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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
一章 清浄編

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第1話 医者だった鬼【失われた記憶と異形の医者】

 山の社の裏で、私は少年の首に手を伸ばしていた。

つい先日、私は一人の女を救えなかった。

だからだろうか。

その首から、目が離せなかった。

 

 閉じた瞼の奥に、どんな色の瞳があるのか知りたかったのだ。


  美しいものが大好きだ。

 それが禁止されているのであればなおさら。

 美しさとは畏怖(おそれ)と似ている気がする。


 手入れのされていない山の社は昼でも薄暗い。

 儀式の酒と米が運ばれるその裏手、雷で裂けた杉の根元で、少年の首を掲げていた。

 私は陰陽師、蘇芳。

 今、師匠にばれたら怒られることをしている。


「美しい…」


 私の口から、ため息が出る。

 白銀の髪に長い睫毛。

 水晶の数珠と五方星の札が、怪しが私の目を釘付けにしていた。


「なんでこんなことしちゃったんでしょう……」


 私には悪癖(くせ)がある。

 美しいものを見ると、全てを見たくなる。

 壊れる前に、すべて保存したくなる癖だ。


 ダメなことだと分かっているが、毎回、盗んでしまう。


 今回はお師匠様が行う予定の神社での鎮魂祭を行っている最中、師匠の目を盗んで封印された妖の首を盗んでしまった。

 ちょうど自分が作成している人形にこの首を付けたら、ぴったりだと思ったのだ。


 私は目の前の首をじっくり見つめる。

 自分の作った陶磁器の体にこの顔があればなお美しいだろう。

 思い浮かべただけで思わず息が漏れ出る。


 ――周りが騒がしい。


蘇芳すおう! 出てきなさい!」


「あのくそ見習い! どこへ行った!!」


 どんどん近づき、私は慌てた。

 早くこの顔を見て、そっと返せばいい――そう思うが、騒がしい声にせかされる。


「この口元の札…邪魔ですね」


 封印は、水晶の数珠さえあれば大丈夫だろうと思い、勢いよく札を剥がした。

 その途端、札が黒い煙となり指先から黒い霧が立ち上り、自分の手に水ぶくれができる。


 痛い――。

 ウラメシイ、ドウシテ、ネタマシイ。


 ――これは病。


 頭が警報を鳴らす。

 左手で腰にある清めの酒を取り腕へとかけ払いの呪文を唱えようとしたが、それより早く病が回る。

 その瞬間、周囲が暗く感じた。


 銀髪の少年の形の良い唇が声を発する。


『おまえ、○○か?』


 びっくりして、何を言ったのか聞き取れなかった。

 目の前の首だけの少年が目を見開いて私を見る。

 深い深い青の瞳だ。


 首だけの少年が呟く。


『腹が減った』



「え」


 私の腕に酒呑童子が噛みついてきた。

 鈍い痛みを感じる。

 あぁこんな美しいものに殺されるならそれ保存の一つかもしれない。


 ……そのまま意識を失った。



 目が覚めたら、私は酷く後悔した。

  たくさんの人に囲まれて言い訳する間もなく、陰陽師の屋敷に連行。

 特別な時にしか使わない部屋で、正座をしていた。

 私の体には水ぶくれは、跡形もない。


 私の目の前には二人の男。


 夕日が差し込む広い道場のような和室で、ひときわ透き通った男性の声が響く。


「鬼に呪われてしまいましたね♪」


 開口一番、狐のような顔をした大男―師匠は、私と同じ白衣を着ていた。


 隣には陰気な顔をした狩衣の男。


 私の首には青い点線、首を切り落とす印のようなものが刻まれていた。


「封印していた酒呑童子の首の封印を解く、おバカな弟子がいるなんて思いませんでした♪」


 師匠はまるで心配する様子もなく、私に言う。

 そこへ、暗く沈んだ低い声が響く。


「呪われたなら病だ。切らなければならぬ。切れば治る。そうだろう?」

 隣の神経質そうな男が、目くばせをしながら刀を取り私へ目を向ける。


「それ、切られたら私は、死ぬやつですよね?頼光よりみつ殿?」


 ――カチャ


 頼光が刀を抜く姿が見え、私は慌てた。


「ま、待ってください! 師匠! 助けて!」


 私はこんな陰気な美しくない男に殺されたくないので、師匠へ助けを乞う。


 師匠は面倒そうに私の手を剥がす。

 呆れた顔で言った。


「陰陽師とあろうものが、穢れの塊である妖の封印を解いたんですから、自業自得でしょ、自分でなんとかなさい」


「し、しょうぅ……」


 私は、情けない声を出す。確かに自分が悪い……わかっているが助けてほしい。

 師匠は肩をすくめた後。


「で? 酒呑童子、いかようにすれば彼女の呪いを解きますか?」


 私が膝に抱えている首に向かって覗き込むように言った。

 酒呑童子と呼ばれた少年の首は、不思議そうに言う。


「俺はこいつを呪った記憶はない。

 俺は姑息な真似はしない。

 呪うくらいならこいつを噛み殺している」


 それを聞いて、師匠が言う。


「呪った自覚なし、厄介ですね」


 うーんと目を覆い悩む師匠。


「やはり斬るしかないな」


 と刀に手をかける頼光。

 師匠は膝を叩き、しょうがないなぁという顔をしながら私を見て言った。


「では、残念ですが、酒呑童子あなたの首を抹消するしかないですね。

 貴方は死ぬときに、頼光殿と安倍晴明と約束したでしょう?」


 やれやれと私の隣にある酒呑童子に手を伸ばす師匠。

 酒呑童子は師匠を睨みつけながら言う。


「俺は嘘はつかない」


 師匠は無言で懐から、青い清浄の炎が出せる小さな箱を取り出し、酒呑童子に近づけた。

 酒呑童子が白銀の髪がチリチリと燃える。


 私は、慌てて止める。

 抹消――清浄な炎で燃やせば、炭さえ残らない。

 この美しい顔を、この世界から消してはいけない!


「師匠! それだけはやめてあげてください!! 

