XX 終わりの到来・始まりの邂逅
後悔した。その時には、何もかもが遅かった。
横たわる、それまで生きていた者達。原因があるとすれば、それは──。
彼は、レーヴェティアきっての法術の天才だった。
ロッティを、そしてラーノルドをも上回る、圧倒的な才能。剣の腕だって、アルフより上だった。それが槍であっても、鞭であっても、彼は自在に使いこなしてみせた。
彼は、確かに強かった。戦闘力でみれば、或いはラーノルドや、クラノスにだって及んだかもしれない。
彼は、何でも出来た。料理だって洗濯だって、勉強だって、それこそ、その才能は努力というものを嘲笑う程だった。
そんな自分が誇らしかった。自分にとって当たり前のことが出来ない者達を、蔑んでいた。
彼を嫌う者は多かった。傲慢であり怠惰であり、強欲であり浅慮であった彼は、とにかくその全てを、およそ自分に注いでいた。
彼の中では、自分自身の存在こそが、何物にも勝る宝だった。
──というよりも、理解出来なかったのだ。持たざる者の気持ちを。稀代の天才として謳われ、何不自由なく育ち、そしてそれ故に我儘だった。
だが、それでも、そんな彼を愛してくれた妹、そして文句を言いながらも慕ってくれていた者達は、確かに彼にとって、宝であった。
しかし、それでも、『グレイ・ヴェルタジオ』という存在は、自身にとって秤に掛けるまでもない程に価値が高かった。そう、思っていた。
だから、この結果は彼が招いたものだ。力を持ちながら、それを使わなかった。使えなかった。
自分が死ぬこと。それが、それ自体が最も避けるべきことである。そう、思ったからだ。
死んだ。アルフ・トゥーレリアも、ローゼリッテ・セブンスワースも。
赤い水溜まりに沈む込むように倒れたまま、彼等はピクリとも動かない。もう二度と、動かない。
身体の所々が、まるで何かに蝕まれたかのように腐敗している。
凄惨な姿だった。
そして、今まさに、彼の最愛の人物が、その狂気に曝されようとしていた。
独善的で身勝手で、臆病で情けなく、我儘で他を蔑んで嘲笑い、自分という価値を高めるためにしか周りを認識していなかった、そんな彼をそれでも愛してくれた最愛の妹が、目の前で殺されようとしていた。
「アリスっ…!!」
彼は、酷く自分を呪った。自分を否定した。
──どうしてこんなことになったのか。
──どうしてこんな事態を招いてしまったのか。
──どうして、こんなにも僕は弱いのか。
最愛の妹が最後まで戦おうとしていたのに、どうして逃げ出したのか。
最愛の妹が最後まで諦めなかったのに、どうして諦めたのか。
ことその状況に至って、ようやく彼は気がついた。
確かに彼は、強かった。何でも出来た。だが、誰よりも弱かった。心が──弱かった。
いいや、違う。そうではない。本当は、気がついていた。だが、それから目を逸らし続けていたのだ。
誰よりもいいかっこしいの癖に、誰よりも臆病で、逃げ腰だった。
だから、失うのだ。護るべきものも護れず、救うべきものも救えず。
そして、それが何より怖いことであることに、彼はようやく気がついた。
──怖かった。怖い。失うことが。
アルフが死んだ。ロッティも死んだ。それが、堪らなく怖かった。
そして、今まさに、最も失いたくないものが、無くなろうとしていた。
だが、遅すぎた。手は届かない。何をしても、間に合わない。
時の流れが忘れられる程に、全てがゆっくりとして見える中で、彼は強く後悔した。
(こんな想いをするぐらいなら、逃げ出さなければよかった…)
時の流れが止まっていると思える程に、全てが動かない心の中の世界で、彼は強く思った。
(誰よりも、誰よりも速く──この手を届かせることが出来たなら…アリスを救うことが、出来るのに…!)
時の流れが遡行して感じられる程に、研ぎ澄まされた魂で、彼は強く願った。
(力が…欲しい。このクソみたいな世界を呑み込み、摂理も道理も何もかもを凌駕し、統べる力が…! それが出来ないなら──アリスが死ぬような世界なんか…いらない……!!)
