第12話 羽蝕病 後編【 救済は、侵食する】
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ボロボロになった倉庫。
白い羽が空を舞う。
都の中心は、まだ異形のざわめきに満ちている。
蘇芳は、陶器の身体が割れて動けない慈眼の首を背負いながら、ひたすら羽の攻撃を避けていた。
「っ!」
羽が頬を鋭く裂く。
――傷を負った所が焼けるように痛い。
息つく暇もない猛攻。
どれくらい避けただろう。
息が苦しい。
自分の操る木偶人形を動かし、盾にしながらじりじりと近づく。
「なぜ、貴方の身体があそこにあるの?」
「全ての病を直せる血があれば、その人間を捕まえるか?」
恐る恐る聞いてくるようだった。
「それが、慈眼が首だけの理由?」
後ろで言いよどむように、息を吸う音が聞こえる。
答えてくれなくても構わない。
だけど、あれが慈眼の体なんだとわかる。
あの体だったらきっとさらに美しいだろう。
私は、帝を睨み付ける。
「私があの体を取り返します!」
決意を込めて、慈眼にも自分にも宣言する。
「いいから逃げろ!」
慈眼が制止するが、私は無視をした。
帝の近くまで来て、私は覚悟を決める
私は足を踏み込んで、大きく息を吸う。
後ろに宙返りするように天を舞った。
待機させた木偶人形の腕を蹴り、さらに高く。
足に負担がかかったのか痛みが走るが気にしない。
自分の体が、地面から放り投げられた気持ちになる。
そのまま木偶人形から糸を切り離す。重力に従い、落下する。帝の真上、だ。
「っ!」
目の前に帝の白い体が現れる。
思わず息を止めた。
瞳が光を反射し、冷たい視線が絡みつく。
震える指で、糸を慈眼の体に巻き付け、覚悟を決めて糸を引く。
ずるっずるー
帝の身体から慈眼の身体が出てくる。
「あと、少し!」
帝の翼についた目が、ギョロギョロこちらをとらえ、ふわふわと周りに羽が飛ぶ。
羽が、優雅に、しかし確実にこちらへ迫る
帝が「正しい世界へ 」と告げると、周囲に舞う羽が、鋭い刃となって腹を貫いた。
ーー刺された所が熱をもったように熱い。
内臓が、全部ひっくり反りそうだった。
「蘇芳!」
痛みで息を吸うたびに胸が締め付けられ、足が踏ん張りが効かない。
ーーでも、糸は離せない。
足が滑って落下する。
汗と血で滑る糸を手繰り寄せる。
ーー絶対に貴方を手放さない!
帝の白い身体から、慈眼の首がない体が引き剥がされる。
そのまま帝から降りて、落ちながら慈眼を包んでいた風呂敷の留め具が離れ、先に落下する。
「離すもんか!」
私は空中で慈眼の首を引き寄せた。
落下する勢いを殺すために身を丸くする。
「ぐっ!」
全身を打つ痛みが体中を占める。
思わず息を吐いた。
胸が、苦しい。
「あと、っ少し!」
自分を鼓舞するように声を張り上げる。
自分の手が血だらけなのが見えた。
ーーでも気にしない。
慈眼の首をその身体の元にもっていく。
ぴったりとあるべき場所に収まった首。
私は、風呂敷から病の欠片を、色とりどりの輝きを持った私の大事なコレクションを取り出した。
慈眼の口元へ、私は差し出す。
「私の大事なものを全部あげる」
慈眼が噛み砕いたのを見ると、私は全身に力が入らなくなり、倒れこむ。
