表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Avalon Rain ~終焉の雨と彼女の願い~  作者: 音無 一九三
第一章【凶変の召喚魔法】
28/53

27 決着

 ヴェグナ──。『カルベリアの悲劇』と呼ばれるに至った、カルベリアという街にて行われた召喚魔法研究の産物。

 2本の脚で歩く、ドラゴンのような骨格。その骨に、申し訳程度の皮と筋を繕っただけの、生き物らしさの感じられない風体。

 その肋骨の隙間から見える、不気味な胎動をする歪な形のクリスタル。


 ヴェグナの能力は、異常な程の再生能力と、物を蝕むように焼き尽くす黒い炎。幾度攻撃されても復活し、身体を粉微塵にされても再生する。そして、ひと度その炎に焼かれれば、呪いのように蝕まれ、強い酸を掛けられたように溶けていく。

 何よりの脅威は、その大きさだ。大きい故に、並みの攻撃では大した足止めにもならない。


 だが、そのヴェグナに、とうとう決着の一撃が、その矛先が届いた。



 消却魔法。リィルの愛銃を犠牲に放たれたそれが、むき出しの肋骨の隙間を縫うようにしてクリスタルに直撃した。そして、その瞬間、辺りは光に包まれた。もとの15メートル程からやや縮みこそしたものの、その身体は巨大だった。だが、その白色の光は、その全身を包み込む程に大きく広がった。地面が、草が、その光に触れた途端に塵芥となって消えていく。


 そのあまりの眩しさに目を細めたレーレ達だったが、その鮮烈な光の中で、ヴェグナの身体がサラサラと風化していくのを捉えていた。そして、如何な攻撃をもってしても砕けることのなかったクリスタルが、同じように霧散していく。


 断末魔の叫びすらなく、ヴェグナは光の中へと消えていった。そして、ヴェグナを呑み込んだ消却の光がなくなった時、そこにあったのは、綺麗な半球の形に抉られた、地面の跡だけだった。


「これが…消却魔法……」


 ゴクリ、とガイルの喉がなった。とんでもない威力だ。不死身にさえ思えたヴェグナを、ただの一撃で消し去った。陽光のように温かでありながら、混沌のような禍々しさをも覚える、そんな魔法だった。



 思わず尻餅を着いたのは、安堵故か、それとも恐怖故か。どちらにしろ、とにかく目の前の強敵を打ち倒したことに変わりはない。

 故に、その視線は数十メートル離れた場所に向けられた。


「アルフ……」


 レーレもウルドも、同様だった。そして、消却魔法を放ったリィルは、大地に地面を預けながらも、それでも顔をあげてその方向を見る。



 閃光──。いや、それはそんな生易しいものではない。グレイによって大きく上空に飛ばされたヴェグナの身体を、青白い光が焼いていた。遥か上空へと伸びるその光は、一向にその威力に衰えを見せない。

 ヴェグナの身体が、凄まじいスピードで破壊と再生を繰り返していた。


 それは、ある意味で殺されるよりも残酷な光景だ。死ねない身体。絶えず繰り返される損傷。そして、再生。

 もしヴェグナが痛みを感じるのであれば、それは想像を絶するものであろう。全身を消し飛ばすような攻撃が、何度も何度も繰り返されるのだ。


 再生は繰り返される。だが、全身を呑み込む光の奔流に繰り返し焼かれることによって、その身体はみるみる小さくなっていく。


「……頑張って、アルフ…!」


 苦痛に耐えながらそう叫んだリィル。既に魔力の放出は5分を越えていた。あんな大量の魔力を、そんな長時間放出するなど、考えられるものではない。

 仮に可能であったとして、いや、現に目の前でそれが起きているのだから、「仮に」とは言えないが。

 ともかく、そんなことをして、身体が持つとは、リィルには到底思えない。


 アルフの語った”魔力炉”の過剰稼動(オーバードライブ)。魔力の放出に衰えが見えないということは、それだけ”魔力炉”が魔力を作り続けている、ということになる。それも、恐るべき早さで。

 それこそ、ヴェグナのそれと同じように、アルフ自身も激しい苦痛に苛まれている筈だ。



「…ぐ…ごふっ…!」


 口から飛び出た大量の鮮血。それが、アルフの服を赤く染め、そして魔力を放ち続ける刀身にも飛来した。魔力の光は、その血を一瞬で蒸発させ、赤みが掛かった煙を僅かに発生させる。

