第22話 蜘蛛切病 後編 【贖罪の在処】
朝日を浴びて神々しく輝く蜘蛛の男は、刀を再度握り直した。
男は家の入口を塞ぐように立っている。
蜘蛛の男の足が、地面を踏み込んだのが見えた。
出口は一つ。
背中には壁だけ。
――逃げ場がない。
私は、糸で近くの盆を男の目の前へ飛ばした。
刀が、煌めく。
蜘蛛の男が、その盆を紙切れのように斬る。
地面に落ちる盆。
「だめか!」
私の声より早く
風を鋭く斬る音がする。
はっとした時には、私達の目の前に蜘蛛の男がいた。
慈眼が、私達を突き飛ばす。
ガキン――。
刀の切っ先が、木製の天井に刺さっている。
芹が、尻餅をつきながら、ほっとしたように息を吐く。
「き、斬られるかと思った!」
芹は、腰が引けて立ち上がられないようで壁沿いに立った。
目の前には無惨にも真っ二つにきれた盆。
私は、止めていた息を吐き出す。
蜘蛛の男を見ると、刀を握る手が震えている。
慈眼が、蜘蛛の男の手を見た。
蜘蛛の男が刀を天井から外そうとしたその瞬間。
慈眼がしゃがみこみ片手をついて円を描く様に回る。
「危ねぇだろ!」
と言って、慈眼は蜘蛛の男の胴体目掛けて左足で蹴った。
「ぐっ」
蜘蛛の男の声の苦悶の声が聞こえる。
男は刀ごと勢いのまま飛ばされる。
そのまま開けっ放しの外へと繋がる出入口へ倒れていく。
慈眼が追うように家の外へと歩いていき、蜘蛛の男の目の前に立った。
慈眼が、相手の存在を軽く踏みつけるように鼻で笑った。
「ほら、斬ってみろ。俺を」
慈眼は、そう言って右手で自分の牙を見せるように口角を上げた。
蜘蛛の男は、顔にあった八つの目をさらに大きくさせ、刀を持って立ち上がる。
「妖め!」
蜘蛛の男はそう言って刀を真正面に構えると
足を踏み込み、斜めから慈眼へ斬りかかった。
私は木偶人形を操ろうとしたが、慈眼が止めるようにこちらに手を向ける。
「え」
その一瞬。
慈眼は、男の刃を見て、そのまま目を瞑った。
血の香りがする。
「……痛てぇな」
慈眼の声がする。
刀が斜めから入り横腹を深く切られていた。
芹が、自分の懐から慌てて札を出しているのが見えた。
思わず私は息を飲む。
慈眼はじっと青い瞳を蜘蛛の男から目を逸らさない。
蜘蛛の男は震える唇で口を開けた。
「ど、どうして避けない」
蜘蛛の男が言うと慈眼は、蜘蛛の男をじっと見る。
「ほら、妖を斬るんだろ、斬れよ」
慈眼が痛みのせいだろうか、目元がピクリと何度も動いている。
青ざめた表情とは裏腹に確信したように口角を上げていた。
あの時と同じだろ、と言わんばかりに
そして、慈眼はそのまま自分を首を差し出すかのように、こうべを垂れる。
蜘蛛の男の息が、だんだんと早くなり、
男の八つの目がぎょろりぎょろりと動き出す。
「見ていたのか?」
私は蜘蛛の男が、戸惑ったように刀を引こうとしている姿が目に映っていた。
蜘蛛の男が刀を握る手が震えている。
その刀をそのまま慈眼が手で掴む。
「無抵抗の奴を斬るのはどんな気分だ?」
慈眼の言葉を受けて、何かを恐れるように蜘蛛の男は後ずさった。
慈眼は、蜘蛛の男を青い眼で捉える。
蜘蛛の男は、刀から手を離す。
カラン――。
刀の血を地面が吸い上げていた。
芹が、足音を立てないようにゆっくり小屋から顔を出した。
「き、急に、攻撃してこなくったっすね」
私は芹の不思議そうな音色を受けて答える。
「はい、なぜか。慈眼が刀を受けたらやめました」
私は様子がおかしい蜘蛛の男を見守ることにした。
蜘蛛の男は、自分の顔をまた掻きむしる。
――ガリガリゴリッガリガリ。
どんどん宝石で出来た目は大きくなり最後には目だけになった。
赤鉄鉱で出来た宝石の目だけが頭になる。
口はない。
その目は、周りの景色を反射している鏡のように。
珍しい色をした宝石だった。
私は蜘蛛の男の姿につい見入ってしまった。
