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Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第二章【襲来のイクリプシアと動き出す歯車】
33/53

01 幼き種族

 

「……そう…か…」


 そこは、拓けた室内だった。だだっ広く設けられた空間は、威厳を著すよな立派な石造りの支柱によって高い天井を持ち、縁が金に塗られた豪奢な紅い絨毯が敷き詰められ、窓はなく、そして壁も設けられていないため、吹き抜けとなっている側面からは空の青がよく見える。

 一言で表すならば、そこは玉座の間であった。


 室内は後方に雛壇を設え、その最上段にこれまた豪華な装飾の施された玉座が2つ。あまりにもあんまりなそれは、逆にそれが稚拙に思えてくるまでに、見事なまでにきらびやかな玉座であった。

 本来その椅子に腰かけるべき者は、室内側面の吹き抜けから、外の景色を厳しい表情で見下ろしていた。外見的な特徴で言えば、およそ40代頃だろうか。

 金色の髪に王冠を載せ、細められた翡翠色の瞳を持つこの人物こそ、イクリプシアの現在の王である。


 見た目こそ40代程に見えるが、その実年齢は既に200を越えている。イクリプシアの寿命は、人類のそれとは比較にならない。


 王の視界に移るのは、遥か彼方まで続く地平線と、空の色。大陸の中でも取り分け高い岩肌の上に構えられたこの居城から見下ろす世界は、そんな途方もないものだった。それを、実につまらなさそうに、冷めた目で見下ろす。



 その一報が入ったのは、地上にてそれが公表されてから、およそ8日を過ぎた頃だった。

 ダルタネス大陸が街の1つ──エルサーラの解体。および、エルティアとして、レーヴェティアの支配下のもと、新体制のもとに再建。


 外面を見れば、レーヴェティアにちょっかいを出したエルサーラが、ぶっ潰されてレーヴェティアに占領された、ということだが、イクリプシアにとっても、それは大きな問題だった。

 憎き人類。その最大戦力であるヴァスタードに劣らない強力な街であるレーヴェティアが、ダルタネス大陸にその勢力を伸ばしてきた。これは大きな問題だ。


 今日に至る、この人間対イクリプシアの対立状勢は、謂わば籠城戦の様相を呈している。『浮遊大陸(エリアルグランデ)』に立て籠ったイクリプシアに対して、そこと地上を結ぶ唯一の”門”に、人類が進行しようとしている、といった具合だった。


 イクリプシアの扱う『言霊結(リート)』は非常に強力だ。人間では到底出来ないことを軽々とやってのける。なのに、何故、イクリプシアは未だ人類を打ち倒すに至ることが出来ないのか──。


 それには、幾つかの要因がある。

 まず、決定的な事実として、イクリプシアの総個体数は、人類のそれより圧倒的に少ない。単純な兵力が不足しているのだ。


 そして、この『浮遊大陸(エリアルグランデ)』と地上との移動方法。これが非常に厄介だった。

浮遊大陸(エリアルグランデ)』は、地上最大面積を誇るギリア大陸よりも遥かに大きい。しかし、イクリプシアが地上に降り立つには、この大陸とギリア大陸を繋ぐ”門”を通るか、この大陸から落ちて降り立つか、しか方法が存在しない。

 そして、”門”を通らずに降り立った場合、辿り着く場所は、この大陸の位置座標の関係で、広大な海原か、或いはギリア大陸を除く他の大陸になる。


 最早言うまでもない。”門”に頼らず戦力を放ったが最後、その兵達は容易に『浮遊大陸(エリアルグランデ)』に帰ってくることが出来なくなるのだ。

 例えば、件のダルタネス大陸に降り立ったとしよう。こうなると、ダルタネス大陸の人間を蹴散らして、船をかっさらって、長い航海の果てにギリア大陸に至り、そして最大の難所である対立の最前線を越えなければならない。


 もちろん、各大陸を繋ぐ『転移魔法陣』を使用する、という手もなくはないが、そんなことをするには、まず各大陸のそれを持つ街を突破しなければならず、しかもギリア大陸において『転移魔法陣』があるのは、ヴァスタード──地上で最も力を持つ街だ。


