第4話 ひだるし病 前編ー取り戻せない時間
黒髪の少女、蘇芳は
ぼさぼさの髪のまま、
ぼーっと窓辺に座っていた。
本来なら身を清める時間だが、
そんな気になれない。
昨日の出来事が頭から離れない。
師匠の言うことは正しいのだ。
私は自分の首の印に触れながら、
ふと不満げな表情の鬼
――慈眼――を見た。
遠くを見つめる青い瞳。
視線に気づいたのか、
慈眼はちらりとこちらを見返す。
心配の色が、わずかに浮かんでいた。
ふと、慈眼の顔をみて思う妖だが、なにも変質していない。
すごくきれいだ。
―――なぜ?
その時、外からドタバタと走る音がして、
勢いよく襖が開く。
慈眼は私から視線を逸らし
襖を開けてきた者に問いかける。
「なんだ若造?」
柴犬のようにふわふわの髪を持つ男
芹が、くたびれた表情で立っていた。
「蘇芳、俺の病祓い手伝ってほしいんだよ!
担当してた先輩が消えちゃってさぁ」
芹は続けて言う。
「そういえば蘇芳、
お手柄じゃん!新種の病を抹消したんだろ?
俺も勉強したいから
どんなのだったか教えてくれよ」
肩を掴まれ、興味津々の芹に、
私は師匠の顔を思い出す。
大人を切り、
子供を病の元だとする冷たい眼差し。
喉が急にひきつり、声が詰まった。
「あ、わたしは、そのー」
芹は蘇芳の目に
涙がたまっていることに気がつき、
焦ったように手を右往左往させる。
「え、なんで、な、ないて」
その瞬間、慈眼が芹の手を掴み、
私を隠すように立つ。
「腹が減った。お前の祓い、
何を手伝えばいいんだ?」
芹は驚きながらも、
助かったような顔で答えた。
「病を喰う鬼探しと、
患者の病を喰ってほしい!」
「は…《《俺以外にいるわけないだろ》》」
芹の表情は腑に落ちないというような
表情になりながら言う。
「いや!ほんとうなんだって!
先輩陰陽師が言っててさ、
病を食べる鬼を探して
帰ってこなくなっちゃったんだよ!」
慈眼はしばし私を見つめ、
目を伏せた後、納得したように言う。
「俺は腹が減った、だから行くぞ、蘇芳」
陶器の手で、私のぼさぼさの髪を整える。
表情は逆光になって見えないが、
手つきは優しい。
その姿をみていた芹が生暖かい目で見てくる。
そんなんじゃないといいたかったけど、
なんだか言えなかった。
◆
蘇芳は芹に呆れていた。
貴族の屋敷へ向かう途中、
芹は何もない場所で転び荷物をぶちまけ、
地図を確認すれば風に飛ばされ、
慈眼が慌てて押さえる。
5件の屋敷を周り、
うち2件は蘇芳が祓いを担当。
木偶人形に病を移して封印し、
慈眼は病を少しばかり喰った。
口々にお礼を言われ、懐に増えた病を、
家に帰ったら存分に眺めようと思い
周りをみる元気が出てきて、
道すがら病にかかってない貴族の顔を見る。
感情のこもってない笑顔。
いつも思うが、
病にかかってない貴族は
仏のような表情をしている。
何も悩みがない、雅な貴族たち。
私も悩みがなければ、
あんな表情になるのだろうかー。
最後の屋敷に着く前、私は芹に確認した。
「今回の鬼は、病を食べるのですが、
老婆の病だけ食べるのですね?」
顔を近づけて聞いてくる蘇芳に
少し顔を赤らめながら一歩下がる芹。
「うん!そうなんだ!
俺が何人かおばあちゃん達の病祓いを
任されてるんだけど、
みんな口をそろえて言うんだ。
『立ち上がれない病になって毎日鬼が来る』
って。来たあとは元気になるんだってさ」
慈眼は冷静に返す。
「お前、それは病でなくてただの老いだろ」
芹と一緒に私は平然と答える。
「「動けなくなったら病のせいですよ?」」
慈眼は返答が気に入らなかったのか眉根を寄せて聞いてくる。
「動けなくなった病は治るのか?」
私達は目をそらすだけだった。
「治らねぇんだな。
そして治らない病はどう扱う?」
芹はへらりと笑いながら言う。
「決まってますよー、
抹消します。だってそれが決まりだから」
慈眼は一度、拳を握りなおした後、
理解したくないかのように頭をかきむしる。
「老いは治らねぇ、曲げれば歪む」
慈眼はそのまま私たちに確認を取る。
「お前らのいう病状態と、
俺たち妖の違いは何で見分けてんだ」
芹が得意げに答える。
「苦しんで死ねば病で
広げるために形を変えれば妖ですね」
「妖は俺のように人間でなくなる状態だな」
「はい」
芹と蘇芳たちの返答を聞いた慈眼は、
声に出さず前回のことも含め思いだす。
病で苦しみ何かしらの目的
ー欲望を形どるものだとしたら
ーじゃぁ、老いを抹消したら一体どうなる?
