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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
一章 清浄編

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第4話 ひだるし病 前編【取り戻せない時間】

ひだるしーー腹が空くさま、飢えているさま

 朝の光が畳に長く差し込んでいた。

 私は窓辺に座り、首の印を指でなぞっていた。

 まるで首を斬られて縫合された後のような印を。


 師匠の言葉を思い出していた。


 『子供は病の元になります』

 ――気持ちが悪い。


 本来なら身を清める時間だが、そんな気になれない。

 昨日の出来事が頭から離れない。

 師匠の言うことは正しいのだ。


 私は自分の首の印に触れながら、ふと不満げな表情の鬼――慈眼じげん――を見た。

 遠くを見つめる青い瞳。

 視線に気づいたのか、慈眼はちらりとこちらを見返す。


 心配の色が、わずかに浮かんでいた。

 ふと、慈眼の顔を見て思う。

 あやかしだが、何も変質していない。

 綺麗すぎる。


 ―――なぜ?


 その時、外からドタバタと走る足音がして、勢いよく襖が開く。

 慈眼は私から視線を逸らし襖を開けてきた者に問いかける。


「なんだ若造?」


 柴犬のようにふわふわの髪を持つ男。

 せりが、くたびれた表情で立っていた。


「蘇芳、俺の病祓い、手伝ってほしいんだよ!担当してた先輩が、消えちゃってさぁ」


 芹は続けて言う。


「そういえば蘇芳、お手柄じゃん!

 新種の病を抹消したんだろ?……すごいじゃん」


 肩を掴まれ、興味津々の芹に、私は師匠の顔を思い出す。

 大人を切り、子供を病の元だとする冷たい眼差し。

 喉が急にひきつり、声が詰まった。


「あ、わたしは、その」


 芹が、私の顔をのぞきこんだ。

 焦ったように手を右往左往させる。


「え、なんで、な、泣いて」


 その瞬間、慈眼が芹の手を掴み、私の前に立つ。

 芹の姿は慈眼の背中で見えなくなった。


「腹が減った。お前の祓い、何を手伝えばいいんだ?」


 芹は、驚いたような表情をしたあと、慈眼の肩を掴んでいるのが見えた。


「病を喰う鬼探しと、患者の病を喰ってほしい!」


「は…俺以外にいるわけがないだろ」


 芹が、腑に落ちないというような表情になりながら言う。


「いや!ほんとうなんだって!