慈眼は、私を受け止めるようにしながら、ゆっくり体を起こした。
青い顔しているであろう私を見る。
「おまえ、頭つけるの雑なんだよ、ずれてるじゃねぇか」
「……ひどい、私頑張ったんですよ。」
悪態をつくが、心配そうに頬を撫でる慈眼に、私は安心する。
私の顔にかかる髪をやさしくよける。
温かい手。
「よくやった。」
やったことが報われた気がする。
ぜぇぜぇ……。
自分自身の息遣いが、死に際の虫のようだと感じた。
血が外へ流れて自分の指先が、冷えていく感覚がする。
慈眼は、自分の腕をおもむろに噛みつき、その傷口から出た血を口に含んだ。
そして私の腹の傷へ。
「え、なにをして」
「どうだ?」
傷が治っていく。
私がびっくりして何度もお腹の傷と慈眼の顔を見た。
いたずらっ子のように慈眼が笑う。
私は聞きたくなった。
「どうして」
「そういう体質なんだよ、俺。
出血した血は戻らないから、安静にしてろ」
私は、わけがわからず、自分の腹を何度もさする。
血が足りないのかくらくらする。
◆
蘇芳の傷が治り、ほっとした俺に、帝が声をかける。
「慈眼、避けねば、死ぬぞ 」
視界の端に。
銀色が一瞬。
俺は、蘇芳を抱えて避けた。
首の右側に刀傷ができる。
「いってぇな」
傷は、すぐに治るからいい。
蘇芳ごと切ろうとしやがったな。
蘇芳の首の印が、目に入る。
縫合の後のような印。
ーー俺の血は死んだら使えない。
死んだものをどうにかできるのは、ただ一人だけ。
知っていて切り込んだな……! 首切り男が!
「頼光」
目の下に隈がある、都に仕える武士ーーかつて鬼を封じたことで名を馳せた男が、刀を構える。
「病は切らねば……」
刀を流水のように振るい、正面でピタリと止めた。
その目は冷たく、殺しなれた者の鋭さを宿している。
さらに切り込む。
風のような速さ。
俺は、肩を刀で切られながら
後ろに下がった。
「じげん! 大丈夫ですか……っ!!」
蘇芳は、ふらふらするのか焦点が定まってない眼で、俺を支えようとする。
そんな蘇芳を止めた。
「大丈夫だ。俺は何も心配いらない」
俺は自分の体の血をぬぐう。
蘇芳が息を飲む。
「傷が……治っている」
俺の傷が、跡形もないのを見て、帝が口角を上げる。
「そちこそ、本物だ 」
少し興奮した口調で言う。
白い羽の目玉が嬉しそうに
弧を描いたのを見て
「うるせぇ、化け物」
悪態をつき、蘇芳をそっと下した。
俺は、蘇芳に目を合わせる。
「蘇芳、待ってろ」
俺は足に力を込め、飛び出した。
目の前が真っ赤になる感覚だ。
「来るか病!」
「来るのですね、慈眼 」
頼光と帝がそれぞれ言うが関係ねえ。
ーー喰いつくす!
陶器の体の時より、動きやすい。
駆け抜けた足の勢いのまま、頼光へ向けて蹴る。
頼光は、蹴りをかわし、刀を翻すように下してくる。
ーー遅い。
俺は避けようとした。
だが、上から刃のような羽が降り注いだ。
半テンポ避けるのが遅れた。
左上半身で頼光の刃をその身で受け止め、深く、俺の体に刺さる。
「っ!!」
そのまま右手で、頼光の刀を持つ手を掴む。
頼光が刀を引こうとした。
ーー引かせねぇよ!
俺は、左手の拳に力を籠める。
頼光の顔が視界に入る。
「しね」
バキバキっ!
