第17話 薔薇忘病 後編 【刻む印、消える文字】
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リストカット示唆する表現あり。
辛かったら引き返して下さい。
全てを、忘れてしまいたい。
そう思いながら、私は朝日を浴びて目をさました。
部屋には、慈眼も芹もいない。
慈眼と顔を合わせなくてほっとする半面、少し心細い。
「もし」
襖の外から昨日見た、赤い服の男、みやさんの声がする。
私は、ボサボサの髪を手櫛で整えた。
「どうぞ」
そう言って、私は返事をした。
「慈眼様から言伝をあずかりまして……」
そう言いながらみやさんは、自分の手に書かれた墨の字を読む。
「なんですか?」
「『寝とけ』とのことです」
そう言ってみやさんは、部屋から出ようとした。
みやさんの胸に咲いた薔薇はさらに大きくなり、はらりと一枚の花弁が落ちた
その瞬間、みやさんが瞬きを繰り返した。
こちらへ振り返る。
「みやさん?」
私が問いかけると、壁の文字がざわつきだし、みやさんの周りをぐるぐると回る。
みやさんは真剣な顔で壁の文字を読み。
にっこりと笑った。
「あぁ、思い出した。貴方は蘇芳さんですね」
明らかに、様子がおかしい。
「貴方は、何を忘れないと強く思ったのですか?」
この人の後悔を知れば、治せるではと思った。
私は、陰陽師。
病を治さなければ。
みやは、何かを考えるように瞬きをして、扉を開けてこちらに入ってきた。
「すべてを……、忘れたくないのです」
告げた後、みやさんは急に立ち上がり、
「あぁ、今日は誕生日だった!」
と明るい声で庭へ走り出した。
私は、心配になり追いかける。
朝日が私の目を刺す。
私達が泊まっていた隣には、小さな家があった。
その扉をみやさんは開ける。
開けた部屋には、二体の人形。
大人と子供に見える。
文字は何もなく、赤い壁だけ。
みやさんは、笑顔で人形へ話しかける。
「よかったなぁ」
「そんな褒めるなよぉ」
「父さん、今日は大きい獲物とれたんだぞ!」
一人で人形と会話しているようだ。
しかし、突然、獲物がないことに気づき、疑問から絶望へ変わる表情。
そこへ、家の外から慈眼の声。
「獲物、忘れてんぞ」
私が外を見ると、ヘロヘロになりながら獲物を担いでいる芹と、血だらけの慈眼がいた。
「え、何ですか、それ、怪我したんですか?」
私は心配になり聞いた。
「これ、獣の血ですよ」
と慈眼でなく芹が返事をする。
その返事に私が、慈眼の方へ視線を送る。
「え、獣も食べれたの?」
慈眼はみやさんを指し示した。
「あいつのだ」
慈眼は、みやに獣を投げるように渡す。
獣を渡され、みやさんは、笑いながら人形へ話しかける。
胸の薔薇の花弁がまた一枚落ちる。
ぎギギギと耳をつんざく音が響き、体の奥まで震える。
音がどんどん近づいてくる。
『文字』だ。
文字の濁流が、こちらに迫る。
みやの周りで渦を巻く。
『お前だけ生き延びた』
『代わりに死ねばよかったのに』
『苦しめ』
その文字は、急に、地面へ落ちた。
私は肩の力を抜いた。
しかし、みやさんは、急に笑顔を失い、曇った目に変わる。
芹が、私に声をかける。
「びっくりするっすよね」
慈眼が説明をする。
「朝、娘の誕生日だからと起されてな」
みやは、懐から小刀を取り出し、自分の腕へ刃を入れる。
自分を罰するように入れる姿。
慈眼が、その手を止める。
「傷つけても、何も変わらねぇぞ」
冷たい声だった。
「私が、すっきりします」
そう言って、何度か自分の腕へ刃を入れる。
その度に、花弁が下に落ち、ひぃと、小さく芹が悲鳴を上げる。
「忘れていけないのに……忘れてしまうんです!」
みやさんは、告白をする。
「娘を、私のせいで、殺してしまいました……」
胸の薔薇の花弁が次々と落ちる。
「心では覚えときたいのに、頭は忘れるんです」
そう言ってみやさんは、何かにとりつかれたように文字をまた書き始める。
今度は自分の血で。
私は、見ていられなくて声をかけた。
「みやさん、もう」
こちらをみやさんは、振り返った。
思わずぞっとする。
なんにもない、空洞の目。
思わず、息を飲む。
真っ黒な口から、言葉と一緒に文字が溢れた。
「しん