わき腹の二対の腕は合掌をし、頭は周りの景色を映し出す。
背には太陽。
醜悪な見た目の中にたしかな美しさがある。
そうまるで、仏様のように。
慈眼の瞳に映る自分自身を、蜘蛛の男はじっくりと見た。
蜘蛛の男は膝をついた。
「あぁ、仏様。許して下さい」
男は涙が出ない瞳で泣いているような声を出した。
「許されるわけねぇだろ」
慈眼は、冷たい声で言う。
慈眼の傷は徐々に治っていっていた。
蜘蛛の男は、急に力が抜けたようにしゃがみ込む。
そのまま土下座をするように頷きだした。
私は気になって蜘蛛の男の近くへ行くことにした。
芹も私の後ろから歩いてく。
芹が、私の後ろに隠れながら言った。
「何をしたんですか?」
蜘蛛の男は、顔だったものを上げた。
芹の心配そうな表情が、宝石の目に反射する。
蜘蛛の男は喋り出した。
◆
その僧侶の目を見たとき、妖だとは到底思えないほど澄んだ目をしていた。
私を見て僧侶は、微笑み膝をついた。
「それが仏様の導きなら従います」
頭を差し出すようにして体を前へ屈める。
私は、刀を持つ手が震えた。
刀が、嫌に重かった。
息を、何度も吐いた。
後ろで血濡れの頼光様が言ってくる。
「それは病だ。斬らねばならぬ」
私は、正しくあるために、都を守るために斬った。
斬った後の刀の血は人間と同じ色だった。
そして僧侶の妖を斬った後、寺をぐるりと回り。
寺には老若男女様々な人が集まっていた。
みな、体のどこかがなく包帯が巻いてあった。
僧侶に喰われただろうかと思い、手を差し伸べた。
言われたのは罵倒のみ。
私が戸惑っていると、頼光様が来た。
「これも妖だ」
そう言って、目の前で妖が斬られた。
私も、同じように罵倒したものを斬った。
妖なら仕方がない。
五十人匹目を斬った時、もう手は震えていなかった。
◆
私は話を聞いて、何も返せなかった。
芹が、恐る恐るという風に蜘蛛の男へ聞く。
「それは、妖だったんっすか」
「妖だったさ、そうでなければならぬ」
蜘蛛の男は、私達に話し終えると蛹のように背を丸くして
頭を抱えてうずくまった。
慈眼は、蜘蛛の男の頭だった部分を乱暴に掴んだ。
「目を背けるな!」
瞳孔を開き、牙を向きだしにして慈眼が男へ怒鳴るように言った。
そして、慈眼が拳を握り、蜘蛛の男へ馬乗りになった。
男の頭だった部分を殴り出す。
何度も。
何度も。
蜘蛛の男の肩が震えている。
私は思わず、慈眼を止める。
「もう、辞めた方が……」
慈眼は、私の顔を見て、表情を崩し
再度、蜘蛛の男を憎々しい目で見た。
「お前が斬ったのは人だ!」
慈眼がその一言を言うと、男は叫び出した。
「見てる! いつも見ているんだ!! あの僧侶が私を!!!」
「待て!」
男はそう言うと、慈眼を突き飛ばし摩天楼の方へ駆けていく。
慈眼が、追いかけよう立ち上がる。
私も芹も、蜘蛛の男を追おうとした。
その時だった。
蜘蛛の男の背中が盛り上がった。
――何か、変だ。
その背中が蠢くようにボコボコと動く。
背中から多種多様な年齢の腕が出てきた。
私は異様さに、つい足を止めてしまう。
その手は蜘蛛の男の首へと伸びて言った。
そして、男の首をぎゅっと掴む。
まるで恨みがあるかのように。
慈眼がその腕を掴み、首から手を離させようとするが
びくともしない。
慈眼が、私と芹を見て叫んだ。
「手伝え!」
私は急いで駆け寄り、蜘蛛の男の首を掴んでいる手を引きはがそうと掴んだ。
どんなに力を入れても、その手は取れない。
「外れない、どうして!?」
私は自分自身を、直接的に死に追いやるような病を初めて見た。
なぜ、この手は蜘蛛の男自身の首を絞めているのか
駆け寄った芹も、蜘蛛の男によじ登るような姿勢で外そうとしているが外れない。
「これ、固すぎる!」
芹が、珍しく必死になっているが外れない。
慈眼が蜘蛛の男の首を絞める手に、噛みついた。