 先輩陰陽師が言っててさ、病を食べる鬼を探して帰ってこなくなっちゃったんだよ!」


 慈眼はしばし私を見つめ、目を伏せた後、納得したよう言った。


「俺は腹が減った、だから行くぞ、蘇芳」


 陶器の手で、私のぼさぼさの髪を整える。

 慈眼の手つきが思いの外、優しい。

 その姿を見ていた芹が生暖かい目で見てくる。

 そんなんじゃないと言いたかったけど、なんだか言えなかった。


 ◆

  私は芹の様子に呆れていた。

 貴族の屋敷へ向かう途中、芹は何もない場所で転び、荷物をぶちまけて、地図を確認すれば風に飛ばされ、慈眼が慌てて押さえる。


 五件の屋敷を回り、うち二件は私が祓いを担当。

 木偶人形に病を移して封印し、慈眼は病を少しばかり喰った。

 口々に礼を言われる。

 懐が重くなる。

 ――家に帰ったら、眺めよう。


 私はほくほくした気持ちで、次の仕事先へ向かう。


  昨日の、師匠の穏やかな笑顔を思い出した。

  道すがら病にかかっていない貴族の顔を見る。

 師匠と同じように穏やかな笑顔。


 いつも思うが、病にかかってない貴族は仏のような表情をしている。

 何も悩みがない、雅な貴族たち。

 私も悩みがなければ、あんな表情になるのだろうか。


 最後の屋敷に着く前、私は芹に確認した。


「今回の鬼は、病を食べるのですが、老婆の病だけ食べるのですね?」


 少し顔を赤らめながら、一歩下がる芹。


「うん! そうなんだ! おれが何人かおばあちゃん達の病祓いを任されてるんだけど、みんな口をそろえて言うんだ。

『立ち上がれない病になって毎日鬼が来る』って、来たあとは元気になるんだってさ」


 慈眼は冷静に返す。


「お前、それは病でなくてただの老いだろ」


 芹が平然と笑いながら答える。


「動けなくなったら病のせいですよ?……そう教わりましたし」


 私は芹と同じく答えようとして、喉が引っ掛かって言えなかった。


 慈眼は返答が気に入らなかったのか眉根を寄せて聞いてくる。


「動けなくなった病は治るのか?」


 私達は目を逸らすだけだった。


「治らねぇんだな。そして治らない病はどう扱う?」


 芹はへらりと笑いながら


「決まってますよー、抹消します。だってそれが決まりだから」


 芹の言葉を受けて、慈眼は一度、拳を握りなおした後、理解したくないかのように頭をかきむしる。


「老いは治らねぇ、曲げれば歪む」


 慈眼はそのまま私たちに確認を取る。


「お前らのいう病状態と、俺たち妖の違いは何で見分けてんだ」


 芹が得意げに答える。


「苦しんで死ねば病で、広げるために形を変えれば妖ですね」


「妖は俺のように人間でなくなる状態だな」


「はい」


 私達の返答を聞いた慈眼は、思いだすように考えて何かを考えていた。

 私は耳を済ます。


 慈眼が小さく思考を整理するように呟いている。

 「病で苦しみ何かしらの目的、

 ――欲望を形どるものだとしたら、じゃあ、老いを抹消したら一体どうなる?」

 と小さく呟いていたのが聞こえた。


 私は、何やら思案をする慈眼の横顔をみる。

 私は、抹消が本当に正しいのかわからなくなった。

 今は、慈眼がいる、病を喰える。

 だから抹消ころしはしなくてよいのだと思うと安堵を覚えた。


 ◆

 私は、(せり)の後ろ姿を見つめた。

 柴犬のようにふわふわした髪。

 もうすぐ太陽は、地上に身を隠す時間だ、その髪が夕日に照らされ影を落としていた。

 いつも失敗ばかりで自分に自信がなさそうだけど、(せり)は、いつも明るい。

 芹が、足を止めた。

 貴族の屋敷の前。

 屋敷から、規則的に生活音が聞こえる。


「陰陽師でーす! 回診にきましたぁ!」


「はい、どうぞ上がってください。

 奥方様は右手から三番目にいらっしゃいます」


 屋敷の奥から女性の姿が見えるが、逆光で顔がよく見えない。


「ありがとうございまーす!」


 大きな声で芹がお礼を言って、遠慮なく屋敷に上がった時には、女性はいなかった。

 芹が首をかしげて


「あれ、なんか今日は歓迎されてないっすね」


 と言いながら、何回か来たことがあるからだろう。

 遠慮なく入り、おばあちゃんとやらの部屋にいく芹。


 慈眼と私は後を追いながら屋敷を見た。

 部屋の仕切りに使われる竹製の目隠し

 ――御簾みすに隠れて人のシルエットがうごく。


「きてくださりありがとうございます」


「奥方様、今日は食べられるかしら」


「最近、起き上がれないみたいね」


 ざわざわ、ガヤガヤ。

 2人で目配せをした。

 違和感。

 音は聞こえるが実際には人とすれ違わない。


 ――――香が立ち込めている。


 伽羅の甘い香りだ。その中に混じって魚が腐敗するような匂い。

 御簾の後ろの人のシルエットが見える。

 私が鼻を押さえると、慈眼が横目で私をみる。

 御簾の後ろから漂う匂いが、一層強くなった気がした。


