第19話 不死病 前編 【生きるという実感】
私は、あざねに自分の体の中身を見せられた。
大蛇の時に、首を切られていた。
師匠――安倍晴明に。
正しくは、切られてない。
師匠が手を横に振った。
次の瞬間、私の首は落ちていた。
そして、その首を拾い上げたのは――慈眼だった。
なんで忘れていたのか。
あざねの手に持つ糸が揺れる。
『正』という字が揺れていた。
海月の時の出来事が、頭によみがえる。
師匠の声が頭に響いた。
そうだ、確か『正しい』と……。
その瞬間に私は思い出せなくなった。
自分が、師匠に今まで手を入れられていたことに気が付く。
体だけが、首を落とされた恐怖を覚えていた。
だから、首が冷えていたのか。
だから、芹も慈眼も。
あんな目で、私を見ていたのか。
あざねは、恐怖で震える私の顔を優しく包む。
冷たい手が私の頬を刺すようだった。
「あなたは、既に死んでるのよ」
そうあざねはいうと、私のおでこに優しくキスを落とす。
私の頭を体に戻して、糸のような正しいと刻まれた文字を私の首に戻していく。
瞬間、私は自分の体に力が入る。
私は、震える手であざねを突き飛ばした。
「そんなはずない! 怪我をしたら血だって出る!」
私は不安で張り裂けそうな胸を、押さえながら言った。
突き飛ばされたあざねは、影のように静かにこちらへ顔を向けた。
「安倍晴明がつけた首の印が機能している間は、貴方は人間よ」
あざねの瞳が、暗く落ちくぼみ骸を思い出させるような光のない眼で私を見る。
その暗い瞳に、私は気圧される。
それ以上、否定が出来ない。
自分の体の中身を見てしまった。
私は、自分の体が底なしの穴に放り出された気持ちになる。
あざねは、私の動揺を見て口角を上げた。
「思い当たること、いっぱいあるでしょう?」
あざねに核心を突かれて、押し黙る。
私は、この印を「首を切り落とすための印」だと思ったことはなかっただろうか
震える私に、あざねは近づいて私の目にその手を乗せた。
私は自分の頭の中に映像が浮かぶ。
・・・・・
今より髪の長い慈眼。
笑っている。
慈眼の瞳に映る人は、私だ。
目の前の牙がない慈眼が、私の知らない名前を呼ぶ。
「霞」と心底幸せそうに言った。
燃える屋敷。
煙が喉に張り付いて声が出ない。
目の前には、頼光がいる。
刀が振り落とされて、私の視界が回った。
・・・・・・
そこで、映像は途切れた。
私の名前でない誰かが、殺された。
でも、その映像は私の視点だ。
慈眼の、みやさんの家での私を見る目を思い出す。
私じゃない誰かを見る目。
私の足場が、崩れていくような感覚になる。
でも、記憶が見えても、私は。
霞だと思えない。
――じゃあ私は一体誰?
私は、足に力が入らなくなり座り込んだ。
あざねが私の顔を、ゆっくり覗き込む。
「愛されると思う?」
あざねの目が黒から金色に変わる。
首の✕印が、疼くように熱い。
あざねが膝をついて、私の首に両手を回す。
「貴方が、慈眼を安倍晴明に縛ってるのよ」
あざねは、そう言うと立ち上がり、どろりとした闇へ溶け込むように歩きだす。
後ろ姿には、九本の狐の尾。
ゆらりと闇を撫でるように揺れていた。
暗闇から声が聞こえる。
「貴方はどこまで人を愛せるかしら?」
その声が頭に響く。
目の前が徐々に、明るくなる。
赤い摩天楼を中心とした商店街の景色だ。。
慈眼が、私から一尺ぐらい離れた所で、村人と話をしていた。
さきほど、あざねに会う前のままの景色だ。
何もかも赤い景色に、黒から切り替わって頭が付いていかない。
「蘇芳?」
芹が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
首が寒い。
自分の体が、すごく冷えていることに気が付いた。
ガタガタと震える自分を抱きしめた。
私の異変に気が付いたのか、芹が私の肩を掴む。
「え、なにこれ冷た!!」
芹がびっくりしたように私の体から、手を放す。
その芹の大声で、慈眼が眉間に皺を寄せ、慌てたようにやってきた。
「どうした!」
私の冷たい体を、躊躇なく抱く慈眼。
青い眼が、何度も揺らめいている。
私は、震えてうまく動かない唇を動かした。
「私、死んでる?」
私が聞くと、慈眼は眼光を大きくさせた後、目を逸らした。
私の肩に触れる手に力が入る。
「……生きてるだろ」
その目の逸らし方に、私は氷を飲み込んだように胸が冷たくなる。
芹が、恐る恐る私に近づく。
「もしかして、覚えてる……」
芹は顔を青ざめながら言った。
