第20話 不死病 後編 【魂】
私は、自分の手が骸骨の手になっていることに気がついて、慈眼に見せる。
私の異変に気が付いた村人たちは、何かを囁きあい、摩天楼の方へかけていく姿が見える。
私達の周りには、誰もいなくなった。
その骨は、薄紅色で光に当たり輝いている。
輝く宝石は紅水晶。
私は、思わず自分の手を見つめた。
慈眼が、私の手を取る。
「どうして!」
慈眼は、私の手を取ったまま、じっと見つめる。
眉間に皺を寄せ、何かを決められずにいるようだった。
手のひらの薄紅色の骨が光を反射して揺れるたび、視線も揺れ、呼吸が乱れている。
私は、その揺れている青い瞳に惹かれる。
あぁ、首の×印が熱い。
「食べないの?」
私は、思わず聞いてしまう。
慈眼が病を喰らう姿は、とても美しいから。
食べてもらえれば一緒にいられるのではないかと感じた。
慈眼は、唇を噛みしめ黙っている。
芹が、慌てたように私の肩を掴んだ。
「蘇芳!変っすよ!」
芹らしくない真剣な顔で私を見つめる。
見たことないほど眉間に皺が寄り、目が揺れていた。
芹もこんな顔をするんだなと思う。
慈眼が、やっと決めたように私の目を見る。
「蘇芳、お前は喰わない」
「なんで!」
私は、思わず焦って、なぜ食べてくれてないのか怒りが胸をしめた。
私が肩を上げて、怒って睨みつけると、慈眼が眉を落として手を伸ばす。
「俺は、霞が好きだった。でも、お前の気持ちはお前のものだ」
そう言って私をただ抱きしめる。
温かい体。
慈眼の心臓の鼓動が、少し早い。
慈眼は、そのまま私の骨をなぞるように手で触れる。
「好きにしろ、蘇芳」
慈眼の声が、思いのほか優しくて、じんわりと心に響く。
首の×印の熱さはいつの間にか消えていた。
慈眼は、私からそっと身を離す。
そう言った慈眼は、私の骨の手を引いて立ち上がらせる。
私の骨の手をしっかりと握った。
慈眼が何度か、呼吸を繰り返す。
言葉を探すように、慈眼は私と芹を見た。
「話してやるよ、大江山で何があったか」
慈眼が、真剣な目をしていった。
芹が、好奇心を抑えきれないのか、慈眼に近づいた。
「物語は、嘘ってことっすか?」
「さぁな、俺は読んでねぇからわからねぇが、
俺は霞が好きだった」
慈眼の言う言葉に、胸がチクリと痛む。
手の骨が少しだけ広がった気がした。
そして私の手を見ながら慈眼が言う。
「一緒に、暮らしていたんだ。
ある日突然、頼光が来た。俺の血を分けてくれと」
慈眼はそう言いながら、何かを思い出すように言いよどむ。
私は、慈眼の血が傷を治す力があることを知っていた。
穴が開いた傷でもみるみる塞がる慈眼の血。
「それで、慈眼は分けたの・・・血?」
慈眼に私が問うと、息を吸い込んだ。
「分けた。俺の屋敷には、病にかかった奴らが沢山いた。
そいつらも頼光を歓迎して酒盛りになった。
そして俺は礼だと言われた酒を飲んで、寝た。」
慈眼は、言いよどむように口を閉じる。
手がひんやりとする。自分の手を見ると手首まで骨が広がっていた。
私の目をその骨のピンクの輝きが目を刺す。
慈眼の息が、荒くなる。
「屋敷は起きたら火で燃えてた。頼光は、抹消だと……」
芹が、言いよどむ慈眼に、質問をする。
「屋敷で何があったんですか?どうして……」
芹が質問をすると、慈眼が逆立つように怒鳴る。
「こっちが聞きたい! 俺はただ病人を匿っていただけだ!」
芹が、慈眼の剣幕を見て、後ろへ身を引いた。
「ご、ごめん」
慈眼はおびえた芹を、一瞥して私を見た。
「俺が、最後に見たのは霞の最後だ」
芹が横で息を飲んだ音が聞こえた。
私は慈眼が眉根を寄せ、唇を噛んで長い孤独を耐えたような表情をする。
その表情を見ていられなかった。
霞という女性が、どんなに大切だったかをまざまざと見せられるから。
私は嫉妬をしている。
慈眼が、私の手をちらりと見て優しく触ってきた。
「そして、安倍晴明に言われた。