「ばあちゃん!芹が来たよ。

 今日の調子はどう?」


 芹が話しかけると少しシルエットが動く。


「あぁ、来てくれたんですね」


 落ち着いた老婆の声が聞こえる。


「蘇芳」


 慈眼が静かに呼び掛けてくる。

 私は木偶人形を、いつでも動かせるようにした。


「芹、お前このお貴族様に最後に会ったのはいつだ?」


 芹に確認をすると


「え、三日前だけど」


「あぁ、芹来てくれたのですね」


 とまた影がぐにゃとしながら動いて言う。

 慈眼は遠慮なく、ずかずかと部屋へ入り、御簾みすをのけようとした。


「え、だめですよ!!」


 慌てて芹が止めるが、お構いなしに御簾を切り裂いた。


 慈眼の手が、御簾にかかる。


 ――嫌な予感がした。


 次の瞬間、布が裂けた。


「見てみろ!」


 慈眼が「目を逸らすな」と言うように指し示す。布団の中に、闇を閉じ込めた黒石ジェイドの人形。


『あぁ、芹来てくれたのですね』


 まるで時間が巻き戻るかのように繰り返す。

 それと同時にガヤガヤと周りがうるさくなる。


「はい、どうぞ上がってください。

 奥方様は右手から三番目にいらっしゃいます」


 声が聞こえて芹が、戸惑うように身をすくめる。


「え、これ俺たちを案内してくれた時の」


 可哀想なほど真っ青な顔をした芹に追い討ちをかけるように、ざわざわと周りから声だけが聞こえる。


「きてくださりありがとうございます」


「奥方様、今日は食べられるかしら」


「最近、起き上がれないみたいね」


 ――繰り返している。

 私達が、通りすがりに聞いたこそこそ話と、寸分違わぬ話が聞こえる。

 まるで時間が巻き戻るかのように、声と光景が繰り返す。


「ばあちゃん、病が進んじまったのか?」


 芹もやっと飲み込めたのか慌てたように、札を取り出し目の前の人型の宝石を見る。


「なんで妖なんかに……」


 泣きそうな芹の横から、慈眼が飛び出て、人型の宝石に噛みつく。

 ヒビが入り割れた。

 割れたところからまた、宝石ができる。


「こいつじゃねぇな……」


 慈眼は、布団を剥がす。

 葉脈のように波打つ木の根が生えている。


 ――病だ!!


 蘇芳は思わず、木偶人形から青い炎を出し燃やすが、燃やした所から元に戻る。

 その根の元を追うように、慈眼が走り出す。

 嫌な予感が胸に広がる。


 ◆

 慈眼は、大広間で蠢くものを見据えていた。


 大広間に湿った蠢く音が響く。

 腹が減った。

 俺は、その香しい香りがする蠢くものをじっと見据えた。


 蠢くものは何かを喰いながら呟く。

「喰っても、喰っても、足りない」


 榊でできた大蛇がいた。

 目には黒石ジェイドが埋め込まれている。

 俺が近づくと、大蛇の動きが止まった。


「同類だな?」

 振り返らず、大蛇は言い


「何を喰っている」

 俺の喉から低い声が出た。


 大蛇は笑いながら、喰らっていたものを投げる。

 ――こんなものは喰いたくない。


「まだ温かいぞ」


「俺を、同じにするな。俺はそれは喰わない」


「……違うのか?」


「お前は、喰わねばならぬのか」


 大蛇は首を垂れるように言う。


「止まらん、もう殺したくない、老いを喰えば、治ると思ったのに」


 ばくり。もう一口。


「私は病を喰いたかったのだ」


 大蛇が俺を覗き込む。


「私は、老いだけを喰いたかっただけだ」


 祈るような口調で、大蛇が続ける。

 ――俺と同じ、妖。


 ◆

 追いつけた私は、慈眼の前にいる大蛇を見上げる。

 私は思わず息を呑んだ。


 ――美しい。


 人の病が、ここまで美しく形になるとは。


 私はその大蛇のしなやかな威圧感に見入った。


「すぐさま保存をしなければ」


 保存をするためにその体をまじまじと見つめる。

 青々とした葉のある幹が大蛇のようにかたどっている。


 この人の病はなんだろうか? 何を望んだのだろうか――。


 私が思案をしていると、ふと幹の間から、白い装束が見えた。

 私と同じ陰陽師の服。

 横で芹が震えながら指をさす。


 いつもの明るさは、なりを潜め青白い顔をしてふらふらと大蛇の近くへ寄った。



「せ、先輩?」


 芹が、横で小さく呟く。

 私も違ってほしいと思いながら、大蛇に聞く。


「あなたは、陰陽師だったんですか?」


 その問いを聞いて、大蛇は口を大きく開けて笑った――。


 大蛇の目がほの暗い。

 私自身の目付きを彷彿とさせた。

 私の頭に玉瘡病の患者を燃やした時の出来事が浮かぶ。

 ――青い炎を見続ける。

 気が付いたら正気でいられない。


  私の震えを嘲笑うかのように、大蛇はこちらを見つめた。

 その目は、私と同じだった。

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