第3話 夢咲病ー枯れた花をまとう子供達
―――これはただの病だ!
目の前の業火が俺を包む。
◆
「うふ、うふふ」
慈眼は不機嫌そうに目を覚ました。
顔に生暖かい空気が何度も当たると思ったら、蘇芳の鼻息だった。
寝覚めは最悪である。
鬱陶しい・・・・本当に鬱陶しい。
「何してんだ?」
慈眼は、何やら自分の陶器の体を触りながらうっとりしている蘇芳へいった。
「いや、この美しいお顔とのコラボレーションの陶器の体を見れなくなるな
と思いまして」
と言いながら蘇芳はいそいそと
衣を慈眼へ渡した。
「お師匠様から、
体が人形とバレないような服を着せて
調査にいきなさいと言われてしまいました。」
と蘇芳がすごく残念そうに告げる。
慈眼はーーー
これからはちゃんと服を着ようと心に決めた。
都からずいぶん離れた山を歩いていた。
歩くと土に水分がないのかすぐ砂が舞い、
ひび割れる。
慈眼が歩きながら、やせた土地だと思った。
「で?どんな調査なんだよ」
真っ白な着物を着せられまるで人間に見える
慈眼は、蘇芳に聞いた。
「子供がよく寝るそうです。」
慈眼は蘇芳をジト目でみる。
「いや、別に子供はよく寝るだろうが、
いいじゃねえか健康的で」
慈眼は面倒くさそうに言う。
蘇芳は慈眼へ困ったように笑う。
「そういうことでなくてですね・・・・
問題なのがそのあと、
子供が寝ると子供から花が咲くようで」
「花が咲く?」
「はい、そうすると
寝たまま子供たちは仕事をしてくれるようで
村で喜んでいたので、病が出てから
私たちに調査を依頼しなかったようなんです。ですがー」
蘇芳と慈眼は風に乗って、
荒れ果てた村から
村に近づくと子供の歌声が聞こえることに気が付いた。
―夢を見ると花が咲く。
周りは喜んだ。
花が咲くとこれで飢えとおさらばできる。
夢を見ると花が咲く。
花が咲くと、飢えとおさらばできるー
慈眼は子供の無邪気な歌声を聞きながら、
子供たちをじっと見た。
明らかにおかしいことに気が付いた。
体が小枝のように細い。
歌っている子供たちの体中に
蔓が巻き付き薄紅色の花が咲いている。
子供が動く度にその花は優美に揺れている。
子供達の中には、花が枯れている子もいたが、
花が枯れている代わりに体中に
水ぶくれのように膨らむ青く鈍く光る月長石が見えた。
どの子供達も眠っている。
「‐--これ、は」
思わず、慈眼は言葉を失う。
明らかに、まともな光景でなかった。
蘇芳は人形のような顔をして慈眼へ言う
「夢咲病を見たものは、
花が咲き寝ながら働きます。
ずっと目覚めないまま。
数日すると花は枯れて
体に月長石が
みずぶくれのように出来き、
高熱を出して死んでしまうようです」
蘇芳の言葉を聞いてあたりを見渡す。
明らかにおかしい状態だが
村の大人はあきらめたような顔をしていた。
よくみると村の大人は痩せ細っていない。
顔色もいい。ーなぜだ?
明らかにこの村の土地は痩せている。
大人だけ痩せていないのは妙だなと思った。
次の瞬間、子供の腕に絡みつく蔓を、
大人が無造作に引き抜いていた。
皮膚ごと裂ける音。
それでも子供は目を覚まさない。
引き抜かれた蔓の先には、
葛の根が膨らんでいる。
白く、栄養をたっぷり含んだそれを、
大人たちは黙々と削り、口に運んでいた。
慈眼の喉が、ひくりと鳴った。
慈眼は鬼のような形相で
村の大人へ掴みかかった。
「子供があんな状態になっているのに!