生き返らせてほしければ、私のいう通りにしなさいとな」
慈眼は、鼻で笑った。
手で自分の首をとんと触る。
「首から下を取られたよ」
何かを思い出すように自身への侮蔑のような笑い方だった。
何を思い出しているのか、聞きたい。
でも聞いたら、慈眼は壊れるような気がした。
慈眼は、少しばかり遠くを見て、私を見た。
「気が付いたら、蘇芳がいた。」
私を青い眼が捉える。
見つめあった後、慈眼は私の手をゆっくり持ち上げた
「これ以上は、だめだ」
私の腕は、肩まで骨になっていた。
そして私の腕をしっかりとつかんで引き寄せる。
顔が近くて、思わず私は胸が高鳴る。
慈眼が、私の目を見つめる。
「蘇芳、お前、嫉妬で病になってるだろ」
慈眼はそう言って、私の骨に噛みつく真似をする。
私は言い当てられて、何も返せない。
それよりも慈眼との距離が近い。
くらくらする頭で、私は、びっくりして何もできない。
芹が、横で目を覆っているのが見える。
慈眼が私に笑う。
「お前が、安倍晴明から解放されたらいくらでも喰らってやるよ」
安倍晴明から解放されたら――。
慈眼が未来の話をしてくれている。
私は嬉しくなって慈眼の顔をちゃんと見た。
青い眼に飲み込まれる。
目の奥の光が、何かを思う深さを見せて、息を止めて見てしまう。
慈眼の目に見つめられるだけで、心が満たされるような
温かい気持ちになる。
私の骨の腕は、みるみるうちに普通の腕に戻った。
「あ、れ?」
自分でも拍子抜けするくらいに、何もなかったかのように腕が元に戻る。
慈眼が私の手をそっと放す。
何度も自分の腕を見て、私は自分の単純さに笑いが出てきた。
慈眼の言葉の意味が分かったから、嫉妬が、消えた。
「一緒にいてくれるの?」
慈眼は、私に笑いかけた。
「お前を救うために、都に戻らなくちゃな」
そう言って、私と手を繋ぐ。
芹が、恐る恐る手で目を覆ったまま言った。
「そういうのは!見えないところでしてください!」
芹に見られていたことを、思い出し顔が赤くなる。
慈眼は、面倒そうに芹の方を見ずに答える。
「病喰うか、喰わないかの話だろ」
「いや!絶対、違う!」
芹が、抗議している。
慈眼の話は、きっと全部話してない。
なぜ首だけなのか
なぜ帝が慈眼の体を持っていたのか。
なぜ――慈眼達は、頼光に襲われたのか。
師匠は、安倍晴明は何をしたいのか。
百八の病を師匠は食べさせたがっていた。
きっと理由がある。
私は、全てが知りたいと思った。
どんな病より、慈眼は魅力的だ。
たとえ、慈眼が病でなくても、特別でなくても恋をしただろう。
貴方の見た目でなくて、心が好き。
青い眼が私を捉えて離さない。
そのためにまずは、私の首の印をどうにかしないといけない。
私は自分の首を印に触れた。
×印は、軽く熱がある。
私は、あざねが何かの目的の為に動いているように感じる。
私は思わず、慈眼と目が合う。
「あざねは、私にわざわざ、安倍晴明がつけた印の事を教えてきた。
何か理由があるはず。
安倍晴明の事をきっと詳しく知ってる。」
慈眼と目が合う。
「あざねと会うぞ」
慈眼が言うと、芹が言葉を返す。
「でも、会うには病が一つ足りないっすよ」
芹が場を崩すように言って、私達は押し黙る。
困り果て、村人を探したが、全然いない。
全員、摩天楼へ囁きながら歩いていく姿はたしかに見ていたが、
こんなに誰もいなくなることがあるのか・・・。
私は胸に冷たいものが落ちた心地になる。
芹も気が付いたのか、周りを見渡して、顔を真っ青にしていた。
すると、摩天楼の方から、屈強な男が歩いてきた。
背に刀を背負い赤い服を着ている。
隆起した首には×印が刻まれている。
男は、私達の前でお辞儀をした。
上げた顔は、皮膚がどす黒く、目の下に隈がある。
頼光の顔を彷彿させた。
男は血色の悪い唇で私達に話しかける。
「あざねさまからです」
そう言って手紙を渡してきた。
【病名:蜘蛛切病】
ただその一言だけ書いてあった。




