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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
プロローグ

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すくえない医者

 私は、美しいものを救えない医者だ。


「あははは……!!」


 笑い声が、月明かりが差し込む屋敷の天井に反響する。

 女の体は、赤い宝石をまとっているように煌く。

 私の目の前の女は、狂ったように笑いながら、自分の体を裂く宝石をまるで気にも留めていない。


 自分の鼻につく肉が腐った香りと、それを紛らわせる為の白檀の香り。

 私はその香りに慣れてしまっていた。


  私は陰陽師――蘇芳(すおう)。年齢は数えで15。


 そんな私は、病に侵された女を祓い治すために派遣された医者だ。

 師匠から、新たな病が出たと指示書をもらいここへ来た。


 平安京では、触れると皮膚が裂け、赤い宝石となる病が流行っている。

玉瘡(たまかさ)】という病だ。


 人の皮膚が裂けていき柘榴のように割れていく様は、きっと他の陰陽師ならこの光景を見て、顔を顰めただろう。


 私は違う。

 ――だって病はこんなに私の胸を打つ。


 思わず私は顔に笑みを浮かべる。

 他の陰陽師なら、きっとこんなことを言えば異端だと言われるだろう。

 でも、ここまで病んでしまうほどの欲望とは一体なんなのか私は、気になってしまう。

 本気で救いたいと思う気持ちと、病は美しいと思う気持ちが相反する。



 私の目の前で、その病に冒された女が、笑い続けている。

 皮膚が裂け、内側から赤い石が顔を出す。

 まるで柘榴の実を、そのまま宝石にしたかのようだった。


 恐ろしくも、魅惑的な光景。

 赤い宝石は次々と肌を破り、女の体を着飾っていく。

 やがて笑い声は途切れ、そこには真っ赤な薔薇のような宝石だけが残った。


「……なんて美しいのでしょう。病というものは」


 私の声が闇夜に消える。

 もう一人、同じ病の者に会いに行かなければ、私はその柘榴のような石の塊を後にして、その場を去った。



 その屋敷には病に侵されたもの以外は、誰も居なかった。


「失礼致します」


 私は返事がないことを知っていながら、一声かけて誰も居ない屋敷を歩く。


 ミシッミシッと私が歩く度に床が軋む音がした。

 ふと目の前に、桜の花びらが舞う。

 花弁が舞ってきた場所を見ると、満月が桜を照らしていた。


 その桜が植えられている部屋の一番奥には、屋敷で布団に寝転んでいる18歳くらいの女が一人。

 女は、桜の木の傍で佇んでいる月をつかもうと手を伸ばしているようだった。


 その瞬間、手の皮膚は裂け、

 そこから赤い石――まるで紅玉のような宝石が覗いた。

 豪華絢爛な屋敷の中、絹の着物をまとった女の前に、私は木偶人形を糸で操り囲ませる。


 月明かりに照らされる宝石だけが、きらきらと煌めく。

 宝石となり果てた女は屋敷や着物を見て、笑い出した。


「うふふ あはは」


「動かしてはいけませんよ」


 私は、女性に思わず声をかける。

 女性はややあって、私の方を見て口元だけで微笑んだ。


  「蘇芳すおう、あなたには迷惑かけたわね」


「いえ、これも仕事ですから」


  私は、女性の体をじっくりと見る。

 ――かなり病が進行している。これはもうここにいることはできない。

 私は唇を噛んだ。

 自分の指に繋がる木偶人形につながる細い糸が見えた。


 これが決まり。


 私は自分に言い聞かせて糸を引いた。

 人形はギィギィと音を立て、女性を抱きかかえる。

 他の人形も同じく後ろをついてくる。


「連れて行くのね」


 女は私の顔をじっくりを見つめた。

 これから何が起こるのか理解をしている表情をしている。

 私は、女の目に映った自分の人形のような顔を見ていられず、目を逸らした


「はい」


 短く答えて、糸をさらに操り一歩一歩屋敷の廊下を出ていく。

 風が吹いて、屋敷の桜が女への別れを告げるように、桜吹雪が舞った。

