第1話 医者だった鬼ー失われた記憶と異形の医者
その少年の首を遠くから見て
その閉じた目が
どんな色がしているか知りたくて
ついその首を盗んでしまった。
美しいものが大好きだ。
それが禁止されているのであればなおさら。
美しさとは畏怖と似ている気がする。
昼間でも手入れがされてないため
薄暗い山に小さな社があった。
入り口には首塚大明神と刻まれた社号標石があり、
本尊では厳かに儀式の準備を進めるため、
酒と米が運ばれていた。
神社の本尊から少し離れた獣道を辿ると
雷で真っ二つに裂けた大きな杉がある。
その杉の根元で
真っ白な装束着た黒髪の女の子、
蘇芳は少年の首を掲げながら見ていた。
「美しい・・・・」
蘇芳の口からため息が出る。
白銀の髪、閉じた目は
前から見てもわかるほどまつ毛が長い、
水晶の数珠で乱雑にまかれていて
口元には五方星が書かれた札が張られているが、
怪しい美しさに拍車をかけていた。
「なんでこんなこと
しちゃったんでしょう・・・」
わたしには悪癖がある。
美しいものを見ると、全てを見たくなる。
そして美しいものは
壊れる前にすべて保存をしたくなる癖だ。
ダメなことだと分かっているが、
毎回、盗んでしまう。
今回はお師匠様が行う予定の神社での
鎮魂祭を行っている最中、
師匠の目を盗んで封印されている
妖の首を盗むという犯行に及んでしまった。
ちょうど自分が作成している人形に
この首を付けたらぴったりだと思ったのだ。
黒髪に黄金の目を持つ14歳ほどの少女は、
目の前の首をじっくり見つめる。
自分の作った陶磁器の体に
この顔があればなお美しいだろう。
思い浮かべただけで思わずため息が出た。
周りが騒がしい
「蘇芳!出てきなさい!」
「あのくそ見習い!どこへ行った!!」
と自分を探す声が聞こえる。
「やばっ」
と蘇芳
と呼ばれる黒髪の女の子は、慌てる。
早くこの顔をちゃんと見て
それからそおっと返せばよいや
と、どんどん騒がしくなる周りにせかされる。
「この口元の札・・・邪魔ですね」
封印は、水晶の数珠さえあれば
とりあえず大丈夫だろうと思い、
蘇芳は勢いよく札を剥がした。
その途端、札が黒い煙となり指先から
黒い霧が立ち込め
自分の手がブクブクと水ぶくれができる。
【ウラメシイ】【ドウシテ】【ネタマシイ】
これは病ー。
頭が警報を鳴らす。
左手で腰にある清めの酒を取り腕へとかけ
払いの呪文を唱えようとしたが
それより早く病が回る。
その瞬間、周囲が暗く感じた。
銀髪の少年の形の良い唇が声を発する。
『おまえ、○○か?』
蘇芳はびっくりして
何を言ったのか聞き取れなかった。
目の前の首だけの少年が目を見開いて蘇芳を見る。
深い深い青の瞳をしている。首だけの少年が呟く、
『腹が減った』
「え」
腕に噛みつかれた。
蘇芳は、鈍い痛みを感じた。
あぁこんな美しいものに殺されるならそれもいいか
・・・そのまま意識を失った。
◆
「鬼に呪われてしまいましたね♪」
広い道場のような和室で
ひときわ透き通った男性の声が響く。
開口一番、狐のような顔をした大男は
蘇芳と同じ白装束を着ていた。
蘇芳の首には青い点線、
首を切り落とす印のようなもの
を見ながら言った。
「病が強すぎて封印していた
酒呑童子の首の封印を解く
おバカな弟子がいるなんて
おもっていなかったですよ♪」
まるでぜんぜん心配していない口振りで
大男は蘇芳へ言う。
そこへ暗く沈んだ低い声が響く
「呪われたなら病だ。
病は切らなければならぬ、
切れば病は治る。そうだろう?」
隣に大男へ目くばせしながら
狩衣を着た20代くらいの
目の下にクマがある神経質そうな男が
刀を取りながら蘇芳へ言った。
「それ、切られたらわたしは死ぬやつですよね?頼光殿?」
―カチャ
頼光が刀をすらっと抜く姿が見え、
蘇芳は慌てる。
「し、師匠どうにかしてください!!」
蘇芳はこんな陰気な美しくない男に
殺されたくないと師匠と呼ぶ大男に
掴みかかりながら、助けをこう。
大男は
めんどくさそうに蘇芳の手を剥がしながら
「陰陽師とあろうものが、
穢れの塊である妖の封印を解いたんですから、
自業自得でしょ、自分でなんとかなさい」
「し、しょうぅ・・・」
蘇芳は情けない声を出す、確かに自分が悪い
・・・わかっているが助けてほしい。
師匠は肩をすくめた後。
「で?酒呑童子、
いかようにすれば彼女の呪いを解きますか?」
酒呑童子と呼ばれた少年の首は、不思議そうに言う。
「俺はこいつを呪った記憶はない、
こんな奴、呪うわけないだろうが、
俺は姑息な真似はしない、
呪うくらいならこいつを嚙み殺している。」
それを聞いて、師匠が言う
「呪った自覚なし、困りましたね・・・
妖が自分で呪ったことを
解除する気にならないと
貴方の呪いは解けませんし、
そうなると
こちらとしては祓うだけですが・・・。」
うーんと目を覆い悩む師匠。
「やはり切るしかないな」
と刀に手をかける頼光。
師匠は膝を叩き、
しょうがないなぁという顔をしながら
蘇芳を見て言った。
「では、残念ですが、
酒呑童子あなたの首を
抹消するしかないですね。
貴方は死ぬときに
頼光殿と安倍晴明と約束したでしょう?