 事実上、”門”以外のルートで地上に出向いた者達は、この大陸に戻って来ることが出来ないのだった。

 だが人間は違う。圧倒的個体数を誇り、『転移魔法陣』なるもので、容易に大陸を渡り、それによって戦力を一気に集束出来る。


 地の利、数の利は人間にあり、そしてこちらは移動手段のせいで迂闊に戦力をギリア大陸以外に投じることが出来ない。



 ならば、最大戦力でもってこの”門”に群がる人間共を蹴散らしてしまえばいい。その筈だった。だが、それを邪魔する要因があった。

 ──いや、ある、らしい。


 傷つき倒れた同胞が、口々に呟くのだ。「化け物がいる」、と。

 しかし、誰もその容姿、能力、素性を知らず、ただ「いる」とだけ口にし、しかしそれ以外にわかることと言えば、「美しい女性である」ということだけだった。


 いるかどうかも定かではないこの謎の人物が、イクリプシアの進軍を止めていた。

 それに付け加え、その最前線にはヴァスタードが最大権力者──クラノス・ローラテイズを含め、各街から強者が集まっている。


 この結果、攻めように攻めることが出来ない、という現状を生んでいた。

 これによって出された結論は、「徐々に”門”以外のルートで戦力を投じつつ、ギリア大陸を除く他大陸を制圧。最終的にヴァスタードを囲うように攻め滅ぼす」という、何とも言い難いものとなってしまった。


 しかし、理に叶っているとも言える。何せイクリプシアの寿命は人間のそれに比べて長大だ、焦る必要などない。今は容易に崩すことが出来ない戦力も、次第に歳月による衰えをみせ、やがては死んでいく。ならばそれまで、ゆっくりと文字通りの高みの見物をしてやればよい。

 ゴリ押しで通るならそれでよし、ダメなら別の場所からじわじわと。人間と違って、時間はあるのだから。だから、寧ろ性急に事を動かす方が芳しくない。



 そう思っていたイクリプシア達に電撃を走らせたのが、『エルティアの誕生』という一報だった。


 人間の戦力が集中するのは、『浮遊大陸(エリアルグランデ)』へと繋がる”門”だ。従って、ギリア大陸に比べると大陸の戦力は、決定的な差が生じている。

 だが、ヴァスタードに劣らない強力な街であるレーヴェティアの支配下に置かれた街など誕生してみろ、それは、レーヴェティアまでいかないまでも、やがてその魔導科学の技術が十分に反映された強い街に至る、ということを意味する。


 そして、同時にレーヴェティアの庇護下に入った街が出来た、という事実が、ダルタネス大陸に出来上がってしまった。

 簡単に言えば、「レーヴェティアの支配下に入れば、その恩恵を今まで以上にも貰うことが出来る」という前例が、示されてしまったのだ。



「……このまま捨て置けば…やがてダルタネス大陸はレーヴェティアの色に統一されるだろう…な。そうなれば、今まで以上に、ダルタネス大陸を制圧するのは、難しくなるやもしれん…」


 人類は、決して一枚岩ではない。その筈だった。だが、この前例によって、「レーヴェティアの旗の元に下るならば」という条約がつくが、その体制が統一されていくだろうことは、容易に想像出来る。レーヴェティアの条件さえ呑めば、レーヴェティアが護ってくれるのだ。


 だったら、わざわざ他の街の脅威を気にして躍起になる必要なんかないだろう。寧ろ、レーヴェティアの支配下に入ることで、無駄な人間同士の衝突を回避出来る。その視線は、その敵意は、余さずイクリプシアへと向くだろう。

 そうなれば、ただでさえ攻めづらいこの状況は、さらに難攻不落のものへと陥るだろう。



「陛下……このままでは…!」


「……わかっている」


 陛下と称されたその男は、未だ吹き抜けの向こうの外を眺めている。そして、その男に背を向けられているにも拘わらず、かしづく若者。下を向いたその表情には、明白な焦りが出ていた。


 だが、「わかっている」という言葉の先、幾度待てども続きは返ってこない。痺れを切らす若者。だが、ここで思いもよらない言葉が投げ掛けられた。


「父上、もう手段を選んではいられないのではないか!」


 空を眺めるその男の近くにある、高い天井を支える石の柱。1つに背を預けて、外見年齢20歳後半程の男が、そう口にした。金色の短髪、翡翠色の瞳。どことなく、空を眺める王に面影が似ているその人物は、第7王子その人であった。


