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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
二章 摩天楼編

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第21話 蜘蛛切病 前編 正義の在処

 上げた顔は、皮膚がどす黒く、目の下に隈がある。

 頼光の顔を彷彿させた。

 二十代後半くらいの見た目の男だ。

 腰には大きな刀を下げている。

 よく見ると顔には細かい引っ掻き傷がある。


 男は、夕暮れで何もかも赤い町で私達に手紙を渡した。

 その手の平に剣だこ。

 刀を扱う仕事をしているのだろう、頼光の手を見た時と同じ手だった。


 紙に書いてあるのは、一文だけ。


【病名:蜘蛛切病】


 やはりその紙の字も安倍晴明の文字だった。


 ――あざねと安倍晴明は繋がっている?


 私がそう思い、慈眼の方を見た。


 慈眼が病名を見た。

 片眉を上げて、その紙をびりびりに破いた。

 苛立たしいかのように、足で何度も紙を足でぐりぐりと踏みつける。

 慈眼は、明らかに男と話したくないようだった。


 私は、何も言わぬ筋肉質な男へ声をかけた。


「これが、貴方の病ですか?」


 男は、重たそうに瞼を持ち上げ私を見て言った。


「さよう、某は土蜘蛛の妖を切ってから寝ることができなんだ」


 そう言って、瞼が閉じようとする。

 慈眼は、男の様子を息をひそめて観察するように見ている。


 芹が男の様子を見て言った。


「眠いなら、寝たらどうですか?」


 芹が声をかけるが、男から声は返ってこない。

 私は、返事を待ったが一向に声がない。


 私と、芹は顔を見合わせた。

 そぉっと顔を覗き込む。

 すぅすぅと男から息を吐き出す音が聞こえる。


 男は立ちながら寝ていた。


 芹が、びっくりしたように男の周りを回る。


「え、ここで寝る!?」


「寝ちゃいましたね」


 私は男を起こさないよう小さな声で芹に答えた。

 芹が、慈眼の方へ笑いかけながら言った。


「今、このおっさんの病喰っちゃいましょ!」


 と慈眼の肩に手をかけ、明るく言う。

 慈眼は、眉根を寄せると芹の手をすごい勢いで振り払う。


「いやだね、自業自得だ」


 慈眼は、掃きだめを見るような目で赤い服の男を見て、目尻が鋭く下がり、冷笑が漏れた。


「え、なんで!」


 芹が、疑問の声を漏らしながら、慈眼に詰め寄った。

 私も芹と同じく疑問に思う。


「なんで、食べたくないの?」


 私が問うと、慈眼が男へ視線を戻した。


「見てたらわかる」


 私は、一向に起きない男へ目をやった。

 男の体がぴくッと動いた。

 そして、自分の手で目を覆いだす。


「あ、許してください!!」


 と叫び、自分の目玉を手で引っ掻き始めた。

 爪で瞼を裂き、傷が出来る。

 男は顔をいくらか引っ掻くと、私達に向きった。


「失礼いたしました。

 これからあなた方を宿へ案内します。

 お疲れでしょう。」


 男は私達に目を向けるとゆらゆらと歩き出した。

 眠ためか体が左右に揺れている。

 たまに誰かの家に頭をぶつけたり、

 目の前の人に気が付かずそのままぶつかっている。

 芹が、少し笑いながら男を見ながら言った。


「人って、寝ながら歩けるんっすね」


「そうですね……」


 私は芹に返事を返しながら、男へ目を向ける。

 ぶつかりながらも、頭を振って、たしかにすごく眠そうだ。

 私は、男を見ながらそう思った。


 案内をされて少し歩くと、摩天楼がそびえ立つすぐ近くに赤い家があった。

 摩天楼から出る煙が下に降りてくるのか、以前来た時と違い集落が煙臭い。

 嗅いだことない香りで思わず鼻を摘まむ。


 芹が、私の衣を引っ張りながら言った。


「なんか臭くない?」


「えぇ、臭いですね」


 煙を吸うたびに、頭がくらくらとする。

 慈眼が、私と芹へ振り向いて言った。


「あんまり嗅ぐなよ、よくないものだ」


 慈眼が私達に注意をすると突然、男が立ち止まる。

 摩天楼があるところから2町(200m)離れた所の家だ。

 上を見上げると高い摩天楼が見える。

 慈眼が見上げた。


「九十八結……ね」


「何か気になるの?」


 慈眼は、動かない男をじっと見つめている。

 男は、そのまま動かない。

 芹が、声を上げる。


「また寝た!?」


 信じられないという顔をして男の前で行き、手を何度か振る。

 男はびくりと緊張したように急に肩を上げ、周りを見渡し、胸を撫でおろした。

