戦の猛者達を食い止めた少年は、ため息をついた。


「へっ…万事休す、ってか。アー坊! 通すなよ!」


「……そのつもりではありますよ。ただ、ちょっと難しいかも…」


「あん?」


 遅れて脱衣所にやって来たフィールがそう言って手の骨をバキバキ鳴らすが、馬鹿共を止めた少年の返答はあまり色が良くなかった。


「……いや、律儀に目ぇ瞑んなくっても、ここにゃこのクソ共とあたししかいねぇよ」


「……そうは言っても、どうせフィールさんのことだから、腰にタオル巻いただけなんでしょう…? それに、ガラス戸、開いてません?」


「……ホントにお前、目ぇ瞑ってんのか…? 薄目開けてんじゃねぇの? つか、別に開いててもあたしは構わねぇよ」


「……いえ、オレはまだ死にたくないんで」


「……そうか。ホント、お前も色々と、災難だな…」


「ええ…。もうそろそろ、胃に穴が空きそうですよ…」


「つか、目ぇ閉じたままでよく止められたな…」


「魔力は感知出来ますからね。それに、腐っても同じパーティの奴と、曲がりなりにも師匠ですから」



「くっ……まさかアルフが出てくるとは…。撒けたと思ってたんだけどな…」


「……」


 後ろを振り返れば、怒髪天をつかんばかりに怒りの炎を燃やしたフィールがにじり寄ってくる。退路には、魔力感知によってこちらの動きを読みきって逃走を阻もうとするアルフ。


 前門の虎。後門の狼。退路は、絶たれた。

 そんな時だった。



「ぬおぉおおおぉぉぉおお!! ゆけ! ゆくのじゃ! グレイ!!」


「うおっ!?」


 最早打つ手無し。そう思ったその時、マキナが咆哮と共に、アルフにのし掛かった。流石はレーヴェティアが誇る剣客にして、アルフの師。弟子の動きを読みきって、見事にマウントを取った。


 そして、全てが止まった時の中で、グレイとマキナだけが、言葉をかわす。

 それは、数多の修羅場を潜り抜けた、男の中の男だけがたどり着くことが出来る境地。テレパシーとでも言うべき代物だった。


『け、けどじいさん! それじゃあんたが! オレには、あんたを見捨てて逃げることなんて出来ねぇ…!』


『いいんじゃ! お前さんが無事なら! この老骨は今こそ、新たなる時代の種火のために! 逃げるのじゃグレイ! そして、後世に伝えるのじゃ! 楽園は存在したと! ワシ等は、そこに至ったのじゃと!』


『じいさん……。ぐっ…!』


 そして、時は動き出す──。

 キラキラと涙を浮かべながら、グレイはアルフの横を走り抜けた。


 その背を見つめて、マキナは妙に達観した表情を浮かべた。


(行くのじゃ…グレイ。我が、最高の友よ…! 決して、振り返るでないぞ…!)



「……師匠…あの……」


 マウントを取られたまま、アルフはため息をついた。未だその目は閉じられたままだ。


「ふむ…アルフよ。師を前にして目を伏したままとはこれ如何に。それでワシの相手が出来るとでも?」


「いやぁ……それは必要ないんじゃないかなぁ、と…」


 はて、と首を捻ったマキナ。そして、見下ろしているアルフの上体に、マキナのものではない幾つもの影が落ちる。


「師匠……もう、どうにもならないよ…。っていうか、皆さんちょっと待って貰えないですかね…ホント」


「……ぬ?」


 それは、この楽園を襲ったうつけ者に対する、怒りに燃えたものだった。


「「うらぁあああああぁあああああああ!!」」


 女性陣の鬨の声があがる。そして、次に響いたのは、しわがれた老人の悲鳴と、そして理不尽にも巻き添えで潰されたアルフの嘆きの声だった。

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