「ザーツヴェルド殿下…」


「この際だからはっきりと進言させていただきたい!」


 ツカツカと足音を立てて歩み寄ったザーツヴェルドに対して、ようやく王は向き直った。


「……申してみよ」


 低く、特にあまり関心を抱いていないような口調でそう言った王に、ザーツヴェルドは苛立ちを孕んだ表情で詰め寄った。


「…っ! ではお言葉に甘えまして…! 我々イクリプシアは、あの腐った人間共に比べるべくもない崇高な存在だ! 我等の歴史において、あの低俗極まりない野蛮な者共に一時とは言え支配されていたことは、汚点に他ならない! 我等イクリプシアは、あんな腐った奴等とは違い、誇り高き種だ! だが、だがしかし、それ故に、我等は決定的に不足している! そう、我々は……憎らしいことだが、こと知識や技術といった面で言えば、あのクソ共に遥かに劣っている!」


「……ふん、高々50年とそこらしか生きておらぬ若造が、しゃしゃりおるものだな」


「否、父上達が頑なに過ぎるのだ! 我等イクリプシアは、『言霊結(リート)』に頼りすぎている! その結果が、この有り様だ! 賢しくも人間は、航路以外で大陸を移動する手段を獲得し、果ては数多の魔導具を開発するに至っている。知っておられるか、人間は掌大の平たい鉄の塊で、離れた相手と会話をする術まで確立しているのだ! 比べて我等はどうか!? 『言霊結(リート)』は万能だ。だがそれ故に、我等は魔法を始めとしたあらゆることに対して、勉学を怠った…! なまじ何でも出来る力が故に、何ら新地を開拓してこなかった! そのツケが! この状況ではないか!! だからどれだけ月日が経とうと、あのクソ虫共を討てんのだ!!」


「で、殿下…! いくら何でも些かお言葉に過ぎ──」


「──貴様は黙っていろ! 下郎が!」


「……っ」


 言葉と共に振り回された足が、かしづいていた男の側頭部を襲った。それによって倒れ込んだ男は、しかし歯をキツく結んで、上体を起こした。それを不服そうに睨み付けながら、半ば男を無視する形で、ザーツヴェルドは続ける。


「父上、今一度進言する。最早手段は選んではいられないのだ、と…!」



 荒く肩で息をつくザーツヴェルド。それを冷ややかな目で見る王。だが、その王とて、内心では同じことを考えていた。



 ──敢えて簡潔に、かつ単刀直入に表してしまえば、イクリプシアは馬鹿である。

 ……いや、流石にそれは言葉に過ぎるだろうか。ただ、稚拙であることは疑いようもない事実だった。


「……貴様の言うことは正しい、ザーツヴェルドよ」


 だから、王の言葉は、ザーツヴェルドにとっても予想外のものであった。


「その通りだ。我々には、『言霊結(リート)』がある。それ故に、新たに何かを開発する、工夫する、といった必要があまりなかった。人間の歴史は、正しく起こされてからおよそ1000年。だが、我々イクリプシアはどうか──。たったの300年だ。積み上げてきた歴史も浅ければ、その見識も底が見え透いている。今イクリプシアが獲得している知識や技術とて、元を質せば人間のそれを模倣しているに過ぎん…。寿命こそ長いものの……いや、長いからこそ、か。長寿であるが故に、成長を嫌う傾向が強い。そう、貴様の言葉通りだ。このままでは、あと幾ばく経とうが、人間を討つことなど、叶わぬやもしれんな……」


 イクリプシアには『言霊結(リート)』がある。その強力無比なる力を前に、人間は無力であった。そして、それに拍車をかけたのが、この『浮遊大陸(エリアルグランデ)』の存在だ。魔物の脅威もない。”門”さえ掌握すれば、人間の手も届かない、安寧の地。


 それ故に、『浮遊大陸(エリアルグランデ)』は地上に比べ、圧倒的に平穏だった。

 だが、それが結果的にイクリプシアを進化を衰退させた。

 既に強力な力を有していて、寿命も長い。そして、この地に留まっていれば、平和そのもの。



 対して人間はどうか。街を出れば魔物に襲われ、イクリプシアの脅威に晒され、およそ安寧と呼ぶには程遠い。人間同士の争いもあり、唯一の抵抗手段である魔法だって、イクリプシアは使えるのだ。

 だが、だからこそ、人間は死力を尽くした。魔法を磨き、魔導科学を発展させ、今日に至っている。


 確かに『言霊結(リート)』に比べれば、魔法など可愛いものだ。そして、人間1人の存在など、イクリプシアにとっては然したるものではない。


 だからこそ、『言霊結(リート)』と安寧に胡座を掻いたイクリプシアと、か弱い筈の力を研ぎ澄まして束になってくる人間。だからこそ、この勢力関係は、拮抗するに至っていた。もし、イクリプシアに『言霊結(リート)』がなければ、今頃はとっくに滅んでいるだろう。