彼は、そうして目の前で起きたことを否定した。
自分の命なんか、どうだっていい。何を差し出してもいい。ただこの瞬間、最愛の妹を救うことが出来るならば──これまでの自分を淘汰出来うる、この腑抜けた心を凌駕する強さが手に入るならば、地獄に落ちようが、どうなろうが構わない。
そして、それは訪れた。
己が心の弱さを痛感し、その弱さを否定し、余りある才能を持ちながらもそれを振るうことの出来なかった自分と決別し、そうしてそう深く後悔しながらも、愚かにもこんな事態を招いた世界を恨んだその時、何かが、彼の中に生まれ落ちた。
唐突に、彼は理解した。何の前触れもなく、新たに手に入ったそれを、その使い方を、その効果を、刹那の間に学習した。
彼は思った。この力があれば、妹を救うことが出来る。この力があれば、妹だけは、救うことが出来る。
そう、思ったのに。
狂気にまさに襲われようとしていた妹は、影も形も無くなっていた。
まるで最初からそんな事実はなかったとでもいうかのように、妹を殺さんとしていたその化け物は、次なる獲物を求めて辺りを見回している。
それが、力の代償だった。
時の流れをも歪めるそれは、ある時に唐突に芽生える。そして、その瞬間に使い方を習得する。
だが、同時に、何らかの対価が差し引かれる。
彼はそれまで、こう思っていた。自分の最も大切なものは、自分自身だと。だが、不幸にもその瞬間、彼は気がついた。最も大切だったのは、こんな自分を愛してくれていた、妹であったのだ、と。
そして、それ故に、最悪の結果が生まれた。
その力は、こう呼ばれている。”時間超越”と。
力の内容は、個々によって異なる。だが、共通していることがある。
それは、その力を得るに足る資格である。自身を嫌い、世界を呪い、運命をも恨んだその時に、極めて一握りの可能性でそれは開花する。
だから、”時間超越”に目覚める者は、決まってその瞬間にとてつもない後悔と怨嗟を孕んだ者達である。
あらゆる事象には、必ず代償が必要だ──。
例えば、火を起こそうとすれば、その燃料となる紙や木が必要となるように。
例えば、人が生きるために、家畜や植物の生を奪うように。
”時間超越”は、時の流れをもねじ曲げる、大それた代物だ。そして、それ故に代償も凄まじかった。
この力は、開花する瞬間にその者が抱いていた大それた幻想に近しいそれを体現する。そして、それに見合う対価を無作為に奪っていく。
彼が手に入れたそれは、『自分自身に関与する事象の時の流れを極端に加速する』というものだった。
言い換えれば、それはつまり、『自分以外の全ての時間の流れを低下させる』ということに等しかった。
あらゆる事象には、必ず代償が必要だ──。
そして、彼が手に入れたこの力の代償は、あまりにも大きかった。
きっと、こんな状況でなければ、彼が失ったのは、彼が持つ多くの才能だったかもしれない。
だが、あの瞬間、妹が今まさに殺されようとしたその瞬間、彼は気づいてしまったのである。最も大切なものは、こんなクソったれな自分を一心に愛してくれた、『アリス・ヴェルタジオ』の存在であったことに。
そして同時に、力を持ちながらもそれを振るえなかった自身の価値を蔑んだ。
それによって、彼の中でパラダイムシフトが発生した。自分自身に、価値が無くなってしまったのだ。
それが最悪の結果を招いた。代償として差し出すべきものに、その力の対価となりうるものに、大きな変動が生じてしまったのだ。
「あ……あ………」
彼は、力を手に入れた。最愛の妹を護ろうとして、最愛の妹を対価にして。
この時、この瞬間をもって、『アリス・ヴェルタジオ』なる人物は、この世に存在していなかったことになった。
その出生も、彼女が生きてきた全ての証が、消え失せた。ヴェルタジオ家に、『アリス』という者はいなかった。
「──ッ…! アアァアアアアァァアアァァァアァアァァアアアアアア”ア”ア”!!」
その日を境に、グレイ・ヴェルタジオは──壊れた。