 私達に男は向き合う。


「ここにお泊り下さい。御用があればお声かけを、私は隣にいますので」


 目の下の隈と赤い傷が痛ましい。

 男は眠そうにふらふらすると戸に頭をぶつける。

 芹が後ろで噴き出した。

「いや、眠すぎでしょ!」と小さい声で言いながら男の動向を見守っている。

 男は、芹の失礼な物言いも聞こえてないのか私達の家の隣の戸を開ける。

 そして家へ入っていった。


 私は呟いた。

「そうとう寝れてないですね、あれ」


「いや、寝たらいいのに」


 男の消えた戸を見つめながら芹が言った。

 慈眼が、手を組みながら答える。


「寝れないんだろ」


 慈眼はそう言った後、私と芹の顔を見た。


「休むか、疲れただろ」


「賛成! もう、怖い思いも痛い思いもして疲れました!!」

 と慈眼に手を上げ返事をする芹。


 芹が、意気揚々と目の前の家の戸を開けた。

 至って普通の家だった。


 部屋の奥には3つ布団が敷いてある。

 その近くに私達にだろうか赤い膳の上に握り飯が2つ。

 芹が目を輝かせて、膳の方へ行く。

 大きい方の握り飯を取った。


「これおれのー!」

 と言って私を見る。


「いいですよ、食べて。私はこっちで」


 私が芹に返事をすると、芹は喜びを頬に浮かべる。


「米!米だぁあああ!」


 と言いながら握り飯を食べ始め、泣き始めた。

 そして布団へと膝が崩れ落ちるようにしゃがんだ。


「う、うまい」


 私は、芹のその嬉しがりように苦笑いした。


 私は布団の端の方へ座った。

 私も一口、握り飯にかぶりつく。

 ――美味しい。

 久々に食べたお米の味。


「美味しい」


 私はしみじみと言った。

 慈眼が、私と芹の間にどかっと座る。


「よかったな、食えて」


「本当、お腹空いてるって耐えれない」


 芹がそう言うと慈眼は目を細め口角を上げて言った。


「生きてるからな、喰ったら寝ろ」


 慈眼はそのまま、私に背を向けるように布団に横になる。

 慈眼の寝息が聞こえる。


 芹が握り飯を食べ終えて、こちらを伺うように視線を向けてくる。


「どうしたの芹?」


 芹は、何かを悩むようにしてから、私の方を見て手を伸ばしてくる。

 ちょんと指で私の首へ触れた。


「今は、温かいんですね」


 芹が、複雑そうな顔で言った。

 あざねに知らされた時は、体が冷たかったが

 今は、私の体は温かい。

 普通の人間と同じく鼓動がある。


 芹へ言った。


「あざねに言われました。この印が、首切り線がある限り生きられると」


 芹が、珍しく言葉を押し黙る。何かを考えるように目を動かしていた。


「このまま……都に戻らず逃げるとかあり?」


 芹が私の目を見て言ってきた。

 そこへ突然言葉が飛ぶ。


「それは無理だ」


 慈眼の声だった。

 寝転びながらこちらを見ずに言葉を続けた。


「安倍晴明は、任意でお前を死なせられる、知ってるだろ芹?」


 芹側からは慈眼の表情が見ているのか、じっと顔を見てから、芹は口を開いた。


「大蛇の時のっすね」


「あぁ、手を振るだけでな」


 私も自分の記憶が蘇る。

 あの時意識が遅れていたが、たしかに安倍晴明は手を横に振っただけだった。


 芹が慈眼と私の顔を交互に見る。


「なんで、こんなことするんっすか」

 小さな呟きだった。

 慈眼の肩が揺れる。


「さぁな、知っていたら苦労はしない」


「そうですよね」

 私も返事を返した。

 慈眼の呟きが重くのしかかる。

 そうなのだ。

 なぜ、こんなことをするのかわからない。


 分からないから都に戻る事に対して二の足を踏んでいた。

 慈眼は、寝返りをうち私の方を向いた。


「もう、寝ろ。疲れるぞ」


 そう言って私の手を引き、目に手を置く。

 目の前が暗くなる。

 温かい。

 私はそのまま目を閉じた。



 朝日の温かい光が顔に当たる感覚がした。

 目をゆっくりを開ける。

 目の前には慈眼の寝顔。


 長い睫毛が青い瞳を隠していた。

 陽光を浴びて髪がきらきらと輝いている。

 やはり美しいと思う。

 思わず、慈眼の頭をやさしく撫でた。



 ――トントン。

 戸を叩く音がする。


 外から男の声がした。


「入ってもいいですか、朝餉を持ってきました」


「はい」


 私が答えると、昨日の赤い服の武士が立っていた。

 お盆には、握り飯と味噌。

 男はふらふらしている。


 芹と慈眼も目が覚めたのか体を起こした。

 芹が寝ぼけながら「ごはん?」と言っていた。


 私は慌てて起きて、男へ駆け寄った。

 男からお盆を受け取る。