「逃げるな!」
慈眼が噛みつきながら、蜘蛛の男を叱るように言った。
でも噛みついてほどけた先から、背中から手が生えてくる。
その手は、ついに蜘蛛の男の首をへし折った。
男は、沈み込むかのように膝をつく。
「あぁ、もう何も見えない」
蜘蛛の男が笑みを浮かべたようが音色で言った。
慈眼が、蜘蛛の男の崩れた体を受け止めながら、顔を覗き込むように言った。
「生きて償え!」
慈眼がそう言うと、蜘蛛の男は体の力がすべて抜けたかのようにだらりと手が下がる。
蜘蛛の男の首を縛っていた手は、上へ上へと向けられ、大量の手が蓮の花を形どる。
そしてその中心には
皺がれた合掌した手。
その合掌した手が崩れ落ち、手からつるりと丸い赤鉄鉱が落ちた。
私は壮絶さと、
手の美しさに目を奪われていた。
なんて、なんて美しい病なのか。
蜘蛛の男をそっと下ろすと、地面に落ちた赤鉄鉱を拾い歯を立てる。
ガリゴリッ。
宝石を砕く音が聞こえる。
芹がぽつりと呟いた。
「自分を許せなかったんですね」
私は言葉を返す。
「そうなんでしょうか」
慈眼は、宝石を全て平らげた。
眉間に皺を寄せ、瞳孔が開いていた。
「違う、こいつは逃げただけだ」
慈眼は、そっと蜘蛛の男自身の手を合掌させた。
そして小さく呟く。
「不味い、病だった」
慈眼はそう言うと私達の顔を見た。
「四つ喰ったな、早く、あざねの所に行くぞ」
摩天楼の方へ歩き出す。
私は蜘蛛の男に手を合わせた。
蜘蛛の男の側には、赤鉄鉱でできた蓮が落ちていた。
思わず私が拾いあげると、その蓮から声がする。
【ワタシハワルくない】
受け入れたくない事実を、否定するような声だった。
芹は、蜘蛛の男の傍にそっと刀を置く。
私達は、慈眼についていく。
「あざねは一体何が目的なんですかね」
芹が小さく呟いた。
その問いに私は答えられなかった。
思い悩んでいると、慈眼がこちらへ声をかけた。
「ろくでもねぇだろ、きっと趣味悪ぃし」
慈眼はそう言いながら、九十八結の塔を見る。
私もつられて塔を見た。
立ち上る黒い煙。
初日に来た時より煙は多かった。
門番がたった一つの入り口を塞ぐように立っている。
門番の手には身長ほどあろう槍を持っていた。
慈眼が門番に言った。
「四つ喰らったぞ、早く入らせろ」
慈眼が苛立しげに言うと、門番は口元だけで笑みを作った。
そして門番の男二人は、寸分違わぬ動きで手を合掌させる。
「「四法成就おめでとうございます。
一つには善く病を知る。
二つには善く病の源を知る。
三つには善く病の対治を知る。
四つには善く病を治しやみ、当来に更に動発せずを知る」」
門番の男はまったく同じ声で同じ表情でよくわからないことを言った。
芹が後ろから、顔を出す。
「え、何言ってんの?」
「わかりません、どういうことでしょうか」
私も突然言われたことへ理解が及ばず、慈眼を見る。
慈眼は息を吐き出した。
「苦集滅道のことか」
「く、じゅうどう? めつ?」
芹が慈眼へ、確認を取るように言う。
私も分からず慈眼へ疑問の声をあげた。
「それってどういう意味?」
「苦しみの心理や原因を理解して、もう苦しまないようにするという事だ」
「そんな言葉があるですね!」
感心したように芹が言うと、門番二人が入り口の戸に手をかける。
両開きの戸は鉄で出来ていて重そうだった。
私は門番の男が開ける姿を見ながら、ふと思っていた。
「慈眼になんで、苦しんでいる人たちの病を喰わせたの……」
私が言うと、慈眼はこちらを見た。
「さぁな、あざね本人に聞くしかねぇよ」
慈眼は扉が開くのをじっと見ていた。
ギギギ――。
重く戸が開いた。
中は暗く、どうなっているかよくわからない。
思わず、その暗さに足がすくむ。
門番の男二人は戸を開くと、入り口の両側に立って片手を入口へ向けて同時に喋りだす。
「「さぁ、時は満ちました」」