頼光の方を持つ手は折れながら、倉庫の壁にぶつかっていった。
頼光の体が瓦礫に埋もれていく。
俺は、それを見下ろし、呟いた。
「まず一人」
◆
蘇芳は、慈眼が、青い眼を見開きながら言う姿を見ていた。
あたりの静けさを断ち切るような声だった。
私は呆気にとられ、見ていることしかできない。
ーーすごい。
刺さったままの刀、羽の刺し傷。
興奮しているせいか、口から牙が見える。
まさに、『鬼』というのに相応しい戦い方。
「慈眼、そんなに蘇芳が、傷ついたことが許せないか? 」
帝が天高く、光り輝きながら言う。
「あぁ、許せねぇなぁ、何度も奪いやがって」
そうしながら慈眼は、私の首の印をみるようにこちらを見て、次に帝を見た。
慈眼は、自分の体に刺さったままの刀を、躊躇なく引き抜きその刀をもったまま崩壊した倉庫へ飛び上がり、台にして天高く飛ぶ。
重力のまま刀をおり、刀を帝へふるった。
斬れる羽。
血は出てない。
「落ちろ!!」
慈眼が吠えるように言った。
羽のバランスを崩し、墜落する。
ドスン――。
見た目より重い音がして、地面が揺れる。
墜落する白い羽の化け物。
私は、息をようやく吐きだした。
「慈眼……」
慈眼が戦っているのを、気を失いそうになりながら必死に見ていた。
言いようのない違和感を感じる。
慈眼は、私の呼びかけに気が付かない。
切れ味が途端に悪くなった刀を、じれったいかのように投げ捨て、慈眼はその身に噛みつく。
何度も。
何度も。
何度も。
「このまま喰い殺す!」
慈眼が叫ぶと、帝の羽の目玉がぎょろっと動いた。
「あぁ、正しい道へいったな」
「あ?」
慈眼が帝の言葉へ疑問を持ったように、立ち止まる。
ーー正しい道?
私は、その言葉に不安になる。
慈眼も、帝が言った言葉が気になったのか、手を止めた。
「正しい道……だと?」
帝の体についている複数の目玉が、順番に弧を描いて慈眼を見る。
その様子を見て、何かがおかしいと感じた。
慈眼は口元を押させた。
慈眼の胸は、苦しそうに何度も上下をしている。
明らかに呼吸がおかしい。
その瞬間。
慈眼の胸から何かが増殖するように、大きく波打つ。
そして喉元が大きくなり、耐えきれないように吐きだした。
「……ゲェーッ、ウッ…ウグッゲェエエ!!!」
羽があふれ出ていた。
周りの光景とそぐわないほど
柔らかに飛ぶ羽。
「慈眼!」
私は、這いつくばって近くに行こうとするが、手に力が入らないのか近づけない。
「器として整った 」
帝は、心底嬉しそうに告げた。
私は急いで、慈眼へ駆け寄ろうとする。
でも、とある音が聞こえて立ち止まった。
――パチパチパチ。
拍手の音だった。
その場にそぐわない拍手音が、響く。
帝の後方から聞こえる。
「美しい、美しい光景ですね、帝」
狐のような顔をした男、師匠だった。
にこにこといつもの笑顔を浮かべている。
真っ白の陰陽師の衣服。
一人だけ。
何も汚れていない。
私が、青ざめた顔をしても一瞥もせず、
自分の弟子たちが、異形の姿になり闊歩していても、まるで気にしていないようなそぶりだった。
まっすぐに、慈眼だけを見ている。
「……ぐっ、安倍晴明!」
慈眼が、低い声で名前を言う。
「あれ、知っていましたか?」
わざとらしく師匠ーー安倍晴明が答える。
慈眼の口からあふれ出るように、大量の羽を吐くのを見る。
そして、帝の元へゆったりと近づいた。
「帝、これで満足ですか?」
「あぁ 」
帝はさきほど切られた羽が元に戻る。
まるで最初から傷一つないように。
そこへ瓦礫の中から、腕が折れた男がふらふらとしながら、安倍晴明の横に並んだ。
頼光だった。
◆
「ばけものども……が」
俺は悪態をつく。
口を拭いながら。
このままだと蘇芳も何かされるかもしれない。
もし自分をまるごと差し出せば、帝を乗っ取ることが出来れば。
だが、賭けだ。
目をつむり。覚悟を決めた。
「安倍晴明」
「はい、なんでしょうか?」
何を言うか分かっているのか、にこにこと返事をする。
「お前らの目的はなんだ」
「あぁ、清浄ですよ」
珍しく低い声で、安倍晴明が答える。
俺をじっと見つめる。
◆
私は焦っていた。
この状況では慈眼は、自分を差し出してしまう。
いやだ。
まるで、砂漠で水を取り上げられたようだ。
手のひらに爪が食い込むほど握りしめた。
こんな奴らに渡したくない!