なんで放っておいた!」
「ひぃ」
村人は、慈眼の鬼気迫る表情を見て怯える。
すぐに、蘇芳は止めにはいるが、
慈眼が歯を剥き出しにしながら怒鳴り付ける。
「蘇芳、おまえは!あれを見てなんとも思わねぇのか!」
子供達を指し示したが、
蘇芳は少し表情を歪めて言った。
「しょうがないんです。
子供達をこの村は養えない、養えず、
餓えて苦しむより、
夢の中で幸せなまま死んだ方が幸せなでしょう?
私は、この病が都に及ばないように、
調査を命じられました。
村の方針に口出し出来る権利は
陰陽師にはありません。」
慈眼は蘇芳に信じられないという表情をしながら、
村人の胸ぐらから手を離した。
村人は舌打ちをし慈眼達へいう
「都の方々には私達の苦しみも生き方もわからないだろうよ」
村人はそういいながら、
また子供達の元へ向かう。
慈眼はおぞましさに身震いを覚えた。
怒りで周りが真っ赤に見える。
慈眼は地面を叩きつけるように踏み鳴らして歩き
村人の大人に向かっていき肩を掴む。
青色の瞳がその醜悪な大人の顔を写す。
「おい」
慈眼は拳を握りしめる。
その手を止める蘇芳。
「止めるな蘇芳、殴られたいか?」
慈眼が目を充血させて蘇芳に一瞥もせず、
村の大人を殺意のこもった目で見ている。
蘇芳は声を震わせないように努めて慈眼へ言う。
「彼らは生きるために、仕方なく選んだだけです。」
この言葉は慈眼に向けたものじゃない。
私自身への言葉だ。
私は陰陽師。
正しいことをしなければならない。
飢えを祓うことは出来ない。
出来るのは病をたつことー
「仕方がないことなんですよ」
その瞬間、慈眼こっちを見た。
ゴキー
鈍い音が響いた。
「仕方がないだと!ふざけるな!」
慈眼の荒い息が近くで聞こえる。
自分の思いを真っ直ぐ、
動ける事がうらやましい。
蘇芳は口を切ったのか、鉄の味がする。
ーあぁ、痛いなぁ
蘇芳は思わず笑みを浮かべる。
《《自分の無力さ》》に
ゆっくりを顔を上げて慈眼を見た。
「あなたは、優しいですね」
慈眼は狼狽え、目を反らす。
その手は少し震えていた。
視線の先には子供達。
「くそったれが」
小さく慈眼は震える拳を強く握り治した。
蘇芳は村人の方へ向き、
何事もなかったかのように
人形ような表情を浮かべたまま村人へ聞く
「すでに、病が進行して妖化している子がいると聞きました。
詳しく教えてくれますか?」
◆
まるで繭のようだった。
ゴツゴツした灰色の岩山にその空間だけ
色彩があった。
太陽の光を浴びて
見る方向によっては鈍い青色の光をたたえ
まあるい月長石がある。
その中に枯れた蔓を体に纏わせながら
フクロウのように
目だけが青く光っている子供の姿があった。
女か男か慈眼にも蘇芳にも判別が付かない。
岩肌に、歌が反響していて不協和音のように聞こえる。
周りには眠っている子供達。
ここにいる子供は花がまだ生えておらず、
ふくふくとした艶やかな頬をしていた。
村で踊っていた子よりさらに幼い。
慈眼はまるで揺り篭のようだと感じた。
蘇芳は、
かなり妖化が進んでいると感じ考える。