首から上の病を治すと・・・
ですが人を呪っているようでは
抹消するしかありませんね」
やれやれと蘇芳の隣にある酒呑童子に
手を伸ばす師匠。
酒呑童子は師匠を睨みつけながら言う。
「俺は嘘はつかない」
師匠は無言で懐から
青い清浄の炎が出せる小さな箱を取り出し、
酒呑童子に近づけた。
酒呑童子が白銀の髪がチリチリと燃える。
蘇芳は慌てて止める。
抹消-とは清浄な炎で清めることを指し、
炎で燃やされれば炭さえ残らない。
この美しい顔が、この世界からなくなる!
抹消だけは止めなくてはならない。
「師匠!それだけは
やめてあげてください!!!
この美しい首を抹消するなんて
世界に対して損失です!
他に方法はありませんか?
この呪いを解く方法!!」
頼光はそんな蘇芳を見て呆れたように
刀を置きながら言った。
「このうつくし馬鹿が・・・」
師匠は感情の読めない表情で蘇芳に言う。
「悠長なことは言っておけませんね、
その呪いが蘇芳、
貴方以外に広がる可能性もありますから、
今すぐ酒呑童子を抹消し、
それでも治らなければ残念ですが
貴方も抹消せねばなりません。
これはこの世界の決まりですから
仕方ありませんよ」
感情の読めない顔で師匠は
蘇芳をたしなめるように言う。
蘇芳は何も言えなかった。
この世界に決まりを病を祓う私たち
陰陽師が決まりを破るわけにはいかない。
「俺を本当に抹消していいのか?」
と酒呑童子はニンマリと笑いながら言う。
師匠は首をかしげる
「どういうことですか?」
師匠の火が酒呑童子を包み、
その美しい顔に火傷が広がる。
その瞬間ー
「あ・・・痛い!!痛い!!!」
蘇芳の首にある青い印が薄くなり、
体中が水ぶくれる。
頼光が刀を構えながら言う
「これは!」
「おっと、俺を切るなよ、頼光!
切るしか能のないお前でも
わかっているだろ?」
酒呑童子は炎に包まれながら言う。
師匠はそんな酒呑童子を見つめ、
青い炎を止めた。
と同時に蘇芳の水ぶくれがなくなる。
「なるほど、貴方、病を喰らっていますね?」
蘇芳は師匠の言っていることを
理解できずに首をかしげて聞く
「どういうことですか?師匠」
師匠はさも当然のように言う
「蘇芳、貴方そこの酒呑童子の首に
病を喰わせたでしょう?」
「え?」
そういえば、気を失う前に病にかかり
酒呑童子に噛まれた記憶がある。
たしかに目覚めたときには、病は無かった。
蘇芳は師匠へ聞き直す、
師匠は酒呑童子の首へ何かを巻き付ける。
「実はいうと酒呑童子に貼ってあった札には、
いろんな病が封印してあったのですよ、
酒呑童子は安倍晴明との盟約通り、
病を無くすために、
病を喰らって失くしていた。
貴方が剥がした、肝心の札はそこにない、
じゃぁどこへ行ったと思いますか?」
蘇芳は恐る恐る言う
「わ、わたしですか?」
「その通りだ」
燃やされたことなどなかったかのように
綺麗な肌に戻った酒呑童子の首は言った。
「俺は病が喰える。病を喰いたい。
そういう欲を持った妖だよ」
師匠は、酒呑童子と目を合わせ、
「あなたを抹消すれば、
病は本人の元へ戻るということですね」
と確認をするように言った。
酒呑童子はにやりと笑いながら言う。
「その通りだ。残念だったな。
俺を燃やせば、こいつは死ぬぜ。
しかも周りに病を振りまくから
都は大混乱だろうな
ただ俺は別にこいつが死んでも構わないさ、
陰陽師なんてな」
師匠は仕方がないなと肩をすくめながら、
蘇芳へ酒呑童子の首を投げ
「それなら仕方ない、貴方を抹消できない、
でも病を祓う神にはできそうですね。
人を救い続ければ神となり、
その呪いも消えるでしょう。」
とやれやれと立ち上がる。
蘇芳は酒呑童子の首の部分に
青い絹糸が肌に溶け込んでいるのが見えた。
酒呑童子は綺麗な顔を歪めながら
師匠を小ばかにした表情をする。
「誰が善行なんか積むか!