部屋に籠り、家族にさえ顔を見せようとしなかった。もう、こんな世界に価値はない。
アリスのいない世界など、消えてなくなればいい──。
それから、どれくらいの月日が流れたのか、彼自身もわかっていなかった。
或いは数日か、或いは数週間か、或いは数ヵ月か、数年か──。
自分自身の価値を見失って、生きる意味すらも失って、それでも彼は、生きていた。生きてしまっていた。
何故なのか──。幾度も死のうと思った。幾度も自傷を繰り返した。
それでも、今一歩のところで、彼は生にしがみついてしまった。
寧ろ、誰か殺してくれとさえ思った。だが、そう思いながらも、彼は部屋から出なかった。
例えば、街の外に出て、魔物に嬲り殺されればいい。
例えば、ヴァスタードまで赴いて、イクリプシア共に向かって突っ込めばいい。
死ぬ手段なんて、それこそ幾らでもある。風呂場で溺れるでもいし、首を吊ってもいい。
それどころか、この世界には魔法なんて代物があるんだ。自分自身を燃やしたっていいんだ。方法は腐るほどある。
それでも、それなのに……。彼は、その一歩が踏み出せなかった。
だが、そんな彼の願いが通じたのか、それは起こった。
地を揺らす凄まじい轟音が世界を揺るがした。思わず閉めきっていたカーテンを開いて外を見れば、上空に浮かぶ大陸が、どこかから伸びた光の柱に貫かれていた。
そして、大陸は光に変わって──地上を、光の雨が満たした。
雨は、地上の全てを呑み込んだ。優しく、柔らかな光だった。そして同時に、何もかもを否定するような光だった。
そう思った瞬間、彼の意識は、途切れていた。
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『もう、お兄ちゃんは本当にしょうがない人だなぁ…。そんなだから、友達少ないんだよ?』
『私はね、この世界を救いたいの! イクリプシアからみんなを護って、それでみんなが安心して暮らせる、そんな世界にしたいんだ!』
『誰かが傷つくのが見たくない。自分が傷つくのが怖い。お兄ちゃんはきっと、誰よりも優しくて、それで脆い人なんだよ…。でもね、私はお兄ちゃんのこと、大好きだよ?』
『私は、アルフくんやロッティちゃんに死んで欲しくないもん。もちろん、お兄ちゃんもだよ』
『ねぇお兄ちゃん、何で人とイクリプシアって、戦わないといけないんだろ…。お互いに手を取り合って、協力することって、そんなに難しいことなのかなぁ…』
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『お兄ちゃんお兄ちゃん! アルフくんとロッティちゃんと、私達でチームを組もうよ!』
『はぁ? ローゼリッテはともかくとし、何でアルフなんだよ…。あいつ、大して強くも何ともないじゃん』
『もー…アルフくんはこんなろくでなしのお兄ちゃんに良くしてくれる、大切な友達じゃない』
『とか言って、本当はお前がアルフの事を好きなだけじゃん…』
『ち、違う違う! 違うってば! そんなんじゃないよ! そんなんじゃ……ないもん…』
『僕はわかんないね…あんなのの何がいいのやら……』
『むぅぅう…アルフくんはとってもいい人じゃない!』
『ほーらムキになった。やっぱりアルフのこと好きなんじゃないか』
『うぐ……。そ、そんなことより、チーム名だよ! チーム名! 実は密かに決めてあるんだ!』
『……一応訊いておこうか』
『えっとね、『勝利の御旗』っていうのはどうかな?』
『……何それ。何でそんな名前なの?』
『私達は、この世界を救う最強のチームになるの! それで、みんなが安心して暮らせる世界にする! だったら、私達はみんなの希望でしょ? 希望の象徴と言えば、やっぱり旗だよ、うん!』
『……だっさ…』
『むぅう……じゃあお兄ちゃんがもっといい名前出してよ! ほらほら!』
『急に言われてもなぁ……。大体、僕は納得したわけじゃないし』
『いいから!』
『……『フューリアス』…ていうのはどうだ?』