繭は封印か抹消、寝ている子は今すぐ保護して浄化をして祓わなければー
どうしたら良いか蘇芳が思案していると
繭が喋りだす。
男とも女ともとれない声だった。
「ダレ?オトナはハイレナイヨ
ココハ コドモシカハ イレナインダ」
少し舌足らずな喋り方に聞こえる。
慈眼は
「おまえ、何故病を広げる?」
と聞くと、繭がさきほどと違う声で返事をする。
「夢をみている方が幸せだよ」
慈眼の聞いている内容とズレタ答えをする。
蘇芳は、妖怪が慈眼に意識をむけているうちに、
指先を動かし木偶人形をまだ寝ている子を抱えようと差し向けた。
「触ルな!」
地面からたくさんの蔓が生え、
寝ている子供達を隠していく
妖怪が低い声でいう。
「僕達が守ると決めたんだ!」
「弟をおこすな!」
その瞬間、繭のような月長石は割れ、
中心にいた子供の腹が、ふわりと膨らんだ。
皮膚の下で何かが羽ばたく。
骨の隙間を押し広げるような、湿った音。
――ばきり。
胸が割れた。
血ではなく、蔓があふれる。
その中心から、
白い面をしたフクロウが這い出た。
眼だけが落ち窪んでいる。
やけに静かな目だった。
羽ばたくたび、夢を見る子供の頬に、
笑みが浮かぶ。
慈眼の奥歯が鳴る。
「……ふざけるな」
フクロウが鳴いた。
その声は、子供の声と重なっている。
次の瞬間、慈眼はもう踏み込んでいた。
狙ったのは羽ではない。
夢を見させる、その喉だ。
刀が空気を裂く音だけが、
やけに澄んでいた。
斬れた。
羽が散る。
黒い瞳が、初めて揺らぐ。
それでも、子供の頬の笑みは消えない。
さらに飛びかか喉元に噛みつく。
フクロウが身を回転させ俺は弾かれる。
「ぐっ!」
岩肌に頭をぶつけた。
頭がズキズキと痛む。
血が出たせいか頭が冷静になり視界が開けた。
慈眼は蘇芳の姿を探す。
背中に太陽の光を背にしたそのフクロウは
神の遣いようだった。
蘇芳は思わず息を呑み、呟く
「美しい」
あぁ、これは必ず保存しなければ、
消されてしまう前にーせめて封印を。
蘇芳は糸を操り、数体の木偶人形に札を貼り
フクロウへと襲いかかるが
フクロウが優雅に羽を羽ばたきしただけで
飛ばされてしまう 。
余りの暴風に煽られ、
木偶人形ごと吹っ飛ばされる。
あ、と思った時には近くに岩山の岩肌があった。
痛みを想像して蘇芳は目をつぶったが、
想像した痛みは来なかった。
「あぶねぇな!後先考えて行動しろ!」
慈眼は蘇芳へ怒鳴る。
岩肌と蘇芳の間に、
慈眼が身体を滑り込ませていた。
陶器で作られた身体は所々にヒビが入っている。なんだか蘇芳は慈眼に申し訳なくなった。
「ごめん」
慈眼は青色の瞳で蘇芳を見て
自分が殴った頬の傷が目につく。
「俺も悪かったよ、あとで傷見せろ」
ぶっきらぼうに言って目をそらした。
慈眼は、拳を握り治し
目の前のフクロウへ射貫くようにみて
飛び付く。
羽を掴み力任せに裂いた。
翼をもぐのは、自由を奪うためじゃない。
その地に足をつけて歩くため。
「夢の時間はもう、おしまいだ!おきろ!」
フクロウは羽を失い、墜落した。
フクロウが叫ぶ!