 私はお盆を後ろに置いて、男を観察する。

 男は、昨日と変わらず深い眼の下の隈をさらに濃くしながら言った。


「よく寝れましたか?」


「えぇ……それなりに」

 男の様子によく寝れたといっていいのかわからず、思わず濁して回答をする。


 男は、芹のすっきりした顔を羨ましそうに目をやる。

 そして言った。


「いいですね。寝れて」


 そう言うと男は、自分の目を引っ掻きだした。

 昨日の傷も治っておらず、その上から傷が出来て痛そうだった。

 思わず、私は男へ声をかける。


「それ以上やると、目が潰れますよ」


 男は、私の静止する声を聴いて、手を一旦止めて話し出す。


「目をつぶると、いる。某が切った土蜘蛛が」


 そう言うと、男が私達の後ろ側を指さした。


「ほら、あそこにも!」


「ひぃ!」

 芹が釣られて後ろを向きながら叫び声をあげた。

 私も気になり、後ろを振り向くが誰もいない。


 芹が、「誰もいないじゃん」と独り言を言った後、

 怒ったように男性に言う。


「驚かせないでくださいよ!」

 と男性の近くに言って目を描いている腕を掴んだ。


「あぁ、見られている」


 男は芹に腕を掴まれても気にせず目を引っ掻く。

 目が充血している。

 男の引っ搔いた傷が膿んで腫れているのが見えた。

 ガリガリガリガリガリガリ。

 目をかきむしる音が響く。


 芹が流石に心配になったのか、男の顔を下からみるように覗き込んだ。


「それ以上は、その見てるだけで痛いからやめましょ?」


 芹が気を遣うように、小さな声で咎めたが男は気にせずぶつぶつと言っている。


「僧侶の、目が」


 男から聞き取れた言葉だった。


 その行動に、私は不安と恐怖で胸を掴まれた気持ちになる。

 ガリガリガリガリと鼓膜を不快な音で満し続ける。

 ーーこれ以上は、目が潰れてしまう。

 思わず慈眼の方を向く。


 慈眼は、私が見たことない表情をしていた。

 冷ややかに、壁に浮き出る能面のような表情で男を睨みつけていた。

 慈眼は男を睨みつけたまま、眉間に皺を寄せて呟いた。


「土蜘蛛を、殺したか」


 芹が、慈眼に疑問を投げ掛ける。


「土蜘蛛を殺したから呪われたんですか?」


 慈眼は、男をじっと睨みつけたまま言う。


「土蜘蛛は朝廷の敵、つまりただの人間って事だ」


 慈眼の言葉を理解しようと、頭で考える。

 でも心が付いていかない。

 私が考えているうちに、芹の止める手を振り払いながら男はさらに目を搔きむしる。


 ――ガリガリガリガリ。



 ついには男の目が、潰れた。

 粘着質な水音があたりに響く。


「ひぃぃ」

 芹が、恐怖で声を上げ、掴んでいた男の手を放して二歩下がった。


 私も、その様子に一歩後ろへ引いた。

「な、なんで」


 男はかきむしった腕を下げる。

 顔から血が流れている。

 その顔をゆっくりとこちらへ向けた。


 傷口から、目が出来ていた。

 目が8つある。

 蜘蛛の目のように。

 その目は鉄のような輝きを秘めた宝石で出来ていた。


 その目がぎょろりぎょろりと動く。

 私達の表情を鋼鉄質な輝きは、私達の戸惑いの表情を反射する。


 芹が、その顔を見て叫び声を上げた。


「うわぁ、こんなのばっかり!」

 叫びながら私達の後ろへ隠れだす。


 男だったものが叫びだす。


「俺は正しいことをやったんだ!!」


 男の様子を見て、慈眼は軽く鼻先で嘲笑った。

 私と芹の顔をよく見てから口を開く。


「お前、人を殺したな」


 慈眼がそう言うと、蜘蛛の男はピタリと動きを止めた。

 そして幽鬼のように顔をこちらへ向ける。


「否、某が殺したのは僧侶に化けた土蜘蛛よ」


「あぁ、そうなんだろうな」

 慈眼は、蜘蛛の男の返事に、ため息をつきながら返事をした。


「病は斬らねば」


 蜘蛛の男のわき腹がボコボコと膨れる。

 そのわき腹を突き破り、二対の手が出てきた。

 蜘蛛の男の後ろから太陽の輝きを背に受け、後光のようにも見える。

 粘膜がついたその手は、体の前で合掌をしていた。


 頭の目、わき腹の手、まさしくそれは――


「土蜘蛛」


 私は思わず、呟く。


 蜘蛛の男は、腰から刀を抜きだした。

 その刀を流水のように動かし、目の前でピタッと止める。

 どこかで見たことある仕草だった。

 男は慈眼を見て言った。


「お主、妖だな。斬らばならぬ」


「お前が斬られる側だよ、馬鹿侍」


 慈眼が、蜘蛛の男から目を逸らさず言った。




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