 人類という種は、イクリプシアに比べれば、遥かに脆弱だった。だから、人類という種は、泥を啜ってでも生き抜く気概があった。自分達の無力を認識し、手の短さを知っていた。それ故に、届かない木の上に届くように、足場を作ったり、棒を握ったり、あらゆる手段を貪欲に試行し続けた。


 何故、人類を未だ滅びに至らないのか──。それは、人間が弱者であるが故、だった。弱いからこそ、強者には無い考えを起こす。弱者だからこそ、強者に踏み潰されようと、食らい付く。


 何故、イクリプシアは人類を滅するに至れないのか──。それは、イクリプシアが生まれついての強者であるが故、だった。強いからこそ、王道で堂々と敵を蹴散らす。小細工、策略、謀略、搦め手、そんなものに頼る必要など、微塵もない。そんなことをしなくとも、力があるのだから。



 だから、今一歩のところで、人類は辛くも堪え忍んでいる。



「そこまでわかっていながら、何故…!」


「──だが、だからといって、貴様の考えているようなことを看過するわけには行くまい」


「……っ!」


 ザーツヴェルドの表情が固まった。見透かされている。王の視線を受けて、そう、感じたからだ。


「……あれは危険に過ぎる」


「…し、しかし…しかし、そうでもしなければ、どうにもならないではないか! 『地上最強』等と呼ばれる存在のせいで、ギリア大陸の進行はままならぬ! かと言って別大陸とて、無作為に兵を放つことも出来ず、エルティアのように団結する事例も現れた! この期を逃す訳にはいかんだろう…! それとも、他にお考えがあってのことか!」


「……」


 王は──言葉を口にしなかった。わかってはいても、どうしようもなかった。

 それほどに、イクリプシア達の『言霊結(リート)』への絶対の信頼は揺るぎないものであったし、『元老院』の堅物共を振り向かせるには、王は無力に過ぎた。


 そう、王とは称されているが、この人物──フォールグイード・アイン・リードリッヒは、所謂、傀儡の王であった。






 ********************


『──といった状況です』


「なるほどのぅ……。フォールグイード……あやつも、心労に絶えぬようじゃな。馴染みの顔がそのような憂き目に遭っておるというのも、何とも言えんものがある」


『他人事だと思って…。そもそもお嬢が此方にいれば、こうはならずに済んだのでは? というか、殿下も殿下だ、いきなり蹴り付けるなんて、まったく礼儀がなっていませんよ…。お嬢がもっとちゃんと教育していれば、イクリプシアもこうはならずに済んだのかもしれませんよ?』


「ふっ…買い被りが過ぎるぞ、お主も。妾はか弱い女の子ぞ?」


『か弱いって……お嬢がか弱いなら、私などどうだと言うのですか。それに、女の子って歳じゃ──』


「ア"ァン…?」


『──何でもありません!』


「……良い。妾は寛容じゃ。許して遣わす」


『ありがたき幸せ…!』


「うむうむ、苦しゅうないぞ」


 その場所は、確かに玉座の間とでも呼ぶべき場所であった。

 だが、イクリプシアの王がいた空間が空想を基に造られたような幻想的なそれであるのに対して、この場所は現実的なそれだった。


 より具体的に言えば、生き物臭さが感じられる、どこか温かみのある空間だった。

 確かに、柱に持ち上げられた天井は高く、柔らかそうな紅い絨毯が敷かれた石畳は、しっかりと磨きあげられ、美しい光を放っている。天井を支える柱だって、しっかりと形が整えられている。しかし、その美しさは、余計な装飾を施さない、流麗に洗練された美だ。


 彼の王が逐わした玉座の間が、誰しもが思い描く有らん限りの装飾で着飾った幻想的な美であるのに対し、こちらはより追究された、人の手によって創られた有限の美。過度な装飾もなく、しかしそれ故にスッキリとした美しさがある。



 だが、肝心の玉座はというと、酷く質素なものだった。というか、それは玉座と称してよいのだろうか、と思わんばかりだった。壇が設けられているでもなく、ただ広い空間の中央に無造作に置かれた、1脚の椅子。


 確かに、美しい椅子ではあった。漆黒に塗られ、磨きあげられた、丁寧な仕事によって作られた椅子だろうことは窺える。だが、玉座というよりも、そう、単なる椅子だった。普通より少々大きい程度。そして、多少クッションが利いてそう、というくらいの、ごくありふれた椅子。

