第2話 玉瘡病【美しいものへの執着と、利害関係のはじまり】
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俺は首だけになっても、腹が減る。
体は陶器だ。
心臓はないから、動かない。
それでも、喉の奥は乾く。
蘇芳に封印を解かれ、今は一緒にいる。
俺は慈眼。
――あぁ腹が減った。
チュンチュンと雀がうるせぇ。
庭先で朝を祝ってやがる。
祝うほどめでたい世界か?
「はぁ?」
俺は目を開けた。
後悔した。
黒髪に黄金の目を持つ蘇芳という女は、頬を赤らめながら手のひらサイズの藁人形へ頬ずりしていた。
昨日はよく見ていなかったがよく見ると、部屋の壁には同じような藁人形が数十体並べられている。
――気持ち悪い。
見なかったことにしよう。
目を閉じようとした瞬間、藁人形もガタガタと震え、何事かぶつぶつと言っている。
腹が鳴る。
俺は、陶器の体を動かし、壁にある藁人形の一体を掴み、まじまじと見てみた。
「蘇芳、お前……これ」
「あ、気が付いてしまいましたか?はい、これは―病の欠片です。
でもお腹が空いても食べないでくださいね、これは私の大切なものです」
変な女。
きらきらした目で、こちらを見る。
あまりその目で見てほしくない。
俺はため息をついた。
「俺を盗んだのってもしかして……」
蘇芳は、うっとりした目で、俺に言う。
「はい!最上級に、美しい病を初めて見たので持ち帰りたくなりまして!」
俺は聞かなかったことにした。
◆
おれは芹。
陰陽師見習い。
才能はそこそこ、度胸もあまりない。
周りからは柴犬のようにふわふわした髪だと言われる。
陰陽師の朝は早い。
――おれは毎朝、眠い目をこすりながらそう思う。
病を祓い、封じ、抹消する。それが日課だ。
そしてその日課に、毎朝振り回されているのがおれだ。
おれは、主に病祓いのための札を作成している。
一番楽な仕事だが、もちろん他の仕事もある。
日々、病にかかった人が運ばれるため、陰陽師堂は大忙しだ。
同じ見習いが事件を起こしたと聞き、おれはそわそわしていた。
「来た!」
おれが頭に浮かべていた人物が、同じ背丈くらいの人形を引き連れてやってくる。
無機質な表情を浮かべた少女と、怒りの表情を浮かべた陶器の体をつけた人形だ。
表情を浮かべていないと、どっちが人か分からないな。
「おーい、すおーう!」
おれが呼びかけると、蘇芳は表情のない顔を少しだけ緩め、駆けよる。
「芹!私やらかしてしまいました」
悪びれないように言う、その首には青い印がある。おれは、蘇芳の首もとを観察しながら返事をした。
「また、やったんすか!」
まるでこの線に沿って、首を切られた後のようだなとおれは思った。
おれは、同じ時期に陰陽師見習いとなった蘇芳の悪癖を知っていた。
今回のことも、美しい病を見てみたいと思ったのだろう。
――バカなやつ……。
前も、自分から呪いに触れて問題になってたよな。
とおれは心の中で同情する。
おれは、蘇芳の横にいる陶磁器の体を持つ、不機嫌そうな表情をした男でも見惚れるその顔を見る。
……女だったら危なかったな。
ごまかすかのようにおれは、蘇芳を見て言う。
「あの酒呑童子の首かよ! よく生きてたな」
おれはつい興奮が隠しきれない口調で、蘇芳へ伝えた。
自分の態度にイラついたのか眉根をよせ、不機嫌そうに酒呑童子が言う。
「うるせぇ、若造。
お前を守れなんて一言も言われてないから噛みついてやろうか? あぁ?」
威嚇するように酒呑童子が長い牙を見せる。
獰猛なトラのようだ。
「ご、ごめんなさい!」
その表情にひゅっと喉が鳴る。
おれは、頭を抱えてすぐ謝った。
蘇芳が、困ったように眉を下げて酒呑童子の前で手をひらひらさせる。
「まぁまぁ、慈眼、お腹空いているでしょ。ちょっと病を診てくださいますか?」
慈眼――酒呑童子だ。
目つきがするどく、今にもおれの喉元を噛み切りそうだ。
蘇芳は小屋を指さす。
慈眼は鼻をヒクヒクさせて指示とは違う方向へ走り出す。
「え、慈眼!」
貴族達専門の祓い場から離れた敷地の奥の薄暗い一角に小屋がある。慈眼は、その小屋目掛けて走っているようだった。
慈眼が小屋の入り口の布を開けると、汚れた布団の上に、不釣り合いな赤い宝石を散りばめた体を投げ出すように女性が眠っていた。
死臭のような匂いがあたりに立ち込める。
蘇芳もおれも思わず息をとめる。
慈眼だけが、真剣な顔をしている。
慈眼の目の奥に影が立ち、おれたちに、腹の底から押し出したような低い声で聞く。
「なぜ、この小屋はこんなに汚いんだ?」
顔の筋肉が怒りで、ピクリと動いているのがみえる。
鬼は、怒っている。
おれは、答える。
「うつるからです。
だから触れない。
人形遣いも足りず、貴族が優先になります。結果がこの状況です。」
おれの言葉を聞いて慈眼は、不機嫌な表情を隠さない。
「うつるのが怖いから触らねぇのか?