 それでも刀の矛先はブレない。一心にヴェグナに向けて、急速に力を失っていく身体に鞭打って、ギリギリと歯を食いしばって、アルフは魔力を放ち続ける。


 一度始めてしまったら、もう止めたくても止められない。”魔力炉”が異常な早さで魔力を生産し、”魔力の器”に満たされる。通常であれば、器から溢れた余剰な魔力は勝手に消えていく。だが、その異常な早さの魔力の捻出は、その余剰な魔力の排出をする機能を狂わせる。従って、止めてしまえば”魔力の器”が壊れてしまう。


 尤も、そうでなくてもヴェグナを一気に削る手段はこれしかないのだ。仮に止められたところで、きっとアルフは止めないだろう。



「ウォオオオォオォオオオオォォオオっ!!」


 身体中が悲鳴をあげる。それを咆哮で誤魔化して、アルフは魔力を放ち続ける。だが、運命は残酷だった。

 とうとう、これまで衰えを見せなかった魔力の奔流が、細り始めた。


 その頃には、10メートル程あったヴェグナも、今や3メートルを切る程に縮んでいた。

 だが、徐々に細くなっていく魔力の奔流から、それまでは完全に光に呑まれていたヴェグナのその脚が、手が、頭が、影を覗かせ始めた。


(く…そ…! あと……少しなの…に……!)


 ”魔力炉”が、順番にその機能を失っていくのを感じる。そして、それに連れて捻出される魔力は減っていく。

 妙に直感めいたものが、アルフの思考を過った。


 このままでは、ヴェグナを仕留めきれない──。


 そして、ヴェグナもそれを本能で悟ったようだった。凶悪な牙を覗かせる口、その口元が持ち上がっていく。

 闇に浮かぶ赤い双眸が、下に向いた。


 負傷、再生を繰り返しながら、アルフの魔力に煽られるように斜め上方に僅かずつ後退していたヴェグナのその眼下には、捻じ曲がった左足を地面に埋めたままうつ伏せに倒れるグレイの姿があった。

 アルフがアイゼント流刀剣術が奥義──バースト・レイを放つために、死力を賭して戦ったグレイ。これまでのような器用な魔力調節をやめ、全力でヴェグナをアルフに向かわせないために戦い続け、傷ついたグレイには、動く力は残されていなかった。


 恐らくヴェグナは悟っている。この戦い、仮にアルフの攻撃が止まっても、自分は倒される、と。

 だが、ならば、せめてこの攻撃を食らうに至ったその者を道連れにしてやろう。

 そんな意図が感じられる眼だった。


 アルフの近くに、『アウラノグラス』がある。だが、それに触れ、魔力を得ることは叶わない。刀を握る右手はもちろん、それを支える左手を放してしまったら、今はまだヴェグナに向けて放てている魔力の勢いを抑えきれず、方向が逸れてしまう。


「アルフ!」


 そんなどうしようもない事態で、それでも動いた者がいた。ローゼリッテ・セブンスワース。ロッティの愛称で親しまれる、アルフの幼馴染み。誰よりもアルフを理解し、そしてこの状況下に於いても、アルフが望むべく動きを見せたのは、彼女だった。


 紅蓮の髪を揺らし、真っ直ぐにアルフの元に走ってきた彼女は、アルフの側に置かれた『アウラノグラス』に左手を掲げ、そしてアルフの背に右手を添えた。自分を使って、『アウラノグラス』から魔力をアルフに明け渡す。

 膨大な魔力を放っているアルフのそれに対して、ロッティが魔力を渡したところで、魔力の放出の速度を上回ることは出来ない。だが、それでも、ないより遥かにいい。



 だが──。


「え…どうして……! 魔力が…渡せない…!!」


 アルフとロッティは、お互いに魔力を渡し合うことが出来る。その筈だった。だが、今、この時に於いては、それは叶わなかった。


「ダメ…か! く……そ…! ”魔力の器”が……」


 魔力の譲渡。それがロッティからにしろ、『アウラノグラス』や『アウラノ結晶』からにしろ、どちらにしても、それは”魔力炉”から捻出されたものではない。つまり、”魔力の器”に直接注ぎ込まれる、ということだ。