黒髪の少女、蘇芳は、
何やら思案をする慈眼の横顔をみる。
私は抹消が
本当に正しいのかわからなくなった。
今は、慈眼がいる、病を喰える。
だから抹消はしなくてよいのだと思うと安堵を覚えた。
慈眼は、
柴犬のような髪の芹の後ろ姿を見つめた。
芹が足を止めた。貴族の屋敷の前。
屋敷から、規則的に生活音が聞こえる。
「陰陽師でーす!回診にきましたぁ!」
「はい、どうぞ上がってください。
奥方様は
右手から三番目にいらっしゃいます。」
屋敷の奥から女性の姿が見えるが
逆光で顔がよく見えない。
「ありがとうございまーす!」
芹が遠慮なく屋敷に上がった時には
女性はいなかった。
芹が首をかしげて
「あれ、なんか今日は歓迎されてないっすね」
と言いながら、
何回か来たことあるからだろう。
遠慮なく入り
おばあちゃんとやらの部屋にいく芹。
慈眼と蘇芳は後を追いながら屋敷を見た。
部屋の仕切りに使う竹製の目隠し
ー御簾に隠れて
人のシルエットがうごく。
「きてくださりありがとうございます。」
「奥方様、今日は食べれるかしら」
「最近、起き上がれないみたいね」
ざわざわ、ガヤガヤー。
2人で目配せをした。
違和感。
音は聞こえるが実際には人とすれ違わない。
――――香が立ち込めている。
伽羅の甘い香りだ。
その中に混じって魚が腐敗するような香りが混ざる。
御簾の後ろの人のシルエットが見える。
私は鼻を押さえると、慈眼が横目で私をみる。
御簾の後ろから漂う匂いが
一層強くなった気がした。
「ばあちゃん!芹が来たよ。
今日の調子はどう?」
芹が話しかけると少しシルエットが動く
「あぁ、来てくれたんですね」
落ち着いた老婆の声が聞こえる。
「蘇芳」
慈眼が静かに呼び掛けてくる。
木偶人形をいつでも動かせるようにしている。
「芹、お前このお貴族様に
最後に会ったのはいつだ?」
芹に確認をすると
「え、三日前だけど」
「あぁ、芹来てくれたのですね」
とまた影がぐにゃとしながら動いて言う。
慈眼は遠慮なく、ずかずかと部屋に入り
御簾をのけようとした。
「え、だめですよ!!」
慌てて芹が止めるが、
お構いなしに御簾を切り裂いた。
「見てみろ!」
慈眼が目をそらすなという風に指を指し示す。
布団の中に人型の大きな宝石があった。
闇を閉じ込めた黒石の宝石。
『あぁ、芹来てくれたのですね』
まるで時間が巻き戻るかのように繰り返す。
それと同時にガヤガヤと周りがうるさくなる。
「はい、どうぞ上がってください。
奥方様は右手から
三番目にいらっしゃいます。」
と声が聞こえて芹が戸惑う。
「え、これ俺たちを案内してくれた時のー」
可哀想なほど真っ青な顔をした芹に
追い討ちをかけるように、
ざわざわと周りから声だけが聞こえる。
「きてくださりありがとうございます。」
「奥方様、今日は食べれるかしら」
「最近、起き上がれないみたいね」
通りすがりに聞いたこそこそ話と
寸分たがわぬ話が聞こえる。
まるで時間が巻き戻るかのように、
声と光景が繰り返す。
「ばあちゃん、病が進んじまったのか?」
芹もやっと飲み込めたのか慌てたように
札を取り出し目の前の人型の宝石を見る。
「なんで妖なんかに・・・」
と泣きそうな芹の横から
慈眼が飛び出て、人型の宝石に噛みつく。
ヒビが入り割れた。
割れたところからまた、宝石ができる。
「こいつじゃねぇな・・・」
慈眼は、布団を剥がす。
葉脈のように波打つ木の根が生えている。
蘇芳は思わず、木偶人形から青い炎を出し燃やすが、燃やした所から元に戻る。
その根の元を追うように、慈眼が走り出した。
嫌な予感が胸に広がる。
◆
大広間に湿った蠢く音が響く。
慈眼はその蠢くものを青い眼でじっと見据えた。
「喰っても、喰っても、足りない」
木の根には榊でできた大蛇がいた。
目には黒石が埋め込まれている。
慈眼が近づくと、大蛇の動きが止まった。
「同類だな?」
振り返らず、大蛇は言い
「何を喰っている」
低い声で慈眼が問う。
大蛇は笑いながら、
喰らっていたものを投げる。
「まだ温かいぞ」
「俺を、同じにするな。俺はそれは喰わない」
「……違うのか?」
「お前は、喰わねばならぬのか」
「止まらん、もう殺したくない」
ばくり。もう一口。
「私は病を喰いたかったのだ」
大蛇が慈眼を覗き込む。
「私は、老いだけを喰いたかっただけだ」
祈るような口調で、大蛇が続ける。
追いついてきた芹と蘇芳が、大蛇を見上げる。
蘇芳はその大蛇のしなやかな威圧感を見て
とても美しいと感じた。
すぐさま保存をしなければー
とまじまじとその体をみる。
榊の葉が青々としながら
幹が大蛇のようにかたどっている。
幹から力強さを感じた。
この人の病はなんだろうか?
何を望んだのだろうかー
ふと幹の間から、陰陽師の白い装束が見えた。
芹も気がついたのか横で小さく呟く。
「せ、先輩?」
蘇芳が震える声で大蛇へ問う。
「あなたは、陰陽師だったんですか?」
その問いを聞いて
大蛇は口を大きく開けて笑ったー。
ー青い炎を見続ける。
気が付いたら正気でいられない。
後編 ルビがエラーになっていたので
時間差で24日中に更新します。