 ――もう誰もこの屋敷の桜を見ることはないのだろう。


 今から私は、この女の死出の旅へと同行する。

 女は、木偶人形に抱えられ、豪華な屋敷を後にした。

 私にこの女に絶対に触れてはいけない。この病は“うつる”からだ。


 玉瘡病は、寂しさで発病する。

 私が運んでいる女は、子供を流行り病で失くした。ぬくもりを失った者は、壊れる。


 病は拡大。

 陰陽師である私達の中で、最初の治療にあたったもの何人か犠牲になった。

 この治療に当たるものは私のように人形使いのみが、対応するようになり、

 拡大しない方法が確立された。


 私はこれから自分のやることを正しく遂行するために女へ話しかける。


「この病は治せません。

 何か最後の望みはありますか?」


 私が望みを聞くと、女は口の片側だけ上げて意地悪を言うような表情をした。


「ないわ。私はこれから都の外に放り出され、孤独に死ぬのでしょう?」


「……っ!」


 私は肯定も否定もしない。

 言えるわけがない。

 これからすることを、この人に。


 私が黙っていると、女は腕が重いのかこちらへゆっくりと、手を伸ばしてきた。

 私はあえてその女の腕を避けるようなことはしなかった。

 これからすることを考えれば、触れられてもいいとさえ思う。


 私の頬に触れようとしたその瞬間、皮膚が裂けて宝石が覗いた。

 女は私の頬に触れることができず、力なく腕を下す。


 ほどなくして、都の外へ通じる赤い門が見えた。黒衣の門番と私は頷きあった。


 門が振り返っても見えなくなる頃には、小さな小屋があり、そこへ

 女を下ろし、一緒についてきていた木偶人形も取り囲むようにしゃがませる。

 私は木偶人形の外側から女を見守った。


 湿った土の香り。

 土の香りに包まれ、何かが焼けた匂いが混じる。


 女は、ゆっくりと私を見た。

 瞳孔が開いている。


「医者も祈祷師も、陰陽師も、私を救わなかった。

 神も仏も、私を見捨てた。


 ならば私は、孤独をすべてに振りまく。

 ただ温かな手があれば

 ーーそれだけでよかったのに」


 パキピキピキ――。


 女の皮膚が裂ける音が響く。

 背中を裂くように、赤い宝石が生まれ出ようとしている。


 私は木偶人形に繋がる人差し指を動かした。


 女を囲う青い炎。


「救えなかった」


 私は呟きながら目の前の光景をただ見つめる。

 目の前の青い炎が、私の目を焦がしていた。

 周りを取り囲んだ木偶人形の口が裂け、青い炎が病から妖へと変化をする寸前だった彼女を包む。


 浄化の炎だ。


  あまりの熱さに木偶人形を操っていた糸が溶ける。

 木偶人形は青い炎を出すのをやめ、無機質な人形へ戻った。

 鼻につく焦げ臭い香りがする。


 私は人が”いた”場所へと近づいた。

 思わず手を合わせる。

 月明かりに照らされ、地面にひとかけらの赤い宝石が落ちていた。


「なんて美しいのでしょうか」


  私は、それを拾い上げ、懐から手のひらサイズの藁人形を取り出す。

 人形の腹には、小さな口が縫い込まれている。

 そこへ宝石を押し込む。


「また、1つ増えた」


 私は、その人形に頬擦りした。


 後ろから、綿のような軽さのある男性の声が蘇芳にかかる。


「よくやりましたね。病は祓うか、祓えなければ抹消せねばなりません」


「師匠」



  私は目を伏せてそっと、藁人形を隠すように懐へ入れて答える。

  暗闇で表情が見えないが、白い装束を着た私の師匠が立っていた。


 進行が進んだ病は治せない。陰陽師の基本。

 私は陰陽師。

 この都を病から守る仕事をしている。


 祓えなければ、抹消する。

 それがこの都の“医者”だった。


 ――救えない医者。それが私、蘇芳だ。

 少なくとも、今は。


 だがこの時の私は、まだ知らなかった。

 “病を救う鬼”と出会うことになるとは。






こちらにリアクションくださっていた方すみません。

章の整理中にこのプロローグを間違えて消してしまいました。

なんとか戻せました。

いつもリアクション励みになります!

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