でた俺は食べさせた
か俺のせいでおっきな熊が取
た狩りにいった
つらかったよな怪我してかえれな
かったから山で雑草で食
いつないでかえった」
うまく、聞き取れない。
口から溢れた文字は、地面に落ちて、真っ赤な珊瑚が生えてた。
その珊瑚がゆっくりと伸びていく。
「忘れていけないのに!!」
何かがおかしい、そう思った時には、みやを珊瑚が包み込んでいた。
そのまま卵のように丸くなった。
赤い珊瑚でできた卵のような塊。
芹が、震えた声で言う。
「やばい?」
慈眼は、私の手を引いた。
「下がってろ、来るぞ」
私の不安と呼応するように、
卵はドクンドクンと心音を刻む。
卵の中で人の手が見える。
それがだんだんと増え、卵にすっと切れ込みが入った。
その光景の異様さに、私は思わず息を飲む。
凝視していると、中から透明な手が何本も出てきた。
――海月だ。
大きな海月が、その透明な体を浮かびあがらせた。
ゆらり、ゆらりと浮遊する。
体の内側には赤い珊瑚。
私達を誘うかのように、半透明の触手は人の手の形をしながらなめかしく動いていた。
精神を墨で塗りたくられるような威圧感。
あぁ、怖い。
なのに、美しい。
保存しなければ。
こんな病、二度と見られない。
でも、体が恐怖で、思ったように動かない。
その手の一本がゆっくりと私に触れようとした。
「触るな!」
慈眼がその触手を、手で払いのけた。
その瞬間、慈眼の膝が崩れる。
唇が震え、何もない空間を凝視する。
「慈眼……?」
明らかに、何か変だった。
私が、呼び掛けてもこちらを見ない。
「やめろ、お願いだ!」
そう叫んで、慈眼は、青い瞳から涙を流す。
何かを喪ったような悲痛な声。
芹が、海月の手から逃げ回りながら札を巻いて言っていたが、ついには捕まった。
「セ、先輩? あぁ!死なないで!!」
芹が、海月の手に捕まれながら叫び声をあげる。
もしかして、これは。
「後悔?」
慈眼を、ちらりと見た。
焦点が合わない目、絶望したように脱力して、海月に掴まれている。
・・・誰を見ているんだろうか。
誰を思い出しているんだろうか。
私は、確信をもって呟く。
「自分の後悔が見える」
私は、糸で近くに待機させていた木偶人形を呼び寄せる。
海月に触れられたらいけない。
一体は私の前に盾として配置をして、残りはすべて海月へ向けて炎をだした。
「焼き切れて!」
炎で焼かれたところから、じわじわと再生していく。
私の炎では焼き切れない。
私は、息を思わず吐く。
目の前の慈眼が、誰かを思い浮かべて苦しんでいる。
私は、この海月が憎くなった。
慈眼にとって、愛する誰かを呼び起こさせるなんて許せない。
でも、私じゃこの妖は倒せない。
私は、海月全体を焼くのを諦めた。
「芹、ごめんね」
苦しんでいる芹に、優先順位を付けたことを謝る。
盾にしていた木偶人形を引き、すべて慈眼を掴んでいるその触手を燃やす。
海月が、私にその手を伸ばす。
避けながら、あと少しで、慈眼を掴んでいる触手が焼き切れる。
「あと少し!」
避けきれなかった海月の触手が、私の首に触れた。
頭に何かが、浮かぶ。
……………
『月明かりがよく似合いますね』と私が言っている姿。
目の前には、髪が今より長い慈眼がいる、いや、違う。
牙がない。
『おまえほどじゃない』
慈眼は見たことない顔で笑った。
そして、目の前が切り替わる。
燃える屋敷、焦げ臭い、熱い。
私は、首を垂れるように地面を見ていた。
『早く……』と私が何かに向かって言っている。
回る視界。そして地面。
『逆らえば、死にますよ』
誰かの声がする。
これは、私の記憶じゃない?
…………
バチン! と頭の中で弾ける音が響いた。
師匠の声が、頭に響く。
『正しい』
頭の中で『正』という字が浮かぶ。
目の前が急に暗くなる。
首が熱を持ったように熱い。
切り替わるように、明るくなった。
目の前には海月、急に現実に引き戻されたような感じがする。
さきほど見た光景が頭をめぐる。
うまく思い出せない。
すごく大事な事だった気がする。
思い出そうと頭を振ったが、霞のように頭から消えていった。
思い出せない記憶に立ち止まりそうになるが、目の前の海月は待ってくれない。
私のやるべきことは、慈眼を助ける事!