貴族も平民も人間に変わりはないだろうが、優先順位をつけるなんざ、陰陽師様は偉いもんだな」
と吐き捨てるように言いながら、慈眼は陶器の体を動かしやさしく女性に触れる。
宝石だらけの女性は、ふと慈眼の顔を見た。
「あぁ、誰なの? 私に触れてくれるのは……?」
慈眼が触れたところから女性の皮膚が裂け、柘榴色の宝石が出てくる。
慈眼は青い眼を光らせながら言う。
「腹が減った。お前の病を喰わせろ」
慈眼はそのまま彼女の宝石に噛みつく。
「え!」
噛みつかれた女性は驚きの表情を見せて、もがく。
慈眼は、そのまま宝石があるところを、容赦なく噛み砕いた。
周りに宝石の破片がキラキラと舞う。おれが慌てて止めようとして近づく。
「この病は触れれば触れるほど、悪化するんですよ!」
おれが、言うと慈眼は振り向いて
「この病の患者に触れたら体をすぐ清めろ、布団もすぐ清めろ、酒で清めろ。
そうすれば看病するものは、感染しない」
と言い切りその患者を抱きしめた。
おれは触っていけないし、止めることができないから、仕方なく手を右往左往しておろおろとしながら蘇芳を見たが、蘇芳は、首を横に振るだけだった。
どうしよ、これ。
おれはどうにも出来ず、鬼と蘇芳を交互に見るだけ。
◆
――私には見えていた。
慈眼が宝石を噛み砕く度に、女性の胸のあたりにある黒い靄が少しずつ消えていく。
……あぁ、美しい。
病を喰っている。
喰らっている。
あの鬼は。
慈眼だけが、その青い瞳を一切そらさずに、赤い宝石を捉える。
ひときわ大きな石が女性の背中の皮膚を破って発生した。
その羽をみて思った、羽化のようだと――。
美しさに身震いがする。
宝石の羽が背中を裂き、のっぺらぼうの少女が現れた。
――もっと壊れてほしい、と思ってしまった。
【サ……ヒ……】
と赤い宝石の体を持った少女は言う。
芹が引きつった声で言った。
「あ、あやかしだっ!」
芹の恐れを込めた声を聴いて、私はすぐに人差し指を動かし、近くにいた木偶人形を引き寄せた。
指に神経を集中させる。
いますぐ抹殺しなくては!
私は、清浄な炎を出すため、さらに指を動かしたその瞬間。
慈眼が、木偶人形に繋がる糸を断ち切る。
『黙って見ていろ』とでもいうように、息を飲むほど、まっすぐな青い瞳。
思わず喉が鳴る。
――美しい。
破滅に似ている。
なのに目が離せない。
正しいかどうかなんて、どうでもよくなるほどに。
その鬼の綺麗な口が耳元まで裂け、人間ではない形相を見せる。
まっすぐに射抜く青色の瞳が、赤を映していた。
「俺が喰らってやる」
赤い宝石の少女へ噛みついた。
途端に慈眼の顔にも宝石が皮膚を突き破って出てくるが、それも一瞬で、何事もなかったかのように消えた。
その瞬間、宝石は砕けて、キラキラと舞いながら消えていく。
「はぁ、腹いっぱいだ」
満足気に微笑み、お腹を撫でる仕草をする。
病にかかっていた女性は、宝石一つない肌をしてしゃがみこんでいた。
「な、治っている!?」
芹が目を見開いて、大きな声で言った。
私も驚きを隠せない。
あそこまで進んだ状態の病をどうにかできたのだろうか?女性は自分の胸を抱きしめるように頷いた後、慈眼へ視線を向けた。
「ありがとう、ありがとう……」
そう言って気を失った。
私は、上着を脱いで、女性が寒くないように着せる。
……慈眼は病を本当に治せる。
私は確信した。
芹は目を輝かせて慈眼へ駆け寄り言った。
「すげぇ!! 本当に病を喰った!」
隣から私も興奮を抑えきれずに慈眼へ言う。
「抹消もせずに、あんなに進行していた病を、人に戻せるなんてすごいです!」
慈眼はうるさそうに陶器の体で耳をふさぐ。
「あぁ! 落ち着け! 俺はただ病が喰いたかっただけだ!」
私の鼓膜をある音が震わせた。
――パチパチ。
拍手音だ。