善行を積んでも損ばかりするからな!!」
そんな酒呑童子に師匠は言う。
「神となるには、たくさんの善行が必要、
そして酒呑童子、
貴方も乗り気でないといけません。
だから酒呑童子が
やらなくてはいけない理由を
つけさせてもらいました。」
と言いながら、師匠は何かを唱えた。
途端に、酒呑童子の得意げな表情は崩れ、
目をきょろきょろとさせた。
ーーーーー絶叫が響く。
『おまえぇええええええええ!
何をした!!なぜ!なぜ!!!!』
『陰陽師おまえらは!!
どこまで!!!!!!』
私の腕の中にいる酒呑童子は
痛みに耐えられないという表情をする。
怒りでうまく言葉にできないようだ。
師匠の隣で、
頼光は暗い顔をしたまま見守っている。
「酒呑童子 わ か り ま し た か?」
師匠らしからぬ、冷たい一言だった。
その声掛けに酒呑童子は叫ぶことをやめる。
師匠が何かの呪術をとめたのだろう・・・
師匠の呪術はとても怖い・・・
蘇芳は何も言わない酒呑童子に対して
心配になり顔を覗き込む、
私と目が合い数秒した後、
酒呑童子は嫌々ながら静かに師匠へ答える。
「・・・・あぁ、腹がすくからな
喰ってやるよ、病を」
師匠は満足そうに頷く。
微笑を浮かべて師匠は言う。
「蘇芳、108の病を集めなさい。
そして酒呑童子を神へと祭り上げるのです。
集め方は
貴方達の好きなようにで構いませんよ」
抱えた酒呑童子の頭が少し震えている
そんなに師匠は怖かったのだろうか
思いついたように師匠は私に言う。
「巷で新しい病があるようです、
なんでも皮膚から赤い宝石が出て
最後には宝石となってしまう病のようです。
この陰陽道へ軽症のものが
運び込まれていますから
明日に病をその鬼が喰えるか
確認してみなさい」
◆
「酒呑童子」
自室に戻り、美しい少年を呼んだ。
「なんだよ」
酒呑童子は疲れたような表情をして
私から目をそらして返事をする。
なんとなくその表情を見て蘇芳は
「私のせいで大変な目に合わせてごめんね」
酒呑童子はそう言うと私へ目線を合わせる。
「・・・・慈眼だ」
急に酒呑童子が言う。
私は慈眼を見つめながら言う
「え、それって本名?教えてくれるの?」
なんだかとても嬉しくなって聞き返す。
慈眼は口をへの字にして言う。
「他の人間の前で酒呑童子なんて言ったら、
怖がる奴が多いだろうが
慈眼と呼べよ」
私は口の中でその名前を反芻した。
「慈眼、なんだかあなたに似合う
美しい響きですね。」
慈眼は蘇芳の言葉に目を見開き目を伏せる。
何か酒呑童子に許された
そんな気分になった蘇芳は
慈眼の頭を撫でる。
「やめろ!!!!」
と嫌そうにするが
首だけの少年は蘇芳から逃れる術がない。
「体がないと不便ですねぇ」
にやけながら、
慈眼を撫でて軽口を叩いていると
蘇芳は当初のことを思い出した。
そうだこの顔に
完璧な体をつけたかったんだった!
「慈眼!首だけだと大変でしょうから、
貴方に体を私が渡しますね!
貴方にぴったりの体を」
私は慈眼の首を見たときに
ぴったりだと思った自作の陶器に
人形の体を思い出し、
慈眼の首と人形の体をくっつけた。
まるでこの為に作ったかのように
ピタッと首と陶器の体は収まった。
「--。」
慈眼は何かを言うと
陶器の体をゆっくり動かし、
蘇芳の頬に触れた。
「あたたかい」
と口の中で飲み込んだように慈眼は言う。
蘇芳は得意げに慈眼に言った。
「私の作った体ですからね!
温度だって感じられますよ
どんな状況であっても、
慈眼といれること嬉しく思います。」
慈眼は蘇芳の言葉を無視して頬から手を放す。
蘇芳は慈眼の表情など気にせず、
陶器の手を取り続けて慈眼に言う
「それにすごいじゃないですか、
病を喰えて治せるなんて!
鬼は病を振りまくだけだと思っていました!
鬼なのに医者のようなものですね。」
興奮したように蘇芳が言うと、
慈眼は手を振り払った。
「俺は喰うことしかできない、
勘違いするな
腹が減ったから病を喰うだけだ!!!」
そういうと慈眼は部屋の隅に座り
目をつぶった。
慈眼の瞼の裏には
―――――――笑顔を浮かべる人。
俺は喰うことでしか救えない。
それを救いと呼ぶなら、勝手に呼べ。
その出会いは偶然か必然か
世界が静かに歪み始めた。
感想などありましたら
いつでもお待ちしております。