慈眼が、芹に鋭い眼光を向ける。
「何もしゃべんな!」
慈眼が、芹の胸倉を掴んで殴りかかろうとしている。
私は、慈眼の手にそっと自分の手を重ねた。
「なぜ、私と一緒にいるの?」
慈眼は、私の必死な形相を見たからだろうか、
芹から手を放して私に向き直った。
「俺は……」
慈眼は、嘘をつけない。
私はよく知っている。
言葉を探すように視線をあちこちに向けていた。
私は一番最初に慈眼が師匠へ言った言葉を思い出していた。
『俺はこいつを呪った記憶はない』
「慈眼は、私を呪ってないって言ってたね」
私は、慈眼の首へ手を伸ばす。
慈眼の肌に溶け込む、青い糸が見えた。
師匠……安倍晴明が巻いた糸。
私は、その糸をつかむ。
慈眼は、慌てたように糸を手で押さえた。
でも、細い絹糸はするすると抵抗なく、慈眼の首から外れていく。
「本当に縛られているなら、私ごときがこれを外せると思う?」
「……っ」
慈眼は、黙り込んだ。
そして顔を伏せる。
慈眼の肩が、震えているのが見えた。
「お前は、蘇芳」
一言告げて、私の持っている糸を手で掴む。
その糸の先には『真実』と書かれた文字がひっついていた。
この首の仕組みは、安倍晴明が最初から仕組んでいた。
もしかしたら、私が慈眼の首を盗むのも。
慈眼が言葉を続ける。
「その体は……池田霞のものだ」
芹が、慈眼の発言にびっくりしたように飛び起きた。
「池田って中納言の? 物語では結婚式に攫われた姫じゃないっすか!!」
芹の問いに慈眼は答える。
「あぁ、そうだ」
芹が、慈眼の肩を掴む。
「酒呑童子が姫たちを殺して喰ったって……」
芹が言いよどむと慈眼は、芹の手を振り払った。
「あいつらが全員殺した! 抹消って言いやがって!」
慈眼が瞳孔を開き、牙をむき出しにして芹へ怒鳴る。
芹は、気圧されたように体を後ろへ引かせる。
「だって、そう書いてあった……から」小さく抗議した。
私は、芹に聞いた。
「どんな物語なの?」
芹が慈眼をちらりと見る。
慈眼は芹にあごでしゃくるように促した。
「貴族の娘の池田霞が、嫁入りの日に酒呑童子に攫われるんだ。
そして、源頼光ら四人が…
毒酒を酒呑童子に飲ませて首を切った。
ただ、姫は全員、酒呑童子に喰い殺されていた。
四肢を折られて……」
言い切ると、芹がまた慈眼を見た。
殴られるのではないかと思っているのだろう。
すぐ逃げるためか腰が少し浮いている。
慈眼は、怒らずに芹の話を聞いて、手を閉じたり開いたりしている。
目が、遠くを見ている。
そして呟いた。
「そうか」
その一言だけを言った。
諦めているみたいに感じた。
私は、慈眼に声をかける。
「いつから、知ってたの?」
私の問いに、慈眼は、長いまつ毛を震わせた。
そして、糸を潰すようにして慈眼が言う。
私の目を、覗き込む青い瞳。
「糸をまかれた時に全て教えられた」
と言いながら慈眼が頭を指さす。
『真実』と書かれた糸が、揺れる。
安倍晴明が、何かを見せたのだろう。
私は、恐る恐る聞いた。
「何を見せられたの?」
慈眼は大きく息をすった。
「おまえが、霞であることを」
「最初から知っていたのね」
私は体に力が入らなくなって、崩れ落ちそうになった。
慈眼が私の体を支える。
私を支える慈眼の手は震えていた。
こんなに震える手を見ていたら、怒る気も失せる。
私は、なぜと思っていたことが、つながった。
目を逸らす癖。
優しく触れる手。
誰かと重ねて見る慈眼の目。
私でなく、私の体をずっと守っている。
霞は、慈眼にとって何だったんだろう。
恋人だったのだろうか。
胸が刀で切られたかのようにズキズキする。
首の×印が沸騰するように熱い。
「私のこと、守ってくれる?」
――離れないようにしないと。
私は自分に縛るために質問をした。
慈眼は、いつもよりくすんだ青色の瞳で私を見る。
「蘇芳、守るよ」
私は、その言葉だけで胸がいっぱいだった。
慈眼は、私から離れられない。
嬉しさで胸が熱い。
首の×印が熱い。
なぜかそれが嬉しい、理由はわからないけど。
慈眼の手を取る。
「早く病を喰らって、私を助けて」
芹が、私の表情を見て口を開いて、何かをいいかけて辞めた。
首が、熱い。
×印の所が凄く熱い。
熱すぎて、自分の首を触った。
その自分の手が固い。
私は不思議に思った。
自分の手を見てみる。
その手は淡紅色の美しい輝きを放っていた。
私の手から薄紅色色の宝石が輝く。
私の手は骨になっていた。
これは、私は笑って慈眼に手を見せる。
「私、病にかかりました」




