02 グレイ討伐大作戦! 1
「グレイは! グレイはどこだぁああああああッ!!」
夕日に照らされてより一層ワインのように紅くなったポニーテールを振り乱してそう騒いでいるのは、若干20歳にしてレーヴェティア西騎士団を束ねる、フィール・クォンタムだった。その普段から好戦的な三白眼は一層凶悪な目付きとなっていて、すれ違う街の住民達がビクビクしていた。
髪は、まだどこか生乾きといった感じで、首もと辺りに幾らか張り付いていた。
「グレイの端末位置情報は!!」
『み、南門付近です…』
耳に当てた端末に怒鳴り付け、その返答を聞いて、街を縦横無尽に駆けていくフィール。
「……」
その隣を並走する、レーヴェティア北騎士団の団長──ティアナ・アルジェント。彼女もまた、無言であるが、内心は穏やかではなかった。そして、やはり髪の毛はどこか湿り気を帯びている。いや、それだけじゃない、他にも何人かの女性騎士が、未だ乾かぬ髪を鞭のように振り回し、血眼になって街中を走り回っていた。
曰く──あの出歯亀を引っ捕らえよ、と。
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ことが起こったのは、エルティアの知らせが公式に発表されてから、およそ3週間──この世界での1週間は5日──が過ぎた頃だった。ヴェグナの騒動も落ち着き、またエルティアへの人員派遣や諸々の準備等に追われたレーヴェティアは、一部では大忙しだった。
そんな大忙しの時に、早速やらかしてくれたのは、何を隠そう、問題児達の集団として知られる、『勝利の御旗』こと『苛烈なる問題児達』だった。
「……アルフ、もう体調は…いいの?」
「ああ、まだ本調子とはいかないけど、だいぶ、ね…。それよりリィル……何枚目かな…?」
「……5枚目です…」
レーヴェティア騎士団本部、その西隊舎の3階の1室。部屋の外のドアの中程に『アルフ・トゥーレリア』と書かれた札が取り付けられた、その室内に、果たして彼らはいた。
その左隣──『リィル・フリックリア』の表札が付けられるべきドアは、見る影もなくなっており、無くなったドアのお陰で、質素な部屋が丸見えだった。
頭に手を当てて項垂れたアルフ。その灰色の髪は、遺伝なのか、それとも苦心故か。そのアルフの正面で正座をして下を向くのは、18歳頃の可愛らしい少女──リィル・フリックリアだった。
蒼く澄んだ瞳に、絹のように白い肌。平均的な身長の彼女だが、だが、今はシュンと小さくなって見えた。
5枚目。そう5枚目である。何が、と訊かれれば、彼女が吹っ飛ばしたドアの数が、だ。
レーヴェティア騎士団は、独身の騎士を支えるため、各騎士団には騎士が寝食を行える個室が用意されている。そして、アルフ達も、その個室を利用しているのだが、勿論この街に来て1ヶ月程度のリィルもまた、アルフ達と同じように部屋を借りていた。
さて、その個室だが、騎士は魔物の相手だけでなく、街中で問題が発生した際にはそれを解決したり、問題の発生を未然に防いだりと、仕事は色々とある。
そのため、騎士は恨みを買うこともまた、少なくない。尤も、地上でヴァスタードに勝るとも劣らない力を持った街であるレーヴェティアの騎士団に対してちょっかいを出すような奴は、余程の大物か、或いは馬鹿のどちらかではあるが。
そういった背景もあって、騎士団が用意している個室は、その魔導科学の技術を惜し気もなく投入し、非常に強固な造りになっている。
木製でこそあるが、魔力による加工が施されたそのドアは、本来非常に頑丈な筈だ。
そんな頑丈なドアが、安い訳がない──。そう、部屋の賃料自体は安い方だが、部屋自体はかなり高価なのだ。
平均的な一般人の1ヶ月の賃金がおよそ大金貨2枚。