「イヤだ!」
慈眼は墜落したフクロウの腹を
今までの激しい攻撃が嘘だったかのように
優しい手付きで裂いた。
「あぁ、腹が減った」
慈眼の青い瞳が中であるものを捉える。
のっぺらぼうの子供達の形の宝石が怯えるように震える。
まるで迷子の子供へ手を差し出すかのように
宝石を掴んだ。
ゴリ、バリ
石が砕ける音がする。
「やだ!やだ!」
フクロウから
いろんな声が混ざりあうように響き、
「マモルんだ!」
とうわ言のようにフクロウが呟く。
慈眼は宝石をかみ砕きながらいう
「子供が大人になるんじゃねぇよ」
子供たちの形をした宝石は
氷が割れるように割れて白い砂となる。
白い砂に混じって
何か光輝く小さいものが、ポトリと落ちる。
それは月長石でできた胎児のような石だった。
よくみると白い砂の中に細く頼りない骨が混じっている。
蘇芳は理解してしまった。
あぁ、きっと村が餓えてここにおいて行かれたんだ。
蘇芳はその石をひろい、藁人形にいれた。
藁人形はカタカタと震える
【クロウサセナイ】
蘇芳は慈眼をみる。
ただ自分の大事な人に苦労してほしくなかった。
その気持ちが欲だなんてー
病になるだなんて
蘇芳は、言葉につまる。
フクロウがいなくったことで
子供達を隠していた蔓も消え、
子供達が目を覚ました。
起きた子供達は口々に言う。
「ねいさまは?」
「にいや、どこ」
「遊ぶ約束してたの」
と口々に言っている。
慈眼は子供達を捕まえ、
しってっかー
と地面に何やら書いて教えている。
慈眼に蘇芳が声をかける
「何を教えているの?」
慈眼は答える。
「食える雑草」
慈眼は蘇芳の藁人形を見ながらいう
「知ってっか?フクロウはな
不苦労って書くんだぜ、
知識があれば自分をいつか助けるさ」
慈眼が美しい顔で無邪気に笑った。
蘇芳はこんなに
無邪気に笑う慈眼を初めてみたから
見惚れてしまった。
だからかすぐ気づけなかった。
「どうしてくれるんだ!」
村の大人がぞろぞろ集まってくる。
「たべるものがないじゃないか!?」
「冬を越せる蓄えはないぞ」
口々に好き放題言う、大人達。
隣にいる慈眼の歯軋りの音が聞こえる。
「胸糞わるぃ」
ドスの聞いた声で呟く。
蘇芳は慈眼を止めなきゃと思い、
声をかけようとすると、
好き放題言う大人達の顔が歪み、変化する。
蘇芳は妖化だーと思った。
指を動かし木偶人形を
自分の側に引き寄せた瞬間。
大人達が、真っ二つに裂かれた。
子供達を思わず引き寄せる。
飛び散る血潮。
真っ二つに裂けた空間から
お師匠様と、頼光殿の姿が見える。
「蘇芳、慈眼、また一つ善行をつみましたね!」
目の前に一瞬銀色が見えた。
キンー。
慈眼が、頼光殿の刃を受け止めていた。
そのまま、
刃が落ちれば子供達を引き裂いていた。
「なんのつもりだ!」
慈眼が目を見開き叫ぶ。
「抹消だ」
血濡れの頼光は真顔のまま答える。
「それは病の元になります。」
後ろにいたお師匠様は、
いつもと変わらない笑みを浮かべて言う。
だれもかれも血濡れの中、
一人だけ何一つ汚れてない事に気が
ついて背筋が寒くなる。
「なにいってんだ!」
慈眼は頼光の刀を弾きながら
師匠を血走った目でみる。
師匠は優しい声で私に問う。
「蘇芳、貴方、その子供達
全員面倒みれますか?
大人が妖になって子供だけの村で
暮らしていけると思いますか?」
私は乾いた唇をただ震わせる。
答えることは出来なかった。
師匠は今にも牙を向いてきそうな
慈眼を見て、優しい笑みを浮かべ、
首を触る仕草を見せる。
慈眼はその仕草を見たあと力なく項垂れる。
私があげた陶器の体の拳が、
慈眼の力に耐えきれず音をたてて崩れる。
師匠は場を変えるように手を打ち鳴らす。
パンー!
この場に似つかわしくない軽い音だった。
「冗談ですよー、皆さん。
本気にしないでください。
子供達だけで暮らしていけないので
私達が連れ帰り面倒みますよ♪
ささ子供達はこちらに」
師匠が出した乗り物に子供達が乗り込んでいく。
「じゃ、蘇芳、この場の浄化は頼みましたよ」
木偶人形から出す
青い炎から目をそらしたいと思いながら燃やした。
燃やしつくしたあと、
病の欠片は見つからなかった。
この世界では、感情もまた形になります。