『……ドヤ顔で言った割りに、なんかダサい…』
『お、お前のよりマシだろ!』
『えー、絶対私の考えたやつの方がいいよ!』
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そこは、何もないところだった。右も左も、後ろも前も、上も下も、何もない。
真っ白。空虚。空っぽ。無音。
空も、海も、川も、地面も、街も。
人の声も、何かの物音も、虫の鳴き声も。
何も存在しない。全てが白く、それはまるで、何かを描く前のキャンバスのように。
いや、違う。それよりも、こう言った方がいいのだろうか。
──まるで、描き終えた筈の絵に、白い絵の具をぶちまけて無かったことにしたかのような…。
そう、そういった類いの白だった。だからこそ、感じるのは虚しさだった。
「……次は、お前か…」
そんな真っ白な世界に、1つの色が生まれた。赤みの掛かった黒髪。真っ直ぐな青い瞳。歳の頃は、16歳くらいだろうか。
「誰だ…お前…。それに、ここは、何処だ?」
口をついたのは、そんな言葉だった。久しぶりに言葉を発した。そう思った。
なのに、声は別に掠れていなかったし、しっかりと発声できていた。そのことに、首を捻りながらも、この何も無い空間に突如現れたその少年を、彼は訝しげに睨む。
「オレの名前は、『赤月 玲』。……ああ、玲っていうのが名前で、赤月の方がファミリーネームな」
「アカツキ…レイ……。変な名前だな」
「おいおい、いきなり酷いなぁ…。まぁ、この世界ではそんなもんだわな」
ケタケタと笑う少年に、彼は苛立ちを覚えた。何が可笑しいというのか。
名前もそうだが、その服装だって、彼が知っているどの人間のそれとも違う。見たことのないものだった。
「オレは名乗ったぜ? お前は何ていうんだ?」
「……グレイ・ヴェルタジオだ……」
「グレイ……いい名前だな! オレの名前にも似てるし、なんか親近感が沸くな」
「僕は沸かない」
「……」
親しげに接している少年に対して、彼は冷めた対応だった。
「……お前…友達少ないだろ…」
「か、関係ないだろ…! それよりここは何処なんだ!?」
無性に、この少年と会話していると苛立ちを覚える。
そんな心境をはぐらかすようにそう口にして、彼は周囲を見回した。
と言っても、見てとったところで、あるのはどこまでも続く白。ただ、それだけだった。
「ここは、全ての始まりの場所にして、全ての終わりの場所…ってとこかな」
「……意味がわからない。頭、大丈夫か?」
「……ホンットにお前、友達いたのか? なぁ、そんなんで上手くやっていけてたのか?」
「だから、関係ないだろ! お前には…!」
「そうはいかねぇんだ…。これからお前とオレは、長い長い付き合いになる。それこそ、歳月なんてもんが可愛く思えるくらいに…な」
「……何を言ってるんだよ」
「んー…どっから話せばいいかなぁ…。取り急ぎ結論から言えば、お前達の世界は滅びました。或いは、遠くない未来にそうなる事が決定しました」
「…………はぁ?」
素っ頓狂な声をあげて、彼は少年──『赤月 玲』を睨み付ける。
「馬鹿なこと言ってんなよ。ふざけるのも大概にしろよ」
「いや、残念だけど、これは事実だ」
玲の顔から、笑みが消えた。その真剣な表情が、どこか心に突き刺さる。
「さっきも言ったけど、ここは全ての始まりにして終わりの場所だ。ここが在るってことは、そういうことなんだ」
「……意味がわからない」
「難しく考える必要はねぇよ。世界は滅んだ。ないしは、それに近しい状況に陥った。まず、それを認識しろ」
「そのまずがハードル高すぎるだろ…」
「いいから。世界は滅んだ。いいな、どんなに受け入れ難かろうがなんだろうが、それが事実だ」
「……はぁ。こりゃ、夢か何かか? まぁ、そうなら別に付き合ってやらないこともない。わかった、世界は滅んだ。オーケーオーケー。了解した」
はいはい、といった具合に、両手をヒラヒラさせながら、彼は半眼でそう言った。それを見た玲が、苦笑する。
