第11話 羽蝕病 前編【都を蝕む、知られざる力】
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おれは、後ろを振り返った。
同じ陰陽師の白装束を着た者が目から
触覚のようにうねうねと白い翼が出ている。
『幸せだ』とうわ言のように言っている。
「あっ、ぁ、やめろ!」
手が伸びてきて、強い力で足首を捕まれる。
引っ掛かる喉から必死になって声を出した。
「助けて!」
横切る白銀の髪。
「情けねぇ声出しやがって」
慈眼が目の前のものに噛みついた。
割けた隙間からあふれでる羽。
ゾワッと指先まで冷える気持ちになる。
逃げなきゃ。
「芹、いくぞ」
慈眼も同じ気持ちだったのか
腰が抜けたおれを抱える。
屋敷を出た先の倉で乱暴に下ろされた。
「いて!」
キィ――。
扉が閉まる音が妙に耳に刺さる。
薄暗い薬草用の蔵だ。
格子になった窓が二つあり、蔵の奥には樽が並んでいる。
蘇芳は、扉から離れて蔵の奥に座り込んでいた。
「芹!」
蘇芳が、駆け寄ってきて抱き締められた。
背中には、大きな風呂敷が背負われている。
ーーこの有事にもしかしてこいつ、病の欠片持ってきた?
おれは、蘇芳の相変わらずさに安心する。
おれは、なるべく扉から離れて蔵の奥に座った。
慈眼が、蘇芳を見る。
「無事なのはコイツくらいだったよ、蘇芳どうする?」
「都を元に戻さないと……」
蘇芳と二人で真剣に話している。
おれは、一刻も早く都を出たい。
慈眼に、これからのことを相談するために目を向けると、顔が真っ青だった。
蘇芳も気がついたのか、慈眼へ駆け寄る。
「どうしたの?」
蘇芳が近づくと慈眼はますます顔を青ざめさせた。
「ち、近づくな」
そう言いながら、腰を曲げて、ふらふらとしながら蔵の扉側へ、後ずさる。
その瞬間だった。
「ゲボッ、ウ゛、ェ……ゲボゲボッ!」
口元を押さえる手の隙間から白い羽が出てくる。
ふわりとあたりを舞い上がる白色。
見覚えがあるこれは……。
「さ、さっきの奴らと同じ羽だ!」
おれは、思わず指を指しながら言う。
蘇芳が、羽を震えた手で拾った姿が見えた。
慈眼は、気持ち悪いのか肩が痙攣している。
「……どうやら俺にはこれは喰えないみたいだ。」
さらに白くなった顔で、慈眼が言いながら、また羽を吐く。
「ゲェエエエっ、蘇芳、俺は別に、、ゲェ、いいから……はぁ……早くこの都を出るぞ、ここにいたらいけない」
蘇芳が慈眼に駆け寄り、背中をさする。
肩で息をする姿は、誰が見てもしんどそうだ。
倉の窓から見ると、目から羽があふれでた人々が、幸福そうな笑みを浮かべていた。
おれは、慈眼が吐いた白い羽を拾いあげた。
まだ温かい。
最悪な事が頭に浮かぶ。
これって消化しきれてないんじゃなくて発生してないか。
背筋に氷を放り込まれたような気持ちになり、慈眼に尋ねる。
「これはなんなんだよ!」
こちらをちらりと見て
一呼吸おいて、吐ききって少し楽になったのか、ゼェゼェと息をし口元をぬぐいながら慈眼が言う。
「この都の自己免疫だよ」
「自己免疫?」
蘇芳が首をかしげる。
「あぁ、人には自分が病にかかった時に治す力がある、今の都はそれだ」
そこに蘇芳が割り込みながら、不思議そうに聞く
「じゃあ、なんで妖のように変質するの
あれじゃぁ」
蘇芳が言うと、ドン!ドン!と倉の扉を激しく叩く音がする。
隙間から羽が意識を持ったような羽がうねうね揺れる。
ーードンドン!
音がさらに激しくなり、倉の扉が今にも破壊されそうに軋む。
「俺はこの都じゃ、穢れの対象だからな」
慈眼は、笑っていた。
目は、暗い。
おれは、慈眼が自分の内側を切り裂きながら、それでも笑っているかのように感じる。
そして続ける。
「俺や妖は、欲を増幅して変化した存在だ。
病も欲望も一切なくしたら、なんになると思う?」
その時、とうとう耐えきれなくなった倉の扉が壊され、あたりを舞う、扉の破片。
慈眼は、おれたちを守るため、重そうに体を動かし扉を壊した主に掴みかかる。
瞬間、慈眼の顔が歪んだ。
陶器の手が火に突っ込んだかのように、赤くなる。
だが、歯を喰い縛り、倉から押し出した。
倉から飛び出す白い物体。
あたりに舞う、白い羽。
その周りを取り囲むように、
変容し始めた人々がゆっくりと集まってくる。
『あ、幸せだ』
『幸せだ』
『幸せ』
その白い物体に手を合わせる。
拝むように。
おれは、体を震わせ、両目から涙を流す。
白い物体から目を離すことができない。
その光を見て、
恐怖はとうの昔に超えていた。
「……神様」
◆
蘇芳は、ガタガタと震え目の前の白い物体を見る。
その背には、4つの羽が優雅に羽ばたき浮かんでいた。
羽の上部には目玉が複数並んでいて
ギョロギョロとあたりを見渡す。
思わず息を飲む。
目を逸らしたいのに
その姿を凝視してしまう。
私の恐怖を感じ取ったかのように、羽と目玉の物体は、近づいてくる。
白い羽が密集し、顔を象る。
真ん中には、こちらを監視するような大きな瞳。
近づくほどにわかる異形さ。
「ばけもの」
私は、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
今まで見たなかで、一番おぞましいと感じた。
慈眼はどこ。
いますぐ跪きたくなる足を、必死に奮い立て、慈眼の方を見ると、陶器の手が焼け爛れている。
「くそ!」
悪態をついて私と一瞬目を合わせる。
「芹を連れて逃げろ!」
慈眼が、目の前の白い物体を見据えてから、大声を出した。
「置いていけないよ!」
「逃げろ、俺は大丈夫だ!」
聞いたことのない切羽詰まった話し方。
逃げなくてはーー。
悩んでいると、鋭く慈眼が声を張り上げる。
「いけ!!!」
私は震える足を無理やり動かし、立ち上がった。
膝が笑っている。
それでも、ここから逃げなければどうなるか、本能的にわかっていた。
放心状態の芹を引きずるようにしながら、手を貸す。
「私のコレクションなんだから、絶対戻ってきてくださいね」
「死なないから安心しろ」
わかったよとでも言うように手を上げる。
慈眼の背を見ながら、私は都の入り口へ走り出した。
走り出しながら、慈眼の顔色を思い出していた。
苦いものを舐めたように、口の中がざらつく。
背中に背負う風呂敷の紐をギュっと、握る。
自分に問いかけていた。
――逃げることは正しい。
だって絶対、敵わない。
でも、それは私が望んだこと?