慈眼が自分の手を震えながら、再度握りなおすのが視界に入った。
ーー嫌だ。
絶対に嫌だ。今度は絶対に……。
――?
絶対になんだろうか。
わからないけど、私は。
慈眼が何かを言おうと口を開ける。
「俺は、おまえらの――」
「慈眼!!!逃げよう!!!!!」
私が出した声は思いのほか大きく。
あたりに響き渡る、大きな声だった。
慈眼が振り向く。
「逃げよう!!私と!!!」
私は、自分で言えた言葉に、胸のつっかえがとれたような気持ちになる。
糸を慈眼へと投げかけ、自分へ引き寄せた。
「私のものですから、絶対に貴方たちには渡さない!」
血だらけの体で、指先まで神経を集中して、慈眼を抱きしめる。
――とくんとくん。
慈眼の心臓の鼓動が、聞こえた。
あぁ、やっと、戻れた。
なぜだかそう思った。
その時だった。
ドドドドドドドドド。
地鳴りのような音がして、何かが近づいてくる。
馬の集団だった。
ーーやっと来た!
その集団から手が伸びる。
ふわふわした柴犬のような髪が見える。
私は迷わず、その手を握った。
その手は私達を馬に乗せる。
「芹!ありがとう!」
――馬を連れてきたのは芹だった。
「ひどいですよ、おれに一番責任重大な事させるだなんて」
芹は、私に言われて町を回りながら、馬を集めていたのだ。
慈眼が驚いたように、私を見る。
「おまえ……」
「私は慈眼の味方です。
何があってもどんなことがあっても、都なんかより、貴方が一番です。」
私が心から思ったことを言うと、面食らったような表情を慈眼がする。
そして肩を震わせて、耐えきれないかのように笑い出した。
「あははははは」
見た目相応の12歳の少年みたいな、笑い方だった。
思わず私は、慈眼らしくない笑い方をする慈眼を見る。
「み、帝食べておかしくなりましたか?」
心配する私に、優しく手を握ってくる慈眼。
「馬鹿みたいだなぁ、俺、一人で抱え込んで」
そしてひとしきり笑い終えたあと、蘇芳の首にある青い印を見る。
「蘇芳」
「なんですか?」
その青い瞳が自分へ近づいてくる。
私の頬へ、その唇へ寄せた。
顔が熱い。
頬に柔らかな感触が残る。
芹が、横で口をあんぐりと開けている姿が目に入る。
「お前を助けるために、都を救わなくちゃいけないんだ。
手伝ってくれるか?」
白銀の髪、青い瞳をキラキラさせて。
牙を見せて笑う。
私が今まで見た何よりも
美しい鬼だった。
美しいものが大好きだ。
それが禁止されているのであればなおさら。
美しさとは畏怖と似ている気がする。
美しさに魅入られたならーー
もう逃れられない。
馬で走り抜ける中、
ふと、慈眼の体から白い羽が一枚こぼれた。
羽は、落ちる。
そして黒く染まった。
地面に刻まれた文字は
『正』
◆
白く輝く都で
目の下に隈がある武士、頼光は、座敷に鎮座する帝を見た。
「都から出たがいいのか」
帝は、笑う。
「えぇ、いいのです。 」
安倍晴明が、ゆったりと立ち上がり、某の肩を叩く。
「想定内です。何も心配いりません。
あれは戻ってきますよ、蘇芳がいる限りね」
そして御簾が降りる。
第一章 清浄編 完結
二章は3/10 21時頃更新予定
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