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【病を喰らう酒呑童子と、病を祓えない陰陽師の怪異譚】  作者: 白瘡
二章 摩天楼編

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第13話 恋狂病【愛は呪い】

現在二章のため、

初めての方はこちらのプロローグから


https://ncode.syosetu.com/n1523lv/1/

  都での羽の事件から1ヶ月が経った。

 慈眼の身体はもう元通りだが、あの白い羽の感触は、頭の片隅から消えない。

 都に戻りたいが、何度話し合っても敵う気がせず、ただ時間だけが過ぎていった。


「はぁ……」


  私――蘇芳は一人、乳白色の温泉につかりながらため息をつく。


  最近、自分でもどうかしていると思うことが増えていた。

  慈眼の瞳を思い出すたび、胸の奥が落ち着かなくなるのだ。


  山は夜を飲み込むように暗く立ちはだかり、月の光を遮っている。

  その中で、温泉の湯がまるで月のように輝いていた。

  岩を挟んで、向こう側に芹と慈眼の姿がある。

 そっと岩から顔を出すと、慈眼の白銀の髪が水に濡れ、月光を反射してしっとりと肌を輝かせていた。

  青い瞳もまた、私を吸い込むように捉える。

 思わず、体を湯に潜らせた。


「美しすぎる……」


  ぶくぶくとお湯の中で叫ぶ。

 最近、こういう感情を抑えられなくなっていた。

 慈眼を見ると、胸の中で小さな生き物が跳ね回るような気持ちになるのだ。


「これからどうしよう……」


  都を出てからというもの、戻ることはなく、食料も水も簡単には手に入らなかった。

 馬を食料にすることもあった。

 絞める時の、馬が私を見る目を忘れられない

 旅を続ける以上、仕方のないことだった。


  そんな中、私の衣服は日々汚れ、匂いも強くなって限界に達していた。

 その時、慈眼が温泉に入ろうと言ったのだ。


 少しだけ下心もあったかもしれないが、それ以上に疲れ切った体と心が、断れなかった。


「はぁ……」


  湯の温かさにうとうとしかけたとき、横から声がかかる。


「蘇芳! おれたち先にあがるよー!」


  芹の声だった。バシャバシャと湯の跳ねる音が響く。


「温かいからって寝るなよ」


  慈眼の声にドキッとして、思わず返す。


「ね、寝てないですよ!」


  芹が転んだらしく、「いったぁあああ!」と声が聞こえる。

 慈眼は呆れたように言った。


「おまえも足元気をつけろ」


  岩から顔を出すと、慈眼が温泉から上がった姿を目にしてしまった。


  蒸気の向こう、白銀の髪に雫が光り、青い瞳が私を捉える。


「へんたい」


  慈眼に、口角を片方上げてそう言われた瞬間、顔が熱くなる。慌てて湯に潜った。

 なんでもっとじっくり見なかったのかと自分を責めた。


  慈眼達が、少し離れた場所にいく気配がする。

 少し頭を空っぽにして森の暗がりを見ているとその中に、金色に光る目があることに気が付いた。

 思わず身を縮こましたが、狐が森の中から顔を出す。


「なんだ、狐か」


 狐はこちらを見定めるように見つめた。

 そして――

 笑った気がした。

 次の瞬間、森の中へジャンプして消える。


 暗闇の中、静寂を山が内包する。

 なんだったのだろうか?