 だが、連続した限界を越えた魔力の捻出と放出に、”魔力の器”もまた、限界を迎えようとしていたのだ。


 それは、”魔力の器”の防衛手段、とでも言えばよいか。深刻なダメージを負った器が、これ以上ダメージを受けないがために、一時的に魔力を通す門を閉ざしてしまう。

 なまじ”魔力炉”からの魔力供給の勢いが激しいがために、”魔力炉”に繋がる門はこじ開けられているが、外部からの魔力の侵入は阻んでいた。


 そして、とうとう最後の、”第5魔力炉”もその機能を停止しようとしていた。既にヴェグナの体長は1メートルを切った。幾度もの負傷、再生の負荷に耐えきれなくなったのか、その歪なクリスタルは、微細なヒビが幾つも入っており、だが、それでもヴェグナを倒しきるには至らない。



 そして、いよいよ、その魔力の放出が止まろうとした、その時だった。


「アルフ! 9時を回った!!」


 グレイの声が、アルフの耳に届く。

 倒れているグレイは、ポケットから1つの懐中時計を取り出していた。黄金色の、美しい装飾の施されたそれは、上蓋が持ち上げられ、中に隠された時計が顔を出していた。

 内面の基盤も美しく、銀色の3つの針が存在するその時計は、分針が真上を通りすぎ、時針が左を向いている。それを確認し、グレイが叫んだ。


 その言葉の意味を、アルフは理解した。そして、それがこの状況を打開しうる手段であることを悟った。


「”強制起動(レイズ)”…!」


 その単語が発せられた瞬間、アルフの胸の前に黒い光が灯った。光を放ったのは、彼が肌身離さずに持っていた、黒いロザリオ。微細な彫りが入れられたそのロザリオが、美しい黒い光を放ちながら、僅かに浮き上がる。


 同時に、とうとう5つ目の”魔力炉”も停止。刀から放出される魔力は途切れてしまう。そして、それまで光を放ち続けていたアルフの愛刀も、その刀身が風化して消えていく。


「”命令(コール)”……”魔剣創成(レーヴァテイン)”…!」


 刀身を失った刀を手放しながら、アルフがそう口にした瞬間、アルフの全身をロザリオが放つ光と同様のものが包み込んだ。

 そして、それはアルフの右手へと集約されていき、やがてそこには、漆黒に輝く一振りの剣が現れた。

 その刀身には何らかのルーンが刻まれ、剣先から鍔、柄に至るまで全てが黒い、両刃の剣だ。


「ロッティ…!」


「うん!」


 言葉はいらなかった。アルフが何をするつもりなのか、何を求めているのか、ロッティは悟っていた。

 力強く大地を蹴ったアルフ。その方向は、魔力の奔流による攻撃が止まって、グレイ目掛けて落下しようとしているヴェグナに向いている。

 その眼前に、新緑の輪が幾つも展開された。


 これまでもさんざん利用されてきた、エアリアル・レイドだ。その輪を通過した物体に加速を与える、風属性の法術。

 その輪を潜る度に、アルフの身体は速度を増して、ヴェグナに向かって飛んでいく。


 いよいよその速さは、弾丸の如きそれへと至った。そして、アルフの剣が、ロザリオのそれのように激しくも美しい黒光を纏うその剣が、ヴェグナとすれ違わんとしたその瞬間に放たれた横薙ぎが、今まさに落下しようとしていたヴェグナの左胸に届く。

 肋骨を穿ち、皮を、そして筋を断ち、それは、ヴェグナのクリスタルへと至る。



 果たして、黒剣は、ヴェグナのヒビだらけとなったクリスタルを斬り伏せてみせた。まるでヴェグナの驚愕を表すかのように、甲高い音が遅れて響く。真一文字に斬り裂かれたクリスタルが、ゆっくりと落ちていく。