「夢じゃないんだけどなぁ……。まぁ、ひとまずは置いておこう。なぁグレイ。お前、パラレルワールド、平行世界ってわかるか?」
「パラレル…ワールド? 平行世界…? 何だそれ?」
「凄く簡単な例を出すぜ? お前は、晩御飯を肉料理にするか、魚料理にするか、悩んでいる。さて、どっちを選ぶ?」
「……肉、かな」
「よーし、じゃあお前は肉料理を食った。肉料理と魚料理、どちらかを選ぶ状況にぶち当たって、そのうちお前は肉料理を選んだわけだ。けど、もしここで魚料理を選んでいたら、お前は魚料理を食っていた。つまり、『肉料理を食うお前』と『魚料理を食うお前』、この2つが可能性として存在していた、ってわけだ」
「それが、パラレルワールドか…?」
「ざっくり言うと、だけどな。要は、可能性、そして選択によって分岐するってのが重要だ。『肉料理を食った場合』と『魚料理を食った場合』。簡単な例だけど、こうして2つの世界に分かれるわけだ。こういった、『もしあの時別の選択をしていたら…』っていうのが、パラレルワールドとか平行世界ってこったな」
「……で、それが何なんだよ?」
「まぁそう焦るなって。時間はたっぷり──それこそ腐る程あるんだから」
玲はそう言って、何も存在しない白の中、その場に胡座をかいて座った。
「さて、お前は肉料理を選んだにしろ魚料理を選んだにしろ、とにかく空腹が満たされた。その後、どうする?」
何だか長い話になりそうな気がして、嫌気が差してきた。と言っても、どうやらこの夢はちょっとやそっとじゃ覚めてはくれないらしい。仕方がない。まあ、付き合ってやろうじゃないか。
彼は玲に倣って、その場に腰を下ろした。
「そうだな…風呂入って、寝るな」
「ああ、そうだな。何事もなければそうなるよな。何を食ったにしろ、お前は風呂に入って寝る。同じ状況にたどり着く」
「うんうん、それで?」
存外、何だか話す気分になってきた。
思えば、こんなに人と会話をしたのはいつ以来だろうか。思った以上に、自分は人と話すことに飢えていたのかもしれない。
いや、これが夢だから、なのかもしれない。現実は、くそったれなものなのだから。
「大事なのは、どちらの料理を食っても、お前が取る行動は同じところに行き着く、ってことだ。どっちの料理を選ぶかで2つに分かれた世界が、また1つになる。これをオレは、『平行世界の収束点』って呼んでる」
「パラレル…エンド……」
「分岐した世界は、収束する点を持ってるんだ。これの面白いところは、どうあっても収束する箇所は必ず存在するってことだ」
「ちょっと待て。それは納得いかない。じゃあ、僕がその日、寝なかったらどうなる?」
「簡単だ。『寝ない』という世界が誕生する。そして、最終的には『風呂入って寝る』世界に行き着く」
「なんか…横暴じゃないか、それ」
「横暴だな。が、別の言い方をすると、案外しっくりくるかもな。『お前が寝ない』って収束点が、新たに誕生した」
「それ、収束点って言えるのか?」
「ああ、言える。さっきの例で言えば、肉料理、魚料理、或いはまた別のものかもしれねぇ。けど何を食ったにしろ、『寝ない』って選択肢があることに変わりはねぇ。つまりは、それが収束点になりうる、ってことさ」
「……いまいち納得しかねるね」
「んー、じゃあ、もっと大局的な見方をすれば、どうなるか──」
「どういうことだ?」
「……お前は死ぬ。例えば、うっかり崖から落ちたとする。例えば、そのまま天寿を全うしたとする。死ぬ状況や時間は違っても、必ず『死ぬ』という収束点にたどり着く」
「……ああ、そう言われれば合点は行くかな。例えは最悪だけど」
「はは、すまねぇ。けど、わかりやすいだろ?」
「まぁね」
「こういった感じに、ある程度の可能性軸は、ある程度の収束点を持っている、ってわけだ」
「なるほどね。多少時間が前後したり、状況に違いはあれど、ある程度の分岐した世界は一定の収束点に行き着く…と」
