過去2
あれから、いじめは少しずつ酷くなっていた。
ただ、蓮斗の前では誰も何もしようとしなかった。
物がなくなる。
わざとらしく陰口を言われる。
うしろから急に体を押される。
私の体も心も少しずつ悲鳴をあげるようになっていた。
でも、蓮斗にはバレたくなかった。
心配をかけたくないし、蓮斗まで私から離れていくのではないか?
一人になってしまうのではないか?
と不安だった。
そんな日々を過ごしながら、季節は夏になっていた。
陰湿ないじめはおさまらず、だんだんと酷くなる。
急にバケツの水を頭からかぶせられたり
机にでかでかと悪口を書かれたり
体育館裏に呼び出され罵声を浴びせられたり
正直限界が近かった。
「───愛奈。暑くないの?」
そんなある日、蓮斗にそう尋ねられた。
「え?何が?」
そう言われ、私は袖の部分を更に引っ張る。
「こんな真夏に、長袖なんか着て。」
「うーん、焼けたくないからかな?」
その言葉に、蓮斗も納得したようだ。
そんな訳無いでしょう…?
ねぇ、気づいてよ。
私、こんなにもボロボロになっちゃってるよ。
長袖着てるのなんて、跡を隠すためだよ。
リストカットしてるんだよ。
そんなこと言ったらあなたはきっと軽蔑するよね?
気持ち悪いって思うよね?
もう嫌だ。
誰にも頼れない。
誰か
助けてよ───。
そんな日々を送っていると、私はとうとう蓮斗にまでイライラするようになっていた。
蓮斗が話しかけてくるから。
蓮斗が私と仲良くするから。
蓮斗がいるから。
そんな考えしか出来なくなっていた。
そして、事件は起こった。
「なぁ、夏休み愛奈は何すんのー?」
昼休憩、教室でお弁当を食べながら蓮斗が話をしてくる。
「特に決めてない。」
「えー、じゃあ遊びにいこうよ!旅行も良いな~!」
「私、お金ないもん。」
私の言葉に、蓮斗は箸を置いた。
「何?何か、すごい機嫌悪くない?」
そう言って、顔を覗き込んでくる。
私は顔をそらす。
「…愛奈?何怒ってんの?」
「怒ってなんかない。」
やめて。
やめてよ。
「嘘だ。怒ってるじゃん。」
「もう良いでしょ?」
もう話しかけないで。
お願い。
「何その態度。」
冷たい蓮斗の言葉。
ああ、そのまま私を見捨てるんでしょ?
嫌いになるんでしょ?
それで良いよ。
「愛奈、思ってることは口に出さないと伝わらな───」
「───もう放っておいてよ!!!」
私は立ち上がって叫ぶ。
蓮斗の大きく見開いた目。
まわりから聞こえる笑い声。
嘲笑う表情。
全てが、私の目に一気に飛び込んでくる。
「…分かった。…ごめん。」
蓮斗は、お弁当を片付けると教室から出て行ってしまった。
目頭が熱くなる。
「アッハハハ!!とうとう王子にまで見捨てられてるわ!!」
クラスのリーダー格の女の子が笑い出すと、一斉にクラスは爆笑の渦に飲み込まれた。
この異常な状態は何?
誰のせいなの?
私のせい……?
その日以降、私は学校に通わなくなった。
一日中カーテンを閉め切り、自分の部屋で過ごす。
閉ざされた世界。
でも
私にとってはそんな世界が幸せに感じた。
コンコン。
「愛奈?お母さんだけど、友達が来てるわよ?」
「嫌だ。会いたくない。」
誰が来てるかなんて聞こうともしない。
誰にも会いたくない。
それでも、友達は毎日やって来る。
やめてよ。
放っておいてよ。
それとも、家に来てまで嫌がらせするつもりなの?
もうやめて。
これ以上私の居場所を奪わないで。
コンコン。
「愛奈。お母さんだけど、開けるわね。」
いつも通り、ベッドの上にボーッと座っていると
お母さんの声がした。
一体今日は何月何日なんだろう?
どれくらいの時間が過ぎたんだろう?
ガチャリ。
扉が開く。
足音が近づく。
視界にチラッと映った姿はお母さんじゃなかった。
「…愛奈。」
その声に、私の体はビクッと震えた。
どうして?
どうして、あなたがここにいるの?
ゆっくりと視線を移すと、切なそうに笑う蓮斗がいた。
「…愛奈。拒絶しないで。話がしたい。」
「…話すこと…無い。」
久しぶりに絞り出した声は、細く震える。
すると、私の手の上に蓮斗の手が重なった。
それを振り払う気力もない。
ただその温もりは私の心を少しだけ溶かした。
「…ごめんなさい。」
そう呟いたのは蓮斗だった。
よくよく彼を見ると、少し痩せたようだ。
目にいっぱい涙を浮かべ、唇をギュッと噛み締める。
手を握る力も強くなる。
「…俺が知らない内に、愛奈を傷つけてた。
全然気づけなかった。
謝って許される事じゃないとは思う。
でも本当にごめんなさい。」
震える手が
震える声が
私の心を締め付ける。
蓮斗のせいじゃ無いのに…。
「俺が傷つけた分、償いはしてきたつもりだ。」
償い…?
「もう学校に行っても大丈夫だよ?
明日の朝、迎えに来るから。」
学校に行っても大丈夫?
何、その冗談。
またあの異常な空間に行けって?
絶対に嫌だよ。
「愛奈。ちゃんと俺の目見て。」
その言葉に真っ直ぐ蓮斗を見つめる。
「好きだよ。こんな状況になっても、ずっと好きだ。」
そう言って、蓮斗はベッドに上がる。
そのまま、私を押し倒す。
「卑怯だよね?…でも、これでいいんだ。」
蓮斗はそのまま、唇を落とす。
角度を変えて、何度も、何度も…。
「愛奈っ…。はあっ…愛奈、好きだ。」
「待って。」
私の声に、蓮斗の動きが止まる。
上から見下ろしてくる蓮斗は酷く色っぽい。
「…話、聞かせて…?何で学校に行っても大丈夫なの?」
その言葉に、蓮斗は私の髪を撫でる。
「…俺が償ったからだよ。」
薄く笑みを浮かべる蓮斗。
その妖艶さに少し恐怖も感じる。
「償うって…どういうこと…?」
「愛奈。俺のこと見放さない?嫌いにならない?」
そう言って、おでこにキスを落とす。
「嫌いになんてならない。…なれないよ。」
その言葉に、蓮斗はギュッと私を抱き締める。
「ありがとう。…愛してるよ、愛奈───。」