この世界の貨幣は、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、宝貨の6種類。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で大銀貨1枚、といった具合に、進むにつれておよそ10倍の価値を持つ。
そして、このドア1枚だけで、宝貨8枚を越えるだけの金額だった。生活を度外視して、全額を返済に当てても、年単位で掛かってしまう。
そのドアを、5枚破壊した、という訳だった。
この間のヴェグナ騒動の1件で、ヴェグナを2体討伐したこともあって、かなりの額の報酬が入ってきた筈なのに、借金は減るどころか寧ろ増えていた。
前回の戦闘で無茶をして、身体が満足に動かなかったアルフを嘲笑うように、問題を起こしに起こしまくる問題児達。
あっという間に、この前の稼ぎが帳消しになって余りあるくらいに、弁償金や諸々の費用が降り掛かった。
「……ああ…本当に、いつになったら完済出来るんだろう、これ…」
減らない借金。寧ろ、加速していく。思わずその借金の額を記載した手帳に目を落としてため息をつくアルフに、細く整えられた両眉を寄せて、紅蓮の髪の少女が反論の声をあげた。
「リィルちゃんのせいじゃないじゃん! グレイがいけないんだよぅ! グレイが!」
「……リィルの壊したドアに関しては、ね。けど、お前もお前で問題起こしすぎだからね」
「うっ…」
同じく正座をして座るのは、『勝利の御旗』最年少、16歳の少女、レーヴェティアきっての魔法の天才──ローゼリッテ・セブンスワースこと、ロッティだ。
「まぁ、ロッティの言うことも尤もだけどね…」
ジトッと視線を注がれたのは、縄でグルグル巻きにされている、『勝利の御旗』最年長、そして『苛烈なる問題児達』最大の問題児こと、グレイ・ヴェルタジオ。
「お前も懲りないね、グレイ」
「あたぼうよ! 覗きは浪漫! いや、生き甲斐だ! それをなくしちまったら、オレがオレでなくなっちまう! リィル! お前はサイコーだぜ!! 本日も眼幸でした!」
「うわぁ……」
「さいってー…」
いい笑顔で言っているが、言っていることは最悪だった。
リィルのドア破壊。言わずもがな、グレイの覗きのせいである。
いや、最早覗きというのすら生ぬるい。
個室のドアは、各騎士が持つ『魔導式情報端末』を用いてロックが掛けられている。それをどういう手段を用いているのか不明だが、グレイは悉く突破する。
今回は、錠前まで追加していたのだが、リィルが着替えをしているときに、いつの間にかグレイが室内に入り込んでいたとのことだった。
部屋に侵入して、堂々と見ている。最早、覗きとは何なのか、という言葉の定義を根底から揺るがす哲学的な考えにまで及びそうだった。
そして、リィルはそれに対して、悲鳴をあげるようなタマではなかった。寧ろ、そうであってくれたならば、どれだけ良かったことか。
無表情から繰り出される高速のストレートで顔面を捉え、その勢いでドアをぶち抜いて、壁に激突してバウンドしたグレイの土手っ腹に回し蹴りをぶち込むといった、鮮やかな業前だった。
そんなわけで、アルフ達は絶賛、レーヴェティア騎士団の本部のお仕置き担当──本来の役職は受け付け前案内係なのだが──である、レーレ・キャンベリアによるお仕置きの真っ最中であった。
室内に持ち込まれた大量の木箱。その中には、思わず声を漏らしたくなる程の石ころが大量にあった。
エルティアに納品予定の、大量の『輝石』や『焔石』といった魔導具に、魔力を込める作業である。ただ石に魔力を込めるだけと侮るなかれ、この作業、地味にキツいものがあるのだった。
『アウラノ結晶』という魔力を溜め込む性質のある鉱石を含んでいるため、この石ころには魔力を貯蔵する機能が付いている。だが、そこに魔力を込めるのは、相応に難しい。『焔石』はまだいいが、『輝石』の方は特に難しい。
専らこの中で『輝石』に手早く魔力を込めることが出来るのは、ロッティだけだった。
言うまでもなく、グレイは何もしていない。いや、拷問を受けている真っ最中だった。