 落下しながらボロボロと崩れていき、地に着く頃には、風に流される塵と化していた。


 ヴェグナは、消滅した。生命の源たるクリスタルを失って、まるで怨嗟の声をあげるように唸りながらも、クリスタルのそれと同じように、塵となって消え失せた。



 最後の力を使い果たしたアルフの身体が、地面に向かって落下していく。既に意識は無くなっていた。役目を終えたように、黒剣も霧散し、そしてロザリオも光を失う。


「くそが…手の掛かる野郎だ…まったく……」


 そんなアルフを受け止めたのは、宣言通りにヴェグナを倒して見せた、ライオ・クォンタムだった。







 *******************


「ありえ…ない……」


 コーザルは、目を見開いてそれを見ていた。地面に刺さるそれは、巨大な魔力の剣。その切っ先と柄のみが実体を持ち、それ以外は魔力によって維持された、ラーノルド・トゥーレリアの必殺技──”大地穿つ魔槍剣(アストラル・ブレイド)”だ。


 ヴェグナは負傷し、再生する度に僅かに身体が縮む。ならば、連続で攻撃し続ければいい。それは、戦えば誰もがたどり着く結論だ。だが、もっと簡単な疑問も浮かぶだろうこともまた事実。


 その負傷を再生する際に、再生するべき箇所に異物(・・)が残っていたら、どうなるのか──。

 だが、そう思ったところで、それを実践することは難しい。ラーノルドが戦っていたヴェグナは40メートルを越える巨大さだ。仮に異物があって再生が阻まれるとしたとして、その再生を妨げるような異物を挟み込めるか。


 その答えが、目の前にあった。そのヴェグナの巨体すらも越える長さの魔力の大剣でもって、ヴェグナを脳天から串刺しにし続ける。あまりにも馬鹿げた方法。無茶苦茶にも程がある。



 再生の際に異物が挟まるとどうなるか──。その答えは、上手く再生が出来ない、というものだった。

 いや、正確には再生の際に、異物を取り除こうとする力が働いていた。これが実体を持ったもの(・・・・・・・・)であったなら、正常に働き、異物は取り除かれていただろう。

 だが、ラーノルドのそれは、元々は巨大な突撃槍。それが魔力によって巨大な剣と化している。実体があるのは、ラーノルドの握る長い柄と、地面に穿たれた矛先の部分のみだ。


 結果、異物を阻むことが出来なかったヴェグナは、「負傷の再生」と「異物の排除」が意図せずに連続で発動し続け、そのどちらも上手くいかないという状況に陥った。そして、ヴェグナはこの世から消えてなくなった。後に残ったのは、地面に突き刺さる見上げる程に長大な、魔力の大剣のみであった。


「…思っていたより掛かったな」


 柄石突きの上に器用に片足を乗せて、しゃがみ込む姿勢で右手から魔力を槍に送り続けていたラーノルドは、そう呟いた。

 やがて魔力の維持が解かれていき、その矛先に向かって柄が降りていく。


 ガキン、と音をあげて、柄は矛先と再連結され、元の巨大な突撃槍へと戻った。



「ヴェグナが……」


 コーザルは、砕け散ったクリスタルの破片を踏みつけてこちらに向かって歩み寄ってくラーノルドを見た。

 相手はあの『カルベリアの悲劇』を引き起こした、怪物なのだ。それを、たったの1人で倒しきる、などという話は、到底信じられるものではなかった。


「ふう…終わったか……」


 安堵の息を漏らしたのは、ラーノルドが率いてきた結界魔法担当者達のリーダー、ハンネルだった。その声につられて、他の者もため息を漏らす。結界魔法が解除され、それまで視界をうっすらと遮っていた青白い魔力の膜も消え失せる。



 なおも驚愕から硬直するコーザルの目の前に、果たしてラーノルドは立ちはだかる。


「…一応聞いておくが、お前達もヴェグナが召還出来るのか?」


「……う…ぐ……我々は…我々には、その適性は……ない」


 ギリギリと歯を鳴らしながら、コーザルがそう答えた。

 仮に召還出来ると言ったところで、無駄だろう。この男を前にすれば、もう1体、ないし2体ヴェグナが出現したところで、意味を為さない。無駄な死を迎えるだけだ。


「そうか。……何せ久しぶりの戦闘だったものでな、これ以上増えると、明日は筋肉痛にでもなりそうだったから安心した」


 あんな無茶苦茶なことをしておいて、筋肉痛程度で済むというのか、この男は。コーザルもそうだが、その場にいた結界魔法の担当者達もそう思っていた。


「貴公は……化け物か…?」


 コーザルの口をついて出たのは、そんな言葉だった。それに対して口の端を持ち上げながら、ラーノルドは返答した。


「そうでもなければ、レーヴェティアの街を束ねることなど出来んし、イクリプシアを屠ることなど叶わん。それにあれはああ見えて燃費のいい魔法だ。実際そこまで魔力を消費していない」