 この美しい首を消すなんて損失です。

 他に方法はありませんか?」


 頼光は呆れて、刀を置く。

「美しさしか見えぬ馬鹿め」


 師匠は、感情の読めない表情で私へ言った。


「悠長なことは言っていられませんね。

 その呪いが蘇芳、貴方以外に広がる可能性もありますから、今すぐ酒呑童子を抹消し、それでも治らなければ残念ですが……貴方も」


 感情の読めない顔で、師匠は私をたしなめるように言う。


「……っ! でも……」


 私は、何も言えなかった。

 この世界の決まりを、病を祓う私たち陰陽師が、破るわけにはいかない。

 けれど、決まりよりも美しさの方が正しい気がする。


「俺を本当に、抹消していいのか?」


 と酒呑童子はニンマリと笑いながら言う。

 師匠は首をかしげる。


「どういうことですか?」


 師匠の火が酒呑童子を包み、その美しい顔に火傷が広がる。


 その瞬間――。


「あ……痛い!! 痛い!!!」


 私の首にある青い印が薄くなり、体中に水ぶくれができる。頼光が刀を構えながら言う。


「これは!」


「おっと、俺を切るなよ、頼光!切るしか能のないお前でもわかっているだろ?」


 酒呑童子は炎に包まれながら言った。

 師匠はそんな酒呑童子を見つめ、青い炎を止めた。

 と同時に私の体に出来た水ぶくれがなくなる。


「なるほど、貴方、病を喰らっていますね?」


 私は師匠の言っていることを理解できずに、首をかしげて聞く。


「どういうことですか? 師匠」


 師匠はさも当然かのように言った。


「蘇芳、貴方そこの酒呑童子の首に、病を喰わせたでしょう?」


「え?」


 そういえば、気を失う前に病にかかり、酒呑童子に嚙まれた記憶がある。

 たしかに目覚めたときには、病は無かった。

 私は師匠へ聞き直す。師匠は酒呑童子の首へ何かを巻き付ける。


「口元に貼ってあった札には、病が封じてありました。

 それは今どこにあると思います?」


 私は恐る恐る自分を指す。


「わ、私ですか?」


 酒呑童子がにやりと笑った。

「その通りだ」


 燃やされたことなどなかったかのように綺麗な肌に戻った酒呑童子の首は言った。


「俺は病が喰える。病を喰いたい。そういう欲を持った妖だよ」


 師匠は、酒呑童子と目を合わせ、


「あなたを燃やせば、病は彼女に戻るのですね。」


 と確認をする。

 酒呑童子は口角を上げた。


「その通りだ。残念だったな。俺を燃やせば、こいつは死ぬぜ。

 しかも周りに病をばらまくぞ、都は大混乱だろうな」


 師匠は仕方がないなと肩をすくめながら、私へ酒呑童子の首を投げた。


 私が受け止めたのを見ると、師匠が眉を下げて喋りだす。


「それなら仕方ない、貴方を抹消できない。

 でも病を祓う神にはできそうですね。

 人を救い続ければ神となり、その呪いも消えるでしょう」


 師匠は私に言い、やれやれと首を振りながら立ち上がる。


 私には酒呑童子の首の部分に、青い絹糸が肌に溶け込んでいるのが見えた。


 酒呑童子は綺麗な顔を歪めながら、師匠を小馬鹿にした表情をする。


「誰が善行なんか積むか! 損ばかりするからな!!」


 そんな酒呑童子に師匠は言う。


「酒呑童子、貴方には乗り気になってもらわねば困ります」


 酒呑童子に視線を向けると、師匠は何かを唱えた。

 途端に、酒呑童子の得意げな表情は崩れ、目をきょろきょろさせた。

 一瞬私と目が合う。 青い瞳の瞳孔が大きくなったのが見えた。


 絶叫が、室内を震わせた。


「何をした……! 陰陽師、おまえらは!! どこまで!!」


 私の腕の中にいる酒呑童子は痛みに耐えられないという表情をする。

 怒りでうまく言葉にできないようだ。

 師匠の隣で、頼光は暗い顔をしたまま見守っている。



「酒呑童子 わ か り ま し た か?」


 師匠らしからぬ、冷たい一言だった。

 その声掛けに酒呑童子は叫ぶことをやめる。


 師匠が、何かの呪術をとめたのだろう……。

 師匠の呪術はとても恐ろしい……。


 私は何も言わない酒呑童子に対して心配になり顔を覗き込む。私と目が合い、数秒した後、酒呑童子は口を曲げて嫌そうに静かに師匠へ答える。