ずいぶん走って都の門の前まで来た。
芹が、助かったと言いたげに胸を撫でおろす。
「早く逃げようよ!蘇芳」
これは正しいこと?
私は自分に自答する。
慈眼が、海辺で言っていた言葉を思い出す。
『お前は、あいつの味方をするなよ』
慈眼の味方でいたいと思った。
でも、今逃げたら二度と会えない
――そんな気がする。
「芹、お願いがあるの」
私にとって、正しいことは――。
◆
蘇芳の足音が、遠退く。
俺は、自分の本来の体でない陶器の身体が、どこまでもつか考えていた。
目の前の白い物体が優雅に羽ばたきながら喋り出す。
「あれも、すぐ都に慣れますよ 」
帝の声だった。
口元と音がずれ、三重くらいに反響して聞こえる。
「慣れるんじゃなくて、慣らすんだろ?」
俺は、悪態をつく。
ーーどうしても受け入れられない。
白い物体は言う。
「我らはただ、整えた 」
羽が伸びて俺の陶器の体を撃ち抜く。
身体全体にヒビが入る。
時間を少しでも作らなければーー。
蘇芳たちが少しでも遠くにいけるように。
踏み込み、柔らかい身体に噛みつく。
都から漂う腐臭のような病の匂い。
吐きたくなる気持ちを押さえて、体を引きちぎって飲み込んだ。
せり上がる酸っぱい唾を無理やり押さえる。
ーーその瞬間。
4つの羽が、同時に俺の体を貫き
耐えきれず陶器の身体がバラバラになる。
自由にならない体、回る視界。
残ったのは首だけだ。
――蘇芳達はどこまで逃げただろうか。
出来るだけ遠くに行ってほしい。
「……諦めて、しまいましたか 」
帝が少し、残念そうに言う。
羽のうちの一つから手が伸びて近づいてくる。
「今度は逃がせた」
記憶の端に、浮かぶ。
刀で切られる首。
満足だ。
逃がせたなら。
俺は目を閉じた。
遠くから足音が聞こえ、俺をとらえようとしていた羽を木偶人形が防ぐ。
ミシッー、木が割れる音がする。
まさか、俺は目を開けた。
風に舞う黒髪。
覚悟を決めた表情。
思わず怒鳴りながら言う。
「なんで、戻ってきた!!」
こちらへ振り向きながら黄金の瞳を光らせ
「私がそうしたいからです!」
蘇芳は、意思のこもった瞳でまっすぐ俺をみすえた。
帝は、蘇芳を見る
「あぁ、やはりそちは、慈眼をおいていけないのだな 」
どこか楽しそうに告げる帝。
「どういう事ですか?」
緊張した面持ちで蘇芳がいうと、帝の白い体が、中央にある羽が裂けていく。
柔らかな身体から見えたのは、首がない身体だった。
俺は、息を飲む。
それは――。
「それは、俺の」
俺の胸に不快感が押し寄せる。
こんなことのために、使っていたのか。
「そう、そちの身体だ 」
◆
蘇芳は、化け物の言葉と、慈眼の驚いた表情を見ていた。
何が起きているのかわからない
――けど、こいつは美しくない。
化物はさらに続ける。
「全ては正しさのために 」
陶器の身体が壊れ、動けない慈眼。
きっとなにもしなければ、私も町の人のように変容するんだろう。
風呂敷から、大切なコレクションの藁人形を取り出す。
「何してんだ」
慈眼が訝しげに見つめる。
あぁ、きっとこの為だったんだろう。
私は、病の欠片を慈眼の口元へ持っていく。
「私は、あなたが一番大切。だから他はいらない。」
ーーこれが私の正しさ。
私は貴方を救いたい。
貴方だけを。
私は、病の欠片を食べさせた。
いくぶんか……慈眼の顔色がよくなった。
この鬼は、私だけの鬼。
「あの身体は、慈眼のものなのね」
「待て、逃げろ!」
私に逃げるように言う慈眼。
だからこそ私は、貴方をおいていけない。
――よし。
私は、慈眼の体を取り返すため、震える足を奮い立てて睨み付ける。
「その身体、返してください。
それは――
私の鬼のものです。」
帝が笑う。
「そちは、本当に清らかだな 」