「くっ……」


 ラーノルドはそれだけ答えて、ポケットから『魔導式情報端末(テレサ)』を取り出し、端末を操作して耳に当てる。



「……ああ、レオ。私だ。こちらは片がついた。そちらはどうなっている?」


『セリアさんの消却魔法のお陰で、こっちも大丈夫そうだよ。それに団長達も負けてない。ヴァン前団長なんか、1人で倒しきってみせたよ』


「…流石にあの人も大概だな……。アルフ達の方はどうなっている?」


『そっちも片付いたそうだよ。諸々手痛い深手は負ったみたいだけど、全員無事だって連絡があったよ』


「そうか…。わかった、ありがとう」


 フッと笑って、ラーノルドは端末を下ろした。



「さて、残るはお前達だけだな」


 その巨大な突撃槍が、コーザルに向けて突き出される。眼前に迫った鉄塊に、思わず悲鳴が出掛かった。


「素直に投降しろ。それとも、仮にさっきの言葉が嘘で、ヴェグナを召喚するか? 喚んだところで、どうにもならないというのは、もうわかっていると思うが」


 冷めた視線が、コーザルとロイに突き刺さる。だが、ラーノルドの視線には、既に殺気はなかった。最早脅威としてすら認識されていない、ということが窺えるものだった。


「……」


 研究職であるコーザルは勿論、騎士であるロイも『鎖霊の首輪(リーター・チェイン)』を取り付けられ、魔力を扱えない。手足を縛られ、身動きも取れない。いや、仮に縛られていなかったとしても、魔力が扱えないのでは、魔力を使う人間から逃げることは叶わない。


 しかも相手は、レーヴェティア最強の騎士だ。逃げることなど、叶う筈もない。そんな素振りを見せた瞬間、ラーノルドの矛先がその身体に穿たれるだろう。誰もがそう思っていた。



 ──コーザルとロイを除いて。



「残念だが、どちらにも応えかねる」


 刹那、ロイが手足の自由を取り戻していた。靴底に隠していた刃物で、戒めを解いたのだ。誰もが目を疑うその中で、それ以上に驚愕すべき事態が起きていた。

 ロイの首にあった筈の、『鎖霊の首輪(リーター・チェイン)』が無くなっていた(・・・・・・・)


 そして、誰もが驚愕に固まる中、ロイはコーザルを抱えてその場を飛び出していた。『鎖霊の首輪(リーター・チェイン)』が無くなれば、魔力を扱える。

 そして、ロイのその逃走の速さは、ラーノルドでさえ目を見開くものであった。


 いや、違う。そうではない。



 ラーノルドがロイの動きを見逃したのは、ラーノルドの首に『鎖霊の首輪(リーター・チェイン)』が付いていたからだ。魔力の抑止。それが、ラーノルドの動きを鈍らせたのだ。


「”時間超越(クロノシフト)”…か…!」


 ラーノルドは悟った。何が起こったのかを。ロイの首にあったそれが、ラーノルドの首についている。それを説明出きる術があるとすれば、それは”時間超越(クロノシフト)”を置いて他にない。

 そう、最後の最後まで、ロイは切り札を隠し持っていた。それが功を奏した瞬間だった。


「団長…!」


 結界班の最年少、ダートが戸惑いの声をあげる。それに頷いて、ラーノルドは口を開いた。


「…安心しろ。逃がしはしない」


 ポケットから取り出されたのは、1つの鍵だった。

 当たり前の話だが、『鎖霊の首輪(リーター・チェイン)』は外すことが出来ないようになっている。無理矢理これを外そうとするならば、首をはねる以外に方法はない。尤もそんなことをすれば、当然死んでしまう訳だが。


 だが、絶対に外せない、というわけではない。ちゃんと外すための鍵がある。その鍵は、団長クラスの者しか持ってはいないが。そして、普通なら盗まれたりしないように、厳重に街で保管されているのだが。

 首輪は音をあげて解錠され、地面に落ちる。


「ご苦労だった。お前達はレーヴェティアに帰投してくれ。あれは私が追う」


 そう言い残し、ラーノルドはロイが駆けていった方向に向かって走り去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