ほぼ燃え尽きた触手を、私は木偶人形で引っ張り引きちぎった。
そのまま糸を切り離し、慈眼の体へ巻き付ける。
こちらへ引っ張る。
力の抜けた慈眼は、私の元へ帰ってきた……。
思わず、抱きしめる。
慈眼が、焦点の合わない瞳で私を見た。
「傍に、いてくれ」
私の顔を撫でる。
やさしく優しく。
まるで、ガラス細工を扱うかのような手つきだった。
ややあって、慈眼の瞳が落ち着きを取り戻す。
「・・・蘇芳か」
慈眼は、バツが悪そうな顔をする。
「ありがとうな」
私の顔を目を細めて慈眼は見て、海月に向きなおった。
「触手、お前はどうにかできるな?」
私に確認するように言う。
「えぇ、出来ます。」
木偶人形を、慈眼の前に配置して言った。
慈眼は口角を上げる。
「頼れるのは、お前だけだ」
その言葉を聞いて、胸が温かくなる。
今は、それだけでいい。
「任せてください!」
慈眼が走り出した。
触手はうねうねと動きながら、慈眼を狙う。
だがその私が人形から炎を出して焼き切る。
人形を足場に慈眼が高く飛んだ。
海月へ向かって落下する。
海月の触手が慈眼を捕まえようと向きを変えた。
私は、判断に迷う。
慈眼と、目が合う。
「俺ごと燃やせ!!!」
私を、信頼している目だった。
――あぁ、嬉しい。この目は私だけのもの。
炎を海月本体へ向ける。
私は大きく息を吸う。
「っ!!」
慈眼は燃やされながら、海月へ噛みついた。
やわらかい体の中にある、珊瑚の宝玉を手で抜き出した。
「幸せに感じる事は罪じゃねぇよ」
そう言って珊瑚を噛み砕いた。
海月がまるで溶けるかのようにどろどろと形を失くし、水になる。
水の中から、生まれ出るように赤い服の男ーみやが出てきた。
ゆっくり身を起こして私達を見る。
どこか遠い眼だった。
「貴方達は、どなたですか?」
みやさんは首をかしげて、心底不思議だと言う感じに言った。
慈眼が、みやさんへしゃがむ。
「忘れちまったか?」
優しい声で問う、慈眼。
みやさんは答える。
「何かを、忘れてしまいました」
みやさんが言うと、慈眼は体を支えるように立ち上がらせた。
そして手を引いて扉を開ける。
太陽の光が部屋の中へ差し込む。
慈眼の白い手が集落の外へと続く道を、指さした。
慈眼は、目をしっかり見てから
「好きなところへ行け」
みやさんは、ゆっくり外へ歩き出した。
首には×印は、もうない。
起き上がった芹が、慌てたように慈眼の肩を叩く。
「なにやってんすか!! 外へ行ったって、なんかあったら」
芹が慌てて引き留めようとして、駆けだそうとして声を荒げた。
その時、みやさんが振り向いた。
太陽に照らされ表情が目に入る。
「ありがとうございます」
晴れ晴れとした顔。
私達を一度見てから、前を向きゆっくりゆっくりその背中が遠くなっていく。
みやさんが居た場所を見ると、赤い珊瑚が薔薇の形で咲いていた。
その美しさに胸が高鳴る。
人の欲望はこんなにも美しい。
「美しい」
私は病の欠片を拾って、自分の懐へしまう。
病の欠片が小さく囁く。ワスレタクナイ
私が病の欠片を拾っていると慈眼がこちらへ来た。
慈眼は、私を見る。
その青い瞳で。
「俺は、今の方が大事だ」
その言葉を聞いて、目の前が揺れる。
頬から熱い何かが流れる。
今は、その言葉だけでいい。
私は自分の胸が、ぽかぽかと温かくなった。
芹が、私が泣いているのと慈眼を何度も見て
「え、やっと仲直り?」
と言って手を繋がそうとする。
「仲良くしてくださいね! 気まずいから!」
芹は、そういいながら、私と慈眼の手を固く握らせる。
嬉しい気持ちが強く出て、私は勇気が出た。
「私・・・慈眼が好き。
コレクションじゃなくて・・・恋です」
慈眼は、目を見開き、そして、ほんの少し目が揺らめいた。
「そうか、好きにしろ」
慈眼が、私と手を繋ぐ。
少し皮膚が固い温かな手。
胸が温かくなった。今はそれだけでいい。
今はこれでいい。
みやさんの後ろ姿が遠くって見えなくなった。
私は、なんだかほっとして、みやさんの病の欠片を見る。
赤い珊瑚。
みやさんの苦悩の塊。
それは、みやさんから離れて私の手元にある。
私が、病の欠片をしまうと、
芹が後ろで、告白きいちゃったよーっとぶつぶつ言っている。
私達が話をしていると、赤い服の女が遠くからやってきた。
遠目から見ても目に付く。
なぜなら、肩に派手な羽が生えている。
その女は、私達の前で、ピタリと足を止める。
「あざねさまからの手紙です。」
「あざねだと!」
慈眼は、手紙をひったくるようにとる。
中身を開いた。
『病、食べてくれてありがとう。
次にはその子の病を食べてあげてね
名前は‘‘羽肩病‘‘よ
ただ、その子、病は食べられたくないみたい
あざね』
「ふざけやがって!」
慈眼が手紙をびりびりに破く。
芹が、手紙を読んで怯えているように周りを見る。
「え、これ監視されてない?どっから見てるすかね」
私も、芹と同じく、あざねの得体のしれなさが怖い。
あざねの使いらしき、肩に羽の生えた女は口を開く。
「貴方達といれば、もっと目立ちそうですね!!」
肩の羽がさらに増える。
「目立つって快感!!」
目の前の女を頬を紅色させ、目を潤ませて言った。
首には私と同じ✕印が見えた。
その羽が、ゆっくりと――私の方へ向いた。