 狐の目がなんとなく頭から離れない。

 静かな山が私に迫ってくるように感じる。


 その時だった。

 急に冷たい手が私の肩へ触れる。


「ひっ」


 気配はなかった。

 湯に入る音も、足音も。

 急なことに体が硬直する。


 おそるおそる、横を見るといつの間に入ったのか、髪が長い女性が温泉に入っていた。

 黒髪を眉上で切り揃え、同じく黒い瞳、唇だけ紅をつけているのだろうか、赤い。

 その人の手は私の肩を触れている。


「あなたは、旅人さん?」


 なんだか艶のある喋り方だった。


「え、いや旅としているのですが、陰陽師です。」


 少し警戒して答える。


 瞳が一瞬だけ金色に光った気がするが

 瞬きをした時には、何もなかった。

 女性はふんわりほほ笑む。


「ふーん、陰陽師なのね」


 私の返答に答えながら、首をゆっくりかしげる。

 余裕がある大人な女性という雰囲気だ。

 胸元には、湯気の中で分かるほど大きな膨らみ。

 思わず、自分と比べてしまう。


 女性はぶしつけな私の視線に気が付いても

 一切気を悪くしたそぶりを見せずに言ってくる。


「ふふ、あなた変わった入れ墨しているのね」


 そう言ってやけに冷たい手を、私の首の印を撫でるように触る。

 やさしくやさしく、知らない人なのに、喋り方のせいだろうか

 ほっとできるような気がした。


「疲れた顔しているわね」


 ふわふわとした声色で女性が言う。


「あたしの集落は、この温泉からすぐ近くにあるわ。


 泊まってゆっくりしなさいな」


「はい、とても疲れていて」


 声を聴くと、まぶたが重くなる。


「そうでしょう、集落で私の名前を出せばいいわ。

 あざねからの紹介って言ってね」


 あざねという人の周りは湯が全然揺れていない。

 なんだかおかしいと頭の片隅で警告が鳴る。


 でも、旅の疲れのせいだろうか。

 温泉のせいだろうか……。

 まぶたが、鉛の様に重くて。

 少しだけ、少しだけならいいだろうと一瞬だけと目をつむる。


「あなたは、どこまで人を愛せるのかしら」


 耳に女性の声が届く。

 私はそのまま目を閉じた。




 誰かが私を揺さぶる。


「おい!蘇芳!」


 私を呼びかける慈眼の声が聞こえる。


「え」


 私は飛び起きた。

 私は、温泉のすぐ側で寝ていたようだった。

 目の前には心配そうにする芹と、心配と怒りが混ざった表情の慈眼がいた。


「寝るなって、いったよな!」


 怒りながら、私の目をみたり、手先を見ている。

 距離が近いせいで心臓の鼓動が早まる。

 息を静かに吸って、ばれないようにひそめた。

 慈眼は首を見て、表情が変わった。


「それ、どうした?」


「え、なんですか?」


 私が聞き直すと、慈眼は私の手を引いた。

 乳白色の湯に映った私の首には、大きく×が刻まれている。


「なに、これ……」

 肌をこすってみるが消えない。

 芹が、眉を下げて言った。


「それ、呪われたんじゃないですかね」


 森が静まり返る。

 慈眼が低い声で言った。


「思い当たることはあるか?」


 私は一瞬迷ってから答える。


「……女の人と、会いました。」


「女?」


「温泉であった人です。あざねって名乗ってました。」

 芹がすぐに顔をしかめる。


「うわ、絶対やばい人じゃないですか!」


 慈眼は私の首の印に指先で触れる。


「……触られたのか?」


 その言い方に、胸が変にざわつく。


「べ、べつに変な事はされていません!」


 思わず声が大きくなる。

 慈眼が少し眉を上げた。


「誰もそんな事きいてねぇよ」


 芹が、噴き出す。


「蘇芳、なに想像してるんですか」


「してませんよ!」


 こちらを覗き込むように、慈眼が私に聞き出す。


「何か言われたり聞かれたか?」


「と、泊まりに来ないかと集落が……近くにあるからって」


 その言葉を聞いて芹が、首を振りながら嫌そうに告げる。


「絶対なんかあるやつじゃないですか!!!」


 芹は、まだ集落に行ってもないのに怖いのか

 自身を両腕でさするように抱きしめている。


「行くしかないな」


 慈眼が低く言う。

 青い眼が、炎のように揺れる。

 そして私の首に、温かい手で触れる。


「……ふざけやがって」


 私の為に怒ってくれる慈眼に、胸が温かくなる。

 私達は集落に向けて歩き出した。

 耳に残る声がある。

 女性の声だ。


「貴方は、どこまで人を愛せるのかしら」


 慈眼を見る。

 私は自分で選んだ。

 今、この病といることを。

 ただ、慈眼はどうだろうか

 体は、取り返した。

 私の呪いを気にしなければ、別に傍にいなくていい。