凹凸のある木の板に座らされ、その太ももの上に石のブロックを積まれている。
本来ならば声にもならない苦痛を伴う拷問の筈が、何故だろう、あまり効いているふうには見えなかった。
「ホントにごめんなさい…」
「ああ、もういいよ、リィル。悪いのはあいつなんだし…」
「ふっ…女の子の謝罪の言葉を口にさせるなんて、オレも罪な男だぜ」
「じゃあもう少しいけるね」
「えっ…ってうぎゃぁあぁあああ!! 痛い痛い! アルフさんマジ勘弁っす!!」
「ああ、もう1個欲しいのか」
「いやぁあああぁあああ!! ごめんなさいごめんなさい!! 1週間に1回にするからホント許して!!」
「……まだいけるね」
「足がもげるぅぅぅぅうううう!!」
冷ややかな眼で石のブロックを追加されていくアルフ。既にその数は9つに及んでいた。
……普通なら、もうとっくに足は潰れているだろう。
そんなショッキングな拷問が行われているのに、花の乙女である女子陣2人は見向きもしなかった。もう慣れたものだった。
「ねぇアルフ、そう言えばなんだけれど、レーレさんって一体何者なの? 案内係…なのよね?」
魔石に魔力を込めながら、リィルが唐突にそう訪ねてくる。
兼ねてから疑問に思っていたのである。案内係という割に、ことあるごとにレーヴェティア騎士団本部団長──アルフの叔父であるラーノルド・トゥーレリア直属の部下のように、実に色々な場面で顔を見せる。
前回のヴェグナ騒動の折にも、ラーノルドに付き従っていた彼女だっただけに、リィルにとっては謎の人物だった。
それに納得したように声を漏らして、アルフは苦笑しながら、木箱から魔石をいくつか取り出す。
「レーレさんはね、本当は実力的にはSクラス以上の実力者なんだよ」
リィルの正面に座り直して、取り出した魔石を1つを残して床に起き、魔力を込め始めるアルフ。
「けど、ランクがS以上になると、やっぱりイクリプシア戦力としてヴァスタードに召集されるからね。どうでもいい役職に就いて、表向きの体裁を装ってるんだよ。その本来の役職は、叔父さんの右腕、っていうところかなぁ…。というか、本人がレーヴェティアを離れたがらないのが、1番の理由なんだけど」
「レーレさん、団長のこと好きだもんねー。わかる、わかるよーあたしには」
目にも止まらぬ早さで作業をこなしながら、ロッティがそう口にした。
「へぇ、やっぱりレーレさんって、そうなんだ」
「わかってないのは、叔父さんくらいだろうなぁ……。ああ、いや、レオ副団長もかな。レーヴェティアの街は、そっち方面はニブチンばっかだからね」
「……そうね」
何人か思い当たる人物が頭を過って、リィルは苦い表情を作った。
黙々と──グレイの悲鳴を除く──作業をこなすこと3時間。一度休憩を挟むこととなったアルフ達。
時間は既に、5時を回ろうとしていた。
ロッティとリィルは連れだって本部2階の浴場に向かうと言って部屋を後にしたので、今はグレイと2人だけである。
「──なぁ、グレイ」
1人で石に魔力を込め続けるアルフが、手を休めずに言葉を口にした。
ロッティとリィルにはバテが窺えたが、アルフは未だピンピンしていた。とんでもない魔力量だ。
「なーんで、人とイクリプシアの戦争は、終わらないのかな…」
「……何だよ、藪から棒に」
「だって、もう100年は越えてるんでしょ、人間とイクリプシアの争いって。オレは直接見たことがないからよくわからないけど、イクリプシアの使う『言霊結』って、それはそれは凄いらしいじゃん。それなのに、何で人類って、未だ滅びないのかな…」
「いや、訊かれたって、オレも見たことねぇから知らねぇけど。っつーかその感じだと、まるで滅んで欲しいみたいだなぁ、おい」
「そういうわけじゃないんだけど…」
「……まぁ、最たる理由は、イクリプシアが馬鹿だから、だろ」
「馬鹿?」