興奮冷めやらぬ中、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえる。
思わず私も芹も振り向いた。
狐のような顔をした大男、師匠が慈眼に向かって言う。
「さすが酒呑童子! 病だけを喰うという言葉、嘘でなかったのですね?」
「なんだよ、俺が人を喰うと思ったか?」
口元をぬぐいながら慈眼が言うと、師匠は心底嬉しそうに慈眼へ告げた。
「他の患者も治りましたよ。
どうやら貴方が喰った病はすべてなくなるようですね?」
その言葉を聞いて、私は部屋にある赤い宝石ができる患者の病の欠片も消えているのだろうか――とふと気になったが、顔に出さないようにした。
芹がこちらを見つめてくる。
芹は私の収集癖を知っているため気になっていることが分かっているようだ。
「……」
慈眼は、芹の視線で私が何を考えているかわかったのか、じとっとした目で見てくる。
そのあと、ニコニコと笑う師匠を見て、さらに機嫌を悪くした。
「都を救う救世主様」
師匠は、慈眼の不機嫌そうなそぶりなどまるで気にしないで告げる。
「同じように病を、これからも喰っていってくださいね?お腹、減るでしょう?」
慈眼といれば、これからも病に遭える。
百八個の病。これから集めることを考えると、私の胸がドクドクと高鳴る。
師匠からの指示が早くほしい。
私が考え事をしていると、師匠は私に指示書を渡してきた。
そのまま私の隣にいる慈眼へ目を向ける。
「慈眼…でしたかね?酒呑童子」
私は師匠が、酒呑童子の、慈眼の名前を言ったことで、違和感を覚えた。
一体、いつ私だけに教えてくれた名前を知ったのだろう?
師匠は私の肩に手を置いた。
冷たい手だ。
その手が私の首の印を撫でる。
私の首の印を、慈眼の目が捉える。
師匠の顔を見上げると、にこりと笑っていた。
逃げ場はないと、慈眼に言っているようだった。
慈眼は、舌打ちをした後に口を開く。
「あぁ、腹が減って仕方ないから、喰ってやるよ」
自分の首を触りながら慈眼が言った。
慈眼の肌と同化している青い絹糸が私の目に入る。
【まるでわかっている】と師匠に言うよな仕草を見て、
――妖でもやっぱり痛いのは嫌なのだろうか。
慈眼の苦虫をつぶしたような表情を見ていた。
「よ、よかったぁ…」
私は一日を終え、部屋に戻るとすぐさま心配で仕方なかった藁人形を見た。
赤い宝石の対応した人の一部を入れた藁人形は今日もカタカタと震えている。
【サミシイ】【アイサレタイ】
慈眼が胸を撫で下ろしている私に、じとっとした目で呆れたように私を見る。
「それ欲の欠片だろ?病の元の。
お前なんでそんなもん大事にしてんだ?」
私は、答える。
「欲は美しいから……分かっているんです。陰陽師としておかしいってだって欲は病の元で妖になるものでしょう?
何度も捨てようと思った。
でも、欲は美しい。捨てられない。
この気持ちは理屈じゃない」
慈眼がまっすぐ私の瞳を射抜く。
吸い込まれそうな綺麗な青い瞳。
私の答えに、静かに慈眼は言う
「……お前みたいに、そこまで欲を綺麗だって言えるやつはそういねぇがな
腹が空いたら飯を喰う、眠たくなったら寝る、これも欲だ」
慈眼は何かを考えこむように言った。
なにを考えているのだろうか…。
私は、慈眼へそっと手を伸ばしていう。
「頬に触れてもいいですか?」
慈眼は、目を逸らしながら言った。
「あぁ、許してやる」
私が頬に触れると、震えた気がした。
ひんやりとした肌、生きていないんだろうと思う。
でもこの焦燥感は一体なんなんだろうか……。
私はやっぱりこの妖は美しいと思った。
寝る前に私は、読み忘れていた師匠からもらった指示書を開いた。
とある村で子供達が眠り続ける病が流行っている。
病名を見て、胸が高鳴る。
「どんな美しい病なのでしょうか」
――壊れるほどに、見てみたい。
名は夢咲病。