「……あぁ、腹がすくからな。喰ってやるよ、病を」


 師匠は満足そうに頷く。微笑を浮かべて師匠は言う。


「蘇芳、百八の病を集めなさい。

 そして酒呑童子を神へと祭り上げるのです。

 集め方は、貴方達の好きなようにで構いませんよ」


 抱えた酒呑童子の頭が、少し震えている。

 そんなに師匠は怖かったのだろうか?


 でも私は別のことが気になっていた。


「百八の病……」


 私の胸が高鳴った。


 百八の病。


 どんな病があるのだろう。

 どんな美しさをしているのだろう。


 想像するだけで、笑みがこぼれる。

 これから出会う病を考えるだけで心が弾む!


 私の顔を見て、師匠は満足げに微笑み私へ聞く。


「悪くないでしょう?」


 私は深く頷いた。

 思いついたように、師匠は私に言う。


「巷で新しい病があるようです。

 なんでも皮膚から赤い宝石が出て最後には宝石となってしまう病。

 この陰陽堂へ軽症のものが運び込まれていますから、明日に病をその鬼が喰えるか、確認してみなさい」



 月明かりが窓から部屋を明るく照らしている。

 師匠から、これからは病集めに専念することに念を押されて私は自室に帰った。

 私の部屋には酒呑童子の首がある。

 机の上で酒呑童子の白銀がきらきらと月明かりを浴びて輝いていた。


「酒呑童子」

 自室に戻り、美しい少年を呼んだ。


「なんだよ」


 酒呑童子は疲れたような表情をして、私から目をそらして返事をする。

 表情を見て私は謝りたくなった。


「私のせいで大変な目に遭わせてごめんね」


 酒呑童子は私へ目線を合わせ


「……慈眼じげんだ」


 急に酒呑童子が言う。私は慈眼を見つめながら言う


「え、それって本名?教えてくれるの?」


 なんだかとても嬉しくなって聞き返す。慈眼は口をへの字にして言う。


「他の人間の前で酒呑童子なんて言ったら、怖がる奴が多いだろうが、慈眼と呼べよ」


 私は口の中でその名前を反芻した。胸にじんわり浸透するような心地。


「慈眼、なんだかあなたに似合う美しい響きですね」


 慈眼は、私の言葉に目を見開き、目を伏せる。

 何か酒呑童子に許された。

 そんな気分になった私は突き動かされる衝動のまま慈眼の頭を撫でる。


「やめろ!!!」


 と嫌そうにするが首だけの少年は私から逃れる術がない。



「私は、蘇芳って言うのよろしくね!」


 私は慈眼の絹糸のような髪を触る。

 慈眼が、

 私が自己紹介した瞬間に顔をしかめ、

 眉間に皺を寄せた。


「…撫でるな! 気軽に触るな!」


「体がないと不便ですねぇ」


 私は、慈眼の抗議の声に返事をした。にやけながら、慈眼を撫でて軽口を叩いていると私は当初のことを思い出した。

 そうだこの顔に、完璧な体をつけたかったんだった!


 私は部屋の端に置いてあった頭部がない陶器の人形を取りだす。


「慈眼。首だけだと大変でしょうから、貴方に体を私が渡しますね! 貴方にぴったりの体を」


 慈眼の首を陶器の体に据えつけた。

 まるでこの為に作ったかのようにピタッと首と陶器の体はくっついた。


「……み」


「え?」


 慈眼は口を小さく動かした。陶器の体をゆっくり動かし、私の頬に触れた。


「あたたかい」


 と小さく慈眼は呟いた。

 私は嬉しくなる。


「私の作った体ですからね!」


 慈眼は私の言葉を無視して頬から手を放す。

 私は、陶器の手を取り続けて慈眼に言う。


「それにすごいじゃないですか、病を喰えて治せるなんて! 鬼は病を振りまくだけだと思っていました!

 鬼なのに医者のようなものですね」


 興奮したように言うと、慈眼は手を振り払った。


「俺は喰うことしかできない、勘違いするな腹が減ったから病を喰うだけだ!!!」


 ほんの一瞬だけ、青い瞳が揺れた気がした。

 慈眼は、部屋の隅に座り目をつぶって動かなくなった。


 ◆

 慈眼の瞼の裏には

 ―――笑顔を浮かべる人。



 その出会いは偶然か必然か、私の正しさが、静かに歪み始めた。

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