 繋がりは、都のことだけだ。

 都なんてどうでもいいと思ったら

 私なんてどうでもいいと思ったら

 私の傍からいなくなるのだろうか


 なぜ、慈眼はこんなに私を大事にしてくれるのかわからない。

 私は、慈眼を手放したくない、絶対に。

 もし離れると言われたら。

 私は、どうするのだろう。


 ……いや

 たぶん、出来ない。

 奥深くにきっと大事に保存してしまう。

 人目につかないように。


 その思いが胸の奥で静かに沈殿していく。

 どうしてだろう。

 慈眼が他の誰かと話しているのを見るだけで、胸の奥がざらつく。


 その瞳に映るのは私だけでいいとさえ思う。

 その思いが胸の中で膨らんでいく。



 ――まるで、病のように。


 黒い煙が、自分の中にたまっていくように、沈殿する。

 これはきっと欲だ。


 私は、病に侵されているのだろうか。


 ◆


「あざねさま」


 あたしの名を、村人の男が期待しながら呼ぶ。

 あたしは、振り向いて、男が差し出した煙管を手に取った。

 見上げても足りないほど高い建物。

 あたしが作った摩天楼。


 最上階であたしは、つまらないと思いながら煙管を吸う。

 自分の着ている、赤地に折れた弓矢の金糸の刺繍が目に入る。


「恋は病。


 愛は呪い」


 あたしは、煙管から煙を、すぅと深く肺へと吸い込み、ゆっくり吐き出した。

 その煙の向こう、あたしの周りは今日も騒がしい。


 壁に頭をぶつけ続けるもの。

 叫び声を上げ続けるもの。

 自分にひたすら傷を入れるもの。


 それでも誰一人、あたしから目を逸らさない。


 煙が、上へ上へふわふわと流れていく。

 煙の際限はない、空へ高く上がる。

 その煙がついに空気に掻き消えた。



 そして、村人の一人があたしに耳打ちをする。

 あたしは、自分のもつ集落の入り口にいる、黒髪の少女と白銀の少年が来たことを知らされる。


「……あぁ、壊れるかもね」


 そう言って煙管にたまった灰を捨てる。

 あたしは、黒髪の少女の表情を思い出す。

 不安そうな表情。

 そして、白銀の髪の少年。


「かわいらしい子。


 ……かわいそうな子」


 また煙管を吸う。

 煙が空へと上がって、二つに分かれて、そして消える。

 深く煙を吸って、吐き出し、灰を捨てる。


「あたしが壊してあげるわ


 万能薬なんてないのよ」


 そう言って煙管の持ち手に力を入れる。

 ミシッミシッ……

 そのまま力を込める、

 バキッ!


「折れちゃったわ。

 簡単に壊れるなら、仕方ないわ」


 蘇芳と呼ばれていた女の子の目を思い出していた。

 昔のあたしと似ている。


 あたしは昔見た、あの男の目を思い出す。

 その男の瞳は、未来を照らす光のように鮮やかで、思わず見つめ続けてしまう力があった。


『きっと、この世から病がなくなれば、みんな幸せになる』


 貴方がそう言ったのをあたしはよく覚えてる。


 その瞳を見るのが大好きだったから、話がつまらなくても、あたしは愛想笑いして貴方の側にいたわ。



 恋は病。


 愛は呪い。


 いまでもあたしの心を返してくれない。



「帝。貴方の薬は、私が壊すわ


 あの子を壊してあげる。」



 なんにも知らないなんて、そんな都合のいいこと許されるわけないじゃない。

 全部知ったら、あの子は、壊れるのかしら。

 私はここには居ないあの子の名前を呼ぶ。

「ねぇ、蘇芳?」


 返事はない。

 ここには居ないから当然だけど。


 あたしの側にいた、赤い服の女を一人呼ぶ。

 嬉しそうなその顔。

 表情には、焦燥感がにじみ出ている。

 この子は、限界ね。


「陰陽師の服を着た子が来たら、ここまで案内しなさい。」


 赤い服の女が嬉しそうに破顔しながら頭を下げる。


「はい! あざねさま。

 必ず、必ず、お役に立ちます!」


 下げた頭がほんの少し、大きい。

 顔を上げたときの目は、あたしに心酔しているように目が潤んでいる。


 その目は、焦点が合っていない。

 あたしを見ながら体が震えている。


「えぇ、いってらっしゃい」


 もう、あなたと会うことはないでしょうけど。

 赤い服の女の背中が遠くなる。

 あたしは、手元の紙を見る。


『巨頭病』


「もうこれもいらないわね。」

 その紙を引き裂き、窓から投げ捨てた。


「早く、早く、こんな世界壊れちゃえばいいのに」




更新、毎週火・金 18~21時くらいに更新。

もし続き読んでみたいなと思う方は、更新されたら通知がくるのでブックマークして頂けると読みやすいかと思います。

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