グレイの言葉に、思わず魔石を取りこぼしたアルフ。首だけを捻ってグレイに向き直ったアルフに、グレイは言葉を続ける。
「そうさ。馬鹿だ。ああ、いや、馬鹿ってよりゃ、未熟…っていうのが正しいか。アルフ、お前特に何もしないで、例えば産まれたその瞬間から団長くらい強かったら、修行しようと思うか?」
「うーん、叔父さんくらい強かったら…そうだなぁ……。最初からそんなだったら、少なくとも修行するのが馬鹿らしくはなるだろうね」
「それとおんなじだろうよ。『言霊結』なんつー便利で強力なとんでも能力が最初っからあったら、わざわざ強い魔法を身に付けたり、魔導科学を研究したりすんのが馬鹿らしいだろ? だって、『言霊結』がありゃ、そんなことしねぇでも何だって出来るんだからよ」
「──ああ、だから未熟、なのね」
グレイの言葉に小さく頷くアルフ。要は、灯台もと暗しの状態なのだった。強すぎる力を持って生まれたが故に、足元が疎かだ。
グレイの指摘は、確かに的を射ているような気がした。
「そ、未熟。デッカい力に目が眩んだ、ガキんちょの集まりってわけだ。なまじデッケェもんを最初から持ってるからこそ、生まれながらの強者なんだろうぜ。だから、弱者が取るような思考に至らない。弱者がするような試行に至らない。もしあいつらが『言霊結』なんて力を最初から持ってなくて、修行の末に身に付くとかだったら、もしかしたら、或いは今頃人類は滅んでたかもしんねぇな。そういう意味では、人類が未だ生き残ってんのは、人類が弱者で愚か者で、イクリプシアが強者で未熟だからこそ、ってとこだろうぜ」
そう言って、グレイは立ち上がった。
「──さて、ちょっちオレも席を外すぜ、アルフ」
「……うん? どっか行くの?」
「いやぁちょっと野暮用に。これは男として、見過ごせないからな」
未だ気づかないアルフ。グレイの手が、ワキワキと空中を泳いでいた。
「おっと止めてくれるなアルフ。男にゃ、やらなきゃならねぇ時があるんだ」
口を開きかけたアルフを左手で制して、グレイはそう言って部屋を後にした。
「……あれ?」
何か嫌な予感がして、アルフの頬を冷たい汗が伝った。
「……あ…れ……」
あと少し。喉元まで出掛かっている気はするのに、どうしても答えが出てこない。
たっぷり数分考えて、ようやく、アルフは答えに辿り着いた。
そのあまりの自然な動作に、アルフはすっかり気がつかなかった。
グレイが、縄でグルグル巻きにされ、拷問をされていたということに。
つまり、動けない状態であったことに。
そして、グレイが何をするつもりなのか。それ自体はわからなかったが、とにかく嫌な予感がして、アルフは部屋を飛び出した。
既にグレイの姿は廊下に無し。だが、それに反して嫌な予感はどんどん積み上がっていく。
「……まさか…。いや、まさか……」
脳裏に過ったそれを頭を振って振り払ったアルフだったが、いや、あいつなら……やりかねない。
神のお告げのような予感をもって、アルフは走り出した。
「それは…それはマズイでしょうよ…!」
もし、予想していることが正しいなら、大変なことになる。
ただでさえこの忙しい時期。ラーノルドは、エルティアに向かって出立している。レーヴェティアの長として、新生エルティアに顔見せしたり、現場で指揮を執ったりと、やらなければならないことが沢山あるのだ。
そんなわけで先日、ラーノルドはヴァスタードへ向けて街を出た。その直前に、アルフにある言葉を残して。
『頼むから、私がいない間にこれ以上やらかしてくれるなよ? 私がいないんじゃ、諸々食い止められんからな…』
酷く疲れた表情でそう言っていたラーノルド。その言葉から今日までで、リィルが新たにドアを1枚ぶち抜いてくれたこともそうだが、大小色々、問題児達はやらかしてくれている。これ以上、何かあってみろ。
「叔父さんに……合わせる顔がない…。というか、収集が付かなくなる…」
青ざめた表情で、アルフは大慌てで走った。