 果たして、その人物は、その椅子に腰を落としていた。


 人形のように整った目鼻立ち。シルクのようにキメ細かな肌。長い睫毛から覗く、宝石のように美しい新緑の瞳。そして、椅子のそれと見紛う程に、艶やかな長い髪が、絨毯の赤に黒を溢している。


 見たままで歳を訊かれれば、10代半ばに届くだろうか、といったくらいだろうか。そのあどけなささえ感じる表情に、その小さな体躯に似つかわしくない程に豊かな胸。いっそ凶悪と言うべきだ。



「しかし、そうなると、最早ザーツヴェルド…だったか。其奴の暴走は止められんじゃろうな。やはりあれを使うか…」


 見た目通りに、その声色にも幼さが感じられる。しかし、言葉遣いには些か古くささがあって、どこかミスマッチを起こしていて、妖艶な雰囲気が漂っている。


『はい、恐らく、制止を振り切り、『重奏』を使うものと思われます』


 彼女が耳に当てていたのは、金属の平たい端末──『魔導式情報端末(テレサ)』であった。


「ふむ……。あれの開発に辿り着いたのは見事じゃが、とは言え…のぅ……」


 右肘を椅子の肘掛けに預け、左手の人差し指で顎を掻いたその少女は、小さくため息を溢した。


「全く、本当に頭の足りん奴ばかりじゃの…イクリプシアという種は。長生きの割に、精神が幼すぎる。うぬもそうは思わぬか?」


『え、いや……お嬢がそれ言うんですか…? あ、いえ、何でもないです…』


「…まあ良い。妾の造った(・・・)楽園じゃ、そこではしゃぐわっぱには、お灸を据えてやらんとな」


『……ええ』


「うぬは引き続き、監視を怠らぬよう、計らってくれ。対処の方は、こちらでするのじゃ」


 そう言い残して通話を切り、そして、少女は今度こそ盛大にため息をついた。


「…はぁー…。これだから嫌なのじゃ! 何が王道じゃ! 何が強者に策は無用じゃ! 大して頭も働かん癖に態度ばかり一丁前! ああもう、人間も人間じゃが、何故こうもイクリプシアは愚か者ばかりなのじゃ! ようやく至ったかと思えば、斯様な浅ましい手段に手を染めるとは! まったく…!」


 地団駄を踏み、髪を振り乱して怒りを顕にする少女。言葉遣いこそ変わらないが、どこか威厳らしいものがなくなったようにも感じられる。それこそ、歳相応の少女のそれのようだった。



「お嬢、そんな怒鳴り散らしてるんじゃあ、小皺が増えてく、ってぇもんだぜ?」


 そこに投げ掛けられた声は、人間で言う中年程度の歳を窺わせる声色のものだった。

 とりあえずは玉座の間と称するが、そこにいるのは、今なおギリギリと歯軋りする少女と、禿頭の大柄な男だった。浅黒く焼けた肌。そして、やはり瞳は翡翠色。この男もイクリプシアだった。


「……ほほう、妾に対してそんな口を利くか。うぬも随分と大きくなったものじゃのぅ…」


 ミシミシと、石畳が、柱が悲鳴をあげる。まるで、空間が彼女の殺気に呑まれていくかのようだった。


「お、おいおいお嬢、冗談だってぇの。オレぁまだ、死にたかねぇぜ…」


「ならば何をこんなところで油を売っておるのじゃ!?」


「……呼び出したのは、お嬢じゃあねぇか…」


「……ぬ、そうであった」


「……」


 じとーっと睨んでくる男の視線をかわし、少女はヒューヒューと吹けもしない口笛を吹いていた。


「…あー、で、オレを呼んだ用、ってぇのは何なんだ?」


「おお、そうであったそうであった。うぬにはこの後、ギリア大陸に跳んで貰いたいのじゃ」


「……何でまたそんなとこに。……お嬢、まさか見えた(・・・)のか」


「うぬ。そこでお主は、1人の人間と相対することになる。どうやらそれが、『重奏』をどうにかする鍵のようじゃ」


「ほーん。んで、構わねぇけどよぉ、どんな奴なんだ、一体。オレが会わなきゃならないってぇ、人間はよぉ?」


「簡単じゃ、尋ねればよい。『オレの雇い主は誰か』、とな」


「そう言うと、どうなるっていうんだ?」


 ニヤリと笑いながら青筋を浮かべて、少女は答えた。


「その人物は、笑って言うじゃろう──」


 男は、その先の言葉を聞いて、青ざめた。

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