「お、呑み込みが早いな。そうそう。じゃあ、もう少し発想をぶっ飛ばしてみるぜ? 例えば、お前が生まれた世界と、生まれなかった世界。この2つだったらどうだ?」
「それは……収束点なんてないんじゃないか? だって、片方は僕が存在しないんだろう? それじゃ、『僕が死ぬ』っていう収束点には、片方は行き着かないじゃないか」
「そう、この2つは明白に違う。そもそも、可能性を持ったお前という存在がいるのといないのでは、条件が違いすぎる。つまり、もうこの2つはお前からしてみれば、共通の収束点を持たないパラレルワールドになったわけだ。逆に言えば、全く異なる収束点を持った可能性の集まりが2つ出来た、と捉えることも出来る」
「2つに…」
「大きく見れば、お前がいる場合の可能性の集合と、お前がいない場合の可能性の集合。細かく見ていけば、肉料理を食った可能性と魚料理を食った可能性。こんな感じに、幾つにも分裂しながら、ある時にはそれらが収束する。大なり小なりの数多の可能性軸が、ある時には明確に違え、ある時には必ず到達する点を持つ。それがオレの言う──」
「『平行世界の収束点』、か」
「そいうこと。この『平行世界の収束点』は、時には幾つもの収束点の集まりって場合もある。例えば、さっきの『お前の死』についてだけど、明日死ぬのか、明後日か、それとも数年後か、っていった時間的な側面で収束してもいるし、撲殺されるのか刺し殺されるのか、はたまた自殺か、っていったように、死に方でだって収束している。つまり、見方によって同じ事柄についての収束点でも、意味が変わってくるんだ。そんで、それらをもっと大きな見方でもって見ると、『お前が死ぬ』っていう1つの収束点として、まとめることが出来る」
「なるほど……。僕は狭い認識に囚われすぎていたわけか。さっきの料理の話も、よくよく考えればどちらも『料理を食べる』っていう捉え方が出来る。そうなれば、それはそれで立派な収束点の誕生。ただ、その収束点はさらに細かく分類出来る…って具合か」
「いいね。良かったよ、すんなり理解してくれて」
「まぁ、僕の夢だとしたら、それくらい呑み込んでやっても吝かじゃないさ」
「だから夢じゃないんだけどなぁ…」
「はいはい」
「……まぁいいや。そのうちわかることだし。さて、何でこんな話をしたか、ってところに戻ってくるんだけどよ」
「……」
──それは、唐突に起こり始めた。頭の中に、何かが流れ込んでくる。
「お前のいた世界は、あるとんでもねぇ『平行世界の収束点』を持ってる」
──スマホ、ゲーム、カラオケ、ボーリング、サバゲー、ネットサーフィン、ダーツ。
「それは──『この世界が滅びを迎える』という収束点だ」
──保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、大学院。
「時代も違う。時間も違う。状況も違う。だが、必ず、世界が終焉を迎える、っつー点に収束する」
──コンビニ、スーパー、デパート、100均、ゲームセンター、喫茶店、遊園地。
「ある時は、終焉を迎えるに足る状況を整えるための収束点」
──聞いたこともない訳のわからない単語が、頭の中を駆け巡り、そして、それらの単語の意味が入ってくる。
「またある時は、終焉そのものに直結する収束点」
──そして、彼の知る世界とは全く異なる世界の記憶が、流れ込んでくる。
「そして、今回のそれは、終焉そのものだ」
──なんだ、何なんだこれは。
「お前の住んでいた世界は、滅んだ。滅ぶという収束点を、持ってしまった」
──困惑し、頭を抱える。だが、そんなことをしたところで、謎の記憶が頭に雪崩れ込んで来る。止まらない。
「オレは、そう言った世界にとって決定的な収束点が穿たれたその時に、お前の世界に干渉することが出来る」
──これは……この、記憶は……!
「……オレが世界に干渉するには、誰かを依代にする必要がある。……お前は、それに選ばれちまったんだ。グレイ・ヴェルタジオ」




